もし、この記事を読もうと思ってくれている方なら、もしかしたらあなたも一度、AIに期待して、そして少しがっかりした一人かもしれません。
半年前か、一年前か。会社でChatGPTやCopilotを試してみた。最初は「すごい」と思った。でも、しばらくすると気づいてしまう。
「なんか、噛み合わない」
議事録は作れるけど、社内の言葉の使い分けまではわかってくれない。問い合わせ対応は書けるけど、「うちの場合は例外がある」を毎回説明しないといけない。結局、確認と修正に時間を取られて、「これなら自分でやったほうが早い」に落ち着いた。
そうして静かに、AIツールのタブは閉じられ、ブックマークバーの隅に追いやられた。
もしそんな経験があるなら、まず伝えたいことがあります。
それは、あなたの使い方が下手だったからではありません。
がっかりした理由は、ちゃんとあった
AIは、たしかに賢いです。世の中の知識は驚くほど持っています。歴史も、文章の書き方も、プログラミングの作法も。
でも、AIが最初から知らないことが、ひとつだけあります。
あなたの会社の中でしか通用しない言葉と、そのルールです。
「案件」と「商談」は、うちの会社ではどう違うのか。「代理店経由の注文」と「直接注文」で、なぜ承認の流れが変わるのか。「この部署でいう"顧客"」と「あの部署でいう"顧客"」が、実は指しているものが違う、なんてことも。
これは、どれだけ賢いAIでも、教えてもらわない限りわかりません。当然です。それはインターネットのどこにも書かれていない、あなたの会社だけの常識だからです。
だから、AIがあなたの言葉を誤解したとき。それはAIの能力不足ではなく、単に「まだ教えていなかった」だけだったのです。
「ちゃんと教える」が、実はすごく大変だった時代があった
こう言うと、「じゃあちゃんと教えればよかったのか」と思うかもしれません。
実は、その「教える」という作業、少し前までは本当に大変なものでした。
専門家が何ヶ月もかけて、会社の用語や業務ルールをひとつひとつ厳密に定義していく。矛盾がひとつでもあれば設計をやり直す。そんな重厚なプロジェクトが必要だと言われていました。
普通の会社が、普通の業務のために、そんな大工事をする余裕はありません。だから多くの現場では、「教える」というステップそのものが省略されて、AIはあなたの会社の常識を知らないまま、見切り発車で導入されていました。
うまくいかなかったのは、当たり前だったのかもしれません。
でも今は、もう少し身軽なやり方が見えてきています
ここ最近、風向きが変わってきています。
「会社の言葉と業務ルールをAIに教える」という作業が、もっと軽く、部分的にでもできるようになってきました。
全社の業務を一度に整理する必要はありません。まずは一つの部署、一つの業務だけでいい。「うちの営業では、案件と商談はこう違う」というレベルの、ちいさな用語集とルールブックを、AIエージェントに渡してあげる。それだけで、驚くほど噛み合い方が変わってきます。
完璧である必要もありません。「案件と商談を取り違えない」、そのくらいの実用性があれば、業務では十分に価値を発揮できると言われています。
大きなプラットフォームを提供している会社たちも、同じ方向を向き始めています。AIに渡す前に、業務の意味をきちんと整理しておく。そういう取り組みが、静かに、でも確実に広がっています。
だから、もう一度だけ
一度がっかりした経験があると、「もういいや」と思う気持ちはよくわかります。忙しい中で時間を割いて、結局うまくいかなかった記憶は、簡単には消えません。
でも、あのとき噛み合わなかった理由が、「AIがあなたの会社を知らなかっただけ」だったのだとしたら。
そして今、その「教える」作業が、思っていたよりずっと軽くできるのだとしたら。
もう一度だけ、小さく試してみる価値はあるかもしれません。全社導入とか、業務改革とか、そんな大げさな話でなくていいんです。
あなたのチームだけで使っている、ちょっと特殊な言葉をひとつ。よく間違えられる区別をひとつ。それをAIに教えてあげるところから、また始めてみませんか。
今度はきっと、前よりも噛み合うはずです。
この記事は、AIが企業固有の業務知識を扱えるようになってきた背景(「オントロジー」という考え方の再評価)について書いた連載の番外編です。技術的な仕組みに興味が湧いたら、連載本編もあわせてどうぞ。
