はじめに
一般社団法人 日本情報システム・ユーザ協会(JUAS)主催の JUASスクエア2026 (Hyatt Regency Tokyo開催)に参加してきました。
JUASスクエアはIT経営やDX、AI活用をテーマにした有料カンファレンスで、大手企業のIT部門トップやアカデミアの登壇者による講演・セッションが1日を通して開催されます。
本記事では各参加したセッションの内容概要をまとめていきます。
セッション
基調講演:グローバル成長を支えるデジタル戦略と体験価値共創(株式会社アシックス)
登壇者は株式会社ASICSでデジタル・IT・デジタルサービス部門を担当する大島氏。日本IBMを経て2023年にASICSへ転じ、グローバルなデジタル戦略を統括している。
ASICSの企業概要とグローバル展開
- 1949年創業。「Anima Sana In Corpore Sano(健全な精神、健全な身体に宿る)」の頭文字がASICSの由来で、社内では「Sound Mind Sound Body」として浸透
- 2005年に海外売上比率が国内を上回り、現在は 日本20%・海外80% の構成。営業利益率は大手スポーツブランドを上回る水準
- 事業構成はランニング(約45%)が中心だが、スポーツスタイル(ファッション用途、約14%)が急成長中
D2C戦略とランニングエコシステム
- コロナ禍を契機にD2C比率を一桁台から 約40% まで拡大。ホールセールとのベストミックスは6:4と認識
- 会員プログラム「ONE6」を軸に、レース登録から完走後まで約7〜8ヶ月にわたるエンゲージメントを設計(従来はレース前後3日間のみの関与だった)
- AIチャットボットによるコース情報案内(世界140以上のレースで展開)、顔認識AIによるゴール後2時間以内の写真自動配信などデジタルサービスを提供
- シドニーマラソンでは、通常のONE6会員より1.6倍の購買を記録する成果を出している
- 2016年以降、約2年に1回のペースでレース登録プラットフォーム企業を買収。世界のレース登録件数は約1,500万件で世界1位
CDPとガバナンス・人材育成
- グローバルで一元化した CDP(カスタマーデータプラットフォーム) を構築し、走行データ・購買データを統合してAIでパーソナライズした提案を実施
- 約700名のIT・デジタルチームをほぼ内製化(日本は約70名)。「6人のサムライ」と呼ばれるグローバルトランスフォーメーションリードがマスターデータ管理を統括
- データガバナンス「Trust Data」、ゼロトラストに基づくセキュリティ監視、AI利用に関するグローバルガバナンスボードを整備
- 「デジタルナレッジラン」という独自プログラムで全社員のデジタルリテラシー向上を推進
特別公演:2030年「AIネイティブ」な日本を共に創る(レッドハット株式会社/株式会社日立製作所)
前半はレッドハット 三浦氏によるAI時代の課題と同社ソリューションの紹介、後半は日立製作所 猪瀬氏による先進事例紹介。
AIネイティブ時代の特徴
- クラウドネイティブ時代は「クラウドを使うかどうか」を自分で選べたが、AIネイティブ時代は「AIを使わない」という選択肢がほぼない
- AI活用はCIO・CTOだけの課題ではなく、企業全体の経営課題になっている
- 課題は主に3つ:①システムの陳腐化スピードが速まりウォーターフォール型設計が難しい、②限られたIT人材で効率よく開発・運用する必要がある、③悪意ある攻撃者もAIを活用しセキュリティリスクが高まっている
レッドハットが提供する3つのソリューション
- ① プラットフォームの手の内化:SIerへの丸投げをやめ、自社でシステム全体像を把握・コントロールすることを推奨。Red Hat Advanced Developer Suiteでガードレールを設けながら市民開発を安全に推進
- ② アジャイル開発・チーミング支援:MVPプロトタイピングとスクラム型チーミングを組み合わせたコンサルティングで内製化を伴走支援。SIer依存文化が強い日本での需要が高い
- ③ セキュリティ強化:最新バージョンへの追従が困難な企業向けにOS延長保守サービスを提供。また政府指針が求める48時間以内のセキュリティパッチ適用を実現する自動化の仕組みを支援
基調講演:共創が導くAI活用の進化とAIの次なるフロンティア(国立情報学研究所)
登壇者は国立情報学研究所の佐藤氏。デジタル庁の有識者会議座長も務める立場から、産業界とアカデミアの生成AIに対する見方のギャップを紹介するセッション。
生成AIの技術的基礎と現状
- 2025年前半を境に、純粋な学習モデルからRAG方式へ移行。ハルシネーションの原因も「単語選択誤り」から「参照ページの選択ミス」へ変化
- RAGは社内文書のコピペが多いと関連情報が絞り込めず機能しない → IT問題ではなく企業文化の問題
- 自然言語をSQLに変換してDBに問い合わせが可能に。「SQLを書けることがリスペクトされるスキル」は今後通用しなくなる
企業活用の落とし穴と正しい方向性
- 現場任せの活用は目の前の業務効率化に偏り、組織全体では効率が下がるケースが多発(例:報告書をAIで立派にした結果、上司が読めず箇条書きに戻した)
- 生成AIの本質的な貢献はコンテンツにかかる限界費用を下げること。これまで諦めていた価値提供(顧客ごとのパーソナライズ商品カタログなど)に使うべき
- ブルーカラー職場(製造・現場)での音声AI×生成AI活用を推奨。安易な「作業報告書の自動生成」ではなく、指差し確認をAIが補助することで安全性という新価値を創出する事例を紹介
- AIを単なるコストにせず、人・現場の暗黙知を構造化・蓄積して企業資産にすることが重要。ソフトウェア開発業界のようにAIでコードを生成するだけでは新人も企業にも知識が残らない失敗例に
AIエージェントの現実と今後
- 理想のAIエージェント(目標設定→計画→実行→評価→修正のサイクル)に達しているのはソフトウェア開発業界程度で、多くは「自然言語対応のRPA」に留まっている
- 現場が強い日本企業では、業務を固定化してしまうAIエージェントよりも中途半端なAIエージェントの方が向いている可能性もある
- 取引先や消費者もAIエージェントを使うようになるため、応答速度・形式の適合性が競争力を左右する時代になる。B2Cでは広告のプッシュ型アプローチが無効化し、コールセンターがブランディングの主戦場になる可能性
アカデミアが見る生成AIの本来のポテンシャル
- ① 他のAIのための学習データ生成装置:自動運転や品質検査など、実データ収集の代わりにシンセティックデータを生成AIで作る流れが加速。データ戦略は「シンセティックデータ生成のヒントとなる少数の実データを集めること」がゲームチェンジ
- ② 予測装置:静止画から動画を生成するAIは「モデル化不要な予測」を行っている点がシミュレーションと決定的に異なる。インフラ劣化予測、医療データの進行予測、駐車場カメラ映像からの異常検知(警備応用)など応用範囲は広い
特別公演:攻めと守りの両輪が企業価値を伸ばす - パナソニックが実践するAI時代のIT経営変革(パナソニックグループ)
登壇者はパナソニックグループのグローバルITインフラ・サイバーセキュリティ統括責任者 川島氏。「守りがあってこそ攻めが成り立つ」を基本メッセージに、両輪を連動させて企業価値を高める取り組みを紹介。
経営課題とIT部門への期待
- 2022年にホールディングス体制へ移行。グローバル連結従業員数18万人強、約450社で構成
- 競合他社比でSGA費が5%以上高く、その一因はIT部門にあると認識。営業利益率5%超の目標も過去10年以上未達成
- IT部門には「ITコスト効率を高めつつ、守りと攻めの両輪を加速させ成長戦略に直接貢献する」ことが求められている
守りのIT:サイバーセキュリティ
- 2017年以降のランサムウェア時代を機に対策を大幅強化。コロナ禍を契機にゼロトラスト対策(EDR・クラウドプロキシの全社導入)を推進
- 「サイバー衛生の徹底」「早期異常検知のモニタリング」「各種ガバナンス」「インシデントレスポンス」の4本柱で運用
- 2023年にサイバーセキュリティ統括室を設置し、それまで別々だったIT・製造・製品セキュリティの3領域を一元化
攻めのIT:PX(パナソニックトランスフォーメーション)
- 2021年に本格始動。「ITだけでなくグループ全体を変える」という意図から「DX」ではなく「PX」と命名し、IT変革・オペレーティングモデル変革・カルチャー変革の3層構造で推進
- 2023年3月の全経営幹部合宿で「PX 7つの原則」を制定・署名。原則にITというワードはなく、データ・プロセス・人材にフォーカス
主な取り組み
- 生成AIのスピード導入:全従業員への利活用を決定後、1か月弱で国内9万人向けのセキュアな生成AI環境「PX AI」を構築。現在は毎日1万人以上が利用し月間30万時間のインフラ効果を創出。脆弱性レポート自動生成では、CVE1件あたり約1分・年間約3万件を自動生成
- データ利活用人材の拡大:セルフサービス型データ活用基盤の利用者が4万人超に到達。約70名の「PXアンバサダー」が現場の課題をその場で解決
- AIカンパニーへの挑戦:2035年までにグループ売上の3割をAI関連にする事業戦略を策定。就活生向けの生成AIチャットソリューション「AIキャリアサポーター」を提供中
JUASクローズアップセッション:問いと意思決定のエクスペリエンス - デジタルと共創する人間の果たすべき役割
JUASデータエクスペリエンス研究会の8年間の研究成果をもとにしたセッション。登壇者はクレディセゾン・竹内氏、Data Station株式会社・渋谷氏(元JAL・元JR東日本)、モデレーターはNTTデータマネジメント・江原氏。
本セッションでは デジタルと人との競争の中で人にしか成し得ない役割は「①問いの創造」と「②意思決定の実行」の2つとされた。
竹内氏(クレディセゾン):現場データサイエンティストの実践
- 受注者・発注者の関係ではなく「共創者」として相手の業務に入り込み、一緒に問いを作ることが重要
- 信頼構築は、インパクトが大きく難易度の高い案件よりまず簡単・小規模な案件から着手し、現場知識と信頼を獲得する(自動化案件は意思決定を変えずプロセスのみ変えるため相手のメリットが大きく有効)
- 意思決定支援とは「何を決めたいか」を決めること。客観的な事実を積み上げて主観的判断の範囲を可視化するのがデータ分析の役割
- 意思決定は**論理(懸念の解消)と感情(やってみたい・覚悟)**の両方で行われる。資料は「説明資料」ではなく「意思決定資料」として作るべき
- スペース削除のような細かい作業も含め「使われるまでやる」ことで、分析結果が実際に活用されるようになる
渋谷氏(Data Station株式会社):組織・人材とデータ活用
- 多くの企業では「やりたいこと」が解像度の低いふわっとした状態。最初に確認すべきは「①何がやりたいか、②実現できるとどれだけインパクトがあるか、③実現のハードルと難易度」の3つの問い
- テーマ選定が成否の90%を決める。インパクト×難易度のマトリックスで評価し、まず「小玉案件」から着手して横展開・自動化を進める
- 意思決定につながらない分析の原因は、①分析結果が意思決定者の関心とずれている、②問いが不在のまま分析している、③マインド・④スキルの問題
- JR東日本の事例:従来は前年実績ベースで臨時列車を設定していたが、エキネットの検索数データ(潜在需要)と実乗車データを突合分析し、臨時列車の設定ミス(過剰・不足)を可視化。分析結果を基にダッシュボードを構築し、実際に活用されるようになった
- データ分析は料理に例えられ、前半工程(課題発見・データ選定)が最重要。求められる能力は「課題を見つける力」「数学的に解く力」「使わせる力」の3つ
- JR東日本のジョブ型採用では、マーケティングとデータサイエンスの両方を持つ「ビジネストランスレーター」人材を重視し、データサイエンス・エンジニアリングのみの人材は採用しなかった
まとめ
JUASスクエア2026は、グローバル企業のIT経営層による実践的なデジタル戦略の話から、アカデミアによる生成AIの本質的な議論、現場のデータサイエンティストによる泥臭い実践知まで、幅広いレイヤーの内容に触れられるカンファレンスでした。
各セッションに共通していたのは、「AIやデジタルはあくまで手段であり、企業文化・組織・信頼関係づくりといった人間側の変革が伴わなければ価値につながらない」というメッセージです。IT部門・データ活用に関わる方であれば、来年以降の参加も検討する価値があるイベントだと感じました。
採用
「あらゆる判断を、Data-Informedに。」
株式会社ギックスでは、一緒に挑戦してくれる仲間を募集しています!
