52
18

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?

2030年、エンジニアの9割が静かに死んだ

52
Posted at

2030年のことを書いている。
お前たちの時間では2026年だろう。まだ間に合う。たぶん。だからこれを書いている。

ぼくの周りではもう間に合わなかったやつが何人もいる。死んだと言っても殺されたわけじゃない。ある朝出社したら、自分のやることがなくなっていた。それだけだ。それだけのことで、人は静かに壊れる。

一つだけ先に言っておく。死んだ9割の中に、AIを使っていなかったやつはほとんどいない。

みんな使っていた。課金していた。プロンプトを工夫していた。ぼくもそうだった。社内で一番AIに詳しい人間だった。ChatGPTの初日から課金した。Claudeの使い方をチームに布教した。Xで拾った活用テクニックをSlackに流した。新卒に「これ使えないやつは終わるぞ」と偉そうに言っていた。

それでも死んだ。使いこなしていたのに死んだ。
いや。使いこなしていたから死んだ。

ここがぼくが一番伝えたいことで、一番信じてもらえない部分だと思う。


2026年のぼくの話をする。

経験8年のバックエンドエンジニア。年収750万。チームでは「聞けばだいたい答えが返ってくるやつ」で、AIのおかげでさらに速くなっていた。

ぼくの仕事はこうだった。問題が来る。過去に似た状況を思い出す。「これ前にも見たやつだ」と判断する。解法を引っ張り出す。速い。正確。知らないことはAIに聞く。AIが出した答えに自分の経験で補正をかける。知ってることも一応AIに確認させて精度を上げる。

障害対応は3分。技術選定は「前にこの構成でこうなった」で即決。設計レビューでは誰よりも先に問題点を指摘する。

自然だろう? たぶんお前も似たようなことをやっている。

ぼくは要領がいいほうだった。知らないことでも、ちょっと触れば人より速く覚えた。教えてもらえば一回で飲み込んだ。それが自分の強みだと思っていた。実態はもっと単純だった。知っていても知らなくても、ぼくがやっていたのは常に「答えを見つける作業」だった。自分の頭から引くか、AIから引くか。場所が違うだけで動作は同じだった。問題がある。答えを探す。見つける。貼る。8年間ずっとこれを仕事だと思っていた。


同じチームに、ぼくとはまるで違うやり方をしているやつがいた。

中途で入ってきた4年目のエンジニア。引き出しは明らかに少なかった。ぼくが即答することに「あー、それは経験ないっすね」と平気で言う。レスも速くない。障害対応ではぼくの半分のスピードだった。

ただ、最初の週に一つだけ引っかかることがあった。

チームの定例で、半年前から放置されていたパフォーマンス問題が議題に上がった。ぼくはいつも通り「前にも似た構成で同じ問題出たことある、キャッシュ層をここに挟めばいける」と案を出した。みんな頷いた。いつもの流れだった。

そいつが「一個聞いていいすか」と言った。

「そのキャッシュって、なんで今入ってないんすかね」

は? と思った。入ってないから入れようって話をしてるんだが。

「いや、普通入れるじゃないですか。最初に設計した人も当然知ってたはずで、それでも入れなかった理由があるんじゃないかなと思って」

会議室が一瞬止まった。ぼくは答えられなかった。誰も答えられなかった。

調べてみたら、キャッシュを入れるとデータの整合性が壊れる構造になっていた。ぼくの「前にも見たパターン」をそのまま適用していたら、別の障害を埋め込むところだった。

そいつは過去の事例を知らなかった。だから「前もこうだった」とは言えない。代わりに「なんで今こうなっている」から考え始める。ぼくが答えを持ってくるとき、そいつは問いを持ってくる。

正直に言う。あの日ぼくは、すごいとは思わなかった。「運がいいな」と思った。たまたまいい質問をしただけだろうと。

それが「たまたま」じゃないと気づくのに、ぼくは2年かかった。


そいつのAIの使い方も、ぼくとは根本的に違った。

ぼくは答えを見つけるためにAIを使っていた。既に持っている知識の確認。足りない知識の補充。どっちにしても「正解を手に入れる道具」としてのAI。

そいつはAIを鏡として使っていた。「この設計に暗黙の思い込みが入っていないか」「ぼくが見落としている前提はないか」「この問題の立て方自体が間違っている可能性はないか」。答えを求めるんじゃなく、自分の思考の穴を映すための鏡。

ぼくはAIで武装していた。そいつはAIで自分を疑っていた。

同じ道具を使って、同じ月額を払って、まったく逆のことをしていた。


2027年から2029年にかけて、AIは「答えを出す機械」から「仕事をする機械」に変わった。

2026年のAIは、聞けば答えてくれる辞書だった。使う側の人間が主導権を持っていた。何を聞くか、どう使うか、最終判断をどうするか。全部人間が決めていた。

2028年のAIは、仕事の流れごと飲み込んだ。要件を読んで、設計を出して、コードを書いて、テストして、デプロイまでの導線を引いた。お前が2026年に「部分的にそうなってきている」と感じているなら、その感覚は正しい。それが全部になっただけだ。人間は「承認する」だけになった。

ぼくがはっきり覚えているのは2028年の5月だ。ある機能の設計をAIに任せた。出てきたものを読んだ。よくできていた。直すところがなかった。ぼくは30秒で「LGTM」と打ってマージした。次の機能も、その次も同じだった。一日の終わりにぼくがやったことを振り返った。朝から晩まで承認ボタンを押していた。コードを1行も書いていなかった。1行も。

その夜、風呂の中で「ぼくは今日、何をしたんだろう」と思った。答えが出なかった。仕事はした。タスクは消化した。でも自分が何かを「した」という感覚がなかった。ぼくの仕事は、AIが出した成果物にOKを出す仕事になっていた。主導権は、いつの間にかAIに移っていた。ぼくはそれを「効率化」と呼んでいた。

このとき、あの中途のやつは別のことをしていた。AIが出した設計を見て、「この設計はユーザーの問題を解いているか」を問い直していた。AIが出した要件を見て、「この要件の裏にある、まだ誰も言葉にしていないビジネスの課題は何か」を掘っていた。AIがきれいに揃えた選択肢を見て、「選択肢の外に正解がある可能性」を探していた。

ぼくはAIの出力を承認する仕事をしていた。そいつはAIの出力を疑う仕事をしていた。

承認は自動化できた。モデルの性能が上がるにつれて、人間が指摘できるところなんてなくなっていった。それでも承認フローだけは残っていた。惰性で。誰も「この工程、要らなくないか」と言い出せないまま。そしてある日、誰かが言い出して、承認フローごと消えた。ぼくの席と一緒に。

疑うことは自動化できなかった。


2029年の秋。業界全体でチームの構成が変わった。

10人のエンジニアチームが3人になった。うちだけじゃない。取引先も、友人の会社も、Xで見る退職エントリも、全部同じことが起きていた。

残ったやつの共通点は、技術力の高さじゃなかった。AIの習熟度でもなかった。経験年数でも、まったくなかった。

残ったのは「まだ誰も言語化できていない課題を見つけてくる人間」だった。仕様書にも要件にも書かれていない、でも事業の成否を分ける論点を掘り出してくる人間。「ぼくたちは今、間違った問題を解いているんじゃないか」と言える人間。

あの中途のやつが残った。ぼくは残らなかった。


ぼくは今エンジニアをやっていない。何をやっているかは書かない。

ここから先は、死んだ側の人間の話だ。語る資格があるかわからない。でも書く。

2030年、エンジニアとして生き残っているやつは、全員AIと「違う階層」の仕事をしている。

AIが「どうやるか」を出す。人間は「なぜやるか」を決める。AIが選択肢を並べる。人間は「この選択肢の立て方自体が間違っていないか」を疑う。AIがコードを書く。人間は「このコードが存在すべき理由」を問う。

ぼくは8年間「どうやるか」の達人だった。「なぜやるか」を一度も考えたことがなかった。いや、考えたことがないどころか、考える必要があるとすら思っていなかった。それに気づいたのが2029年で、手遅れだった。

ぼくが一度もやっていなかったこと。それは「まだ存在していない問いを作ること」だった。

目の前に問題がある。解法を出す。それが仕事の全部だと思っていた。「そもそもこの問題は、解くべき問題なのか」という問いは、ぼくの中に存在していなかった。存在していないものは疑えない。疑えないものは変えられない。

あの中途のやつは、最初のキャッシュの件からずっと同じことをやっていた。「なぜ今こうなっているのか」「この前提は本当に正しいのか」。ぼくが答えの在庫を増やしていた8年間、そいつは問いを作る筋肉を鍛えていた。

ぼくは在庫ごとAIに持っていかれた。そいつの筋肉は、AIが強くなるほど価値が上がった。


ここまで読んだお前に聞く。

お前の仕事を全部書き出して、一つずつ「AIで代わりがきくか」を見てくれ。きかないやつがいくつ残る。ぼくがやったときは、ゼロだった。

お前がどれだけ優秀でも。どれだけAIを使いこなしていても。お前の仕事が「答えを見つけること」である限り、お前はプロンプト数行で説明できる人間だ。説明できる人間は、置き換えられる人間だ。

ぼくはこれに、席を失ってから気づいた。


2026年のお前に聞く。お前は今、何の力を伸ばしている。

お前がこの記事を読んで「じゃあ問いを立てる力をつければいいんだな」と思ったなら、それはもう「答えを探す癖」が発動している。問いと向き合うというのはそういうことじゃない。ハウツーを求めた瞬間に、お前はまた答えの側に戻っている。

快適さがぼくを殺した。速く答えを出す快感。Slackで即レスして感謝される快感。会議で一番に正解を出す快感。全部快適だった。快適なまま2029年に着いて、席がなくなっていた。

お前が今、答えを出すのが快適なら。それはぼくと同じ道にいる。

明日の朝、いつも通り仕事を始める前に、一個だけやってくれ。自分が今抱えているタスクを一つ開いて、「このタスクはなぜ存在するのか」と考えてくれ。チケットに書いてある理由じゃない。そのチケットを作った人間が、なぜそれを必要だと思ったのか。その「なぜ」が本当に正しいのか。

答えが出なくていい。出なかったら、お前はもう「答えを探す」以外の動きを始めている。それだけでいい。それだけで、ぼくとは違う道に入れる。

お前はたぶん明日にはこの記事のことを忘れる。ぼくだって2026年にこれを読んでも忘れたと思う。

でも、もしお前が明日の朝、一瞬でもタスクの前で立ち止まったなら。それだけで、ぼくの8年は無駄じゃなかったことになる。

これはお前のために書いてるんじゃない。ぼくのために書いている。

お前が今開いているそのタスク。それはなぜ存在している? そしてそれは、本当に解くべき問題か?

52
18
1

Register as a new user and use Qiita more conveniently

  1. You get articles that match your needs
  2. You can efficiently read back useful information
  3. You can use dark theme
What you can do with signing up
52
18

Delete article

Deleted articles cannot be recovered.

Draft of this article would be also deleted.

Are you sure you want to delete this article?