始動
288ページにもおよぶ死海文書企業IT動向調査報告書 2023 (PDF形式) : 一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が全文無料公開されていました。
この文書等から2030年最大79万人不足するITエンジニアの補完計画の考察してみたいと思います。
出典:経済産業省「ITベンチャー等によるイノベーション促進のための人材育成・確保モデル事業」
2nd PF から 3rd PF
従来型のITサービスを第2のプラットフォーム(2nd PF)、クラウド、モビリティ、ソーシャル、ビッグデータ/アナリティクス、さらにはIoT/AIといった分野でのITサービスを第3のプラットフォーム(3rd PF)と定義し、2030年までの3rdインパクトによる影響をそれらの遷移を以下グラフに示します。
出典 : 各調査会社による市場予測をもとにみずほ情報総研推計
出典 : 参考資料(IT人材育成の状況等について) : 経済産業省 商務情報政策局
情報処理振興課
グラフでは、2030年には2nd PF と 3rd PF の割合が逆転しており、従来型ITエンジニアのスキルでは対応できない案件が半数を超える可能性を示しているようにも見えます。
2nd PFを維持するランザビジネス予算と、3rd PFを推進するバリューアップ予算
一方で、ランザビジネス(現行ビジネスの維持運営)予算とバリューアップ(ビジネスの新しい施策展開)予算の比率は、2022年で、76.1% : 23.9% とレガシーシステムからの脱却の難しさも示されており、3rd PF への推移がそこまでの勢いで推進しない可能性もあるかもしれません。
出典 : 企業IT動向調査報告書 2023 (PDF形式) / 図表 2-1-17 年度別 IT 予算配分(平均割合)
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)
業務で使っているシステムが、『現在のテクノロジーから見ると明らかに非効率な業務システムだからDXしようZE』 と言っても即座にDXされるわけではありません。
操作に慣れてしまった担当者目線で言えば、それまで 「問題なく」 行えていた業務を行うのに、なぜわざわざ新しいことを覚えないといけないのか 理解ができません。BtoBやBtoCのシステムであれば、社内の人間だけではなく、社外の人間にもコストをかけてトレーニングを行う必要も出てきてしまいます。
また、誰も使ってないかもしれない現行システムの謎仕様を新システムにどのように移行していいか分からないといった問題もあるかもしれません。
その様な状況を鑑みると、DXや業務改善の難しさはシステムの使いやすさうんぬんよりも、システムを使う人間の意識をどう変えていくか、古いしがらみをどの様に断ち切っていくかというところにあるのかもしれません。
ここで、売上高1兆円以上の企業に着目すると、ランザビジネス予算とバリューアップ予算の比率が、61.8% : 38.2% となっているのが分かります。
出典 : 企業IT動向調査報告書 2023 (PDF形式) / 図表 2-1-19 年度別 売上高別 IT 予算配分(3 年後の目標)
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)
予算を多く持っている会社では、RPA導入やリスキリングと言ったバズワードを使いつつ、システムを使う人間の意識を変革してDXを推進できているのかもしれません。
このような投資をできた会社とできなかった会社で数年後にどのような差がついているのかは興味深いところです。
話がそれましたが、現時点までの情報からは「ITエンジニア」は「現行システムの維持運営エンジニア」と「ビジネスの新しい施策展開に関する開発エンジニア」の二極化が進んでいくと推察できそうです。
現行システムの維持運営エンジニア補完計画(2nd PF)
現行システムの維持運営案件は、新規ビジネスの創出と異なり 「答えが明確な業務」 であり、以下のような傾向があるように思えます。
- 一度入れば長期にわたり安定が得られる
- 案件固有の知識やスキルを活かしてベンダーロックインしやすい
- 長期案件であればある程ドキュメントが充実していて、変化が少ない
- いずれはリプレイス対象のレガシーシステムとなり消滅する
こちらは現時点で所属会社が 2nd PF 案件を握っているかで、案件に参画できるかが決まってしまいそうです。また、この案件にアサインできるタイプの人材は充足傾向にあるようで、計画的に補完しなくても人材不足にならないかわりに、単価を低く抑えられる可能性がありそうです。
出典 : 企業IT動向調査報告書 2023 (PDF形式) / 図表 6-1-2 人材タイプ別 IT 部門要員数の充足状況
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)
2nd PF 案件は、システムの寿命と共に消える運命の案件なので、生存戦略としては、他案件でも利用可能なヒューマンスキルや資料作成能力などを重点的に上げたり、業務外で近代言語の習得をしておく必要があるかもしれません。
ビジネスの新しい施策展開に関する開発エンジニア補完計画(3rd PF)
先の「図表 6-1-2 人材タイプ別 IT 部門要員数の充足状況」を見ると、不足している人材は以下に大別されるように思えます。
- 企画職のような答えがない業務を行える人材
- 推進職の様な多くの人間と関わる業務を行える人材
- データ分析の様な専門技術を持つ人材
- アジャイル開発の様にプロジェクト活動のすべてを実施できる人材
それらの人材をどうやって補完するかひとつひとつ検討してみましょう。
企画職のような答えがない業務を行える人材
学校教育では「答えがない問題」に対処する方法は教えてくれませんし、評価もしてくれません。
そのためか、社会に出てやれと言われてもやり方が分からないし、やる意味も分からないといったことがあるかもしれません。
そもそも他人から教えてもらえる企画は教える人が実現可能で、それを実現しても売れる企画とはなりません。
『あなたにだけ教える必ず儲かる方法』 が存在しないのと同様に、人から教えてもらってそのまま使える企画は存在しないのです。
基本的な考え方は書籍などで学ぶことはできますが、大事なのは成功するまで継続するつよい心かもしれません。
散々調査して苦労して作った企画があっさりボツにされたり、自分が面白いと思うことよりも企画を受け取る人が何を考えるかとか、数字を取るためには何が必要かの方が大事な世界です。思い込みで企画になると大ヤケドをします。
そのような世界で自我を保ち続けて、奇跡を待たずに地道な努力を続けてヒット作を作る人材が企画職かと思います。
この様な人材を『ITエンジニア』として募集しても補完はできないですが、「答えがない問題」に取り組める人間に適切な経験を積ませることで補完ができるかもしれません。
推進職の様な多くの人間と関わる業務を行える人材
大きな企業になればなるほど多くの部署や人が関わる業務が増えます。
異なる部署には異なる人が存在して、利害関係もしやすい仕事の方法も異なります。
これをまとめ上げる調整力や権威、あるいは政治力を持った人材、はおそらく先天的な性質と若い頃からの教育や環境などが組み合わさらないと錬成されない様に思えます。
この様な人材を『ITエンジニア』として募集しても補完できないですが、「人と関わる仕事」に取り組める人間に適切な経験を積ませることで補完ができるかもしれません。
データ分析の様な専門技術を持つ人材
3度の飯よりデータ分析が好き、と、寝食を忘れて研究に没頭するような人材でしょう。
この様な人材は、街のIT屋が募集をかけると無用の長物になる可能性が高いので注意が必要ですが、然るべき機関にて然るべき募集をすれば補完できるのかもしれません。
アジャイル開発の様にプロジェクト工程のすべてを実施できる人材
ウォーターフォール開発はできて、アジャイル開発ができない人材は、開発プロジェクト工程の一部しか経験していないからできるようにならないと考えられます。
アジャイル開発は、短いサイクルで開発のすべての工程を回す手法なので、従事する人材は全ての工程を実施できる必要があります。この人材は、既存の業務の中で、要件定義、外部設計、詳細設計、開発、試験まですべての工程およびPMを経験させることで、育成することで補完できそうです。
ただし、「開発が好きで開発しかやりたくないです。」 、「プログラムが苦手なので外部設計しかしません」 といった傾向もあるため、簡単には補完できないかもしれません。
システム開発の現状
ビジネスの新しい施策展開に関する開発エンジニア補完計画(3rd PF)にて、辛うじてアジャイル人材だけは育成できるかもしれないと考察しましたが、育成できるような環境が存在しているのかを見ておきましょう。
以下、システム開発において、工期遵守、予算遵守、品質満足度についての推移のグラフを示します。
出典 : 企業IT動向調査報告書 2023 (PDF形式) / 図表 7-1-1 プロジェクト規模別・年度別 システム開発の工期遵守状況
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)
出典 : 企業IT動向調査報告書 2023 (PDF形式) / 図表 7-1-2 プロジェクト規模別・年度別 システム開発の予算遵守状況
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)
出典 : 企業IT動向調査報告書 2023 (PDF形式) / 図表 7-1-3 プロジェクト規模別・年度別 システム開発の品質満足度の状況
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)
また、予定通りにならなかった要因についてもグラフを示します。
出典 : 企業IT動向調査報告書 2023 (PDF形式) / 図表 7-1-4 予定どおりにならなかった要因(複数回答)
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)
アンケートが起点であるため鵜呑みにできない点、1人月や5人月の仕事のデータがない点、2000年など昔のデータがない点が残念ですが、得られたデータだけで考察します。
より答えのない開発を行っていかなければいけない状況と、それに対する人材または予算が不足しているためじわじわと工期や予算を守れず、品質についてはとりあえずヨシ!としているように読み取れます。
そのような状況において、教育や育成に充分な時間を取ることは難しくなっていくことが想像でき、それでも、開発に関するすべての業務を経験して成長していくためには、大炎上ではないにせよ若干くすぶった案件にそれなりにうまく適応してアウトプットを出す能力を求められることになるでしょう。
終わらない世界
グラフの2030年を見ると、供給されるエンジニアは85万人、不足するエンジニアは79万人です。
このエンジニア不足を解消するには、最低でも未経験者をどこからともなく79万人かき集めて、ほぼ全ての現存エンジニアが未経験者をアジャイルエンジニア以上のエンジニアに育てなければいけないという計算になりそうです。
これがわずか7年後、今新卒のエンジニアが30歳になる頃に直面する世界の話とは驚きです。
実際にはAIが人間の肩代わりをして79万人を育成する必要はなくなっているかもしれませんし、「ITエンジニア」の仕事は今の「ITエンジニア」の仕事と全く異なっている可能性もありそうです。
最後に、未来の世界に備える参考に新規テクノロジーやフレームワークの導入状況を載せておきます。
「希望は残っているよ。どんな時にもね」
出典 : 企業IT動向調査報告書 2023 (PDF形式) / 図表 9-1-1 新規テクノロジーやフレームワーク等の導入状況
一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)
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