秋葉原ロボット部の読書会の教科書「量子力学10講」第1講で触れられた前提項目のうち、高校物理の教科書で取り上げられていない内容をメモ書きしたものです。
1997年に京都大学が出題した物理の問題では、ベクトル合成と三角関数を使って、複数のスリットを通る光が回折した際の光の強度の導出を行っていました。問題文の誘導に従ってスリットを通って回折した光の強度を定量的に導出します。
格子定数$d$ [m] 、$N$ 個のスリットを持つ回折格子に波長$λ$ [m]の平行光線を垂直に入射します(図1)。
図1.格子定数$d$ [m] 、$N$ 個のスリットを持つ回折格子。
スリットを通って角度$θ$ [rad]方向に回折する光を$d$に比べて十分遠いスクリーンで観測する場合を考えます。
隣り合うスリットを通る光の道のりの差は$dsinθ$ [m]となり、位相差$Δ$は$Δ = 2πsin\frac{θ}{λ}$となります。1
回折光が強め合う条件は、整数$m$を使うと、$dsinθ = mλ$なので、全ての回折光が強め合って明線となる位相差$Δ_m$は$Δ_m = 2mπ$となります。ここで、整数mは明線の次数といいます。2
光は一種の波動であり、例えば、正弦波$y_N$
$y_N = A_0sin(θ + φ_N)$
で表すことができます。各スリットからの光の振幅を$A_0$とすると、回折光が互いに強め合う条件では、$N$個の波を合成した波の振幅$y$は
$y = y_1 + y_2 + … + y_N = A_0 + A_0 + … + A_0 = NA_0$
となります。光の強度は振幅の2乗に等しいので、明線の位置での光の強度$K_0$は
$K_0 =(NA_0)^2$
となります3。
次に、$m$次と$(m+1)$次の明線の間での回折光の振る舞いを考えます。観測点でのスリット1からの光の波の変位は図2aに示すように、大きさが$A_0$のベクトル$A_1$の$y$軸への射影($y$軸上の太線に相当)に対応し、その位相は$x$軸とベクトル$A_1$のなす角$φ_1$に対応します。スリット2およびスリット3からの光の変位を図2bと2cに示します。
図2.観測点(ここでは$y$軸の位置)でのa) スリット1、b)スリット2、およびc)スリット3を通った光の変位。$y$軸上の太線はベクトルの$y$軸上への射影を表す。$φ_1$、$φ_2$、$φ_3$は各波の変位を表す。
図2を参考にして、波の重ね合わせを考えます。例えば、スリット1、スリット2およびスリット3を通る光の重ね合わせを行ったときの波$y_{123}$は、
$y_{123} = y_1 + y_2 + y_3 = A_0sin(θ+φ_1 ) + A_0sin(θ+φ_2 ) + A_0sin(θ + φ_3)$
で表されます。この式から観測点での光の波の変位を計算することができます。重ね合わせを行った波の変位の大きさは、既に求めたように、観測点での各波の変位の和に相当します。
この式で求めたい変位は、図3aの$y$軸上の太線の長さに相当します。さらに、図3bのように書き直すと、ベクトル$A_1$、ベクトル$A_2$およびベクトル$A_3$を足し合わせたベクトル$A_{123}$の$y$軸への射影が、ベクトル$A_1$の$y$軸への射影、ベクトル$A_2$の$y$軸への射影およびベクトル$A_3$の$y$軸への射影の和に一致することがわかります。また、光の強度は振幅の2乗に比例するので、ベクトル$A_{123}$のスカラーの2乗が波$y_{123}$の強度となります4。
図3.a)各波の$y$軸への射影をたてに並べた場合の模式図。b)各波のベクトルの始点と終点をつないで並べた模式図。ベクトル$A_{123}$は灰色の矢印で、その$y$軸への射影は灰色の太線で表示。
この考え方を$N$個のベクトルにまで拡張します。
まず、ある波の位相差$Δ$と全ての回折光が強め合って明線となる場合の位相差$Δ_m$との差を$δ$とします。
$δ = Δ - Δ_m$
隣接するベクトルとの位相差が$δ$であるとして、ベクトルの始点$xy$座標の原点で重ねて図示すると図4のようになります5。
図4.$N$個のベクトルの始点を原点に置いた場合の、各ベクトルの位置関係。
ベクトル$A_1$の終点にベクトル$A_2$の始点を一致させた場合の位置関係を、ベクトル$A_1$とベクトル$A_2$とのなす角度$δ$使って示すと図5aのようになり、さらにベクトル$A_3$も含めて図示すると図5bのようになります。これは、一片の長さが$A_0$の辺を$\frac{2π}{δ}$個持つ正多角形の一部であることがわかります6。
図5.a)ベクトル$A_1$の終点とベクトルA2の始点を一致させた場合。b)ベクトル$A_2$の終点とベクトル$A_3$の始点も一致させた場合。
補助線を加えて図5bを書き直すと、図6aのようになります。
図6.a)$xy$座標軸の原点はベクトル$A_1$の始点。各ベクトルの作る頂点は中心$O$の灰色の円に外接する。b)ベクトル$A_1$の始点からベクトル$A_N$の終点を向くベクトル$PQ$と円$O$。$OP$と$OQ$は円$O$の半径。
さらに、図6bからわかるように、求めたい振幅はベクトル$A_1$の始点からベクトル$A_N$の終点を向くベクトル$PQ$のスカラーに相当します。
三角形$OPQ$を使って、任意の$δ$で回折光の強度、ベクトル$PQ$のスカラーの2乗をもとめます。
はじめにベクトル$A_1$を底辺とし、頂点$O$の三角形から$OP$の長さをもとめます7。
$OPsin\frac{δ}{2} = \frac{A_0}{2}$
より、
$OP = \frac{A_0}{2sin\frac{δ}{2}} = OQ$
次に、ベクトル$PQ$のスカラーをもとめます。長さ $OP = OQ$の二辺の間の角の角度が$Nδ$である三角形$OPQ$の底辺の長さをもとめることなので、余弦定理より
$(PQ)^2 = (OP)^2 + (OQ) - 2(OP)(OQ)cosNδ$
が成り立ちます。$OP = OQ$なので整理すると
$(PQ)^2 = (OP)^2 - 2(OP)^2 cosNδ = 2(OP)^2(1 - cos Nδ)$
となります。$OP$は
$OP$ = $\frac{A_0}{2sin\frac{δ}{2}}$
なので、
$(OP)^2 = $$2(\frac{A_0}{2sin\frac{δ}{2}})^2(1-cosNδ)$$=A_0^2(\frac{1-cosNδ}{2sin^2\frac{δ}{2}})$
となります。
$N$個のスリットを持つ回折格子を通った光の強度$I_N$は、
$I_N= A_0^2(\frac{1-cosNδ}{2sin^2\frac{δ}{2}})$
で表されることがわかりました。
さらに、式の変形を続けます
$cos2θ = 1 - 2sin^2θ$
が成り立ちますので、
$1 - cos\frac{2Nδ}{2} = 2sin^2\frac{Nδ}{2}$
となり、
$I_N= A_0^2(\frac{1-cosNδ}{2sin^2\frac{δ}{2}})=A_0^2(\frac{2sin^2\frac{Nδ}{2}}{2sin^2\frac{δ}{2}})= A_0^2(\frac{sin^2\frac{Nδ}{2}}{sin^2\frac{δ}{2}})$
と変形可能です。
2つのスリットを通る光の強度の明暗を表す関数は、光の強度の式$I_N$の$N = 2$の場合です。
$I_2 = A_0^2 (\frac{sin^2\frac{2δ}{2}}{sin^2\frac{δ}{2}})$
「Mathway(https://www.mathway.com/ja/Graph )」を使ってグラフを書きました。
図7.2つのスリットを通る光の強度変化。横軸$δ$。
このグラフは、1つのスリットを通る素源波が1つである場合の回折強度に相当します。
$N$を増やしていくと、ピークが鋭くなっていくのがわかります。
図8.$N = 3$の時の光の強度変化。
図9.$N = 4$の時の光の強度変化。
図10.$N = 5$の時の光の強度変化。
図11.$N = 6$の時の光の強度変化。
おわりに
ベクトル合成と余弦定理を用いて、回折格子の強度を定量的に求める式を導出しました。スリットの数が増えると、ピークが鋭くなることがわかります。
この例では、1つのスリットを通る素源波は1つとして計算しています。二重スリットの各スリットを1つの素源波のみが通る場合は、$N = 2$の時のグラフのようになります。実際には複数の素源波が1つのスリットを通りますので、「量子力学10講の」5ページ図1.2のような強度分布となります。
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位相差は、λ : dsinθ = 2π: Δより導出。 ↩
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$Δ =2πsin\frac{θ}{λ}$と$dsinθ = mλ$から、$Δ =$ $\frac{2πmλ}{λ}$ $= 2πm$。これが、$Δ_m$に相当。 ↩
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問題では、光の強度は振幅の2乗に等しいとして考えるよう記述されているので、この前提をそのまま使っています。導出については、「波の強度が振幅の二乗に比例することの導出」https://qiita.com/kazueda/private/fe787f5e9ff3c6efa512 を参照。 ↩
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問題では、合成したベクトル$A_{123}$のスカラーが$y_1$、$y_2$、$y_3$を重ね合わせた波の振幅に相当するとの前提が記載されています。ここでもこの前提に従って導出を続けます。 ↩
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1番目と2番目の波の位相差は$Δ = 2πsinθ/λ$、明線の次数は1の位相差$Δ_1=1×2π$なので、$δ = 2πsinθ/λ-2π$。1番目と3番目の波の$δ$は$δ = 2×2πsinθ/λ - 2 × 2π$なので、2番目と3番目の間の$δ$の差は$(2×2πsinθ/λ - 2 × 2π) - (2πsinθ/λ - 2π) = 2πsinθ/λ - 2π = δ$となる。 ↩
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例えば、正六角形では、辺のなす角と中心角の関係は図のようになる。
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図の直角三角形$OPH$に三平方の定理を適用しても$OP$の長さがもとまります。
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