4月になった。
今年も新卒が入ってくる。ぴかぴかのビジネスバッグを持って、ちょっと緊張した顔で席につく。あの顔を見ると、毎年どうしようもない気持ちになる。
この記事は、たぶんぼくが書くべきじゃない。給湯室で「あいつに頼むと一回で済まないんだよな」と名前を出されていた側の人間だ。偉そうに「こうしろ」と言える立場じゃない。
でも書く。
あのころのぼくに、誰か一人でも教えてくれていたら。お前のその丁寧さ、全部自分を守ってるだけだぞ、と。お前が真面目にやっているつもりのそれ、周りは全部見えてるぞ、と。一言でよかった。一言あれば変われた。たぶん。いや、わからない。当時のぼくに言っても聞かなかったかもしれない。だってぼくは自分が正しいと思っていたから。丁寧にやっている、真面目にやっている、何が悪いんだ、と本気で思っていたから。
それでも書く。ぼくはもう手遅れだった。周囲の評価が固まるのは恐ろしく早い。そしてそれは誰も教えてくれない。気づいたときにはもう「あいつに頼むのやめとこう」が社内の共通認識になっていて、挽回するのに何年もかかった。何年も。
だから、4月に読んでくれ。今日がいい。明日でもいい。配属されてからでは遅いかもしれない。ぼくみたいになってからでは確実に遅い。
お前たちはまだ間に合う。ぼくは間に合わなかった、その話をする。
入社2年目の昼休み。給湯室の前を通りかかったとき、先輩の声が聞こえた。
「あいつに頼むと一回で済まないんだよな」
もう一人が笑って「わかる。頼んだこっちの仕事が増えるんだよな」と返した。
あいつ、というのはぼくのことだった。
足が止まった。2人はぼくに気づいていない。笑い声が遠くなるのを待って、自分の席に戻った。
何ヶ月も考えた。ぼくは真面目にやっていたつもりだった。遅刻もしない。敬語も丁寧だ。報連相もやっている。頼まれたことは断らない。なのに「関わりたくない」と思われていた。意味がわからなかった。
意味がわかったのは、ずっと後だった。今ならわかる。全部わかる。なんであのとき先輩が一瞬目を閉じたのか。なんで上司の返信がいつも一言だったのか。なんで同期のあいつにばかり仕事が回っていたのか。
全部、ぼくのせいだった。ぼくの言葉のせいだった。
「頼んだこっちの仕事が増える」の正体
今ぼくは後輩を見る側にもいる。両方の景色が見える分、余計にきつい。新人のSlackを読んで、「ああ、昔のぼくだ」と思う瞬間がある。あの感覚は本当に嫌だ。
上司が新人のコミュニケーションで何を見ているか、正直に書く。内容の正しさではない。「この人に仕事を渡したら、自分の手間が増えるか減るか」だ。それだけだ。信用というのは結局そこに集約される。そしてぼくの言葉は、常に相手の手間を増やしていた。
残酷なのは、信用が削れた瞬間を誰も教えてくれないことだ。上司はあなたのSlackを読んで、少し間を置いて、「了解」とだけ返す。先輩はあなたの発言を聞いて、一瞬だけ目を閉じる。何も起きていないように見える。ぼくも何も起きていないと思っていた。給湯室で名前が出るまで。
以下の5つは全部ぼくがやっていたことだ。1つでも「やってるかも」と思ったら、たぶんもう気づかれている。ぼくのように気づいていないだけで。
① 聞かれたことに答えなかった
上司に「先方に連絡した?」と聞かれる。まだしていない。
ぼくの口から出ていたのはこういう言葉だった。「あ、それなんですけど、先に見積もりの確認をしたほうがいいかなと思って、あと田中さんにも相談しようと思ったんですけど、田中さんが午後から外出で」
上司は「したのか、してないのか」を聞いている。ぼくはそれに答えていない。
当時はちゃんと説明しているつもりだった。でも今、後輩に同じことをされるとわかる。これは説明じゃない。「していません」と言うのが怖くて、経緯と理由を先に並べて事実の角を削ろうとしている。全部、自分を守るための言葉だ。
そして今だから正直に言うが、上司はそれを完璧に見抜いている。ぼくも見抜ける側になって初めてわかった。経緯を聞きたかったわけじゃないことも、目の前の人間が自分を守ろうとしていることも、全部わかる。わかった上で、何も言わない。言わないで、次からこの人には大事な案件を振るのはやめよう、と思うだけだ。
ぼくがそう思われていたことに気づいたのは、重要な案件がぜんぶ同期に回っていると気づいたときだった。遅すぎた。
「まだです。今日中に連絡します」。この一言が出るかどうかだ。たった一言だ。それが怖くて言えなかった自分を、ぼくは今でも許せていない。
② 枕詞で保険をかけていた
「的外れだったら申し訳ないんですが」
「まだちゃんと確認できてないんですけど」
「私の理解が正しければ」
ぼくの口癖だった。毎日のように使っていた。
これが誰のための言葉か、当時は考えもしなかった。今ならわかる。全部自分のためだ。間違っていたときの傷を、先に浅くしておくための保険だ。
でもこの保険は、自分を守っているように見えて、自分を壊している。受け取る側で何が起きるかというと、3回目くらいから発言を聞き流されるようになる。「この人はいつも自信がない。話半分に聞いておこう」。ぼくが慎重さのつもりで使っていた言葉は、相手の耳には「ぼくの発言は信用しなくていいですよ」と聞こえていた。
自分を守ろうとするほど、自分の価値が下がっていく。この構造に気づいたとき、心底ぞっとした。ぼくは何年間これをやっていたんだ。
不確実なら、こう言えばいい。「現時点の結論はAです。Bはまだ未確認です」。保険じゃなく、情報の精度を事実として出す。それだけで「自分の発言に責任を持てる人」として扱われる。ぼくはこの言い方を覚えるのに2年かかった。2年。
③ 「君はどう思う?」の意味がわからなかった
上司に「この件、君はどう思う?」と聞かれたことがある。
ぼくは意味がわからなかった。あなたのほうが詳しいですよね? 答えを知っている人がいるのに、なんでわざわざ新人に聞くんだ。知っている人に聞いたほうが早いに決まっている。ぼくは「もう少し調べてから回答します」と返した。上司は「ああ、いいよ」と言って、別の人に話を振った。
あのとき上司が知りたかったのは、正解じゃなかった。ぼくが自分の頭で考えているかどうかを見ていた。どれだけ間違っていてもよかった。「ぼくはこう思います、理由はこうです」が返ってくるかどうかを試していた。
ぼくは「間違っていたらどうしよう」が先に来て、また逃げた。「調べてから」は、考えていないことを隠す言い訳だった。調べたところで、自分の意見が出てくるわけじゃない。わからないなりに「今の情報だとAだと思います。ただBの可能性も気になっています」と言えれば、それだけで上司の反応は違っただろう。
これも後から気づいた。「君はどう思う?」と聞いてもらえる期間は長くない。何度か「調べてから」「確認してから」で逃げると、上司はもう聞かなくなる。聞く価値がないと判断したからだ。ぼくは聞かれなくなったことにすら気づかなかった。気づいたのは、同期が上司と対等に議論しているのを横で見たときだった。あいつは間違ったことも堂々と言っていた。でも自分の頭で考えていた。ぼくは何も言えなかった。考えていなかったから、間違うことすらできなかった。
④ 抽象的なことしか言わなかった
週次の進捗報告。ぼくはこう言っていた。
「今週はいろいろ進めていまして、クライアント対応のほうもだいたい順調で、あとは社内の調整をしっかりやっていこうと思います」
30秒喋って、情報量がゼロだ。今聞いたら自分でもそう思う。
「いろいろ」は何だ。「だいたい順調」の「だいたい」はどこからどこまでだ。「しっかりやっていく」は具体的に何をいつまでにやるんだ。何も言っていないのと同じだ。
なぜこうなるか。ぼくの場合は、具体的に言うとボロが出るのが怖かった。「A社への提案書は6割できています」と言えば「残り4割は?いつ終わる?」と突っ込まれる。それが怖いから「だいたい順調です」で逃げる。またここでも自分を守っている。ぼくのコミュニケーションは全部これだった。全部、怖いから逃げる。それを丁寧さだと思い込んでいた。
上司の頭の中はこうだ。「この人に仕事を任せたら、自分で追いかけないといけないな」。追いかけなきゃいけない人には、新しい仕事は来ない。来るのは、誰でもできる雑務だけだ。ぼくがそうだった。
「A社の提案書は6割完了、残りは木曜まで。B社の請求対応は完了。C社は先方の返事待ち、明日リマインドします」。15秒で終わる。怖くても具体的に言う。それだけで「追いかけなくていい人」になれる。ぼくはこれに気づくのが遅すぎた。
⑤ 言葉をそのまま運んでいただけだった
クライアントが「もう少し早くできませんか」と言った。ぼくは先輩にこう伝えた。「先方が、もう少し早くしてほしいそうです」
先輩はたぶんこう思っていた。「それ、メール転送と何が違うんだ」。当時のぼくにはわからなかった。ちゃんと伝えたのに何が不足なんだ、と思っていた。今ならわかる。ぼくは何もしていなかった。口を経由しただけだ。
「もう少し早く」の裏には事情がある。月末の社内報告に間に合わせたいのかもしれない。上司に詰められて焦っているのかもしれない。本当は納期そのものではなく、「今どこまで進んでいるかわからない」という不安が問題の本体かもしれない。
表面の言葉をそのまま運ぶのではなく、一段裏を想像する。「先方、月末の社内報告に間に合わせたいみたいです。完成前でも、途中経過を一回共有すれば落ち着くかもしれません」。こう言えたら、「こいつは考えてるな」になる。
ぼくはこれができなかった。長いあいだ。だからぼくを通すと仕事が一回で済まなかった。先輩が給湯室で言っていた「あいつに頼むと一回で済まない」は、これのことだったんだと、ずっと後になって気づいた。気づいたときの感覚は、今でもうまく言葉にできない。
日常の一言を変換する
ここまで読んで胃が重いかもしれない。ぼくは書いていて重い。自分のやらかしを全部並べるのは、正直かなりきつい。でもパターンを知っているだけで避けられる。ぼくが何年もかけて学んだことを、お前たちは今日知ることができる。それだけで、ぼくよりずっとましだ。
依頼するとき
NG:「これ、月曜の朝イチまでにお願いします」
OK:「月曜の10時に会議で使う資料です。○○の部分だけ確認してもらえると助かります。判断に迷ったら飛ばしてもらって大丈夫です」
ぼくはNGを何度もやった。受け取った側は「朝イチ」がいつかわからない。何をどこまでやればいいかもわからない。わからないから後回しにするか、必要以上に時間をかける。ぼくは相手の時間を奪っていることに気づかなかった。「ちゃんと依頼したのに動いてくれない」と思っていた。動けなかったのは、ぼくの言葉のせいだ。
反論するとき
NG:「この工数の見積もりって何を根拠に出したんですか?」
OK:「アプローチのシンプルさ、いいと思います。工数の部分だけ、もう少し詰めませんか」
ぼくはNGを会議で言って、場が凍ったことがある。正しいことを言ったつもりだった。でも10人の前で「根拠は?」と聞かれた側は、内容を検討する前に「能力を疑われた」という感情に支配される。正しい指摘でも届かない。ぼくは正しさにこだわって、届けることを考えていなかった。届かない正論は、言わなかったのと同じだ。いや、言わなかったほうがまだましだ。敵を作っただけだから。
ミスを報告するとき
NG:「すみません、ちょっとトラブルがありまして……実は昨日の時点で気づいてはいたんですが……」
OK:「○○でミスがありました。影響範囲は△△です。現在□□で対応中です」
上司が最初に知りたいのは「どれくらいヤバいのか」と「今どうなっているか」の2つだけだ。ぼくの経緯や事情なんか聞きたくない。でもぼくは自分の非を薄めたくて、いつも経緯から話し始めた。上司のため息の理由は、これだったんだろうと今は思う。
チャットの返事
NG:「了解です。」
OK:「了解です、○○の方向で進めますね」
後輩に「松田さんのSlack、ちょっと怖いです」と言われたことがある。ぼくは淡々と事実だけ返していた。それが効率的だと思っていた。でも句点だけの返事を受け取った側は、想像以上に不安になる。怒ってるのかな。不満があるのかな。ぼくは自分の効率を優先して、相手の感情を一切考えていなかった。ここでも。
「相手のための言葉」とは何か
ここまで「自分のための言葉をやめろ」と書いてきた。でも「相手のために話せ」と言われても、何をすればいいかわからないかもしれない。ぼくもわからなかった。長いあいだ、わからなかった。
だから分解する。「相手のための言葉」は、3つのどれかを満たしている。
1つ目。相手が一読で判断できる。
「だいたい順調です」は、上司の頭に「で、具体的には?」という疑問を発生させる。聞き返す手間、待つ時間、確認のSlack。ぼくの一言が、上司のやることを増やしている。
じゃあ逆に、全部詰め込めばいいのか。違う。「A社は提案書の初稿が完成し現在クライアントの佐藤部長にメールで送付済みで返信待ちの状態ですがB社については請求書のフォーマットを経理の山田さんに確認中で……」。これは読むだけで疲れる。相手の手間は減っていない。形が変わっただけだ。
「A社は木曜完了、B社は対応済み、C社は明日リマインド」。上司が知りたいのは「どれが終わっていて、どれがまだで、次にいつ動くか」だけだ。それ以外は全部ノイズだ。相手が必要としている情報だけを、相手が処理しやすい形で渡す。これが「相手が一読で判断できる」ということだ。ぼくは何年もの間、自分が安心するための情報量を相手に押しつけていた。
2つ目。相手の感情を不必要に揺らさない。
「何を根拠に?」は、受け取った側に「責められている」という感情を発生させる。「工数の部分だけ詰めませんか」は同じ指摘を、感情の地雷を外して届けている。ぼくは正しければ届くと思っていた。届かない。正しさは、相手の感情を通過しないと届かない。そこに自分で地雷を埋めて、正しいのに伝わらないと嘆いていた。馬鹿だった。
3つ目。相手が「わかってもらえている」と感じる。
クライアントの「もう少し早く」をそのまま運ぶのは、表面の言葉しか見ていない。「月末の報告に間に合わせたいんですよね」と返せたら、相手は「この人はわかっている」と感じる。人は、正しい答えをもらったから信頼するんじゃない。自分の状況を理解されたと感じたから信頼する。ぼくにはそれが長いことわからなかった。正しいことを言っているのになぜ信用されないのか、ずっと理不尽だと思っていた。理不尽なのはぼくのほうだった。
一つだけ持って帰ってくれ
全部覚えなくていい。5つのパターンも変換例も忘れていい。
明日から、何かを言う前、何かを送る前に、一つだけ自分に聞いてほしい。
「この言葉で、相手が迷わず次に進めるか」
情報が足りなければ、相手は聞き返すしかない。情報を詰め込みすぎれば、相手は読み解くのに疲れる。どっちも相手の手間を増やしている。相手にとって必要なことだけを、相手が処理しやすい形で渡す。それが相手のための言葉だ。
ここまで読んで、全部当てはまっていた人もいるかもしれない。ぼくは全部当てはまっていた。読んでいて絶望的な気持ちになったかもしれない。ぼくはこれを書いていて、なっている。
でも一つだけ忘れないでほしいことがある。お前は誰かに認められて、今そこにいる。面接で何かが光って、この人と一緒に働きたいと思った人がいて、採用されている。その光は今も消えていない。
コミュニケーションは、仕事の全部じゃない。でも全部の土台だ。どれだけいい武器を持っていても、土台がぐらついていたら振れない。お前の専門性も、真面目さも、頑張りも、全部本物だ。それが周囲に伝わっていないだけだ。伝え方がまずいだけで、中身は最初から持っている。
つまり逆に言えば、ここさえ変われば全部変わる。お前の評価は180度ひっくり返る。ぼくは挽回に何年もかかった。でもお前は今日この記事を読んだ。ぼくより何年も早い。
これを意識し始めると、上司がお前に相談するようになる。先輩がお前に案件を回すようになる。クライアントがお前を名指しで頼るようになる。「頑張っているのに評価されない」が消えていく。
理由は単純だ。お前に頼むと、自分が楽になるからだ。考える手間が減る。確認の往復が減る。仕事が進む。信用とは結局、「この人に渡せば自分の手間が減る」という実感の積み重ねだ。
明日のSlack一通からでいい。相手が迷わず次に進める言葉を、一つだけ選んでみてくれ。
それだけで、お前の2年間はぼくの2年間とは全く違うものになる。
頼む。
ぼくみたいになるな。
—— 数年後、お前がこの記事を笑い話として読み返せていたら、ぼくはそれだけで救われる。