LoginSignup
9
6

More than 3 years have passed since last update.

JITアセンブラXbyakを使ってみる(その2)

Last updated at Posted at 2020-08-28

(2020年8月31日追記) 本記事執筆時に、Xbyakから関数呼び出しができない、グローバル変数にアクセスできないと誤解していましたが、普通にできるようです。詳細は光成さんのXbyakのノウハウを参照してください。

はじめに

JITアセンブラXbyakに興味を持つような人は、プログラムの高速化に興味があり、かつアセンブリを知っているような人であろう。

さて、数値計算屋1もプログラムの高速化には興味があることが多い。特に昨今はSIMDレジスタの有効活用が性能に直結することもあって、アセンブリを確認したりインラインアセンブラや組み込み関数を使った高速化をする人も多いだろう。

Xbyakは、関数一つがニーモニック一つに対応しているという点で組み込み関数と似たような使い勝手が期待できる。しかし、組み込み関数を使ったプログラムがコンパイル時に決定されるのに対して、XbyakはJITアセンブラなので、プログラムが決定されるのは実行時である。これが結構「使用感」の違いを生む。

以下、数値計算屋がXbyakを使ってみてハマったポイントを紹介したい。

関数の引数と返り値

インラインアセンブリを使う場合、関数の引数と返り値についてはコンパイラがよしなにやってくれるので気にしなくて良い。例えば引数として整数が与えられ、それをincしてから返す関数をインラインアセンブラで書くならこんな感じで書ける。

int func(int a) {
  int r;
  __asm__(
      "mov %1, %%eax\n\t"
      "inc %%eax\n\t"
      "mov %%eax, %0\n\t"
      : "=m"(r)
      : "m"(a));
  return r;
}

しかし、Xbyakで引数を扱う場合には、どの引数がどのように渡されるか、返り値はどのように返されるかを知らないとコードが組めない。

とりあえず返り値は簡単だ。C/C++の関数は返り値を一つしか返せず、数値計算屋が返すのは整数か実数かどちらかだろう。整数はeax、実数はxmm0を返すと覚えておけばとりあえず問題ない。問題は引数だ。

関数呼び出しにおいて、関数の引数がどのような形で渡されるかはABI (Application Binary Interface)の「呼び出し規約」で決まっている。

例えばx86_64において、

int func(int , int , int , int );

なんて関数があった時、Linuxでは引数がedi,esi,edx, ecxという順番に値が入ってくる。しかし、Windowsでは違ったりする。インラインアセンブラや組み込み関数を使っている時にはそんなことを知らなくても良かったが、Xbyakを使うなら意識しなければならない。Xbyakにはこのような差異を吸収するXbyak::util::StackFrameなどの仕組みが用意されているが、とりあえず数値計算屋の主戦場はLinuxであろうし、WindowsでもWSLで開発すればABIはSystem V ABIに従うので、当面はWindowsは忘れて良いだろう。

しかし、いずれにせよLinuxのSystem V ABIは覚えなくてはならない。

整数を二つ引数にとって整数を一つ返す関数なら、ediesiに値が入ってきて、eaxに結果を入れてretすれば良いので、例えば二つの整数の和を返す関数はXbyakで以下のように書ける。

add_int.cpp
#include <cstdio>
#include <xbyak/xbyak.h>

struct AddInt : Xbyak::CodeGenerator {
  AddInt() {
    mov(eax, edi);
    add(eax, esi);
    ret();
  }
};

int main() {
  AddInt a;
  auto f = a.getCode<int (*)(int, int)>();
  printf("%d\n", f(1, 2));
}

ここで注意したいのは、コードを生成する関数(コンストラクタ)と、生成する関数のシグネチャは全く関係がないことだ。あくまで生成する関数のシグネチャは、getCodeのテンプレート引数で決まる。

一応gdbで動作確認をしておこう。-gつきでコンパイルして、gdbで実行し、printfのところにブレークポイントを置く。

$ g++ -g add_int.cpp
$ gdb ./a.out
(gdb) b 15
Breakpoint 1 at 0x1a7a: file add_int.cpp, line 15.
(gdb) r
Starting program: /mnt/c/Users/watanabe/Desktop/github/qiita/xbyak2/a.out

Breakpoint 1, main () at add_int.cpp:15
15        printf("%d\n", f(1, 2));

この状態でlayout asmしてアセンブリを見る。

add_int1.png

callq *%raxがXbyakが作った関数の呼び出しだ。その直前で、ediに1が、esiに2が入っていることがわかる。これがf(1, 2)の部分だ。ここからsiを何度か入力して、Xbyakの作った関数に入ろう。

add_int2.png

mov %edi, %eax
add %esi, %eax
retq

と、そのままのアセンブリになっており、eaxediesiの和が入っていることがわかる。eaxが関数fの返り値として扱われるので、その後のprintfでは「3」と表示される。

一応実数の和も試しておこう。こんな関数を作りたいとする。

double f(double a, double b){
  return a + b;
}

引数は順番にxmm0, xmm1に入れられて来て、返り値はxmm0を使うので、単にxmm0xmm1の和をxmm0に入れてretすれば良い。こんなコードになるだろう。

add_double.cpp
#include <cstdio>
#include <xbyak/xbyak.h>

struct AddDouble : Xbyak::CodeGenerator {
  AddDouble() {
    addsd(xmm0, xmm1);
    ret();
  }
};

int main() {
  AddDouble a;
  auto f = a.getCode<double (*)(double, double)>();
  printf("%f\n", f(1.2, 3.4));
}

実行すると、結果は期待通り4.6になる。

$ g++ add_double.cpp
$ ./a.out
4.600000

配列を渡したり、整数と浮動小数を混ぜて渡したり、たくさんの引数を渡したりした場合、ABIの呼び出し規約を見てどの引数がどのレジスタに入ってくるかを確認する必要がある。また、レジスタが足りなければスタックに入れられてくるので、それも対応しなければならない。

定数の代入

レジスタに値を代入したい時、整数ならmovに即値を渡すことができる。eaxに1を代入したければ

mov(eax, 1)

とすればOKだ。これはインラインアセンブラでも手間は変わらない。しかし、実数の代入は面倒だ。x86では実数はxmmレジスタで扱うが、xmmへの即値代入命令は無いので、一度メモリに展開して、メモリからコピーしなければならない。

例えば、こんな関数を作りたいとする。

double pi(void){
  return 3.141592;
}

これを実現するには、単にxmm03.141592を代入してやれば良い。ちょっと面倒だが、インラインアセンブラを使えばこんな感じになるだろう。

#include <cstdio>
#include <x86intrin.h>

double pi(void) {
  __m128d xmm = {3.141592, 0.0};
  __asm__(
      "movups %0, %%xmm0\n\t"
      :
      : "m"(xmm));
}

int main() {
  printf("%f\n", pi());
}

歴史的な理由でx86には64bitのネイティブな浮動小数点レジスタが無く、128bitのxmmレジスタを使うため、代入も__m128dなどの型を持った変数を使う必要があるが、そんなに面倒ではない。

また、このような拡張命令を使わずとも、グローバル変数からコピーしてやるという手もある。

#include <cstdio>
#include <x86intrin.h>

double my_pi = 3.141592;

double pi(void) {
  __asm__("movupd my_pi(%rip), %xmm0");
}

int main() {
  printf("%f\n", pi());
}

こういうことができるのは、コンパイラがコンパイル時にグローバル変数のアドレスがわかるからだが、Xbyakは純粋にC++の関数として実装されているため、こういう「ズル」はできない。 すみません、Xbyakから普通にグローバル変数にアクセスできるので、以下のような面倒なことをする必要はありません。

したがって、xmmレジスタに値を代入したければ、スタック上にデータを作ってからmovsdするしかない。スタックをいじるからには、スタックポインタだのベースポインタだのを考える必要がある。あまり自信がないが、こんな感じになるだろうか。

pi_xbyak1.cpp
#include <cstdio>
#include <xbyak/xbyak.h>

struct Code : Xbyak::CodeGenerator {
  Code() {
    push(rbp);
    mov(rbp, rsp);
    sub(rsp, 0x8);
    mov(rax, 0x400921fafc8b007a);
    mov(ptr[rsp], rax);
    movsd(xmm0, ptr[rsp]);
    mov(rsp, rbp);
    pop(rbp);
    ret();
  }
};

int main() {
  Code c;
  auto f = c.getCode<double (*)()>();
  printf("%f\n", f());
}
$ g++ pi_xbyak1.cpp
$ ./a.out
3.141592

倍精度実数の3.141592は、バイト列で表すと0x400921fafc8b007aだ。これをraxに突っ込んで、それをスタックにコピー、そのアドレスをxmm0にコピーすることでxmm0 = 3.141592を実現している。

さすがに実数のバイト列をいちいち計算するのは面倒なので、こんな補助関数を作るんですかね?

uint64_t double_byte(double x) {
  unsigned char *b = (unsigned char *)(&x);
  uint64_t v = 0;
  for (int i = 0; i < 8; i++) {
    v <<= 8;
    v += b[7 - i];
  }
  return v;
}

これを使うと、さっきのコードはこんな感じになる。

pi_xbyak2.cpp
#include <cstdint>
#include <cstdio>
#include <xbyak/xbyak.h>

struct Code : Xbyak::CodeGenerator {
  uint64_t double_byte(double x) {
    unsigned char *b = (unsigned char *)(&x);
    uint64_t v = 0;
    for (int i = 0; i < 8; i++) {
      v <<= 8;
      v += b[7 - i];
    }
    return v;
  }
  Code() {
    push(rbp);
    mov(rbp, rsp);
    sub(rsp, 0x8);
    //mov(rax, 0x400921fafc8b007a);
    mov(rax, double_byte(3.141592));
    mov(ptr[rsp], rax);
    movsd(xmm0, ptr[rsp]);
    mov(rsp, rbp);
    pop(rbp);
    ret();
  }
};

int main() {
  Code c;
  auto f = c.getCode<double (*)()>();
  printf("%f\n", f());
}

結果は同じだ。

関数の返り値の決め方

Xbyakでは、関数の引数や返り値はGetCode::CodeGeneratorのテンプレート引数として決まる。なので、同じ関数を異なる引数を持つ関数として使うことができる。

rvalue.cpp
#include <cstdint>
#include <cstdio>
#include <xbyak/xbyak.h>

struct Code : Xbyak::CodeGenerator {
  uint64_t double_byte(double x) {
    unsigned char *b = (unsigned char *)(&x);
    uint64_t v = 0;
    for (int i = 0; i < 8; i++) {
      v <<= 8;
      v += b[7 - i];
    }
    return v;
  }
  Code() {
    push(rbp);
    mov(rbp, rsp);
    sub(rsp, 0x8);
    mov(rax, double_byte(4.56));
    mov(ptr[rsp], rax);
    movsd(xmm0, ptr[rsp]);
    mov(eax, 123);
    mov(rsp, rbp);
    pop(rbp);
    ret();
  }
};

int main() {
  Code c;
  auto f1 = c.getCode<int (*)()>();
  auto f2 = c.getCode<double (*)()>();
  printf("f1() = %d\n", f1());
  printf("f2() = %f\n", f2());
}

f1f2は、Codeの同じインスタンスcから作られているが、片方は返り値をint、もう片方はdoubleと定義されている。関数の中身でeaxに123を、xmm04.56を代入しているので、getCodeのテンプレート引数によりどちらが返り値として使われるかが変わる。

$ g++ rvalue.cpp
$ ./a.out
f1() = 123
f2() = 4.560000

「だからどうした」と言われると困るのだが、組み込み関数だのインラインアセンブラだのを使ってきた人間からすると、「関数のシグネチャすら動的に決まる」というのに驚いたので書いてみました。

レジスタの中身の確認

(2020年8月31日追記) 以下はXbyakからグローバル変数が触れず、関数も呼べないと思って書いたものですが、普通に触ったり呼び出したりできました。なので、レジスタの中身を見るのにこんな面倒なことをする必要はありません。

SIMD化をしていると、「いまこの瞬間のレジスタの中身」が知りたいことが良くある。AVX2で普通にSIMD化するなら__m256d型の変数を使うのだろうが、これは配列のようにインデックスアクセスができるので、print文デバッグが容易だ。

個人的にはこんな関数でymmレジスタの中身を表示させている。

void print_m256d(__m256d v) {
  printf("%f %f %f %f\n", v[3], v[2], v[1], v[0]);
}

こんな風に使う。

#include <cstdio>
#include <x86intrin.h>

void print_m256d(__m256d v) {
  printf("%f %f %f %f\n", v[3], v[2], v[1], v[0]);
}

int main() {
  __m256d v = _mm256_set_pd(4.0, 3.0, 2.0, 1.0);
  print_m256d(v);
}
$ g++ -march=native register.cpp
$ ./a.out
4.000000 3.000000 2.000000 1.000000

さて、Xbyakでは、作ろうとしている関数のレジスタの値を、作っている関数(Xbyak::CodeGeneratorを継承したクラスのコンストラクタ)の中のローカル変数に取り出すことができない。また、Xbyakからprintfをcallできないので(多分)、ymmの中身を直接浮動小数点数として表示することは困難だ。 すみません。関数をcallできなかったのはシェアードライブラリがLoadされてなかったためでした。

なので、Xbyakからymmレジスタの中身をソース上からprint文デバッグしたければ、

  • 関数の返り値にして一つ一つ確認する
  • 関数の引数に配列を渡して、そいつに値を代入して、後から確認する

のどちらかになろうかと思う(デバッガ使え、という話もありますが・・・)。

後者の方針で、たとえばymm0の値を見たい時、関数の引数としてdouble [4]を渡して、そいつに値を代入することで後で中身を確認するようなコードはこんな感じになるんですかね。

show_ymm.cpp
#include <cstdio>
#include <x86intrin.h>
#include <xbyak/xbyak.h>

struct Code : Xbyak::CodeGenerator {
  Code() {
    vmovups(ptr[rdi], xmm0);
    vextractf128(xmm0, ymm0, 0x1);
    vmovups(ptr[rdi + 16], xmm0);
    ret();
  }
};

int main() {
  double x[4] = {};
  __m256d v = _mm256_set_pd(4.0, 3.0, 2.0, 1.0);
  Code c;
  auto f = c.getCode<void (*)(__m256d, double *)>();
  f(v, x);
  printf("%f %f %f %f\n", x[3], x[2], x[1], x[0]);
}

これは引数として__m256d、つまりYMMレジスタを受け取り、その中身を第二引数に渡したdoubleの配列にバラしてもらう関数だ。

コンパイル、実行してみよう。

$ g++ -march=native show_ymm.cpp
$ ./a.out
4.000000 3.000000 2.000000 1.000000

できてそうですね。せっかくなのでvpermpdを使ってymm0の中身をひっくり返してみましょうか。

show_ymm2.cpp
#include <cstdio>
#include <x86intrin.h>
#include <xbyak/xbyak.h>

struct Code : Xbyak::CodeGenerator {
  Code() {
    vpermpd(ymm0, ymm0, 0 * 64 + 1 * 16 + 2 * 4 + 3 * 1);
    vmovups(ptr[rdi], xmm0);
    vextractf128(xmm0, ymm0, 0x1);
    vmovups(ptr[rdi + 16], xmm0);
    ret();
  }
};

int main() {
  double x[4] = {};
  __m256d v = _mm256_set_pd(4.0, 3.0, 2.0, 1.0);
  Code c;
  auto f = c.getCode<void (*)(__m256d, double *)>();
  f(v, x);
  printf("%f %f %f %f\n", x[3], x[2], x[1], x[0]);
}
$ g++ -march=native show_ymm2.cpp
$ ./a.out
1.000000 2.000000 3.000000 4.000000

ちゃんとひっくり返った。できているようだ。

まとめ

Xbyakの説明というよりは、ほぼアセンブリの説明になってしまった。それなりにSIMD化とかしてアセンブリを見ていたつもりだったが、Xbyakを使ってみて「自分が全然アセンブリを知らない」ことがわかった。WindowsとLinuxで呼び出し規約が違うなんて知らなかったよ。

続く


  1. 以下、「数値計算屋」という大きな主語を多用するが、本稿では単に僕のことを指し、数値計算屋全体がこうだ、と言いいたいわけではない。 

9
6
4

Register as a new user and use Qiita more conveniently

  1. You get articles that match your needs
  2. You can efficiently read back useful information
  3. You can use dark theme
What you can do with signing up
9
6