はじめに
こんにちは!足立です!
2026年1月9日と10日の2日間、富山国際会議場で開催された「ブリ会議」という技術カンファレンスに参加しました。約300名の参加者が集まり、多数のセッションが予定されていました。私はブリ会議には初参加で、当日スタッフとして参加しました。
この記事では、ブリ会議への参加を通じて感じた 「外に出ることの価値」 について、私の体験を中心にまとめていきます。
1月10日(土)、朝5時半、ほぼ始発の電車に乗り込み、新幹線への乗り継ぎ。
眠すぎてろくに景色も見ていませんでしたが、気づいたら長野を過ぎて、窓の外は一面の雪景色になっていました。北陸新幹線で富山に向かっていました。
平日開催のDay1には参加できず、私は2日目からの合流にしました。Xのポスト(美味しそうなブリの写真、興味深い登壇資料...)を眺めながら、現地に行けないもどかしさと、期待感が同時に膨らんでいました。
なぜ、わざわざ金曜の夜を削って、土曜の早朝から新幹線に乗っているのか。
東京圏でも勉強会はいくらでも開催されている。オンラインで参加できるイベントも山ほどある。それなのに、なぜ遠出するのか。
これが記事で書きたい疑問です。
私たちは、いつの間にか「自分がわかる範囲」に閉じていないか。快適さの中で、世界が狭くなっていることに気づいているか。
なぜスタッフとして参加したのか
今回は登壇するわけではありません。しかし、イベントを「作る側」に少しでも貢献したいという気持ちがありました。
また、せっかく北陸まで行くなら、観光だけで帰るのはもったいない。何かしら繋がりを持ち帰りたいと考えていました。当日スタッフとして参加すれば、Tシャツという分かりやすい目印がもらえます。初参加で知り合いが多いわけでもない自分にとって、話しかける、話しかけられるきっかけが増えるのは大きい。
結果として、実際にイベントを通して様々な方と接点ができ、面白い話もすることができました。スタッフTシャツを着るのはある意味「武装」だと考えています。スタッフとして振る舞うことで 「自分だけでなく参加者全員に満足して帰ってもらいたい」 という気持ちが自然と生まれていました。だからこそ困っていたらサポートしようとし、人見知りでも人に話しかけられます。自分にとってスタッフ参加は正解でした。
スタッフとして経験したこと
10日の朝、富山城の公園を通って9時頃に富山国際会議場へ到着しました。朝礼が始まり、少しずつスタッフが集まります。自分は2日目からの参加。前日のスタッフ・登壇者向け懇親会にも参加できませんでした。少し離れた位置からおずおずと遠慮がちに輪に加わります。
受付、弁当の仕分け、片付け、会場転換。やったことは一般的な運営実務です。でも、その中で見えた景色がありました。
例えば、弁当の仕分け作業中、運営の方に聞いた話が印象的でした。
「食事はブリ会議の目玉の一つだからお弁当でも妥協したくなかった」「懇親会に参加しない人も含めて全員に美味しいものが行き渡るようにしたい」
お弁当ひとつをとっても運営の心遣いを感じます。約300食のぶりかま弁当や白エビの天ぷら丼が並ぶ光景は壮観でした。
当日作業はボランティアでも回りますが、運営は単に作業を回すだけでは成立しません。参加者の体験、登壇者の集中、会場の流れ、時間の遅れの吸収。そういう 「場の品質」 を守るための判断の数々があったと言葉の端々から想像されました。技術が好きなだけでなく、「人が集まること」そのものに責任を持っている人たちがそこにはいました。
TDD Bootcampでの学び
参加動機とワークショップの概要
参加したセッションの中で特に印象が強いのは、TDD Bootcampです。講師が和田卓人さん(@t_wada)という時点で贅沢なのですが、内容も形式も濃かった。ワークショップは1月9日と10日の2日間で計4回開催され、自分は2日目の14:20-16:10のセッションに参加しました。
参加動機は、最近AIに開発を任せる場面が増えたからです。品質を担保する手段としてテスト駆動開発が改めて注目されています。ただ正直に言うと、これまでの自分は 「先にテストを書かせればいい」 くらいの理解で、ちゃんとしたテスト駆動をしたことがありませんでした。
そしてワークショップで露呈したのは、もっと根本的な事実でした。
私はテストについて、ほとんど何も分かっていなかった。
テスト駆動開発で重要なこと:入口と出口
最初に和田さんから、テスト駆動開発のワークフローについて説明がありました。
自分の中で一番腑に落ちたのは、テスト駆動で重要なのは「書く」ことよりも、次の2つだという点です。
- どんなテストが必要かを考える(入口)
- 設計の意図に照らして、それで十分かを確認する(出口)
AIは実装もテストも書けます。ただし、AIはテストを 「書きすぎる」 方向にも振れやすいです。
これまで自分は実装が上手くいかないほど、多くのテストを追加しそれらが通るまでAIに実装させていました。
すごい勢いで量産されるテストコードの山が、目的に照らして必要十分なのか。そもそも目的は何なのか。 それを判断できないまま、テストの量ばかりが増えていました。
テストが「安心感のための儀式」になっていた結果、テストの量ばかりが増え、理解できない負債がたまり続けていました。つまり、自分は表面的な意味でしかテストを理解できていなかったのです。
ペアプログラミングが可視化した理解の穴
今回のペアは富山高専の学生の方でした。個人開発で少しプログラミングをやったことがある程度と言っていました。テストの経験が浅い2人で、最初はなかなか進まないため、途中でAIに質問しながら進めました。ただ、その過程で気づいたことがあります。
他人に説明しようとすると、自分の理解の甘さが露呈する
「テストケースこれで網羅できてるんでしょうか」「リファクタリングって何で必要でしたっけ」。相手の問いに答えようとして、自分が言葉に詰まります。なんとなく分かった気になっていた部分が、言葉にした瞬間に崩れる。これは一人では起きにくいことです。
AIとの向き合い方への問い直し
ペアプログラミングの価値は何か。「速く書けること」はAIがいくらでもやってくれる時代にわざわざ人間同士が一緒にコードを確認する意味はなんなのか。
私は、理解負債を可視化すること だと考えています。
だから、人間ではなくAIと組むにしても、生成させて終わりではなく、「反証」や「考慮漏れの指摘」を引き出す使い方が健全だと思いました。AIを「生成」に偏らせると、理解負債が積み上がります。AIを「検証」に寄せると、スピードは落ちますが、負債が溜まりにくくなります。
ワークショップ参加で得られた気づき
このワークショップに参加しなければ気づかなかった差分は何か。
一つは、自分がテストについて何も知らない という事実です。AIやフレームワークでなんとなく書いて、書けた気になっていました。テスト駆動を 「先にテストを書かせてから実装する」 程度にしか考えていませんでした。表面だけ真似して、考え方を理解していたわけでも、実践できているわけでもありませんでした。
もう一つは、他人に自分の理解を説明する重要性 です。AIが日常に浸透するにつれ、「分かった気になる」機会が増えました。自分が「分かっている」と思っているうちは、それを疑おうとは思いません。あえてアウトプットして検証可能な形で外に出さなければ、「分かっているはずの自分」と「実際に理解していること」がどんどん乖離していきます。
このように、TDD Bootcampへの参加を通して、テスト駆動の考え方だけでなく、AIとの付き合い方を技術を学ぶ姿勢を見直すきっかけになりました。
ブリ会議という場の価値
富山という場所、美食、そして熱量
イベント全体として印象深いのは、富山の空気感、景観、空間の広さ、そして食です。ぶりかま弁当、懇親会のブリしゃぶやバイキングは、期待以上でした。
会場では、和田卓人(t-wada)氏による「2026年のソフトウェアエンジニアリング」や、井上章氏による「旬のブリと旬の技術で楽しむ AI エージェント設計開発レシピ」など、多彩なセッションが開催されていました。
ただ、それ以上に残ったのは、熱量のある人たちが物理的に集まることで起きる知的な刺激です。自分の知らないコミュニティ、自分の理解できない技術領域が、目の前にいくつも立ち上がります。自分はよく理解できないのに、語る人の目が輝いている。その事実が、自分の世界を押し広げていくような知的好奇心の高まりを感じました。
外部からの揺さぶりがもたらすもの
日常はどうしても 「自分が分かる範囲」 に閉じやすいです。AIの分かりやすい説明、興味に最適化されたSNS、よく知った人たちが集まる勉強会。それらは快適ですが、快適さだけが続くと、世界が小さくなります。
不快な情報がシャットアウトされた消毒済みの空間。 確かに快適です。でも、気づいたら自分の世界はどんどん狭くなっていきます。
だから、わざわざ新幹線に乗って地方のイベントに行く意味はあります。距離が増えると、日常の延長にある"惰性"の思考から少し離れられます。自分にとってブリ会議は、その「外部からの揺さぶり」が強い場でした。
帰りの新幹線で、この文章の下書きを書いていた。窓の外は、昨日までの快晴が嘘のような風の強い雪。
来年も参加したい。次は、もう少し自分の言葉で技術について語りたい、何を持ち帰ったのかを説明できる状態で会場に立ちたい。
明日から、また日常が始まる。AIに聞けば大抵のことは教えてくれるし、SNSを開けば興味のある情報が流れてくる。快適で、効率的で、分かりやすい。
でも、それだけでいいのか。自分の世界が狭くなっていることに、気づいているのか。
おわりに
いかがだったでしょうか?この記事では、ブリ会議2026への参加を通じて感じた「外部に出ることの価値」について、私の体験を中心にまとめました。
日常の快適さに慣れてしまうと、つい自分の世界が狭くなってしまいがちです。でも、わざわざ遠出して、知らない人と出会い、理解できない技術に触れることで、自分の世界は広がります。
この記事が、読者の皆さんにとって「外に出る」きっかけになれば幸いです。ご覧いただき、ありがとうございました!
おまけ
このイベントは運営やスタッフの方々、スポンサーの方々、登壇者の方々、そして参加者の皆さんのおかげで成立していました。本当にありがとうございました!!





