TL;DR
- スクラムはそもそも「重たい」プロセスである:コミュニケーションと意思決定を強制するフレームワークだからこそ、AI時代にはその重さが命綱になる
- 「組織の課題」がAIの効果を相殺する:スクラムが機能していない組織でAIを導入しても、ボトルネック(意思決定・品質保証・結合)が詰まるだけで、生産性は向上しない
- ボトルネックはいつだって人間と組織:AIは「コードを書く」ことはできても、「何を作るべきか」を決め、「組織や個人の能力の壁」を越えることはできない
はじめに
DevinやClaude、そしてKiroのような自律型AIエージェントの台頭により、私たちはかつてない「開発速度」を手に入れつつあります。しかし、あなたのチームのリリースサイクルは、本当にそのスピードに比例して速くなっているでしょうか?
かつてウォーターフォール開発において、実装工程だけを短縮しても、その前段の商品企画や後工程のQA(品質保証)がボトルネックとなり、顧客への価値提供スピードが変わらなかった現象を思い出してください。

(下の方、生成してもらえる内容に限界を感じたので少しイメージが異なりますがゲートごとにDelivered Valueが発生するイメージです)
(ハイブリッドアジャイルってあまり見かけなくなりましたね)
今、生成AIによって「実装」という工程が極限まで圧縮された結果、私たちは再び、そしてより残酷な形で「組織のボトルネック」に直面します。本記事では、AIが当たり前になった2025年において、なぜスクラムのような「人間中心のフレームワーク」がより重要になるのか、そしてなぜ組織力が開発速度の限界を決めるのかについて考えてみました。
前提:このブログを読む前に
本記事は、以下の前提を共有できる方に向けて書いています。
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AI活用の基礎スキルがある:
KiroやClaude、GitHub Copilotなどを活用し、一定精度のコード生成ができる、あるいはAIが間違った方向に進んだ際にそれを検知・修正できるスキルセットを想定しています。 もしAIから意図したアウトプットを引き出せず時間を浪費しているなら、まずはアジャイルな対話スキルを磨くことをお勧めします。AIへのプロンプトエンジニアリングは、人間への要件伝達(受入条件の明確化など)やバックログの分割などと本質的に同じ能力だと私は考えています。 -
今、開発組織に課題を感じている:
「2年後にリリースする300億円規模のプロジェクトを100チームで開発し、計画通りに進んでいる」といった、現行の開発で十分な成果と満足感を得ている方は、本記事の対象外です(おそらく、抱えている課題の種類が異なります)。
2025年におけるスクラム:なぜ「重たい」プロセスが必要なのか
「スクラムはイベントや決まりごとが多くて重たい」「開発に対して計画する時間が長すぎる」 生成AIによる爆速コーディングが可能になった今、スプリントプランニングやレトロスペクティブ(ふりかえり)にかける時間を無駄だと感じる人が増えているかもしれません。しかし、アジャイルの専門家として断言します。その「重さ」こそが、AI暴走時代における唯一のブレーキであり、ハンドルです。
リズムなき高速化は事故を招く
スクラムの本質は、自分たちの活動のペースを認識し、一定のタイムボックスで区切ることにあります。 生成AIは疲れません。指示があれば無限にコードを書き、機能を実装し続けます。しかし、チームの認知負荷や、既存システムへの統合能力、そして組織の意思決定スピードには限界があります。
スクラムが提供する固定期間「スプリント」は、AIが生み出す膨大なアウトプットに対し、「本当にこれは我々のプロダクトゴールに合致しているか?」「技術的負債を積み上げていないか?」「市場へリリースするタイミングは適切か?」などを確認するゲートとしても機能します。
スクラムを廃止して開発をAIに任せれば、確かにコードの量は増えるでしょう。しかし、それは「誰も使わない機能」や「結合できないコンポーネント」の山を築くだけかもしれません。自分たちでペースをコントロールし、自分たち自身をカイゼンしていくスクラムの基本動作は、開発スピードが上がれば上がるほど、その重要性を増しています。
そもそものスプリント期間や、開発単位を自分たちで変化させる能力も、スクラムと向き合ってきているチームは日常的に考えられているのが実態です。
2025年における開発のボトルネック:人間と組織の限界
開発プロセスの一部(コーディング)がAIによって劇的に高速化されたことで、それ以外の部分の遅さが浮き彫りになりました。これこそが「ボトルネックの移動」です。
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プロダクトバックログの枯渇と質の低下
最大のボトルネックは「何を作るか」を決めるプロセスです。 開発チームがAIを使って爆速でタスクを消化し始めると、プロダクトオーナー(PO)やビジネスサイドによるバックログの準備が追いつかなくなります。 さらに深刻なのは、「ROI(投資対効果)を最大化するアイテム」ではなく、「AIが作りやすそうなアイテム」や、十分な検討がなされていない「生煮えのアイデア」が開発に回されることです。結果として、チームは忙しく働いているのに、ビジネス価値が生まれないという状況に陥ります。 -
統合と品質保証の壁
「コードが書ける」ことと「既存の複雑なシステムに統合して動く」ことは別問題です。 各個人のAIエージェントが生成したコードは、ローカル環境では完璧に動くかもしれません。しかし、それを大規模なレガシーシステムに統合し、セキュリティを担保し、非機能要件を満たすプロセスにおいて、AIはまだ人間の手助け(特に組織的な調整)を必要とします。 スクラムが運用できておらず、チーム間のコラボレーションやCI/CD(継続的インテグレーション/デリバリー)の基盤が弱い組織では、AIが生成したコードがプルリクエストの山となり、レビュー待ちやマージコンフリクトの解消に忙殺されることになります。 -
「自律的な解決能力」の欠如
これが最も致命的です。スクラムがうまく回っていない組織は、問題が発生した際に「誰かが決めてくれるのを待つ」傾向があります。 AIを活用した開発では、従来の正解がない未知のエラーや、倫理的な判断が必要な場面に多々遭遇します。チーム自身が自律的に課題を発見し、組織内の誰とコラボレーションすべきかを判断し、解決していく能力(自己組織化)がなければ、AIのスピードについていくことはできません。
むしろ、中途半端にAIを導入することで、未熟な組織は混乱し、コミュニケーションコストが増大し、「AIを使ったら逆にリリースが遅くなった」という皮肉な結果を招く可能性すらあるのです。
2025年におけるAIが加速させるもの
では、AIは何を加速させるのでしょうか? それは単なるコーディングスピードではなく、「組織の実力の格差」です。
良いプロセスはより良く、悪いプロセスはよりカオスに
AIはアンプ(増幅器)です。 もしあなたのチームが、明確なビジョンを持ち、高いコラボレーション能力と、健全なスクラム運用を行っているなら、AIはそのチームの生産性を10倍、100倍に高めるでしょう。意思決定能力が高く、個々のエンジニアが「何を作るべきか」を理解しているため、AIを適切な方向に導けるからです。
一方で、意思決定が遅く、縦割りのサイロ化が進み、言われたことだけをやる文化の組織にAIを導入すると、AIは「混乱」を加速させます。質の低いコードが大量生産され、管理不能なシステムが出来上がり、技術的負債が指数関数的に増大します。
企画部門やビジネスにAIを導入することは必須ですし効果的に働く可能性がありますが、ここで述べていることは全て当てはまる状況でもあることを冷静に理解してください。
「言語化能力」が開発能力そのものになる
AIを活用するためには、曖昧な思考を明確な指示(プロンプト)に変換する能力が不可欠です。 これは、アジャイル開発において長年重視されてきた「対話」や「ユーザーストーリーの記述」と同じスキルです。 「なんとなくいい感じにしておいて」が通用しないのは、人間の新人エンジニアもAIも同じです。しかし、AIは忖度しません。 つまり、アジャイルの文脈でよく言われる「期待値のすり合わせ」や「受入条件の明確化」といった、人間同士のコミュニケーションスキルが高かった人(あるいは組織)こそが、2025年にAIの力を最大限に引き出しているのです。
おわりに:AI時代のアジャイル開発者へ
2025年の今、私たちが直面している真実はシンプルです。 「銀の弾丸は存在しない。ただし、AIという強力な火薬は手に入った」ということです。
その火薬を使って壁を爆破して進むのか、それとも自分たちの足元で暴発させてしまうのか。その違いを分けるのは、結局のところ、私たち人間と組織の「意思決定能力」であり、「チームとしての規律」です。
開発が生成AIによってどれだけ高速化したとしても、それをビジネス価値に変換するパイプライン(統合プロセス、品質保証、商品企画)が詰まっていては意味がありません。 スクラムのようなフレームワークを用いて、ボトルネックを可視化し、チーム自身で問題を解決していくプロセスは、古くなるどころか、これからの時代に生き残るための必須条件となるでしょう。
AIにコードを書かせる前に、まずは自分たちのチームを見直してみてください。 私たちは、AIが生み出すスピードを受け止められるだけの「組織の強さ」を持っていますか? 次に開発するアイテムは、本当にチームのROIを最大化するものですか?
その問いに自信を持って「YES」と答えられるチームだけが、AIという翼を手に入れて、真に高く飛ぶことができるのです。
読んでみて課題を感じたとき
もし、この記事を読んで「まさにウチの組織はボトルネックだらけだ」「AIを入れても空回りしている気がする」と感じたならば、一度「バリューストリームマッピング」を一緒に作成してみませんか? AIによる開発工程の短縮だけでなく、アイデアが生まれてから顧客に届くまでの全体像を可視化することで、真に解決すべき組織の課題(ボトルネック)を特定しましょう
お読みいただきありがとうございました!