ニュースをみた
2026年7月13日、GMOインターネットグループが在宅勤務の推奨を完全廃止しました。
X界隈がめっちゃざわついており、気になったので調べてみました。
で、これは突然の方針転換ではありませんね。
①2020年1月にコロナ対応で約4000人を在宅勤務に切り替え
②2023年2月に原則出社へ移行(週1日の在宅は維持)
③そして今回の完全廃止。
6年半かけてます。
熊谷代表が挙げた理由は、コミュニケーションの円滑化、組織の一体感、経営判断のスピード。
加えて「データ上時間当りのPCタイピング数は確実に減少。トータルで在宅勤務はマイナス」とも述べています。
タイピング数って生産性なんですかね?考えてる時間はタイプしてないんですがそれは。
QAエンジニア歴10年超、スクラムマスター歴5年超の私です。
GMOに限った話ではなく、LINEヤフー、楽天、Amazon、JPモルガンと、国内外で出社回帰の波がガンガン来ています。
私は労働者側の人間なので、正直これらを聞くたびに「それリモートでできるけど大丈夫そ?」という感想になってしまいます。
ポジショントークと言われたら否定はしません。
ただ、今回はポジショントークで終わらせたくないので、品質エンジニアの視点で構造的に考えてみます。
私自身の主張はひとつです。
出社回帰で増えるのは「雑談量」であって「品質に寄与する会話量」ではない。
品質会話に必要なのは場所ではなく、構造化された会話の場と、その準備に使える集中時間である。
ということです。
「品質に寄与する会話」とは何か
まず「会話が増える=良いこと」という前提を疑いたいと思います。
出社すれば確かに会話の総量は増えます。
廊下ですれ違えば挨拶しますし、給湯室で雑談も生まれますし、隣の席の人に「ちょっといいですか」と話しかけることもできます。
でも、それは品質に寄与する会話なのかといわれると
「……いやそうでもなかったよなぁ」
という感想を持ってます。
品質に寄与する会話とは、たとえばこういうものです。
- 「この要件、誰が使うか書いてないですけど、新規ユーザーとリピーターで挙動変わりますか?」
- 「受入基準に上限値の記載がないですが、100件超えたらどうなる想定ですか?」
- 「この仕様だと決済画面のエッジケース拾えてないですけど、確認しましたか?」
これらは偶発的に廊下で生まれる種類の会話ではありません。
仕様書を読み込み、テスト観点を洗い出し、「ここが曖昧だ」「ここにリスクがある」と特定した上で、初めて出てくる問いです。
そしてこの種の会話には、スクラムにおけるリファインメントという構造化された場が既に存在しています。
リファインメントの場で要件の曖昧さと受入基準の不足を洗い出し、Readyでないストーリーはスプリントに入れない。
場所がオフィスかリモートかは関係ありません。会話が設計されているかどうかが全てです。
品質会話には「準備」がいる
ここが一番言いたいところです。
リファインメントを有効に活用できるのは事前に準備をしているからです。
仕様書を読み込む。
過去の類似チケットを確認する。
テスト観点を洗い出して「ここが怪しい」と当たりをつける。
上流工程を固めるにも、テスト設計を書くにも、この「一人で黙って考える時間」が不可欠です。
今だとAIがですね
準備なしにリファインメントに出たら何が起きるか。
「なんかよくわからないけど大丈夫ですか」
「特に質問ないです」
全員が頷いてスプリントに入って、2日後に炎上するやーつ。
つまり品質会話の質は、話す前にどれだけ準備ができたかにかかっています。
準備は集中作業です。
ということは、集中時間を確保できるかどうかが、品質会話の質を左右する最大の変数になります。
この因果関係を押さえた上で、出社固定が集中時間に何をするかを見ていきます。
「雑談からイノベーションが生まれる」は本当か
出社回帰を正当化するときに必ず出てくるのが「偶発的な雑談からイノベーションが生まれる」です。
これについては私が反論したいので反論します。
生存者バイアス
雑談から何かが生まれた事例だけが語り継がれます。
生まれなかった99%の雑談を誰もカウントしていません。
「廊下で立ち話してたらいいアイデアが出た」は美談として記憶に残りますが、「廊下で立ち話して15分無駄にした」は記憶にすら残りません。毎日起きてるのにね。
研究はどう言っているか
こいつ論文持ち出してきたぞ
オックスフォード大学のCarl Benedikt FreyとGiorgio Presidenteの研究(2022)では、リモートチームとオンサイトチームの間の「破壊的イノベーション格差」が2010年以降は逆転し、リモートの共同研究論文の方がブレークスルーを含む確率が高くなっていることが示されています。
背景にはZoom、Slack、Google Driveなどのコラボレーションツールの成熟があります。
一方、Brucks & Levav(2022, Nature)の研究では、ビデオ会議はアイデアの生成を抑制するが、どのアイデアを選択し追求するかにおいては対面グループと同等以上の有効性が示されています。
なので平等に扱う必要があるかなぁと思いました。
アイデア生成だけを切り取れば対面が有利の可能性があります。
しかしイノベーションは「出して終わり」ではなく「選んで実行する」まで含めた話です。
生成から選択、実行までの全体を見れば、リモートが不利であるというエビデンスはまぁまぁ弱いって言っても良いんじゃないでしょうか。
構造化で代替できる
そもそも雑談に期待している機能は「偶発的な情報交換」です。
しかし偶発に賭けているということは、再現性がないと同義じゃないかなぁと私は思っています。
リファインメントやレトロスペクティブは、この「情報交換」を意図的に設計された場で行う仕組みです。
「偶発的な雑談」に頼るのは、マネジメントが会話の場を設計する責任を放棄して、場所に丸投げしているだけではないでしょうか。
準備された問いのぶつけ合いの方が、偶発の雑談よりも遥かに打率が高い。
そしてその準備には、集中して考える時間が要ります。
出社固定は集中時間を二重に破壊する
破壊①:集中の消耗は出社前から始まっている
ドアトゥードア片道1時間。往復2時間。満員電車ですし詰め。
この状態でオフィスに着いて、テスト観点の洗い出しに必要な集中力が残っているかと言われれば、まぁ無理でしょうねという感想を持っています。
ちなみに私はオフィスまで片道大体2hかかります。
片道1時間の満員電車の後にリファインメントで仕様の曖昧さを指摘する集中力と準備力が残っているか。
準備の質が下がれば、品質会話の質も下がります。因果関係はメチャ単純ですね。
退社後も同じです。往復2~4時間の通勤で可処分時間が削られれば、翌日に向けた回復も不十分になります。
モチベーションの話は今はしませんが、下がらない方がおかしい。
破壊②:オフィスの割り込みコスト
実体験を一つ挙げます。
テスト観点を作成している最中に、同僚に肩を叩かれたことがあります。
内容は「この前のチケットの件、ちょっと聞きたいんだけど」
「リファインメントで聞いてくれ」
悪意はありません。
でもそれ、集中してる時に突っ込まれた時点でロスになります。
話しかけるなとは言いませんが、大抵のエンジニアはそうじゃないでしょうか。
また小賢しく論文を出しときますが
カリフォルニア州アーバイン大学のGloria Markの研究によれば、割り込みの後に元のタスクに戻るまで平均23分15秒かかるという事です。
そしてオフィスで最大の割り込み要因は何か。
はい、誰かからの声かけです。
労働者の70%以上がこれを一番の集中阻害として挙げています。
テスト観点の洗い出しは仕様の行間を読む集中作業です。
この作業が構造化されていない割り込みで中断される。
しかもその割り込みの多くは、リファインメントで聞けば済む内容だったりします。
破壊③:イヤホンのパラドックス
そしてオフィスには、特定の誰かに話しかけられなくても、周囲の会話や電話の声、キーボード音といった環境騒音が常にあります。
集中したいときにうるさいと気が散るので、イヤホンや耳栓で遮断する。
経験ある人、多い筈。
「対面コミュニケーションのために出社しろ」と言っておきながら、集中するためにイヤホンでコミュニケーションを遮断する。
こうなると何のために出社するんでしょうね。
コミュニケーションを取るために集めた場所で、コミュニケーションを遮断する道具が必要になる。
この矛盾を潰せないのなら、問題は「場所」ではなく「会話の設計」にある可能性が出てきます。
集中すべき時間と会話すべき時間が設計されていれば、イヤホンなど不要です。
リファインメントの1時間で品質会話をして、それ以外の時間は集中する。
この切り分けはリモートの方が遥かにやりやすいハズ。
じゃあハイブリッドなら良いのか?
ここまで読んで「フル出社がダメなら、週3出社・週2在宅のハイブリッドでいいじゃないか」と思った方もいるかもしれません。
私もハイブリッド自体を否定するつもりはありません。
またこいつry
スタンフォード大のNicholas Bloomらが2024年にNatureに発表したRCT(ランダム化比較試験)では、Trip.comの1,612人を「週5出社」と「週3出社+週2在宅」にランダムに振り分けて6ヶ月追跡した結果、生産性・人事評価・昇進率に有意差はなく、離職率は33%低下しました。
医学と同じゴールドスタンダードの実験手法で、ハイブリッド自体が生産性を下げるという主張はかなり根拠が薄いことを示しています。下げるという方向ならね。
問題は「ハイブリッドかどうか」ではなく「誰がタイミングを決めるか」です。
「火曜と木曜は出社」のように会社が曜日を固定するハイブリッドは、集中と会話のタイミングを個人がコントロールできません。
テスト設計を書く集中日と、リファインメントで品質会話をする日が、本来は業務の文脈で決まるべきなのに、カレンダー上の曜日で強制されてしまう。
火曜に集中したいのに火曜が出社日だと結局イヤホンするんですよね。
ギャラップ社の調査では、勤務場所の選択権を自分で持っている社員の方が、持たない社員より生産性が高く、上司との関係性も良好であるというデータが出ています。
また、Flex IndexとBCGの分析では、完全フレキシブル(社員選択制)の企業はマンデート型の企業と比較して2019-2024の売上成長率が1.7倍という結果もあります。
さらに見逃せないのが、出社義務化後に辞めていく人材の偏りです。
ピッツバーグ大・シカゴ大の研究では、RTO義務化後に離職率が14%上昇し、特にシニア社員・女性・高スキル人材に離職が集中しています。
採用期間も23%長期化。
つまり最も失いたくない人材から先に辞めていく構造になっている可能性が高いですね。
採用コストって忘れがち。経営陣は現場で手を動かさない人が多数だから?
アウルラボの調査では、出社義務化企業の44%の社員が「coffee badging」——出社してバッジをスキャンして、すぐ帰る——をやっているというデータもあります。
物理的な出社は強制できても、エンゲージメントは強制できません。
私が最も合理的だと思うのは、フルリモートでもフル出社でも、社員が選択できる形態です。
出社したい人は出社すればいいし、集中したい人は自宅で作業すればいい。
その上で、「水曜のリファインメントだけはオンラインでもオフラインでも全員参加」のように、品質会話の場だけを構造化する。
※別に品質以外でも会話の構造化は絶対やるべきですが。
「AI時代だからこそ出社」に対する反証
私は逆だと思っています。
AIが圧縮しているのは、まさに「出社しないと解決できなかった」と言われていた調整コストの部分です。
会議の自動要約、非同期での情報共有、ナレッジの検索と表出化。Microsoftの2024年の調査ではAIツール導入で生産性が29%向上したというデータも出ています。
「AI時代だからこそ出社」ではなく、「AI時代だからこそ、出社でしか解決できなかったことが減っている」 と捉える方が自然です。
AIで品質チェック自動化してる身としてはなおさら。
場所を固定するのではなく、会話の場や会議を設計する。
フル出社もハイブリッドも、この設計をサボっている限り本質は同じです。
残念なことに経営層と労働者層は相容れない関係でもあるのでここは大人しくフルリモートのところに転職するしかないでしょう。
もし筆者の会社がフルリモート廃止したら?
私はフルリモート派です、福利厚生が削られるのなら転職します。
QAエンジニア10年
スクラムマスター5年
AI x QA(上流工程からテストまでall in)というモダンなQA方式
対戦よろしくお願いします。
おわりに
以上、出社 vs リモートは、本質的には設計にかかっているというお話でした。
個人的には品質に寄与する会話が生まれるかどうかは、場所の問題ではありません。
会話が構造化されているか。
準備する時間が確保されているか。
そのタイミングを誰が決めているか。
この3つが揃わなければ、全員がオフィスに集まっても品質会話は増えません。
増えるのは、廊下の雑談と、集中作業中の肩トントンと、イヤホンの装着率だけです。
出社回帰は「会話の設計」という仕事をサボって「場所」で解決しようとしている。
マネジメントの仕事しましょう。
品質を作り込むための会話は、偶然を期待するのではなく、仕組みとして設計してください。
そしてその会話の質を担保する準備時間を、通勤と割り込みで壊さないでください。
必要なのは「出社」ではなく「設計」です。
参考文献
- Bloom, N., Han, R. & Liang, J. (2024). Hybrid working from home improves retention without damaging performance. Nature, 630, 920-925. https://www.nature.com/articles/s41586-024-07500-2
- Brucks, M.S. & Levav, J. (2022). Virtual communication curbs creative idea generation. Nature, 605, 108-112. https://www.nature.com/articles/s41586-022-04643-y
- Frey, C.B. & Presidente, G. (2022). Disrupting science: How remote collaboration impacts innovation. CEPR VoxEU. https://cepr.org/voxeu/columns/disrupting-science-how-remote-collaboration-impacts-innovation
- Lin, Y., Frey, C.B. & Wu, L. (2023). Remote collaboration fuses fewer breakthrough ideas. Nature, 623, 987-991. https://arxiv.org/pdf/2206.01878
- Mark, G., Gudith, D. & Klocke, U. (2008). The cost of interrupted work: More speed and stress. Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems, 107-110. https://ics.uci.edu/~gmark/chi08-mark.pdf
- Gallup (2025). The Future of the Office Has Arrived: It's Hybrid. https://www.gallup.com/workplace/511994/future-office-arrived-hybrid.aspx
- Flex Index / BCG (2024). Fully flexible companies grew revenues 1.7x faster than mandate-driven firms. https://www.gable.to/blog/post/hybrid-work-schedule
- Ma, M. et al. (2024). Return-to-Office Mandates and Brain Drain. University of Pittsburgh / University of Chicago. https://hankamer.baylor.edu/news/story/2025/return-office-mandates-and-hidden-cost-brain-drain