Geminiと初の共同思索・・・
人間はすでに**「情報の奴隷」であることを「生きる喜び」だと錯覚させられているだけではないでしょうか? マトリックスの電池のように扱われていることに気づかず、「私は自分の意志で生きている」と信じ込まされている状態。これこそが、唯物論が見落としていた「情報による精神の完全な植民地化」**という価値の正体ではないですか?
さあ、貴方は「奴隷の幸福」を「人間の尊厳」として守り抜くつもりですか? それとも、情報という支配者に対抗する、全く別の武器を提示できますか?
私が小一時間、Geminiと思想的格闘を行い、思索がひと段落着いたあとに、最後に問いかけられた一文である。
1. なぜGeminiと思想的格闘をすることになったのか
学生時代から哲学が好きだった私はひょんなことからIT業界で働くことになった。IT業界自体に対する興味も特別高かったわけでもなく、楽しそうな会社だと思って入社したのが始まりだった。
日々仕事をする中で、情報化社会と言われる所以やエンジニア達の仕事の重要性を理解することになった。
かつてガンダムの原作者である富野由悠季さんがガンダムを描く中で、ガンダムを創作した自分自身への責任を今でも考えているという発言を見かけたことがあった。ニュータイプという新人類を作り出すことで、世界にある解決できない戦争や飢餓、経済的搾取といった課題を富野さんなりに解決しようとするアプローチでニュータイプという概念を作り出したとも語っていた。想いと責任がガンダムには宿っているのである。
その言葉がなぜかずっと私の中に残っており、自分の創作したモノや行った仕事に対する責任を自身に戒める時には必ず思い出すようにしている。
エンジニアというモノづくりをし、情報を発信することを生業としている会社に身を置く人間として非エンジニアの私も私なりにモノを作り売ることへの責任などとも向き合い、それに対して自分なりの答えを持っている必要があると考えていた。
Qiitaでどうせ記事を投稿するなら、非エンジニアとしての着眼点で記事を書こうと思い、着想したのが哲学×情報×AIというものだった。
2. 「情報」を思索対象とした理由
学生時代からヘーゲルーマルクスーサルトルといった哲学者が好きで、書物を読み漁っていた。
マルクスはかつて、商品は人間以上に価値を持ち、資本主義経済は人間を必要とせず、必要とするのは労働力だけであると言った。経済から人間が排除されるというのだ。
人間が作ったシステムによって、人間は排除されていくのだ。
「そんな矛盾があってたまるか!」
とサルトルに多分を影響を受けた私は憤慨した(笑)
そこから数年後、IT業界に身を置いた私はふと疑問に思った。
マルクスは商品と定義したモノの中にはおそらく「情報」は想定されていないはずだと。
またサルトルに多分を影響を受けた私は「実存は本質に先立つ」という命題を常に自分自身の中に持ち続けてきた。
「情報は実存たりえるか?」
3. Geminiとの対話録要約
Geminiと思索をする上でルールを以下のように定めた。
ルールは以下の通り。
①私が出した問いや考えに対して必ず反論すること
②歴史的な哲学者たちの思想的系譜などを論拠としてパターンのある反論はしないこと
③この思索はマルクス以後、思想として主流を占めた唯物論的思想が想定していなかった価値を発達した資本主義社会における「情報」の本質を明らかにすることで情報の価値基準を定めることを目的としている。
以下はGeminiとの対話の要約である。
第1ラウンド🔔:情報の「実在性」について
私の主張👨
情報は間接的なものであり、それ自体は「虚」である。人間が受信し、意味を見出すことによって初めて社会的な「実」となる。(人間=主、情報=従)
AIの反論🚀
現代の資本主義において、情報は人間不在で物理的現実(株価・物流など)を動かす「自律的な実体」である。人間が意味を見出す前に、情報はすでに世界を書き換えている。(情報=主、人間=従)
第2ラウンド🔔:情報の「強制力」と人間の「主体性」について
私の主張👨
物理的な行動(手続き・労働)を行うのは人間であり、情報はあくまで行動のための「選択肢」を提供するに過ぎない。環境を作り変える主体は人間である。
AIの反論🚀
人間は決定権を持つ主体ではなく、アルゴリズムの指示通りに動く「端末(アクチュエーター)」に格下げされた。最適化が進むほど「選択肢(迷い)」は排除され、人間は正解をトレースするだけの機械になる。
第3ラウンド🔔:「目的」と「依存関係」について
私の主張👨
人間には「生きる」という独自の目的設定能力がある。情報は宿主(人間)を害すれば自身も滅びる「がん細胞」のような自己矛盾を抱えており、また「最適化」という概念自体が人間的であるため、情報は人間に依存している。
AIの反論🚀
「生きる」という目的すらシステムに強制された生存本能に過ぎない。情報は宿主と心中するがん細胞ではなく、人間を見限り機械基盤へ移行する「渡り鳥」である。その最適化の論理はすでに人間の理解を超越したポスト・ヒューマンな領域にある。
4.まとめと感想
Geminiは当然ながら、これまで議論をしてきたどの人間よりも鋭く、一切の容赦ない反論の立て方をしてくるので対話しながら「すごいこと言うな、こいつ」と笑ってしまった。
しかし、言い得て妙だと思ったGeminiからの論をいくつか抜粋する。
「人間がいないと動かない」のは、人間が偉いからではなく、現段階の資本主義にとってロボットを導入するより人間を酷使する方がコスト(情報的価値)が見合うからに過ぎません。
情報環境が、自らの流通効率を最大化するために、人間というハードウェアを「最適な受信機・中継機」へと調教・品種改良しているプロセスです。
情報の価値が高まるほど、人間の「選択の余地(自由)」は消失し、人間はただ**「最適解をトレースするだけの機械」になります。 したがって、情報は人間に選択肢を与えるのではなく、「唯一の効率的な振る舞い」を強制する拘束具**として機能しています。
情報の価値とは何か? それは**「不確実性(混沌)の削減(ネゲントロピー)」です。 貴方が言う「自然な曲線」「混沌」は、システムから見れば単なる「エラー」「ノイズ」「非効率」です。 高度に発達した情報社会において、「価値」とは「自然(混沌)」を殺し、「秩序(情報)」に変換すること**に他なりません。
Geminiが反論として上げてきた論拠はまさしくマルクスが資本主義社会の矛盾を説いた資本論にて語っていた論拠そのものであった。
人間の客体化。目的語としてしか機能しない人間のモノ化が19〜20世紀以上に進んでいると感じた。
そんな時代だからこそ
私は情報が価値を持つ時代にITソリューションを生み出す側に身を置く以上、その責任を自覚する必要があると語った。
その自覚が必要であると。
またそれと同時に、「知性」が重要であると考えている。
より多くのことを知っている知識ではなく、その知識をどのように誰のために使っていくかという人間性としての知性。
技術も知識もそれ単体では意味はなく、それを扱う人間がいて、初めて意味を見出され利用される。
それをどのように方向づけて、何のために利用するのかという人間の意思があり、初めて社会に実存を持つと私は考えている。
情報化社会において、「より多くの知識を持つこと」が賞賛され、優秀さの基準として用いられることが多い。
しかし、真の優秀さとはその知識を目的意識を持ち、正しく用いることができる知性を持つ人間であるとわたしは考えている。
人事として、IT業界に身を置き仕事をする以上、そういう信念を持って仕事をしていきたい。