答えを求めてしまうZ世代へ。設計の世界に「たった一つの正解」なんてない。
「この設計、本当にこれでいいのだろうか……」
"モノ"を作っている間、ずっとこの不安と戦っていませんか?かくいう僕もその1人です。
最近、僕のような若い世代(Z世代など)を見ていると、設計という仕事に対して強い壁や厳しさを感じている人が多いように思います。しかし、それはあなたの能力が足りないからではありません。私たちが受けてきた「教育」と、設計という「実務」の間にあるギャップが原因なのです。
なぜ私たちは「答え」を探してしまうのか?
理由はシンプルです。私たちはこれまで、ずっと**「答えのある教育」**しか受けてこなかったからです。
学校のテストには必ず1つの正解(模範解答)がありました。その答えをいかに早く、正確に導き出すかを競う環境で育ってきたため、私たちは何かに取り組むとき、無意識に「唯一の正解」を求めてしまう癖がついています。
しかし、一歩「設計」の世界に足を踏み入れると、そのルールは一切通用しなくなります。
設計の世界には、あらかじめ用意された答えなんてありません。むしろ、**「顧客の数だけ答えがある」**と言った方が正しいでしょう。Aさんにとっては100点満点の設計でも、Bさんにとっては使いにくい50点の設計になることなんて日常茶飯事です。よくできる設計者はみんなにとっての70点を目指します。その分卑劣であると言ってもいいかもしれません。
答えが1つではないからこそ、ものすごく苦労します。作っている最中は、常に「本当にこれでええんやろか……」という不安が頭をよぎり続けるのが普通なのです。
「これでいいですか?」と言える上司はいない
さらに設計の現場を難しくしているのは、完璧な正解を教えてくれる「先生」のような上司がいないことです。
「これでいいですか?」と尋ねたときに、何もかもを見通して「うん、100点!これでいきなさい」と首を縦に振ってくれる人は存在しません。なぜなら、上司だって「やってみなければ分からない領域」と日々戦っているからです。
では、正解がわからない私たちは、一体どうしたらいいのでしょうか?
答えみたいな「何か」が見えてくる唯一の方法
結論から言えば、「検証して、やるしかない」。これに尽きます。
まずは今持っている情報の中で最善だと思うものを作り、形にして、検証する。そこで「何が足りなかったのか」「どこがダメだったのか」を徹底的に洗い出し、次の設計に活かす。この泥臭い積み重ねだけが、あなたを成長させてくれます。
何度も何度もこのサイクルを繰り返しているうちに、ある日ふと、自分の中に**「答えみたいな何か(最適解の輪郭)」**が徐々に、解像度高く見えてくるようになります。
「じゃあ、最初からその『答えみたいな何か』を先輩や上司が教えてよ」と思うかもしれません。
でも、それは無理難題というやつです。なぜなら、その「何か」は、あなた自身が自分の手を動かし、悩み、検証した、その経験の蓄積(プロセス)の中にしか宿らないものだからです。
設計に正解はありません。だからこそ、自分の手で最適解を導き出す面白さがあります。「本当にこれでいいのか?」という不安は、あなたが真剣に向き合っている証拠です。怖がらずに、まずは目の前の設計を形にしてみましょう。足りないものは、次に活かせばいいだけです。