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はじめに

この記事では量子ハードウェアとしてメジャーなものを大雑把に分類した上で、それぞれの直近の動向を簡単に整理していきたいと思います。
今回ピックアップするハードウェアは特殊な契約を結ばないと使えないようなものではなく、我々一般人でもクラウド経由で使うことができるようなハードウェアを中心としたいと思います。
なお、量子ハードウェアを取り上げると言ったのですが、アニーリングの章ではイジングモデル・QUBOを入力とすることができる古典イジングマシンも扱おうと思います。

量子ゲート型と量子アニーリング型

違いについて

まず量子コンピュータのハードウェアの大きな分類として、ゲート型アニーリング型(イジングマシン含む)に分けることができます。
ゲート型とアニーリング型の違いはそもそもの動作原理での部分であり、最も大きな違いとしては任意の回路を組むことができるかどうか?という点になります。
(もう少し詳しく説明すると、任意の回路を組むことによって量子ビットの重ね合わせ状態を位相方向に制御ができるか否かの違いがあります。)

image.png

また、ユーザ視点で見ても使うことができる問題の種類が異なります。
扱える問題の種類を大雑把にまとめると次の一覧の通りになると思います。
(私の理解ではこちらの通りですが、間違いがあればぜひご指摘いただけると大変嬉しいです。)

image.png

このような感じで、分けられることからゲート型は汎用型、アニーリング型は特化型といった表現のされ方もすることがあります。

ゲート型のほうがアニーリング型よりもハードウェア実装が難しいということもあり(どちらも高度な技術を用いていますが)、集積している量子ビット数という観点で比較するとゲート型のほうがアニーリング型よりも少ないです。
当然、ゲート型とアニーリング型を横並びで比較することは難しいのですが、搭載している量子ビット数の大きさは扱うことのできる問題の規模にも結びつくため、実用度としてはアニーリング型のほうが一歩リードしていると思います。

世界を見渡した概況

2021年末時点での概況としては、ゲート型のハードウェア開発競争が非常に盛り上がりを見せており、少なくともハードウェア開発に関するメインストリームはゲート型で、アニーリング型のハードウェア開発はやや落ち着いている印象があります。
これに伴って、ゲート型の活用研究も徐々に進んできている状況です。

しかし、活用研究については先述の通り扱える問題の規模の観点からアニーリング型のほうが一歩先行しており、

  • ルート最適化
  • 株式ポートフォリオ最適化
  • レコメンド最適化

などさまざまな事例があります。

したがって、

  • ゲート型はハードウェア開発が非常に活況だが、活用研究はまだまだこれから
  • アニーリング型はハードウェア開発がやや落ち着いているが、活用研究としては一定の実績あり

という状況です。

しかし、ゲート型に比べて扱える問題の規模が大きいアニーリング型であっても、巡回セールスマン問題で考えると十数地点を巡回する最適ルートしか求めることができない程度で、これ以上の規模の問題を扱おうとすると古典コンピュータの力を借りざるを得ないというのが実情にはなります。

計算プロセス比較

ゲート型でもアニーリング型でも解くことができる問題として「組み合わせ最適化問題」があります。
お気づきの方も多いかと思いますが、ハードウェア実装が異なる以上、計算実行のプロセスも大きく異なります。
計算条件を人手で定めた後、その条件を量子回路で表現するのがゲート型、イジング模型に埋め込むのがアニーリング型です。
このような違いがあるので、ゲート型とアニーリング型では同じ組み合わせ最適化問題を解くとしてもソースコードの記述がかなり異なってきます。
以下に計算プロセスのイメージ図を掲載します。

image.png

主なゲート型ハードウェアの紹介

2021年現在、世界中の各企業が熾烈な開発競争を繰り広げているゲート型ハードウェアですが、冒頭に述べた通りその中でも我々一般人が手軽に触れられるマシンを中心にピックアップしてご紹介したいと思います。

超伝導方式

現時点においてゲート型の最もスタンダードな実装方式である超伝導方式ですが、この超伝導方式はジョセフソン効果と呼ばれる薄い絶縁体を挟んで結合させた超伝導体の間で超伝導電流が流れる現象を利用しています。
これを実現するにはほぼ絶対零度に冷却する必要があり、その分冷却機の大きさが大きくなってしまうという特徴があります。
また、量子効果を維持することが難しい点やエラー率の高さなど課題もいくつかあります。
一方で、回路の集積化は他の方式に比べると幾分容易なため、量子ビットの規模を増やしている傾向があります。

IBM

150px-IBM_logo.svg.png
IBMはIBM Qという量子ハードウェアを開発していますが、IBMはこの領域においてリーディングポジションに位置していると個人的には考えています。
IBMは2016年に量子ゲート型としては初めてクラウド経由で一般利用が可能なハードウェアを発表しました。当時は5量子ビットを搭載したマシンでしたが、その後着実に量子ビット数を伸ばし、2021年には127量子ビットのハードウェアを発表しました。
また、IBMが提供している開発SDKであるQiskitも現在では広く使われていますし、IBM Q Networkというコミュニティも形成しており、ユーザと量子関連技術の提供者が多く参加するコミュニティとなっており、この領域における存在感は非常に大きいものを占めています。

Rigetti

RIgetti.png
Rigettiはアメリカのスタートアップ企業で、Rigettiの32量子ビットのハードウェアはAWSが提供するAmazon Braketからも手軽に利用することができます。
近日中にニューヨーク証券取引所にてSPAC上場をする予定となっているそうです。

イオントラップ方式

イオントラップ方式は超伝導方式に比べてエラー率が低く量子効果を長く維持することができる点が大きな特徴です。
また、真空環境にする必要はあるのですが、超伝導方式のように冷却する必要はなく、常温で動作することができます。
原理としてはその名の通りイオントラップと呼ばれる機構を利用したもので、真空環境に閉じ込めたイオンに対してレーザー光を照射することで量子状態を制御するような仕組みとなっています。

IonQ

IonQ.png
IonQはアメリカのスタートアップ企業で、メリーランド大とデューク大の研究成果に基づいてハードウェア開発を進めています。
IonQのマシンは11量子ビットを搭載しており、AWS、Azure、GCPの3大クラウドのいずれからも利用ができるという点が他のゲート型ハードウェアと一線を画する点だと思います。量子ビット数だけを見ると小規模のように見えますが、量子ビット同士の接合が全結合構造となっており、パフォーマンスの良さそうな量子ビットを選びながら計算実行をできる点も魅力です。
IonQは2021年にニューヨーク証券取引所でSPAC上場を果たしており、期待感の高まりから一時株価が急騰したタイミングもありました。

Honeywell

Honeywell
Honeywell社自体は1886年創業のかなり老舗電子機器メーカです。
ハードウェア開発としては近年の取り組みとして進めていたのですが、2021年に量子ミドルウェア企業であるCambridge Quantum Computingというケンブリッジ大発のスタートアップ企業を買収しました。これによりHoneywell社は老舗メーカとしての顔だけでなく量子コンピューティングのフルスタック企業という顔も持ち合わせることになりました。
Honeywellはハードウェアスペックを広く公開をしているわけではないようなので詳細は不明ですが、全結合の10量子ビットを搭載したハードウェアが最新のようです。
MicrosoftのAzureQuantumというサービスを経由する場合、$125,000を支払えば利用することができるようですが、これには純粋なマシン利用料のみではなくコンサルティングサービス等も含まれているようです。

その他の動向

今後期待が高まるハードウェア

Xanadu(フォトニック方式)

カナダのXanadu社ではStrawberry Fieldsという専用SDKを通して利用するフォトニック方式の量子コンピュータを開発しており、Xanadu社のHPからアクセスできるクラウドを経由して利用可能です。
フォトニック方式は光量子コンピュータとも呼ばれるもので、他のゲート型とは異なり"量子ビット(Qubit)"ではなく"量子モード(Qumode)"が計算に利用される単位となります。
フォトニック方式では光子を利用することから連続量を扱っており、離散量とはならないため「ビット」ではなく周波数を示す「モード」と呼んでいます。
現状扱える規模は8量子モードなのでまだまだこれからというところですが、

  • 常温・大気中で動作する
  • 重ね合わせを維持できる時間が長い

といった特徴を持っているため、超伝導やイオントラップに取って代わるのではないか?という見方をする方もいるようです。
ちなみにこのXanadu社はPennyLaneという量子機械学習のためのミドルウェアも開発しています。

<余談>
きっとBeatles好きが社内にいるのでしょうね :grin:
社名はELOのJeff LynneがOlivia Newton-Johnに書いた楽曲のXanaduが由来か?それともカナダの英雄Rushの楽曲のXanaduが由来か?とても気になるところです…!

QuEra(冷却原子方式)

QuEra社はハーバード大とマサチューセッツ工科大の物理学者たちが立ち上げたスタートアップ企業で、2021年11月に冷却原子方式による256量子ビットを搭載した量子シミュレータ(≠量子コンピュータ)を開発したとの発表をしました。
量子シミュレータとは、プログラムによって回路を組むことによって複雑な制御を自在に施すことはできず、特定の用途にのみ利用できるものです。しかし、QuEra社はその256量子ビットの量子シミュレータの技術を応用して、64量子ビットの量子コンピュータを近日中に開発するとも発表しています。
冷却原子方式の強みは

  • 高速に量子ビットの配置や接続を再構成できる
  • 重ね合わせを維持できる時間が長い

といった点です。
2024年には1000量子ビットを超える量子コンピュータを開発するとも宣言しており、今後のゲート型ハードウェアの開発競争に参戦する形となっています。

以前は界隈を賑わせていたが鳴りを潜めてしまったハードウェア

Google(超伝導方式)

この記事を読まれている方の中には「Googleが開発した量子コンピュータが量子超越を実現」というニュースを2年前くらいに見聞きした方もいるかもしれませんね。
このときGoogleが用いていたのが自社で開発したSycamoreという54量子ビットのチップでした。
この量子コンピュータのすごいところは量子ビット数でもスパコンより速く計算したことでもなく、エラー率を非常に低く実行ができていた点だと個人的には捉えています。
そんなGoogleの量子コンピュータ開発ですが、ハードウェア開発責任者であるJohn Martinis氏はGoogleを退職してオーストラリアのシリコン方式の量子コンピュータ開発スタートアップ企業に参画しました。
それ以降、Googleの量子ハードウェア開発についてのニュースが途切れているという状況です。
もしかしたら、突如また新たなハードウェアの発表があるのかもしれませんが、おそらくはハードウェア開発は中断しているのでは…?と思っています。

Microsoft(トポロジカル方式)

Microsoftはマヨラナ粒子と呼ばれる素粒子を利用したトポロジカル方式という独自の路線で量子コンピュータ開発を進めていました。
しかし、その根拠となるマヨラナ粒子の存在を論文に記したMicrosoft所属のLeo Kouwenhoven氏が2021年に自らその存在を否定的に捉えた発表をしました。
これによりMicrosoftの量子ハードウェア開発は事実上完全停止しているような状況です。ただ、Microsoftとしては今後も量子技術そのものには投資をしていくというコメントもしているようです。

主なアニーリング型ハードウェアの紹介(古典イジングマシンも含む)

純粋な量子アニーリング型のハードウェアだけを取り上げるとD-Waveしか取り上げることができなくなってしまいますので、この章では古典イジングマシンにも触れようと思います。

量子アニーリング型ハードウェア

D-Wave

D-Wave.png
2011年に世界初の商用量子コンピュータをリリースしたというニュースで世の中を驚かせたD-Waveですが、現在の最新ハードウェアは2019年にリリースしたD-Wave Advantageという5760量子ビットをペガサスグラフで搭載したマシンです。
D-Waveのマシンは自身が運営するD-Wave Leapというクラウドサービスからも利用可能ですが、Amazon Braket経由でも利用が可能です。
実質量子アニーリング型ハードウェアを開発・販売しているのはD-Wave社のみなのですが、今年のD-Wave社のイベントでは量子ゲート方式にも参入するといった発言もあったようで、いよいよ量子アニーリングも終わりが近づいているのだろうか?と考えざるを得ない昨今の状況でもあります。

古典イジングマシン

ここで触れるマシンは量子アニーリングを模した動作をする古典マシンになります。

日立CMOSアニーラ

日立ではCMOS回路でアニーリング計算を動作させるハードウェアを開発しており、2021年には144000ビットを搭載したマシンを発表しています。
実証実験もかなり進めているようで、損害保険ポートフォリオ最適化の実証実験や勤務シフト最適化ソリューションなどの実績があるようです。

富士通デジタルアニーラ

富士通では量子技術から着想を得て実装された専用マシンを開発しており、現在10万ビット規模の問題にも対応ができるとのことです。
提供形態としてはクラウド、オンプレ両者ともあります。
こちらも実証実験はかなり進んでいるようで、自動車専用船の積み付け計画作成業務の効率化や配電応需計画の最適化などの実績があるようです。

東芝SBM

ハードウェアをまとめると言いつつ、東芝SBMはGPU上で動作するソフトウェアです。
東芝デジタルソリューションズでは従来より量子分岐マシンという量子効果に着目したアルゴリズム開発を進めていたそうなのですが、その挙動を模したアルゴリズムを古典で実装したところ高速に組合せ最適化問題を解けることを発見し、開発に至ったそうです。
ビット数としては10000ビットを搭載しています。
AWS Marketplaceから利用することができます。

Fixstars Amplify AE

Fixstars社はNEDOプロジェクトにおいてイジングマシン利用を支援するプラットフォームの構築をしており、その経緯でFixstars Amplifyというイジングマシンの利用を簡易化するサービスを提供しています。
そのFixstars Amplifyから使えるイジングマシンの一つとして、Fixstars Amplify AE(AEはアニーリングエンジン)が標準利用できます。
全結合換算ビット数(≠単純ビット数)は65536ビットとのことで、他のイジングマシンと比較しても大規模な問題に対応ができるようです。

最後に

世に出回っている量子ハードウェアの概要説明だけでもこれだけのボリュームになってしまいましたが、裏を返せばそれだけこの領域の開発競争が激しいということなのでしょうか。
量子ハードウェア開発の潮目は数ヶ月の単位で変わるので、今後も我々を驚かせてくれるようなハードウェアがリリースされるかとても楽しみです:smiley:


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