はじめに
前回までで、Bell 状態の密度関数を量子回路で確認することができました。
Bell 状態全体は純粋状態ですが、片方の量子ビットだけを見るとどうなるのでしょうか。密度行列を用いると、一部の量子ビットだけを取り出す「部分トレース」を計算できます。次に、この操作によって Bell 状態の各量子ビットが混合状態になることを確認してみます。
部分トレースのシミュレーション
量子ビット A, B からなる Bell 状態
\ket{B_{00}} = \frac {1} {\sqrt{2}} \big( \ket{00} + \ket{11} \big)
は純粋状態で、その密度行列は
\begin{align}
\rho_{AB} &= \ket{B_{00}} \bra{B_{00}} \\
&= \frac{1}{2} \big( \ket{00} + \ket{11} \big) \big( \bra{00} + \bra{11} \big) \\
&= \frac{1}{2} \big( \ket{00} \bra{00} + \ket{00} \bra{11} + \ket{11} \bra{00} + \ket{11} \bra{11} \big) \\
&= \frac{1}{2} \begin{bmatrix}
1 & 0 & 0 & 1 \\
0 & 0 & 0 & 0 \\
0 & 0 & 0 & 0 \\
1 & 0 & 0 & 1
\end{bmatrix}
\end{align}
と書くことができます。
この密度関数のトレース(対角成分の和)は、一般に 1 となります。
さて、ここで B について、部分トレースと呼ばれる
Tr_{B}(\rho_{AB}) := \bra{0}_{B} \rho_{AB} \ket{0}_{B} + \bra{1}_{B} \rho_{AB} \ket{1}_{B}
のような計算をすると、
\frac{1}{2} \big( \ket{0}_{A} \bra{0}_{A} + \ket{1}_{A} \bra{1}_{A} \big) := \rho_{A}
のように、量子ビット A の部分についての密度行列 $ \rho_{A} $ が求まります。
エンタングルした純粋状態 $ \rho_{AB} $ の部分系 $ \rho_{A} $ は純粋状態ではなく、混合状態(外乱により様々な状態が混ざり合った量子ビット状態) $ \rho_{mix} $ になることが知られています。1
\begin{align}
\rho_{mix} &= \frac{1}{2} \ket{0} \bra{0} + \frac{1}{2} \ket{1} \bra{1} \\
&= \frac{1}{2} \begin{bmatrix}
1 & 0 \\
0 & 1
\end{bmatrix}
\end{align}
この性質について、Qiskit で確認してみます。
部分状態は、partial_trace で取得することができます。
from qiskit import QuantumCircuit
from qiskit.quantum_info import DensityMatrix, partial_trace
# Bell状態を生成
qc = QuantumCircuit(2)
qc.h(0)
qc.cx(0, 1)
# 密度行列を生成
dm = DensityMatrix.from_instruction(qc)
print("Bell状態の密度行列")
print(dm)
# 2番目の量子ビット(q1)を部分トレース
rho0 = partial_trace(dm, [1])
print("\nq0 の部分状態")
print(rho0)
結果は以下のようになりました。
Bell状態の密度行列
DensityMatrix([[0.5+0.j, 0. +0.j, 0. +0.j, 0.5+0.j],
[0. +0.j, 0. +0.j, 0. +0.j, 0. +0.j],
[0. +0.j, 0. +0.j, 0. +0.j, 0. +0.j],
[0.5+0.j, 0. +0.j, 0. +0.j, 0.5+0.j]],
dims=(2, 2))
q0 の部分状態
DensityMatrix([[0.5+0.j, 0. +0.j],
[0. +0.j, 0.5+0.j]],
dims=(2,))
混合状態となっています。
また、q1 の部分状態も同じ結果になります。
得られた密度行列は
- 50% の確率で $\ket{0}$
- 50% の確率で $\ket{1}$
となっています。
まとめ
Bell 状態は完全純粋状態ですが、部分トレースによって片方の量子ビットだけをみると混合状態になってしまうという、エンタングルメントの代表的な性質を Qiskit で確認することができました。「全体を見れば完全に状態は分かるが、一部だけを見るとランダムにしか見えない」というのは一見矛盾しているようで面白い性質です。
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『量子コンピューティング 基本アルゴリズムから量子機械学習まで』(嶋田義浩著, 2020) ↩