生成AIは、間違いなく私たちの仕事や学習のスタイルを大きく変えました。
私自身も、仕事で生成AIを良く利用しますし、利用しない限り仕事がわまらなくなってしまました。
コードを書く、文章を書く、設計を考える、調査をする――
これまで人間が時間をかけて行ってきた多くの作業を、AIは一瞬でこなします。
しかし一方で、私は同時に痛感している事実もあります。
それは、 生成AIは「誰でも使える道具」だが、「誰でも使いこなせる道具」ではない という点です。
生成AIは「人生経験」と「知識」を前提にしている
生成AIは非常に賢く見えます。 しかし実際には、問いの質以上の答えは返ってきません。
- 何が問題なのか
- どこが曖昧なのか
- 何を前提条件にすべきか
- その答えが「現実で使えるか」
これらを判断するには、 ある程度の人生経験・知識・人間力 が不可欠です。
言い換えれば、生成AIを「道具」として使えている人は、すでに自分の頭で考える力を持っている人であると言えるでしょう。
AIネイティブ世代が失いかねないもの
これから生まれてくる、いわゆる AIネイティブ世代 はどうでしょうか。彼らは、
- 答えは最初からAIが出してくれる
- 試行錯誤する前に「正解」を知ってしまう
- なぜそうなるのかを深く考えない
という環境で育ちます。
その結果、「根拠」や「背景」を知らないまま、 表面的な知識だけを大量に持つという状態に陥る可能性があります。
これは「知識が多い」のではなく、「薄っぺらい知識が積み重なっているだけ」 なのに、それを「情報」や「実力」だと勘違いしてしまう危険性です。
AIに仕事を奪われた後、何が起こるのか
問題はそれだけではありません。生成AIによって多くの仕事が自動化されるでしょう。 これは避けられません。
問題はその次です。
- AIに任せていた業務がなくなったとき
- 自分で考え、設計し、判断する力がなかったとき
人々に何ができるのでしょうか。最悪の場合、大量の 「何もできない人」 が社会に生まれてしまうという事態も想定されます。
厳しい言い方をすれば、そういう人たちはAIに置き換えらえる程度の仕事をしていた…ということになるかもしれません。しかし、生成AIがそういった人たちにとって代わることが出来るのは、そういう人たちが積み上げてきた過去に実績があるからです。
生成AIは、いわばそういう人たちの成果にただ乗りしているという言い方もできるのです。
なので、もしもそういう人たちがいなくなったら、いったい生成AIは何を根拠に自分自身を進化させていけばよいのでしょうか?
それでもAIは「人間」を必要とする
よく誤解されがちですが、
- AIを設計する
- AIを運用・改善する
- AIの判断を最終的にチェックする
- AIでは対応できない例外や責任を引き受ける
これらは、依然として人間の仕事です。つまり、 AIが発展すればするほど、 「考えられる人間」の価値はむしろ上がるという側面もあります。
つまり、われわれの社会はそういう人材を育てる方向に教育の舵をきっていかねばならないのです。
企業はもう、人材を育てなくなる
ただし、ここで大きな問題があります。企業は今後、
- 昔ほど時間やコストをかけて人を育てない
- 「即戦力」を前提とした採用に寄っていく
- そもそも育てる余力がなくなる
可能性が高いということです。
なぜなら、即戦力にはなりえない上に、いつ退職したり、転職してしまうかもわからないような新人にお金をかけて教育をするぐらいなら、まだ自社の生成AIに磨きをかけたほうが、よほどコスパが良いからです。
企業は利益を生むための源泉として、社員教育を行ってきましたが、それよりも生成AIに投資したほうが効率が良いという事を意味します。少なくとも、短期的な収益の観点から言えば、この方が絶対によいのです。
そのうえ、生成AIとは直接は関係ないものの、いわゆるジョブ型雇用というスタイルを導入する企業が増えてきていることも、この傾向には拍車がかかる可能性があります。
従来の日本型雇用はメンバーシップ型と呼ばれ、企業全体で人材を育て長期雇用するのが主流でした。
それに対しジョブ型は、仕事(ジョブ)を軸に評価・処遇し、専門性や成果を重視します。近年、専門人材の確保や生産性向上のため、日本でも大手企業を中心に導入が進んでいますが、分野によっては人材を確保するよりも生成AIに業務を置き換えたほうが良い、というケースもでてくるはずです。
企業は収益をあげなければ持続することが困難なので、長期的にマイナスになることはわかりつつも、ライバルとの目先の競争を勝ち抜くために、その部分のコストをカットせざるを得ない…。
その結果として、企業内教育は縮小し、個人が自分で学ぶしかない時代になる可能性があります。
AIに置き換えられないような仕事をするためには
このようなことを書くと、お先真っ暗…という気がします。
実際、生成AIの導入によって、マイクロソフトやアップルを始めとする有名テック企業が、その利益の源泉とも言うべき、プログラマーなどの技術者をリストラしています。これは従来考えられない事でした。
もちろんそれは、AIへの投資の資金確保という側面もあるのでしょうが、世の中の流れが従来の延長線上とは明らかに違う方向へ進もうとしていることは確かです。
では、希望はないのかと言われるとそんなこともないと思っています。
なぜかというと、これから必要になるのは、生成AIを維持・育成できる人材であると思うからです。
世の中には道路や橋などの社会インフラが数多く存在しますが、それらは、メンテナンスを必要とします。
生成AIも同じであることは言うまでもありません。現在、まだ生成AIは普及段階で、これから社会に浸透していくのでしょうが、社会に浸透するということは、インフラとして維持をしていく必要があるということを意味します。
そうなったとき、必要になってくるのが、生成AIに 「モノを教えるだけの力がある人材」 です。
単なる知識や情報の収集・まとめなら、人間よりもはるかに生成AIの方が優れています。
しかし、そのような方向に生成AIを誘導できるのは、他でもない人間以外ありません。
というのも、生成AIのベースとなる学習アルゴリズムというのは、強化学習というとてつもない回数の試行錯誤の末に、正解を学ぶというもので、その試行錯誤の回数は、人間は遠く及ぶものではありません。
しかし、「何が正解なのか」を設定することが出来るのはそもそも人間だけなので、その正解を考えられる力こそが、これからの人材求められるスキルだと言えるのです。
言い方は悪いですが、従来の職業教育は、企業にとって都合の良い、従順な人間を育てることが目的でした。しかし、その能力に関しては、AIのほうが我々人間よりもはるかに優れています。
そのため、私たちは別な能力で生成AIに対抗せざるを得ないのです。
新しい「教育体系」が必要になる
ここまでを踏まえると、必要なのは単なるスキル教育ではありません。
- 公教育とも違う
- 従来の職業訓練とも違う
- 資格取得だけを目的としない
「考える力」「根拠を問う力」「試行錯誤する力」 を育てる、新しい教育体系が必要だと感じています。
それは、
- 遠回りでも、自分の頭で悩むこと
- 失敗から学ぶこと
- 答えが一つでない問題に向き合うこと
を大切にする教育です。
おわりに
生成AIはわれわれ人類の敵ではありません。 しかし、思考を放棄した人間にとっては、非常に危険な存在です。
AIを使う時代だからこそ、
- 自分はなぜそれを使っているのか
- その答えを本当に信じてよいのか
を問い続ける人が、これからの社会で必要とされるのだと思います。
では、具体的にどのようにすればよいのか…というお話に関しては、また次の機会に書きたいと思っています。