はじめに
IPAが無料公開している要件定義に関する書籍『ユーザのための要件定義ガイド 第2版 要件定義を成功に導く128の勘どころ』が、響きから感じるようなお堅い書籍ではなく、かなり IT現場あるある が書かれている面白くてためになる良書でした。
498ページと、微妙に500ページに見えないお得感(?)を醸している大ボリュームでとっつきにくいところがありますが、読み物としてもめちゃくちゃ面白いので、勢いよく読んで手元において辞書的に使うと幸せになれそうに思えました。
ということで?全IT従事者が一度は目を通してもよいのでは?と感じましたので紹介しておきたいと思います。
構成
全7章構成です。
第1章では歴史や現状などの背景をデータを用いて 生々しく 描き、第2章で要件定義の座組と問題についての認識を書き、第3章で要件定義工程について解説し、第4~6章で個別の問題と解決の勘どころを述べ、最後第7章ではドキュメントの書き方を詳細に説明する、という構成でした。
第1章 背景
第 2 章 要件定義の問題認識
第 3 章 要件定義の全体像
第 4 章 ビジネス要求定義(BR)における問題と解決の勘どころ
第 5 章 システム化要求定義(SR)における問題と解決の勘所
第 6 章 要件定義マネジメント(RM)における問題と解決の勘どころ
第 7 章 要件定義の主要ドキュメント作成(DD)の勘どころ
引用 : ユーザのための要件定義ガイド 第2版 要件定義を成功に導く128の勘どころ
第1章
第1章ではIT業界の歴史や 闇 現状が書かれています。 「【既存システムの運用・保守に資金も人材も割かれている」「納期遅延・品質満足度が低い」 などのトピックをデータを用いて丁寧に説明しています。
厳しい環境で仕事をされている方においては自分の職場だけではなく、業界全体がそうなのかと勇気を与えられるかもしれません。
印象的な段落を引用しておきます。
【再構築の難しさ】
システムが既に存在していることを前提に考えると、その既存システムの存在が課題を生んでいる。刷新するにも、改造するにしても既存システム理解が重要である一方、その既存システムが巨大・複雑化しているために、すべての仕様を明確にすることが困難になっているからである。新しい要求は新しい要求を持っている人が存在するので検討し提示すれば良いが、既存システムに変更がない部分は「現行踏襲」という安易な要求で片付けられる。
しかし、既存システムのドキュメントが陳腐化していたり、業務知識を持っている人が業務部門にすら居なくなってきている。少しでも業務を IT 化しようと拡張と過剰品質を繰り返してきた結果、業務がシステムの中に埋没し業務部門でも分からなくなってきている。「システム部門の方が常に保守し続けているからわかっているでしょ」と謂れのない責任転嫁がされることもある。さらに、当初の IT システム開発に携わった有識者が定年退職を迎えブラックボックス化に拍車が掛かっている。
引用 : ユーザのための要件定義ガイド 第2版 要件定義を成功に導く128の勘どころ P.23 ~
ある程度歴戦の レイブン ITエンジニアであれば 体が闘争を求める 何か感じるものがあるのではないでしょうか。そうでないITエンジニアにとっては、IT業界の現状の把握の助けになる文章ではないでしょうか。
一方で、DXなビジネス書を凝縮したような段落もありますのでこちらも引用しておきます。
【人間中心アプローチ デザイン思考/UX デザイン】
ビジネス・モデル変更の背景には、商品を出せば売れる時代ではなくなったことも挙げられる。一昔前は、商品の機能の差別化や品質の差別化でコンシューマを振り向かせていたが、直ぐにコモディティ化する。贅沢な機能は必要なく基本機能で十分だという。そして、買い換える、いや「モノ」が欲しいという気持ち自体がコンシューマの中で減っている。「モノ」中心の考え方ではコンシューマは振り向かないのである。人の心をつかまないと、振り向いてもらえない時代である。コンシューマは、最低限の機能(当たり前)があった上で、色や見栄え、使いやすさ、楽しさ、驚き、感動、心地よさなどで振り向く場合がある。いわゆる人間中心の発想が必要になってきている。ユーザ起点(人間中心)でアイデア発想する「デザイン思考」や、ユーザに「楽しさ」や「驚き」、「心地よさ」を与えようとする「UX(UserExperience:ユーザエクスペリエンス)デザイン」などが DX に役立つ技術である。DX レポートでも、DX を「新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデルを通じて、ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出し、競争上の優位を確立すること」という定義を紹介している。
引用 : ユーザのための要件定義ガイド 第2版 要件定義を成功に導く128の勘どころ P.29
幅広い読者にお楽しみ頂ける内容かと思います。自分に興味のあるところをじっくり読んでそれ以外のところを読み飛ばして、いつの日か読み直すなどしてもいいかもしれません。
第1章では要件定義が難しくなっている歴史的背景や理由が述べられていますが、要件定義に限らず外部設計や開発の難易度が上がっている理由も合わせて考えながら読むと面白いかもしれません。
第2章
経営層、業務部門、システム部門等が意識すべきことなどが書かれています。
全体的にアグレッシブ(?)な文章が多くワクワクする読み物になっている印象です。
例)
【良き構想なくして良き要件定義はない】
【要件定義プロジェクトの体制がシステム部門に偏っている】
要件定義は、本当に必要な人をアサインし、その人に十分な期間を与えることが成功のポイントである。「一文惜しみの百知らず」。ここでの工期延長、工数増加を惜しんで未決事項を残した結果、設計、実装、テスト期間や負荷が膨張して予算超過になるケースは後を絶たない。
引用 : ユーザのための要件定義ガイド 第2版 要件定義を成功に導く128の勘どころ P.42 ~
要件定義は、経営層を含む、業務やシステムに関係する人間が一丸となって行わないとうまくいかないということが示唆されているように見えます。
顧客を巻き込んだアジャイルを実施したいが、自分に権威がなくて巻き込み力が足りないといったケースでは、権威あるIPA文書にこのような内容が書かれているのをうまく使えるといいかもしれません。
忙しい方は、以下のページをざっくり参照して、関連する部分を読むとよいかもしれません。
- P.57 ~ 2.2.1 問題の抽出と整理
第3章
「要件定義」を細分化して明確に定義している章になります。
引用 : ユーザのための要件定義ガイド 第2版 要件定義を成功に導く128の勘どころ
P.75 : 図 3.2 要件定義 問題カテゴリマップ(再掲)
RM が要件定義工程全体のマネジメント、BR がビジネス要求部分、SR がシステム化要求部分を指しており、ITエンジニアの要件定義は主にSRを指すことが多い様に思います。
以下構成となっているので、忙しい方は自分の業務に関係ある章のみを読むとよいかもしれませんが、 実は自分の業務と直接関係ないところを理解することが自分の業務を円滑に進めるために必要 であったりするので全部読んでもよいかもしれません。
- 「第 4 章 ビジネス要求定義(BR)における問題と解決の勘どころ」
- 「第 5 章 システム化要求定義(SR)における問題と解決の勘所」
- 「第 6 章 要件定義マネジメント(RM)における問題と解決の勘どころ」
おわりに
ページ数が大ボリュームかつ、なんとなく難しそうだったり、要件定義は自分には関係ないと見えたりする書籍なのですが、全IT従事者が目を通した方がよさそうに思えたので本書の構成と第1章~第3章部分を紹介してみました。第4章~第6章は興味のあるところを読んで頂き、第7章は辞書的にご利用頂くのがよさそうです。
「ユーザのための要件定義ガイド 第2版 要件定義を成功に導く128の勘どころ」には興味深く役に立つ内容が満載です。
忙しい方も、斜めに目を通すだけでも今までと違った視点で業務に取り組めるなどあるかもしれません。
一方で、このレベルの書籍が無料で公開される理由が気にもなります。
要件定義ができることにはとても価値があるはずなのに、 時間さえかければ誰でも無料で学ぶことができてしまいます。
最大79万人不足すると言われている「ITエンジニア不足」は「プログラムが書ける人」ではなく「お客様の要望を聞いて意図を汲み取ってアジャイル的にシステム開発ができる人」だったりするのでしょうか。
「ITエンジニア」の単価は変わらないのに求められているスキルは年々増加傾向にあるような気がしています。
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