はじめに
デスクトップ向けのクロスプラットフォーム開発において、Electron は長らくこの分野の覇者として君臨してきました。一方で、Flutter のデスクトップ対応は、その卓越したパフォーマンスを武器に、強力な対抗馬として急速に台頭しています。
本記事では、実際のプロジェクト経験に基づき、「パフォーマンス」「エコシステム」「内部実装」の3つの観点から両者を深く掘り下げて比較します。
代表的な採用事例
| フレームワーク | 代表的な採用事例 (Desktop) | 特徴・採用理由 |
|---|---|---|
| Flutter | Google Ads | 膨大な広告データを処理するプロフェッショナル向け管理ツール。究極のレンダリング効率が求められる。 |
| Rive | 高性能なベクターアニメーション制作ツール。UIのフレームレートとリアルタイムなインタラクションへの要求が極めて高い。 | |
| Ubuntu Desktop | Ubuntuの次世代インストーラーや一部のシステム設定に採用。Linuxネイティブ層における高い安定性を証明している。 | |
| Electron | VS Code | デスクトップアプリ開発のベンチマーク。Web技術を用いて極めて複雑なIDE(統合開発環境)を構築できることを示した。 |
| Figma | 強力なWebエコシステムを最大限に活用し、非常に複雑なグラフィック・コラボレーション機能と柔軟なプラグインシステムを実現。 | |
| Discord | 代表的なSNS/コミュニケーションプラットフォーム。迅速な開発サイクルと膨大なサードパーティライブラリのサポートを必要とする好例。 |
核心的な要素の比較
| 比較項目 | Flutter | Electron |
|---|---|---|
| レンダリングエンジン | ✅ 独自の Skia/Impeller (ゲームのような描画) | ✅ Chromium (Web技術ベース) |
| パフォーマンス | ✅ 高。ネイティブコードにコンパイルされる | ❌ 中/低。ブラウザ描画のため起動が遅め |
| リソース消費 | ✅ 低。メモリ使用量が少ない | ❌ 高。Chromiumインスタンスによる消費大 |
| 開発効率 | ✅ 高。Dart言語と強力なホットリロード | ✅ 高。成熟したWeb技術スタック |
| プラットフォーム | ✅ iOS, Android, Web, デスクトップ | ✅ デスクトップ特化 (Win, macOS, Linux) |
| エコシステム | ❌ 中。pub.dev (5.5万+ ライブラリ) | ✅ 最強。npm (200万+ ライブラリ) |
| 配布サイズ | ✅ 優 (30-50MB程度) | ❌ 劣 (150-200MB以上) |
| OSサポート | ✅ Win 7/8, 10, 11 | ❌ v23以降は Win 10 以上のみ |
実装における決定的な違い
1. システム低層とのインタラクション
- Electron: Node.js を通じてシステム API に直接アクセス可能です。npm エコシステムには、デスクトップ固有の機能を操作するための成熟したモジュールが豊富に揃っています。
- Flutter: 一般的な機能は公式・コミュニティのプラグインで対応可能ですが、深層のシステム呼び出しには MethodChannel や FFI を使用して、プラットフォーム固有のコード(C++, Rust, Swift等)を記述する必要があります。
2. 複雑なコンテンツ表示とライブラリの活用
- Electron: Web エコシステムの資産をそのまま活用できます(例:Quill/Slate 等のリッチテキストエディタ、KaTeX による数式レンダリング、ECharts/D3.js 等のグラフライブラリ)。高度にカスタマイズされたUI要件に非常に強いです。
- Flutter: 基礎的なプラグイン(flutter_quill, fl_chart等)の質は高いものの、複雑なインタラクティブグラフや高度なリッチテキスト編集においては、Web エコシステムほどの成熟度には達しておらず、カスタマイズコストが高くなる傾向があります。
【実戦ケーススタディ】教育系アプリにおける選定の意思決定
プロジェクト背景:
AI 学習支援デスクトップアプリの開発。主な要件は、AI によるリアルタイムな数式・記号レンダリング、および大量の Web ベースの演習コンテンツの埋め込みです。
選定のプロセス:
- パフォーマンス評価: Flutter はインターフェースの滑らかさで勝っていましたが、複雑な学術記号のレンダリングにおいて既存ライブラリの対応が不十分でした。
- 開発効率の比較: 開発期間はわずか3ヶ月。Electron であれば、すでに Web 版で実装されていたビジネスロジックやコンポーネントの約 80% を再利用できる見込みがありました。
- リスク管理: コア機能である「解答混在ページ」は、Web 側のオープンソースツールで既に完全な実装と拡張性が確保されていました。これを Flutter で再実装する場合、技術的な調査と検証に多大な工数がかかるリスクがありました。
- チーム構成: 6名のフロントエンドチームのうち、全員が React/JS/TS に精通していましたが、Flutter/Dart に熟練していたのは1名のみでした。
最終結果:
プロジェクトの確実なデリバリーを優先し、Electron を選択しました。
クイック意思決定ツリー
-
Windows 7/8 のサポートが必須か?
-
➔ 🟢 Flutter
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既存の Web 側のロジックやコードを大量に再利用したいか?
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➔ 🔵 Electron
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複雑なリッチテキスト、数式、あるいは Web プラグインの統合が必要か?
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➔ 🔵 Electron
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開発チームが Flutter に精通しており、ツール系アプリを開発するか?
-
➔ 🟢 Flutter
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インストール包のサイズや起動速度に極めて厳しい制限があるか?
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➔ 🟢 Flutter
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開発スピードと低リスクな納品を最優先するか?
-
➔ 🔵 Electron(より堅実な選択)
まとめ
- Flutter: パフォーマンスを極めたい場合や、リソース消費を抑えたいツール系アプリ、モバイル版からの移植に適しています。
- Electron: リソース消費は大きいものの、その圧倒的なエコシステムがあらゆる技術的ボトルネックを解決してくれます。

