はじめに
僕は2026年5月27日〜29日に開催されたQiitaConferenceにゲストスピーカーとして登壇しました。
発表のタイトルは 「技術記事、AIに書かせるか、自分で書くか?〜それでも私が自分の手で書く理由〜」 です。
スライドはこちらにあります。
ただし、スライドだけでは僕の話した内容の一部しか伝わらないと思います。
そこでこの記事では当日参加していない人向けに、僕が当日話した内容をQiita記事として読めるように体裁を整えてみました。
当日僕の発表を聞いていない人は、上記のスライドとあわせてこの記事もぜひ一緒に読んでみてください。
もはやAIで書く方が主流じゃない?
最近はQiitaを見ていても「これはAIで書いてそう」と感じる記事がかなり増えてきました。
「AIを使ってます」と明記する人は滅多にいないので、あくまで推測でしかありませんが、15年以上技術記事を書いていると、なんとなくわかります。
まず、文量です。
何画面分もスクロールしないといけないような記事は、自分の経験上、「これは人間が書くと数日かかりそう」と感じます。
にもかかわらず、そういう記事をほぼ毎日のように投稿している人も見かけます。
もしこれを人間がやろうとしたら、専業で朝から晩まで記事を書いているライターでもない限り難しいと思います。
また、記事の中に太字や箇条書きが多用される記事も「AIっぽいな」と思ってしまいます。
たまに ** が出てきたりするのはご愛嬌、でしょうか。
メリットがあるのもわかる
とはいえ、AIで記事を書くメリットがあるのも理解できます。
AIを使えば、圧倒的に短時間で記事が書けますし、一定以上のクオリティを担保することもできます。
文章を書くのは苦手、という人にとっては、AIを使えば技術記事を執筆するハードルがぐっと下がります。
「自力じゃ書ける気がしない」という人がAIの力を使って記事を書けるようになるのは、とても良いことだと思います。
読み手も受け入れている?
また、人間が書かないとバズらない、というわけでもありません。
2〜3年前ならともかく、最近ではAIも自然な文章を書くようになりました。
Qiitaのランキングを見ても、AIで書いてそうな記事が毎週ランクインしています。
これは書き手がAIか人間かによらず、内容が良ければたくさん読まれることを意味しています。
分野によってはAIが書く方が有利
海外技術記事の翻訳や、新しくリリースされたツールやLLMの新機能紹介などは、AIに書かせた方が速くて楽だと思います。
日進月歩で毎日大量のニュースが流れ込んでくるので、いちいち手で書いていられない、というのもわかります。
つまり、いいことだらけ?
こうしてみると、AIの力を使って技術記事を書くことはメリットしかないように見えます。
中身の薄いAIスロップ的な記事を量産するのはNGだと思いますが、そういう使い方さえしなければ、「これからは技術記事もAIが書く時代だ」と言っても過言ではないのかもしれません。
にもかかわらず、僕は「技術記事はできるだけ自分の手で書きたい」と思っています。
それはなぜか?その理由を以下で述べます。
ちなみに……
僕はAIで記事を書くことを否定するつもりはありません。
僕自身も言い回しの改善を相談したり、タイトル案を出してもらったりするなど、記事の執筆中に補助的にAIは使っています。
本記事では「良い・悪い」「正しい・間違っている」を断じるのではなく、あくまで僕個人の考えや好みを語るだけです。
記事の中の「人」を感じたい
かつては「技術記事を書くのは人間だけ」だったので、何も思わなかったのですが、AIが書いてそうな記事が増えてくると「なんか寂しいな」と感じる瞬間が増えてきました。
この寂しさの原因は何なのかを考えたところ、僕は技術記事を読むことで、思いがけない出会いや人間同士のコミュニケーションを暗に求めていたのかもしれない、ということに気づきました。
たとえば、技術記事を読んでいると「この人の書いた記事は味があって面白いなあ」とか「いつも役立つ記事を書いてくれてありがたいなあ」といった具合に、書き手に対する興味を持つことがよくあります。
また、コメントや感想を書くことで、そこからネット上のゆるやかなつながりが生まれることもありました。
AIっぽい記事はそのボリュームにもかかわらず人間味が薄く、 情報はあるが、人はいない ように思えます。
記事を開いても「人」を感じられないので、それが寂しさの原因になっているんだと気づきました。
技術記事の文章は一種のUIである
「AIがコードを書く時代なら、文章もAIに書かせればいいのでは?」と考える人は結構多いのではないでしょうか?
しかし、コードと文章は同じ「書くもの」であっても役割が違います。
システムの利用者はシステムを使うのであって、コードを見るわけではありません。コードは裏方です。
一方、技術記事の文章は書き手と読者をつなぐ唯一の接点になります。
いわば一種のユーザーインターフェースです。
読者
↓
文章=インターフェース
↑
書き手
では、そのインターフェースはどうあるべきなのでしょうか?
ざらつきや引っかかりをなくすな
AIが書いた流暢でミスのない文章は、悪く言えば「つるつるなインターフェース」です。
技術記事においては必ずしも「きれいで整った文章=善」とは限りません。
そうした文章は、最初から最後まですーっと読めても、読み終わった後に「で、これって何が書いてあったんだろう?」と思い出せないことが多いのです。
それよりも多少の「ざらつき」や「引っかかり」を持った文章の方が心地よく、記事を印象的なものにします。
ここでいう「ざらつき」や「引っかかり」は、その記事を書いた人の個性やクセと言い換えることができます。
僕自身は「つるつるな文章」よりも、ある程度のざらつきや引っかかりを持った文章の方が好きです。
そうした文章を読みたいので、僕自身もそうした文章を書きたいと考えています。
その記事は「私」か?
同じ文書でも、マニュアルや仕様書のようなドキュメントと、技術記事は異なります。
その違いとは、マニュアルや仕様書とは違って、Qiitaやブログの記事はあなたの名前と一緒に公開される点です。
少し厳しい言い方になりますが、名前と一緒に記事が公開されるということは「この記事は私が書きました。ここに書いてあることなら、なんでも聞いてください!」と胸を張って言えるようにしなければならない、ということです。
このことは「書き手が文責を持つ」と言い換えてもいいかもしれません。
文責(ぶんせき)=書いた文章に関する責任。
具体的には、記事の書き手は以下のような問いに対して、すべて"YES"と答えられないといけません。
- 自分の考えや経験が含まれているか?
- 自分の言葉で説明しているか?
- 自分が理解した内容だけを書いているか?
- 自分の価値観で情報を取捨選択したか?
しかし、これはそれほど難しいことではありません。
なぜなら、自分で考えながら書いていけば、どの問いにも自然と"YES"に近づいていくからです。
そして、その逆もまた然りです。
何をアウトソースできるか?ではなく、何をアウトソースすべきか?
記事に個性を埋め込む、といったことは、やろうと思えばAIでもできるのかもしれません。
実際、「自分が書いた文章から個性を学習させて記事を生成してみた」みたいな情報もときどき見かけます。
ですが、「AIができることは全部AIにやらせる」ではなく、「やろうと思えばAIに任せられるかもしれないが、自分でやる」ということがあってもいいのではないでしょうか。
技術記事を書いていると、ときどき「あの記事、とてもよかったです!」といった感想をもらうことがあります。
そのときは純粋に「ありがとう!😊」と僕は言いたいです。
「ありがとう (実はアレ、AIがほとんど書いたんだけどね……)」
みたいな返事をすることを想像すると、僕は「なんか違うな」と違和感を覚えます。
僕は読者の人たちと、記事を通じてできるだけダイレクトに交流がしたいと考えています。
僕と読者の間に「AIが書いた文章」が挟まっていると、そのダイレクト感が阻害されてしまいそうな気がするのです。
RubyKaigi 2026の思い出
この4月に開催されたRubyKaigi 2026では、現地で多くのみなさんから「伊藤さんの書いた記事や本でRubyの勉強をしました!」と声をかけてもらいました。
こういう経験をすると、「本当に記事を書いてきてよかったなあ」と、しみじみ思います。
まとめ
この記事では以下のような話を書きました。
- QiitaでもAIで書いてそうな記事が増えてきた
- AIで記事を書くメリットがあるのはたしか
- でも技術記事には「人」という要素も色濃く残したい
- 記事を通じて読者とダイレクトに交流したい
上に述べたような理由から、僕はこの先ももう少し自分の手で記事を書き続けていきたいなと考えています。
あくまで僕の場合は、ですが!!
でも私は何を書いたらいいの?
ここまで僕の記事を読んで、何人かの人は「私も自分の手で記事を書いてみようかな」と思ってくれたかもしれません。
しかし、その一方で「自分よりAIの方が上手に書くし、自分が書く意味なんてあるの?」と不安に思うこともあるのではないでしょうか。
そういう人たちに伝えたいのは、自分の経験や気づき、思いをアウトプットしよう、ということです。
あなたの経験はあなたにしか書けないオリジナルのコンテンツです。
文章の上手さはAIの方が上かもしれませんが、あなた自身の経験を書けるのは、ほかでもないあなただけです。
予期せぬ事件や大失敗はアウトプットのチャンスです。
文章の上手い下手は気にせず、その経験を自分の言葉でアウトプットしてみましょう。
「執筆が苦手でどうしても文章が書けません」という場合は、AIにサポートしてもらうのもアリです。
ただし、記事から「私」が消えてしまわないよう、どこからどこまでをAIに任せて、どこからどこまでを自分で書くのか、慎重に線引きしてください。
最後に:あなたの経験を、あなたの言葉で
AI時代だからこそ、あなたの言葉で技術記事を書こう!
――これがみなさんに伝えたい、僕からのメッセージです。

画像は筆者が作成した「技術記事を書く技術」の書店用直筆POP
参考:本記事およびQiitaConference 2026の発表内容について
本記事およびQiitaConference 2026の発表内容は、拙著「技術記事を書く技術」に収録されている「付録A 生成AI時代に、人間が記事を書く理由を考えてみた」の内容をベースに、再構成したものです。


