はじめに
こんにちは。あだちです。
2025 Japan AWS Jr. Championsとしての1年間が終わろうとしています。
他のJr. Championsの方も、すでに何人か振り返り記事を書いていて、活動実績を数字でまとめていたり、Community Buildersへの選出や登壇、ブログ投稿、コミュニティ運営など、それぞれの1年がかなり濃く書かれていました。
自分もこの1年で、Builder Cardsのイベントをやったり、専門学校向けに登壇したり、ハッカソンの運営をしたり、Qiitaリレーで記事を書いたり、connpassやYouTubeを立ち上げたり、最後にはAWS Community Buildersにも選ばれたりしました。
ただ、この記事では「何を何回やったか」だけではなくて、その裏側で自分が何を感じていたのかを書きたいです。
自信があったから動いたわけではありません。
むしろ、不安とか劣等感とか、何か武器が欲しいみたいな感情がかなり大きかったです。
それでも動いていたら、少しずつ自分の関心が、自分のアウトプットだけではなく、コミュニティをもっと外に開いていくことに向いていきました。
そういう1年だったと思います。
Japan AWS Jr. Championsとは
Japan AWS Jr. Championsは、APN参加企業に所属する社会人歴1〜3年目の若手を対象とした、日本独自の表彰プログラムです。
AWSを積極的に学び、自らアクションを起こし、周囲に影響を与えている若手を選出し、コミュニティを形成することを目的としています。
2025年度は113名が選出されました。
任期は1年間で、公式Meetupやパートナー限定のセッション、有志の勉強会、コミュニティ活動などを通じて、同年代のメンバーと関わっていくことになります。
制度の細かい説明は公式記事に譲りますが、自分にとって一番大きかったのは、他社の同年代と100人規模でつながれることでした。
若手のうちから、会社も職種も違う人たちと、同じコミュニティの一員として活動する機会はなかなかありません。
しかも、みんな熱量が高い。
最初はかなり圧倒されました。
目指したきっかけ
Jr. Championを目指した一番最初のきっかけは、まあ勧められたからでした。
クラウド部門の方から、こういう制度があるんだけど、やってみないか、という風に誘われました。そこで、興味はあります、という話をして、若手向けのLTイベントなどに参加するようになりました。
そうすると、自分と同世代で、すごい発信している人たちがいました。
コミュニティに貢献していたり、勉強会を開いていたり、自分よりも明らかにやりたいことをはっきり言語化している人がいました。
まあ圧倒されたというか、単純にすごいなと思いました。
それと同時に、何か変わるんじゃないか、という思いもありました。
当時の自分は、仕事の成果として胸を張れるものがあまりない、という感覚がありました。
クラウドの部署でもなく、業務でAWSをがっつり使っているわけでもない。エンジニアとして設計や構築をしているわけでもない。
その中で、AWSの資格を取ったり、部内の資格取得を進める役割を任せてもらったり、外部LTに出たりしていました。
でも、自分には何の武器もない という劣等感がありました。
1年目を無駄とは言わないけど、過ごしてきてしまって、せっかく機会をもらって今の案件にいるのに、そこでもなかなか成果が上がらない。
とにかく何か武器が欲しい。何か強みが欲しい。
自分も何者かである。役に立つ。そういうことを証明したい。
いや、誰かに証明したいというよりは、自分に納得させたい みたいな思いが多分ありました。
クラウドの部署でもなくて、しかも業務でもクラウドを使っているわけでもない。
そんな自分でも目指すことができた。
いや、そんな自分だからこそ、目指す価値があるっていうことを納得させる材料があったのだと思います。
このあたりの話に興味がある方はこちら
選ばれてからの気負い
2025年6月、AWS Summit Japanで正式に発表されました。
AWS Summitに参加したのは、その時が初めてでした。
会場の規模、もらったポロシャツ、それをみんなで着て写真を撮ること。何もかもが新鮮でした。
自分はこの人たちと一緒に1年間やっていくんだ、という高揚感がありました。
一方で、不安もかなりありました。
技術力では全然叶わないんじゃないか。
もっとすごい人がいっぱいいるんじゃないか。
その中で自分がどんな価値を出せるのか、よくわからない。
そんな感覚がありました。
でも、きっかけが人から与えられたものであれ、自分がなりたいと思って応募したものではあります。
どうなるかはわからないけど、まあなるようになるかな、という気持ちもありました。
最初の頃はSlackをとにかく追いかけていました。
面白そうなことがないか見て、自己紹介も早めに上げて、他の人の自己紹介も見て、交流できる機会を探していました。
早く馴染まないと、という気持ちもあったと思います。
爆速でBuilder Cardsイベントをやった
そんな中で、Builder Cardsに興味がある人がいて、自分も前から興味があったので、ちょうどいいから一緒にやらないかと声をかけました。
まだ正式発表もされていない状況でした。
どうやってイベントを開催できるのかも正直よくわかっていませんでした。
でも、とりあえずチャンネルを作って、会場も自分の会社の会場なら押さえられるかと思って、ちゃっちゃと押さえました。
最初のMeet up があってから、なんと2週間。
爆速でイベントを開催しました。Jr. Championsの中でも一番早いイベントだったと思います。
自分としては、コミュニティとか勉強会の運営をするのも初めてでしたし、うまく回るのかどうかもよくわかっていませんでした。
ただ、実際に開催してみると、コンテンツが良かったです。
AWS Builder Cardsという、AWSをカードゲームで学べる教育的なコンテンツ自体が楽しかったし、まだ知らない人たちが集まって、ワイワイ喋りながら交流できる機会を作れた。
それがすごく良かった。
自分が1から企画して、当日の運営も回して、10人ちょっとぐらいの規模ではあったけど、イベントが成功に終わった。
Amazonの行動原理で言うなら、Bias for Actionに当たるんでしょうか。前のめりに行動していきました。
この経験があって、この1年の方向性がかなり決まった気がしています。
最初のイベントがもしこけていたら、その後の行動は違っていたかもしれません。
手を上げることで居場所ができた
最初の頃、Slackでとにかく運営として手を上げまくっていた気がします。
正直、ものすごく怖かったです。
自分に務まるのか、この人たちとやっていけるんだろうか
という感覚がありました。
でも、せっかくの機会だし、Jr. Championでいられる期間は長くありません。
やれることや、できるチャンスはできるだけ捕まえようと思って動いていました。
それが功を奏したんだと思います。
運営としてコミュニティを作っていく側に多く携われたことは、自分の自信にもつながりました。
そこでできたつながりから、じゃあ次はこんな企画をやろうとか、こんな発信をしてみようとか、こういうことをやったら面白いんじゃないか、というのが雑談や気楽な会話からどんどん生まれてきました。
Builder Cardsのイベント、専門学校向けの登壇、ハッカソンの運営、Qiitaリレー、connpassグループ、YouTubeのような発信基盤。
活動を一つずつ並べるとそれぞれ別のものですが、自分の中では「手を上げることで居場所ができた」という感覚が強いです。
手を上げて参加して、自分でも主催することもあったし、他の人のイベントに参加して盛り上げる側に回ることもありました。
参加すること自体にも、めちゃくちゃ価値はあると思っています。
コミュニティは結局、参加してくれる人とその熱量の集合体です。
だからこそ、自分が参加する時には、運営でなくてもいいイベントになればいいなと思います。
アウトプットと承認欲求
Jr. Championsとして活動していると、アウトプットがかなり加速しました。
コミュニティをテコにすると、アウトプットがものすごく増幅される。
たとえばQiitaリレーの企画がありました。
Jr. ChampionsのQiita組織を作って、毎日誰かがブログを上げていく、アドベントカレンダーみたいな企画です。
自分が記事を書く時も、なんとか面白くて分かりやすい記事、他ではあんまりないような記事を書こうという思いが強くありました。
他の人が知らないようなこと。
これは検証して自分だけが分かっているとか、悩んでいる人が多そうだけど、まだあまりブログが出ていないとか。
そういう発信ができると、ものすごく気持ちいいです。
特にそれを実感したのが、Diagram as Codeの記事でした。
当時、AWSの公式ブログでは紹介されていたけど、それに対する記事はあまりない状態でした。
ないなら、じゃあ自分が書いてやろう、という気持ちになっていました。
記事を書く過程は楽しかったです。
ここは構成図をイメージで見せた方が分かりやすいんじゃないかとか、コードはちょっと隠した方がいいかとか、逆に手順をもっと細かくした方が伝わりやすいんじゃないかとか、そういうことを考えながらアウトプットを作っていく過程が、楽しくもあり面白くもありました。
そうして完成した記事が、コミュニティ内でいいねをもらい、だんだん外にも広がっていきました。
自分の記事がそこまで広がるなんて夢にも思っていなかったので、かなり嬉しかったし、興奮もしました。
ただ、負の側面もありました。
Qiitaのトレンドにも乗り、あまりにも過剰に拡散されたことによって、ドーパミン中毒というか、承認欲求の塊というか、しこりみたいなものが自分の中にできました。
いいねの数を頻繁にチェックしてしまうし、強い刺激に引っ張られる感じがありました。
評価されることは嬉しい。
でも、それで他のことが手につかなくなったり、じゃあ次は一体どんなアウトプットを出せばいいんだ、みたいなアウトプット恐怖症のようなものも若干ありました。
アウトプットしていくことへの面白さ、やりがい、楽しさ。
その反面、外部に自分の成果物が晒される怖さと、圧倒的な報酬感。
そしてそれに沼っていくような感覚。
いろんな感覚が押し寄せてきて、かなり強烈な体験でした。
コミュニティを外に開きたかった
半年ぐらい活動していると、次の世代の人たちがイベントに参加してくれて、「Jr. Championを目指しています」と言ってくれることがありました。
そういう時に、Jr. Champions自体の知名度や活動の露出度が、この1年だけでもかなり上がってきたなという実感がありました。
いろんなところで、すごい活動されていますよね、というフィードバックを受けることも増えてきました。
「あの集団はやべえ」みたいな空気を少しでも作れたのは、自分たちの代の貢献の一つだったのかなという気がします。
もちろん、内部向けのイベントにも価値はあります。
会社間のつながりを作ったり、若手同士の交流をしたり、そういうこともめちゃくちゃ楽しかったし、実りがある時間でした。
でも、自分の中では、アウトプットって外に出していかないと、内輪では得られない種類のフィードバックは得られないよな、という思いもありました。
自分としては、自分のアウトプット云々よりも、やっぱりこのJr. Championsコミュニティ自体が盛り上がってほしい、という思いがだんだん強くなっていきました。
この人たち、こんなにすごいんだぞ。
もっと外に知らせたい。
仲間はすごいだろう、みたいなそんな自慢をしたかったのかもしれません。
そういう思いもあって、発信のプラットフォームを2つほど立ち上げました。
connpassとYouTubeです。
外部に発信できること。
そして自分たちの代が終わっても、次の世代も使えるようなプラットフォームの基盤があれば、より発信しやすくなるんじゃないか。
内向きではなく、外向きにアウトプットしていける機会が増えるんじゃないか。
そんな思いがありました。
ただ、やりきれなかった部分もあります。
connpassは立ち上げたばかりで、最初は集客が全くうまくいきませんでした。
YouTubeも、動画を撮って、編集して、公開することを続けるのはなかなかハードでした。
自分は回りのジュニチャンたちの活動を外に届けたかっただけなのに、なぜか自分が出演することになっていて、企画を考えて、自分が映って、それが残る。
いや、正直違うんだよな、という思いもありました。
それでも共通する思いとしては、発信するプラットフォームを作って、内側だけの活動じゃなくて、もっと外にも開いていきたいということでした。
それを自分たちの代だけじゃなくて、次の代にもJr. Championsというコミュニティとして育てていきたい。
そのための手段や活動を十分やりきれたかどうかは、今ひとつわかりません。
でも、それでもそういう動きをやっていた、という形ではあります。
任期の終わりとCommunity Builders
最後の方になると、全体のイベントもだんだん減ってきました。
それは単に失速したというより、いい意味で忙しくなっていったからなんじゃないかなと思っています。
Jr. Championに選ばれて、周りから期待されて、自分としても活躍してその期待に応えたい、みたいなことをしている人は多かったと思います。
その結果として、自分の視野が広がったり、関心がいろんな方向に向くようになったり、活動がマルチに広がっていく。
そういうふうに、いい意味で忙しくなって、Jr. Champions自体に割ける時間は少しずつ減っていったのかもしれません。
自分には、Jr. Championsというコミュニティから、いい意味で卒業しようとしている人が多くなっていったようにも見えていました。
そんな中で、自分にとって大きな出来事として、AWS Community Buildersへの選出があります。
Jr. Championsになった当時から今まで、結局クラウドエンジニアとしてではなく、PMやPMOとして案件に携わってきました。
業務でAWSを使うことはほとんどありません。
だから、実務実績が求められるような制度に応募するのは、自分には難しいんじゃないかという気がしていました。
そこで目をつけたのがCommunity Buildersでした。
Community Buildersは、個人のアウトプットやコミュニティ貢献が評価されるプログラムだと自分は理解しています。
Jr. Championsとして活動してきた自然な延長として、これまでやってきたアウトプットだったり、コミュニティ貢献だったりが、そのままつながると感じました。
実際、特別な対策は何もしていません。
エントリーシートにも、自分がこれまで発信してきたブログや活動をそのまま書きました。
発表の時も、正直期待はしていませんでした。
どうせ自分が選ばれているわけがない、みたいな諦めも少し入っていました。
だからメールを開いて、選出の連絡が入っていた時は本当にびっくりしたし、嬉しかったです。
自分のやってきたアウトプットが、ある意味ではグローバルでも認められるような、少なくとも期待はかけてもらえるような活動になっていたんだという自負を感じました。
そして、Jr. Championになる時にも感じたことですが、これから自分は新しいコミュニティの一員になれる、というところがかなり大きかったです。
最後のMeetupで感じたこと
2026年4月、Jr. Championsとして最後のMeetupがありました。
LTを募集していたので、自分も登壇しました。
実はこの登壇もギリギリまで整わず、話したいことが半分も話せなかったようなところがあります。
ただ、自分がJr. Championsの活動の中で、最初にイベントを開いたところから、コミュニティに対する関わり方がどう変わっていったのか、なんでそういう活動をしてきたのか、みたいなところは話すことができました。
他の人の発表を見ていると、すごく整理されていて、少し羨ましいなとも思いました。
自分もそういう形で書くことはできたのかもしれません。
でも、自分のLTは少しポエムというか、思想寄りになってしまった部分があります。
ただ、だからこそ他の人とは違ったLTにはなったかなとも思っています。
最後のMeetupでは、1年間で活躍した人を称える時間もありました。
社外アウトプット、社内アウトプット、そしてJr. Championsコミュニティへの運営貢献という3つの部門がありました。
順番に名前が発表されていきます。
社外アウトプット部門は、名前を見て、確かにな、という納得感がありました。
だれが見ても技術的にも発信量でも、この人達が選ばれないのはおかしいと思える選出でした。
社内アウトプット部門は、外からは見えづらい部分ではあります。
ただ、Jr. Championsがパートナー企業の制度である以上、会社からのバックアップはどうしても必要になります。
その会社に対して、活動報告をまめに上げていたり、社内で勉強会を開催していたり、後進の育成に力を入れていたり。
コツコツと着実にそうした活動を積み重ねている人たちが選ばれていました。
目立たないけど、Jr. Championsの活動を支える本当に重要な部分だと思います。
そして最後に、コミュニティ貢献部門。
なんと、自分の名前がありました。
これは正直、本当に驚きました。
自分が何かの賞に選ばれる。
それも、このJr. Championsのコミュニティで1年間活動してきたからこそ、他の人がすごいことも知っています。
そのコミュニティ貢献部門に選ばれたということは、そうした人たちが活動したり、参加したりできる場を、少しでも自分が提供できた証なんじゃないかなと思っています。
自分が褒められるとか、自分のアウトプットにいいねがつくとか、そういうことよりも嬉しいことな気がしました。
これからJr. Championsを目指す方へ
これからJr. Championsを目指す方へのメッセージは、正直難しいです。
人によってどれくらい活動できるか、どれくらい熱量を割けるかは本当に全然違います。
自分の場合はこうだったというだけで、それが特殊な事例なのかどうかも分かりません。
だから、「人それぞれの形で活動してください」みたいな、ありきたりなアドバイスになってしまいがちです。
でも、あえてスタンスを取って言うなら、とにかく動け、になるかなと思います。
燃え尽きてもいいから、という感じに近いです。なんかスポ根っぽいし、昭和感もあります。
実際、自分もそれで体調とかバランスを崩した時期があったし、それを美談として見直すのは明らかに良くありません。
でも、Jr. Championsという若い年次の限られた期間で、他の会社の若手と交流できる。
一緒にコミュニティを作って、企画を立てて、アウトプットをする。
その中でしか気づけない面白さはあります。
その限られた期間を最大限動き回ってほしい、というのは正直な本音です。
ただ、燃え尽きてもいいから頑張ってアウトプットする、みたいなやり方だけでは多分続きません。
しんどくなった時のアドバイスとしては、所属するコミュニティを複数持つこと。
1つのコミュニティだけに囚われすぎないこと。
会社内だったり、社外だったり、AWS以外の技術コミュニティだったり、そもそも技術に関係ないコミュニティだったりしてもいい。
自分の拠り所を分散させるポートフォリオを作るというか、1つの価値観に染まりきらないことは、多分大事だと思います。
あとは、モチベーションを外部に求めすぎないこと。
Jr. Championという肩書きがつくことで、少なくとも自分は、実力より先に評価されたり、期待されたりする場面がありました。
その期待に応えようとすることは素晴らしいんだけど、それだけを燃料にすると、すぐに燃え尽きてしまうんじゃないかと思います。
外部からの期待に応えること、評価を受けることは大事です。
でも、その活動の中で、「1つ学びがあったな」とか、「これ面白いと思って検証したんですよ」とか、そういう自分なりの面白さを見出していけると、少しだけ外部の評価や刺激に振り回されることが減るんじゃないかと思っています。
準備ができているから挑戦するんじゃなくて、自信がないまま挑戦して、自信は後からついてくるものなんだと思います。
というより、多分正解がない。
正解がないから、何にでも手を挙げて、がむしゃらに試すしかない部分がどうしてもあります。
がむしゃらに試して、偶然に身を任せて、とにかく行動して、時たま後ろを振り返る。
そこで初めて、やってきたことの意味づけができる。
Jr. Championsの活動も、それと似た側面があると思います。
さいごに
完全にポエム的な考察になるんだけど、人間はしばしば矛盾した感情を抱くと思っています。
自分は他の人と違っていたい。
特別な存在でありたい。
そう思う。
一方で、みんなと同じでありたい。
コミュニティとして認められたい。
他の人と同一でありたい。
そういう感情も抱いています。
人と違っていたいという思いと、人と同じでありたいという思い。
これらを両立させる方法があるとすれば、それは多分、特別だと思えるコミュニティに自分が所属することなんじゃないでしょうか。
自分はコミュニティであり、そのコミュニティは特別で、独特で、ユニークで、そういうところに所属できたらすごく幸せなことなんじゃないだろうか。
Jr. Championsのコミュニティは、まさにそういう場所だったんだと思います。
自信があったから動いたわけではありません。
不安もあったし、劣等感もあったし、承認欲求もありました。
むしろ、そういうものを燃料にして動いていた部分がかなりあります。
それがいい燃え方だったかというと、正直わかりません。
バランスを欠いたところもあったし、やりきれなかったこともあります。
でも、動いたことで、見える景色はかなり変わりました。
自分には何の武器もないと思っていたところから、コミュニティに関わり、手を上げ、アウトプットし、外に開くための基盤を作ろうとした。
任期の終わりには、Community Buildersにも選ばれ、コミュニティ貢献部門で名前も呼んでもらえました。
それは、何かを最初から分かっていたからではなくて、自信がないまま動いて、後から少しずつ意味づけができていった結果なんだと思います。
自分にとってのJr. Championsの1年は、そういう1年でした。
1年間、本当にありがとうございました。