1990年、NHKが「電子立国日本」と持て囃した半導体業界に 30年ぶりでスポットライトが当たっています。舞台に立っているのは最先端製造技術ですが、ここでは、半導体の設計の話題を文書化したいと思います。
- 2023年12月03日: 「PDK今昔物語」
- 2024年08月01日: 「半導体ビジネスの定性的コスト分析論」
- 2024年12月23日: 「作りたい半導体、使いたい半導体」
- 2025年01月17日: 「オープンソースPDKの戦略的思考」
お陰さまで、過去アップした記事は多くの方に継続的にアクセス頂いております。半導体に関係する方々の理解の一助になったなら大変うれしいです。
今回は 「ロングテール半導体の戦略思考」 と題して、ロングテール製品への組み込みを前提とした、ロングテール半導体の開発戦略に関する話題を、わかり易く説明したいと思います。半導体設計者だけでなく、半導体製造受託企業(ファウンドリー)や、半導体関連ビジネスを企画する方々にも参考になる内容として膨らましていますので、ご笑読頂ければ幸いです。
なお、本内容は、過去の業務経験を元にした、個人的意見・見解の表明であり、いかなる組織を代表したものではありません。
MOQ (Minimum Order Quantity)とは何か?
半導体関連の話題には3文字アルファベット略語が多いですが、先ずは MOQ の説明からです。MOQ (Minimum Order Quantity)とは、最小発注数量の事を指します。ファウンドリーからの見積書に記載されており、最小発注単位=ロット数になります。通常1ロット=25(24)Wafers です。この MOQ とは別に、製造ラインの枠取り交渉では、半期もしくは四半期毎に、翌期の発注数を提示して予約します。通常、この予約数を超える発注は受注してもらえず、また予約数を下回ると、次回の枠取り交渉時に、希望枠数を確保できなくなったり、価格交渉が難しくなったりします。プロセスノードが先端になるほど、発注から納品までのターンアラウンドタイムが長くなるので、製造ラインの枠取り交渉を見誤ると、製品の欠品や、在庫を抱えることに繋がります。
ファウンドリーの立場からは、発注数が多い顧客や恒常的に一定数を発注する顧客=上客になりますので、発注数が少ない顧客や発注が突発的な顧客の要求(発注数の調整等)は中々受け入れてもらえません。また、メガファウンドリーの場合、新規顧客(ファブレス・スタートアップ等)の製造受託契約の際には、MOQ 以外に将来(3〜5年)に関する発注数量の予測値の開示を求められる場合もあります。総発注数量が小さい製品は、受託契約を結んで頂けない場合や、そもそも NDA を結んでの PDK の開示すら拒絶される場合もあります。
ロングテール半導体とは
通常、1) 年間生産量が小さい(軍事・防衛・宇宙関連等)と、2) 製品生産期間が 10~20年と長い(車載、インフラ関連や産業機械等)製品をロングテール製品と呼んでいる場合が多いですが、ここでは (1) もしくは (1) + (2) の特徴を持つ製品をロングテール製品、そのような製品に組み込まれている半導体をロングテール半導体と定義します。
大量生産するが、製品生産期間も 10~20年と長い製品に関しては、既存の半導体の生産エコシステムで対応可能と考えますので、本論考では考慮しません。
これらのロングテール製品は、年間製造数量が少ないので、当然、製品に組み込まれている、ロングテール半導体の年間生産数も 100万個/年以下、極端な例では 1,000個/年にも届かないものもあります。
前述したように、独自の半導体開発をしてファウンドリーに発注する為には、相当の年間製造数量を担保することが求められます。例えば 5x5mm^2 のチップ面積で Yiled (良品率)を 95% (D=0.002/mm2) を想定すると…
以下、チップサイズ vs 製品納品数/Lot を示します。
年間数万個のチップ所要では、年間1ロット流せば終わりです。また年間数千個のチップ所要では、1ロット流せば製品寿命分以上のチップが出来上がってしまいます。
年間生産数が100万個以下のロングテール半導体が、大規模半導体受託製造のメガファウンドリーにとって如何に魅力がないビジネスなのかが、数字から理解できます。
微細化≠ミニマムコスト
半導体のコスト構造に関しては、「定性的コスト分析」にて詳しく説明していますが、ロングテール半導体では、初期コスト(設計+マスク)>Waferコスト(製造原価) なので、微細化プロセスを使ってチップサイズを小さくすると、初期コストが大きくなってしまい、チップコストが上がります。むしろ、微細化を追わずに、適当なチップサイズ(欠陥密度から十分なYieldがとれる)の大きさで、実現したい機能が集積可能なテクノロジーを選択することにより、チップコストの最適化が可能です。
以下のグラフは、「定性的コスト分析」で使ったWaferコストの計算式を使い、50mm^2 (180nm) のチップのコストがプロセスノードの選択にて、変化する様子を生涯生産数毎に計算した結果です。
なお、単純化の為に、チップサイズは、プロセスノードの2乗で小さくなると仮定していますが、実際には、微細化で面積が小さくならない(PAD領域や、アナログ回路ブロック等)があるので、単純にはチップサイズが小さくならない場合も多いですが、傾向を把握することを目的としています。実際は、微細化により、回路スピード(=動作クロック)が上がる効果や消費電力を低減できる効果を望める一方で、オプションプロセス(=マスク数)が増えたりすることもあり、単純なコスト比較は難しいです。
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生涯精算数が1万個の場合
- プロセスノードが微細化するほど、チップ価格は大きくなります。40nm > 28nm でコストが下がっているのは、40nm 以降では Wafer1枚で、生涯精算数以上が作れてしまっている為です。
- プロセスノードが微細化するほど、チップ価格は大きくなります。40nm > 28nm でコストが下がっているのは、40nm 以降では Wafer1枚で、生涯精算数以上が作れてしまっている為です。
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生涯精算数が10万個の場合
- プロセスノードが 180nmあたりを下の凸としたチップ価格になります。
- プロセスノードが 180nmあたりを下の凸としたチップ価格になります。
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生涯精算数が100万個の場合
- プロセスノードが 90nmあたりを下の凸としたチップ価格になります。
- プロセスノードが 90nmあたりを下の凸としたチップ価格になります。
微細化に伴い、マスクコストが上昇することから、生涯生産数が少ないロングテール半導体の場合、微細化≠ミニマムコストであることが、単純なモデルからも検証されます。
ロングテール半導体のプロセス選択には、Waferコスト計算に加えて、初期費用となるマスクコストや設計コストの考察が必須です。
少量生産 (Low Volume Production) ファウンドリー
超先端プロセス+大量生産に投資を集中しているメガファウンドリー以外の、レガシーファウンドリーの状況を以下に纏めます。
Skywater Technology (US)
Google が Open Source Silicon のパートナーに選んだ Skywater Technology は、元 Cypressの工場をプライベート投資会社が 2017 年に買収して出来たファウンドリーですが、戦略として "TSMCに「相手にされない」企業を狙う"を標榜しています。また、ターゲットカスタマーとして、民生機器、工業機器、軍事・防衛、自動車業界を想定していますが、国防総省の信頼サプライヤーとしても認定されており、米国内のサプライチェーンの安全を確保するための国防総省の取り組みを担っています。つまり、安全保障に絡んだロングテール半導体のサプライヤーです。
通常 90nm (8inch) での製造を請け負っていますが、Google の OpenMPW では 130nm のPDKをオープン化しています。また 2020 年に米国政府の ChipsAct 予算を受けて、90nm/FDSOI の新たな工場に投資をしています。
複数のソースから聞いた話では、Skywater の顧客は、ほぼ政府(軍事・防衛)とのことでした。FDSOIは対放射線対応デバイスであるので、明らかに防衛・宇宙用途ですね。
iHP Microelectronics (独)
ドイツ・ライプニッツ研究所のマイクロエレクトロニクス機関 (iHP) は、アカデミックや欧州のロングテール産業界向けに 130nm/250nm プロセスの少量製造サービスを iHP Solutions が窓口となり提供しています。8inch Wafer で、CR面積が 1,500m2 しか無いので、生産量は月産で数 KWafer 程度と想定されます。
iHP Solutions を使った試作サービスは、東京大学大学院工学系研究科附属システムデザイン研究センター基盤設計研究部門(VDEC)からも利用することが可能です。
2023年に iHP は OpenPDK 化を宣言しており、欧州の団体である Free and Open Source Silicon (FOSSi) が主催する Latch-Up 2024 イベントにて技術的な詳細を報告しています。講演動画はこちらです。
東海理化 (日本)
東海理化は30年以上にわたり、厳格な品質管理とフレキシブルな生産計画が求められる車載半導体製品の安定供給の為に内製の半導体工場を保有しています。2021年にファウンドリーサービスを開始、必要な数のウェハを必要な時期に納入する少量短納期や、ウェハ1枚からの試作品製造など、ロングテール半導体の製造に応じることを特徴としています。
2023年に既存の 1um (6inch) プロセスに加えて 0.35um プロセスへの投資を中期経営計画にて発表しています。ユーザーターゲットは車載機器、産業機器、航空宇宙産業、アカデミック利用を想定しています。
Skywater Technology, iHP Soluitions, 東海理化とそれぞれ会社の出自は全く異なりますが、ロングテール半導体に特化して少量生産 (LVP) に対応したファウンドリーであることがわかります。
ロングテール半導体サプライチェーン
戦略物資としてのレガシー半導体
コロナ以前は、レガシー半導体というと 「中国製」 というのが常識でした。かくいう著者も 中芯国际 (SMIC) での見積もりを取ったり、試作を検討したことが何度もあります。国内ターンキーも当然のように SMIC での製造受託を請け負っていましたが、コロナを契機として、半導体エコシステムを取り巻く国際環境は全く変わりました。
昨今、自国内で超最先端プロセスの半導体製造拠点への投資が活性化しており、アメリカ、欧州、日本は、こぞって TSMC の工場を誘致していますが、発表されている資料からは、いずれも大規模製造を想定したメガファウンドリーと言われる、月産5万枚以上の生産工場と思われます。
一方、レガシーファウンドリーやロングテール半導体製造への投資計画としては、国家プロジェクト的には表立った動きは世界的にも見られていません。
ロシアのウクライナ進行以来、戦略物資としての半導体が重要視されています。軍事・防衛に必要な AI を生む出す為には超最先端プロセスの確保が必須だと信じられているからです。一方、Skywater Technology の例えを出すまでもなく、軍事・防衛に使われている半導体が全て超最先端プロセスを必要としている訳ではありません。同様に、国内にレガシーファウンドリーを抱える、日本のアドバンテージを活かすロングテール半導体の戦略思考が必要だと感じます。
EOL とディスコン品
再び3文字アルファベット EOL が登場します。EOL (End of Life)は、製造終了のことを指します。半導体メーカーが設計・製造する汎用半導体は、半導体メーカー側の理由(装置廃棄・更新、設計改変、廃業等)により時に製造終了することがあります。この様な半導体製品をディスコン品 ( Discontinue=製造終了)と呼びます。
通常は、ディスコン品となる前には、ユーザーに EOL の通知を出すと共に、代替チップの提案や、ラストバイ(最終購買)の提案等が伝えられます。EOL はロングテール製品(特に長期製造保障製品)を扱う製造機器メーカーや車載・インフラ・医療・軍事・防衛産業にとってはビジネス上致命的な瑕疵になる場合があります。製品ライフの短い民生製品であれば、ラストバイで生涯製造数量分の注文をして、半導体製品の在庫を積みますことで対応することもできますが、ロングテール製品では20年以上も製造を続けたり、製造終了後も保守部品として製品サポートを継続する必要があり、EOLへの対応が必須です。
一部の半導体商社(東芝情報システム、NSW等)では、この様なロングテール製品に組み込まれているディスコン品の再生(再設計・製造請負)をサービスとして提供していることからも、我が国のロングテール製品を扱う製造機器メーカーや車載・インフラ・医療・軍事・防衛産業に搭載されたロングテール半導体の戦略思考が必須である左証となっています。
FPGA の都市伝説
日本の電機大手 IDM が、DRAM から撤退し、ASIC から SoC (System on Chip)へ舵を切ったのが 2000 年前後、ASIC の置き換えを狙って Xilinx が 90nm Spartan の販売を始めたのが 2003 年です。その後 45nm Spartan-6, 28nm Spartan-7 と続きます。低価格の Spartan シリーズは、ASIC の代替ソリューションとしてロングテール製品への採用を増やしたことで、ロングテール製品向け半導体=FPGAという都市伝説が生まれます。
この都市伝説にコロナ禍が一石を投じます。グローバルな物流の混乱により、FPGA 製品の欠品や価格高騰が発生しました。本来 FPGA は代替が安易な半導体デバイスという都市伝説で認識されていました(プログラムにより別製品系列で代替)が、実際は代替でピン配置が変更されたり、そもそもパッケージが異なる等、PCB の再設計が必要になることが発覚しました。また、最近では 「EOL は無い」 と説明して来た FPGA メーカーの経営姿勢の変化も心配の種です。
国内の大手電機 IDM が ASIC から事実上撤退した穴を FPGA が埋めて来た過去 20年の間に、ASIC 開発はターンキー企業+メガファウンダリーというエコシステムに転換されていますが、メガファウンドリーでは発注量小さなロングテール半導体の製造受託には前向きではない為に、販売数量が見込める ASIC 製品しか、このエコシステム上では機能しません。わずかに残る国内のレガシーファウンドリーでのロングテール半導体の設計・製造・販売のエコシステムを早急に立ち上げる事が喫緊の課題です。国内にレガシーファウンドリーを抱える、日本のアドバンテージを活かすロングテール半導体の戦略思考や発想の転換が必要です。
戦略課題提言
1. Skywater Technology (=軍事・防衛)や 東海理化 (=車載)の例からも LVP ファウンドリーの運用は実現可能であり、メガファウンドリー誘致と平行して半導体エコシステムに組み入れること
戦略として "メガファウンドリーに「相手にされない」企業を狙う" の様な明確な経営指針を LVP ファウンドリーとして持つことが重要だと考えます。また、その様なロングテール製品へ組み込むロングテール半導体にて、製品の差別化や模倣防止を積極的に進めるロングテール製品企業郡を育てていくことが、我が国の産業構造の強靭化にとっても重要だと考えます。
2. 国内のレガシーファウンドリー(8inch + 国内資本) が LVP ファウンドリー対応できる体制を整え、ロングテール半導体のエコシステム確立を日本のアドバンテージとすること
国内のレガシーファウンドリー(8inch + 国内資本) を、我が国のロングテール製品企業をサポートする LVP ファウンドリーとして、「安心安全」の長期製造の担保ができる、企業支援体制(ファンディングや顧客誘導)が必要です。そのためには、安全保障の屋台骨を支える、我が国の産業インフラ基盤として LVP ファウンドリーの議論の深堀りが必要だと考えます。
3. 国内資本が撤退した 12inch (65nm~28nm) プロセスでの製造が可能な、 LVP ファウンドリーの整備に向けた国内ロングテール産業界の意見集約を早急に図ること
国内資本が量産工場から撤退した 65nm~28nmプロセス(12inch)での、ロングテール半導体の所要とターゲットプロセス等の調査が必須だと考えます。65nm~28nmの半導体生産装置は、12inch Wafer を前提としており、LVP ファウンドリー化=小MOQ 対応には、工場運用の工夫が更に求められます。12inch 向け製造装置の導入には数百億円の投資が必要であり、工場のベースロードを支える、国内ロングテール産業界の意見集約は必須です。
4. 戦略物資である半導体は、超最先端製造拠点の担保に加えて、我が国のアドバンテージがあるロングテール産業界を支えるレガシープロセスを使った製造拠点の担保も必要であることを認識すること
戦略物資である半導体の、特に超最先端製造拠点の確保に関しては、少しの疑問も挟む余地は無いと考えます。しかしながら、電機大手 IDM が育て上げたレガシー製造拠点という国内アセットも、ロングテール半導体という戦略物資の供給者としての価値を最大化させるべきと考えます。
まとめ
大手電機 IDM が国内ロングテール産業界のサポートを止めて〜25年、この間にロングテール産業界側での ASIC 開発への知識・経験、コスト感覚、リスク感覚は失われてしまっていることを肌で感じています。同時に、大手電機 IDM から切り離された 8/12inch ファウンドリーの多くが外資に買収されて、単なるグロ―バル製造拠点の中の一工場として運営されている為に、国内のロングテール産業界を支えることが難しい事情も肌で感じています。
個人的には、ロングテール半導体の重要性に関して疑問を挟む余地は無いのですが、LVP ファウンドリーを含むエコシステムの継続性の為には、その性質上、ユーザーとなるロングテール産業界からの賛同、具体的な要望、積極的な関与等、エコシステムを支える仕組みへの意見の集約ができる、ユーザーコミュニティの醸成が望まれます。
半導体設計のへ EDA 導入の黎明期を経験した半導体設計人として、また PDK 導入と黎明期の国産ファブレス企業での実務経験者として、今後も、半導体製造と設計にまたがる、バランスの取れた論考を公開・共有していくことで、オープンソースシリコンの設計コミュニティだけでなく、国内ロングテール産業界やレガシーファウンドリー等の半導体エコシステムをサポートしていきたいと思っています。