これは、2017年4月11日にGrossmanとMillerにより提示された"The Grossman-Miller Market Making Model with and without Trading Costs"の翻訳です。原文は、
からダウンロード可能です。一部、式の訂正がされています。また、翻訳文の中の参考文献は原論文をご参照ください.この論文は現在(2021/3/22)では、アクセス制限が掛かっていてログインパスワードが必要です。
この論文のもとは非常に有名な
S.J.Grossman,M.H.Miller (1988) "Liquidity and Market Structure", The Journal of Finance 43(3),p.617-637 (GM)
です。被引用数は1737(2020/2/3)です。本論文を読む際の注意点があります。それは3期間モデルであるということです。したがって、$\sigma$の意味に注意が必要です。
本記事は思ったよりもアクセス数が多いです。もし何か間違いに気が付いた人はぜひお知らせください。よろしくお願いいたします。
要約(割愛)
1. マーケットの定義
本節ではGrossman & Millerの市場の流動性の形式的なモデルを考える。市場は、無リスク資産で収益ゼロの現金($B$)と$t$時の価格が$S_t$のリスク資産($S\ $)の2つで構成されているとする。マーケットの参加者(経済主体)は、3期間だけ取引ができる流動性トレーダー($LT \ $)とマーケットメイカ($MM$)である。$t=0$では、経済主体の初期バランスはゼロで、$t=3$では証券の評価を行う。$S_t\ge 0$は$t$時の資産価格が負の値にならないことを示している。$B_t^j$と$W_t^j$は$t$時の$j$経済主体の保有現金と富を表す。$t$時の経済主体$j$の資産$S$の在庫量は$q_t^j$で表される。さらに、すべての経済主体の保有する最初の在庫の総量はゼロとする。すなわち$\sum_j q_0^j=0$である。最初、$MM$は資産をもっていない。例として市場参加者を $MM$ と $LT_1$ と $LT_2$ とすると、在庫の数量方程式は$q_0^{MM}=q_0^{LT_1}+q_0^{LT_2}=0$ である。$LT_1$ は最初に在庫$q_0^{LT_1}=n\ne 0$をもち、それを$t=1$で$MM$に売却する。また、$LT_2$は最初に在庫$q_0^{LT_2}=-n$をもち、それを$t=2$で$MM$から$n$資産を購入することで解消する。$MM$は、$t=1$で流動性トレーダーの資産の売却の反対サイドに立ち流動性を供給する。マーケットメイクを行う経済主体は在庫をある一定期間保有することで、つまりそれを相殺する他のトレーダーが$t=2$で現れるまで資産価格が変化するという市場リスクにさらされる。$MM$には在庫保有期間に価格変化で投機をするという意思はなく、取引は継続されるという予測のもとで売買を行う。$MM$のビジネスモデルは、取引相手となる流動性トレーダーから価格リスクを受け取り、別の流動性トレーダーに価格リスクを移転するまでに受けたリスクの対価として流動性プレミアムを受け取ることである。売値と買値の差は流動性に対するプレミアムを意味し負の値にはならない。スプレッドとも呼ばれる。資産価格は、$t=1$で$S_1=\mu \ge 0$という一定の状態からはじまり、$t=2$で$S_2=(S_1+\epsilon_2)$$I_{(S_1+\epsilon_2>0)}$ に変化する。ここで、$\epsilon$は平均ゼロ、分散$\sigma^2>0$の正規分布にしたがうショックである。$I$は指標関数で価格が負の値を取らないことを表している。$t=3$で資産価格は$S_3=(S_2+\epsilon_3)$$I_{(s_2+\epsilon_3>0)}$に変化する。次節で市場参加者の資産の最適在庫量と流動性プレミアムを説明するが、指標関数は最適問題に不要なので、理解しやすくするために省いて
$$S_3=S_2+\epsilon_3=S_1+\epsilon_2+\epsilon_3=\mu+\epsilon_2+\epsilon_3 \ \ \ \ $$
と書くことにする。
2. 最適在庫と流動性プレミアム
市場の流動性の指標である在庫量と流動性プレミアムの最適値を決める問題は、時間を後ろからさかのぼることで解くことができる。これは、$t=2$の市場情報から最適化問題を構築し、その後に$t=1$の市場情報から最適化問題を構築するという手順で行われる。市場参加者の効用関数を、一般的な負の指数関数過程を適用することでモデル化する。
定理2.1
市場のすべてのトレーダーは、効用関数$U(W_t^j)=-\exp(-\gamma W_t^j)$で与えられるリスク回避度をもつと仮定する。$\gamma>0$はリスク回避パラメータである。
$$ W_3^j = B_2^j + q_2^j S_3, \ \ (3)\
W_2^j=B_2^j + q_2^j S_2 = B_1^j + q_1^j S_2 \ \ (4)$$
のもとで、$\epsilon_2$が実現すると、経済主体$j$は$t=2$で期待効用関数
$$ \max E(U(W_3^j)|\epsilon_2],\ \ \ (2)$$
を用いて$q_2^j$を選択することで効用を最大化する。そうすると、期待効用関数は
$$ E[U(W_3^j)|\epsilon_2]=-\exp(-\gamma (W_2^j + q_2^j(E[S_3|\epsilon_2]-S_2)+0.5(\gamma q_2^j\sigma)^2) (5)$$
で与えらえる。その際の最適在庫量は最大化問題(2)の解であり
$$ q_2^{j,*}=\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2} \ \ (6)$$
で与えられる。
証明:
現金の量$B_2^j$を(3)と(4)から消去すると、最終的な富の価値は
$$ W_3^j=B_2^j+q_2^jS_3=W_2^j-q_2^jS_2+q_2^jS_3=W_2^j+q_2^j(S_3-S_2) \ \ \ (7)$$
で与えられる。$E[\exp(X)]=\exp(E[X]+1/2 Var[X])\ \ \ $を用いて、$t=2$の期待効用関数は
$$
E(U(W_3^j)|\epsilon_2]=E[-\exp(-\gamma W_3^j)|\epsilon_2]=-\exp(E[-\gamma W_3^j|\epsilon_3]+1/2 Var[-\gamma W_3^j|\epsilon_2])\
=-\exp(-\gamma E[W_2^j+q_2^j(S_3-S_2)|\epsilon_2]+1/2\gamma^2 Var[W_2^j+q_2^j(S_3-S_2)|\epsilon_2])\
=-\exp(-\gamma(W_2^j+q_2^j(E[S_3|\epsilon_2]-S_2))+1/2(\gamma q_2^j)^2 Var[S_2+\epsilon_3|\epsilon_2]) \
=-\exp(-\gamma(W_2^j+q_2^j(E[S_3|\epsilon_2]-S_2))+1/2(\gamma q_2^j\sigma)^2)
$$
となる。ここで、(1)と$\epsilon_2$と$\epsilon_3$の独立性により、$Var[S_3|\epsilon_2]$ $=Var[S_2+\epsilon_3]$ $=Var[\epsilon_3]=$$\sigma^2$となる。(5)が示されたので、(2)の最適化問題は期待効用関数を微分してゼロと置くことで得られる。
$$
\frac{\partial}{\partial q_2^j}E[U(W_3^j)|\epsilon_2]=E[U(W_3^j)|\epsilon_2]\left(-\gamma(E[S_3|\epsilon_2]-S_2) + q_2^j (\gamma \sigma)^2 \right) \ \ \
$$
効用関数$U(W_t^j)=-\exp(-\gamma W_t^j)$の条件付き期待値はゼロではないので、
$$ -\gamma \left(E[S_3|\epsilon_2]-S_2 \right)+q_2^{j,*}(\gamma \sigma)^2=0 \ \ (8)$$
となり、最適在庫量$q_2^{j*}$が得られる。(6)の$q_2^{j*} =\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2}$は(8)の解である。(1)の観点からはこれは単純に、$E[\epsilon_3|\epsilon_2]=E[\epsilon_3]=0$となり
$$q_2^{j,*}=\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2}=\frac{E[S_2+\epsilon_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma
\sigma^2}=\frac{S_2-E[\epsilon_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2}=0$$
となる。
定理2.1 より、$t=2$から$t=3$までの間に市場参加者が危険資産$S \ $の在庫をもつことはない。なぜなら(1)で構築された、条件付期待リターンがゼロだからである。条件付ランダム変数の分解は
$$ S_3|\epsilon_2=S_2|\epsilon_2+\epsilon_3=\mu+\epsilon_2|\epsilon_2+\epsilon_3 \sim N(S_2,\sigma^2) \ \ \ \ $$
となる。ここで$S_2|\epsilon_2=\mu+\epsilon_2|\epsilon_2$は確定的な項、$\epsilon_3 \sim N(0,\sigma^2)$は確率的な項である。
$E[S_3|\epsilon_2]=S_2$を見る別の方法として、資産の需給を同じとする方法がある。対象となる日のすべての在庫量$q_t^j$について
$$0=\sum_{j \in J} q_0^j =\sum_{j \in J} q_1^j=\sum_{j \in J} q_2^j$$
が成り立つ。$J$はすべての市場参加者の集合である。最初の式は資産の最初の在庫量が均衡していると仮定している。$t=2$の$q_2^j$に$q_2^{j,*}$の最適在庫量を挿入すると$|J|\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma\sigma^2}=0 \ \ $と同様に$E[S_3|$ $\epsilon_2]$ $=S_2 \ $となる。経済主体はリスク回避的なので$t=2$から$t=3$の間の収益がゼロであるのに分散が$Var[S_3|$$\epsilon_2]$$=\sigma^2 \ $であるので危険資産$S$をもつ理由がない。リスク変数としての標準偏差$\sigma$が増加すると、負の指数関数の効果により期待効用は減少する。したがって、収益がなくリスクもない無リスクの現金$B$を保有するほうが良い。
コメント 2.2
A Cartea, Market Microstruturem, NOtes baded on textbook 'Algorithmic and High-Frequency Trading', University of Oxfordでは定理2.1の証明を載せていなかった。また、(5)式に$-S_2$が抜けているという間違いがあった。
オリジナルGM論文ではここで紹介した方法と少し違うものを紹介している。最初のトレーダーの在庫を$q_0^j$として、トレーダーの余剰在庫を$\tilde{q_t}^j$ $=q_t^j-q_0^j, \ t \in {1,2}$で表している。しかし、定理2.1の結果は$q_2^j$よりは$q_2^j+q_0^j$と書くことで参考文献の問題と簡単に同等になる。また、期待効用関数は
$$ E(U(W_3^j)|\epsilon_2]=-\exp(-\gamma (W_2^j+(\tilde{q_2}^j+q_0^j)(E[S_3|\epsilon_2]-S_2))+1/2(\gamma(\tilde{q_2}^j+q_0^j)\sigma)^2)$$
と書き換えればよい。最適余剰在庫は
$$ \tilde{q_2}^{j*}=\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2}-q_0^j \ \ \ \ (10)$$
である。
このモデルの中では、経済主体が最初にもつ株式の数量を、余剰在庫$\tilde{q_t}^j$という記法を用いて、考えていく。これはそれぞれの経済主体$j$が異なる最適余剰在庫$\tilde{q_2}^j$をもつことを示している。GMでは、より多くの経済主体がいるが、ここではふたたび3つの経済主体$MM,LT_1$,$LT_2$からなる単純な市場を考える。それは、トレーダーのタイプを$LT_1,LT_2$または$MM$とグループ化して、保有在庫をまとめて$q_t^j$として単純化できるからである。$t=1$で$MM$と取引をした$LT_1 \ $ が最初に$S$を$q_0^{LT_1}=n$だけ保有し、$t=2$で$LT_2$が$MM$と最初の在庫$q_0^{LT_2}=-n$の反対売買をしている。$n$は正でも負でもゼロでもよい。のちに取引しないという結果になる。$n$が負であるということは、$LT_1$は$t=0$で$n$株のショートポジションをもち、$t=1$でその不均衡を是正するために$MM$から$n$株を買うことでそのポジションを解消している。仮定により、$MM$はヘッジャーで最初のポジションは$q_0^{MM}=0$である。(10)より、3つの経済主体の最適余剰在庫は
$$ \tilde{q_2}^{LT_1,*}=\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2}-n$$
$$\tilde{q_2}^{LT_2,*}=\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2}+n$$
$$ \tilde{q_2}^{MM,*}=\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2}$$
である。$t=2$の清算で、
$$0=\sum \tilde{q_2^{j,*}}=\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2}-n+\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2}+n+\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2} \ \ \ \ $$
となる。$E[S_3|\epsilon_2]=S_2$から$\frac{E[S_3|\epsilon_2]-S_2}{\gamma \sigma^2}=0$である。したがって、$t=2$ の最適余剰在庫は$q_2^{LT_1*}=-n$, $q_2^{LT_2*}=n$, $q_2^{MM*}=0$である。定理2.1の経済主体$j$と同様に、$t=1$ の最大化問題を考えてみよう。$LT_2$は$t=2$まで現れない。
推論 2.3
$$ W_2^j = B_1^j + q_1^j S_2, \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ (12)\
W_1^j=B_1^j + q_1^j S_1 = B_0^j + q_0^j S_1 \ \ (13)\
S_2|\bar{S_1}=\bar{S_1}+\epsilon_2 \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ \ (14)$$
のもとで、効率的な資産価格$\bar{S_1}$が$\bar{S_1}=\mu$$\ge 0$として実現すると、$t=1$において経済主体$j$のポートフォリオの意思決定は、
$$ \max E[U(W_2^j)|\bar{S}_1=\mu] \ \ \ (11)$$
と表現される。したがって、期待効用関数は
$$ E[U(W_2^j)|\bar{S_1}=\mu]=-\exp(-\gamma (W_1^j+q_1^j (E[S_2|\bar{S_1}=\mu]-S_1))+1/2(\gamma q_1^j \sigma)^2) \ \ (15)$$
で与えられ、最大化問題(11)の解は最適在庫量
$$ q_1^{j,*}=\frac{E[S_2|\bar{S_1}=\mu]-S_1}{\gamma \sigma^2}=\frac{\mu-S_1}{\gamma \sigma^2} \ \ (16)$$
で表される。
証明
定理2.1の証明と同じように(12)と(13)から$B_1^j$を消去して、$W_2^j=W_1^j+q_1^j(S_2-S_1)$を得る。これを、$E[U(W_2^j)|\bar{S_1}=\mu]$に代入して(15)の右側の項が導かれる。その際には(14)の制約と、$S_1$が$t=1$で実現する値で条件付期待値からずれることを念頭に置いている。効率的価格の実現値$\bar{S_1}=\mu$は$t=0$と$t=1$の間で公表される。$q_1^j$で(15)を微分し、そしてその微分をゼロとすることで、(16)の最適在庫量の最初の式が導かれる。2番目の式は(14)に直接したがう。
コメント 2.4
推論2.3の証明をしたが、それは2つの参考文献が多くの計算を省略し、またなぜ$S_1$が$\mu$にならずに条件付期待値$E[S_2-S_1|S_1=\mu] \ \ $からずれるかを説明していなかったからである。ここで、(15)で効率的価格$\bar{S_1}$と売値$S_1$を区別することは重要である。形式的な$S_1-\bar{S_1}$の差が$MM$のプレミアムだからである。売値$S_1$は$MM$が$LT_1$に提示する資産価格である。単純に$S_1=\bar{S_1}=\mu$と書けば、$E[S_2|S_1=\mu]-\mu$の差はゼロとなる。なぜなら$S_2=S_1+\epsilon_2=\mu+\epsilon_2 \sim N(\mu,\sigma^2) \ \ $であり、(16)の最適在庫量は$q_1^{j*}$$=\frac{\mu-S_1}{\gamma \sigma^2}$であるので、明確に$q_1^{j*}=0$を意味するからである。
定理2.1によると、$t=2$という時点から見ると、$S_3$の期待値は$E[S_3|S_2]=S_2$であり、$t=1$のときには未知数である。条件付期待値を重ねて用いる規則では、$E[S_3|S_1]=$$E[E[S_3|S_2]|S_1]=$$E[S_2|S_1]$となる。したがって、(16)の最適化在庫量は
$$ q_1^{j,*}=\frac{E[S_3|\bar{S_1}=\mu]-S_1}{\gamma \sigma^2}$$
と書くことができる。$t=1$の最適在庫量からマーケットメイカのプレミアムを算出することができる。
定理2.5
$t=1$において$LT_1 \ $とトレードをする$MM$の数は1ではなく$m \in N$と仮定する。そうすると最適取引価格は
$$ S_1=\mu-\frac{n}{m+1}\gamma \sigma^2 \ \ (18)$$
となり、平衡状態にあれば、$LT_1$から$MM$が受け取る流動性プレミアムは
$$ p:=|\mu-S_1|=\frac{|n|}{m+1}\gamma \sigma^2 \ \ \ \ (19)$$
となる。このときの$LT_1$の最初の在庫は$q_0^{LT_1}$である。$n>0 \ $であれば、$LT_1$は$n$株を売値$S_1^{ask}=\mu-p \ \ $で売り、$n<0$であれば、$LT_1$は買値$S_1^{bid}=\mu+p \ \ $で$n$株を購入する。したがって、スプレッドは$2p$となり、各経済主体の最適在庫量は
$$ q_1^{j,*}=\frac{n}{m+1}$$
で与えらえる。
証明
$J:= $ { $LT_1,MM_1,\cdots,MM_m $}は経済主体の集合であり、$MM_1,\cdots,MM_m$は同一の$m$個のマーケットメイカである。(9)の需要と供給を等しくするために
$$ 0=\sum q_1^j-\sum q_0^j=m(q_1^{MM}-q_0^{MM})+(q_1^{LT_1}-q_0^{LT_1}) \ \ (21)$$
とする。ここで、$MM \in J$ \ $\text{{$LT_1$}}$である。$LT_1$は最初の在庫$q_0^{LT_1}=n$をもち、それぞれの$MM$は最初に$q_0^{MM}=0$株を保有している。(16)の最適在庫量$q_1^{MM}=q_1^{LT_1}=q_1^{j*}$を均衡式(21)に代入し、
$$0=(m+1)q_1^{j,*}-n=(m+1)\frac{E[S_2|\bar{S_1}=\mu]-S_1}{\gamma \sigma^2}-n \ \ \ \ (22)$$
を得る。構成し直して、
$$\frac{n}{m+1}\gamma \sigma^2=E[S_2|\bar{S_1}=\mu]-S_1\
=E[\bar{S_1}+\epsilon_2|\bar{S_1}=\mu]-S_1=\mu+E[\epsilon_2]-S_1\
=\mu-S_1$$
とする。これは(18)の買値-売値の価格式と同じである。$LT_1$との取引により、リスク回避的な$MM$には、$t=1$から$t=2$までの間の$S$のポジションから生じる市場価格リスクがある。これの対価として適切な正の流動性プレミアム$p=|\mu-S_1|$$=\frac{|n|}{m+1}\gamma \sigma^2>0$を受け取ると考えると、(19)の絶対値は明確になる。$n$の正負により買いポジションか売りポジションとすることができる。もし買いポジション$n>0$であれば、$MM$は$LT_1$から割引(ディスカウント)された価格$S_1^{bid}=\mu-p<\mu$で$n$株を購入する。もし売りポジション $n<0$ であれば、$MM$は$LT_1$より$n$株をプレミアム価格$S_1^{ask}$$=\mu+p>\mu$で売却する。結果として、買値と売値の差のスプレッド $s$ は
$$s:=S_1^{bid}-S_1^{ask}=\mu+p-(\mu-p)=2p=\frac{2|n|}{m+1}\gamma \sigma^2 \ \ $$
である。最後に、$ j \in J $ のそれぞれの経済主体の最適在庫量は(22)から得られ、$q_1^{j,*}=\frac{n}{m+1}$である。
定理2.5から、$LT_1$は全部で$\frac{nm}{m+1}$単位の取引を行い、それぞれの$MM$は$\frac{p}{m+1}$$=\frac{|n|}{(m+1)^2}\gamma \sigma^2$の部分的な対価を受け取る。これは(19)の$n$に$\frac{nm}{m+1}$を代入することで得られる。そして、その結果として、$\frac{n}{m+1}$の株式を保有する。このプレミアムは、リスク回避パラメータ$\gamma$、ボラティリティ$\sigma$、株式の数$|n|$により増加し、逆に、市場の競争的$MM$の数が増えると減る。つまり$MM$の増加は流動性の増加を意味する。$m \rightarrow$$\infty$の極限では、$p \rightarrow 0$また$S_1 \rightarrow \mu$になる。$\gamma,\sigma \rightarrow 0$としたとき、同じ結果が得られる。$S_1>0$を仮定したときにプレミアム$p$の上限が設定され、GMモデルの境界が示される。
推論 2.6
推論2.3と定理2.5の内容は、流動性が高く、効率的な資産価格と比較してプレミアム$p$、ないしはスプレッド$s=2p$が小さい市場でのみ成り立つ。プレミアムの上限は $p=\frac{|n|}{m+1}\gamma \sigma^2<\mu$ で株式数の上限は $|n|<(m+1)\frac{\mu}{\gamma \sigma^2}$ である。
証明
(18)から$S_1>0$により、$p=\frac{|n|}{m+1}\gamma \sigma^2<$$\mu$と$|n|<(m+1)$$\frac{\mu}{\gamma \sigma^2}$を得ることができる。もし$LT_1$が$n \ge (m+1)\frac{\mu}{\gamma \sigma^2}$よりも十分に大きな数量の株を売りたいのであれば、流動性プレミアム$p$は効率的価格$\mu$を上回る。その結果、売値はゼロまたは負の値になる可能性もある。しかし、負の$S_1$は1節の非負の資産価格の仮定からとることができない。流動性の低い場合には、$S_1=0$は禁止される。$n=(m+1)\frac{\mu}{\gamma \sigma^2}$について、推論2.3の最適化問題の(16)の最適在庫量によると、それぞれの経済主体は$t=1$で$q_1^{j,*}=\frac{\mu}{\gamma \sigma^2}$を維持すると予想される。これは$LT_1$が$\frac{m \mu}{\gamma \sigma^2}$株を売り$\frac{ \mu}{\gamma \sigma^2}$株を維持することを意味する。$LT_1$が株を価値がない価格で売ると富$W_1^{LT_1}$と効用$U(W_1^{LT_1})$に大きな損失が生じるので、効用の最大化に反するからである。これが、推論2.3と定理2.5の内容が、効率的資産価格$\mu$に関して、流動性が高く低いプレミアム$p$の市場でのみ成り立つ理由である。
推論2.6のプレミアムの制約は、$LT_1$が市場で購入してしまえば、成り立たなくなることは明確である。なぜなら、不均衡は$p$についての形式的な限界をもたらさないならである。ところが、期待に反して、効用の観点からは、$LT_1$は在庫を維持するよりも効率的価格の2倍を支払う可能性がある。現実の市場では、資産価格は非常に小さくなる可能性があり、低額株式や株式オプション市場ではこの制約は成り立たない。たとえば、小さな価格の株式オプションで、効率的な価格が0.10通貨単位、プレミアムが$p\ge0.10$となると、買値は$\ge0.20$となるが、$LT$が売りと買いで取引を終了できる投機取引で公平な観点からリスクに対する報酬が得らると思えば、この価格は支払われる可能性がある。
例2.7
市場流動性の限界を与える例として、高プレミアムを与える市場のパラメータを選んでみよう。[BCF,p.20]では、CARA効用関数のリスク回避パラメータ$\gamma$の適切な一般的な係数の値は$[9.21 \cdot 10^{-6},0.538]$と紹介している。$m=1$の マーケットメイカのときに$\gamma$の上限 $\gamma = 0.538 \ \ $ とすると、プレミアムの制限は$p=0.269|n|\sigma^2<\mu$となり、それは$n<\frac{1000}{269}\frac{\mu}{\sigma^2} \approx 3.717\frac{\mu}{\sigma^2}$を意味する。たとえば、$ \sigma=1/3 \ _ \ $ の高いボラティリティと$\mu=1$という低い効率性では$n<\frac{9000}{209}=33.457$となる。この場合には、$t=1$で $MM$ に対して $LT_1 \ \ $ は$n$が$33$より大きいと売らない。現実には、マーケットメイカは1以上存在し、$\gamma$、$\sigma$の平均値は低く、効率的な株式の価格$\mu$は1よりも高い。例として、$\sigma=0.2$、$\gamma=10^{-3}$、$m=3$、$\mu=10$とすると上限は$n<10^6$となる。
#CARA utility function
import matplotlib.pylab as plt
import numpy as np
import math as mt
gamma=[0.1,0.2,0.3,0.4,0.5]
w=np.linspace(1, 10, 10)
for g in gamma:
ww=[]
for i in w:
ww.append(-mt.exp(-g*i))
plt.plot(ww,label='gamma='+str(g))
plt.xlabel('wealth')
plt.ylabel('utility')
plt.legend()
3 取引費用
ここまで市場で取引を執行する費用として2節の(19)のスプレッド以外の費用については無視してきた。 GM(p628)によると市場の流動性をスプレッドを取引費用としただけでは捉えることはできない。マーケットメイカは$|S_2-S_1|>0$の価格変化の中で多かれ少なかれプレミアム$p$を受け取るからである。GMのなかで、グロスマンとミラーは超過取引費用をともなう場合の拡張マーケットメイキングモデルを計量的に説明していない。ストールは[S]のなかで、スプレッドを、同時に平行する仲介業務として瞬間的な流動性の供給のマーケットメイクの対価の基準として説明している。これは$t=1$でマーケットメイカは同時に $LT_1$ と $LT_2$ と価格リスクを取ることなしに取引していることを意味する。たとえば、マーケットメイカは$LT_1$から購入したすぐ後に、$LT_2$に売却している。したがって、緊急性を供給することを要素とするタイミングオプションのプレミアムだけがスプレッドには含まれる。一株当たりの取引所に払う手数料$\theta$のような一般的な取引費用については、2つの仲介取引の間の時間差($t=1$,$t=2$)の価格リスクを補うものと考えている。流動性を測る方法を改良する必要がある。これから展開する理論では、グロスマン―ミラーの流動性理論を流動性プレミアムにより拡張する。これは2節のタイミングオプションのプレミアムだけではなく、情報をもつ流動性トレーダーによるマーケットメイカの損失を補うような他の要素を加えていくことを意味する。
定理3.1
$S$には単位取引あたりの手数料 $\theta \ge 0$ が含まれている。$t=2$時点のすべての経済主体の最適な在庫量は定理2.1ではゼロである。$t=1$の最適取引価格は、$\theta := $ sign $(n) \theta$ なので
$$ S_1=\mu-\frac{n}{m+1} \gamma \sigma^2-2\theta \frac{m}{m+1}\ \ \ \ \ (23)$$
となる。手数料を含む流動性プレミアムは
$$ p=|\mu-S_1|=\frac{|n|}{m+1} \gamma \sigma^2+2\theta \frac{m}{m+1} \ \ \ \ \ \ \ \ _(24)$$
である。$t=1$で経済主体$j \in J := $ {$LT_1,MM_1,\cdots,MM_m$}あたりの最適在庫量は、$MM \in J$ \ {$LT_1$}で
$$ q_1^{LT_1*}=\frac{n}{m+1}+\frac{m}{m+1}\frac{2\tilde{\theta}}{\gamma \sigma^2},\ \ $$
$$ q_1^{MM*}=\frac{n}{m+1}-\frac{1}{m+1}\frac{2\tilde{\theta}}{\gamma \sigma^2} \ \ \ \ (25)$$
となる。
証明
負の調整費用$\tilde{\theta}$は$LT_1$が買う場合$(n<0)$を想定している。定理2.1の(6)のように、$t=2$の最適在庫量は、参加者が売りと買いについて同じポジションを取り、また$LT_2$の取引を期待して$j \in J$で
$$ q_2^{j*}=\frac{E[S_3-\tilde{\theta}|\epsilon_2]-(S_2-\tilde{\theta})}{\gamma \sigma^2},$$
$$ q_2^{LT_2*}=\frac{E[S_3+\tilde{\theta}|\epsilon_2]-(S_2+\tilde{\theta})}{\gamma \sigma^2} \ \ \ \ (26)$$
となる。たとえば、$LT_1$は $t=1$ でマーケットメイカに最初のポジションを部分的に売るとする。その結果、$t=2$まで $j \in J$ は買いポジションをもち、$LT_2$が売りポジションをもち、マーケットメイカと$LT_1$のポジションを$t=2$で $LT_2$ に売った後で、ポジションは相殺される。(26)の分子を見ると、手数料の項は相殺され、その結果、手数料のない場合は、$E[S_3|\epsilon_2]=S_2=\mu+\epsilon_2$により$q_2^{j*}=q_2^{LT_2*}=0$となる。$t=1$ では$LT_1$の最適在庫量は、推論2.3の(16)のように
$$ q_1^{LT_1*}=\frac{E[S_2-\tilde{\theta}|\bar{S_1}=\mu]-(S_1-\tilde{\theta})}{\gamma \sigma^2}=\frac{\mu-S_1}{\gamma \sigma^2}, \ \ (27)$$
となる一方、$MM \in J$ \ {$LT_1$}として
$$ q_1^{MM*}=\frac{E[S_2-\tilde{\theta}|\bar{S_1}=\mu]-(S_1+\tilde{\theta})}{\gamma \sigma^2}=\frac{\mu-S_1-2\tilde{\theta}}{\gamma \sigma^2} \ \ (28)$$
となる。ふたたび、需給の均衡(21)において(27)(28)を設定して、
$$ n=mq_1^{MM*}+q_1^{LT_1*}=m\frac{\mu-S_1-2\tilde{\theta}}{\gamma \sigma^2}+\frac{\mu-S_1}{\gamma \sigma^2}$$
$$ = (m+1)\frac{\mu-S_1}{\gamma\sigma^2}-m\frac{2\tilde{\theta}}{\gamma\sigma^2}$$
が得られる。最終的に(23)の最適取引価格として$S_1=\mu-\frac{n}{m+1}\gamma \sigma^2-2\tilde{\theta}\frac{m}{m+1}$を得る。なぜなら、$n$と$\tilde{\theta}$は同じ符号であり、手数料を含む流動性プレミアム(ディスカウント)は、(24)で設定されたように
$$p=|\mu-S_1|=\frac{|n|}{m+1}\gamma \sigma^2+2\theta \frac{m}{m+1}$$
であるからである。(27)、(28)のように、$LT_1$とマーケットメイカの最適在庫量は
$$ q_1^{LT_1*}=\frac{\mu-S_1}{\gamma \sigma^2}=\frac{n}{m+1}+\frac{m}{m+1}\frac{2\tilde{\theta}}{\gamma \sigma^2},\ \ \ $$
$$ q_1^{MM*}=\frac{\mu-S_1-\tilde{\theta}}{\gamma \sigma^2}=\frac{n}{m+1}-\frac{1}{m+1}\frac{2\tilde{\theta}}{\gamma \sigma^2}$$
となる。これは定理の最後の内容(25)を証明している。□
もし $\theta=0$ とすると、2節の結果に戻り状況は簡単になる。(23)、(24)より$\theta>0$と仮定すれば、定理(2.5)ですでに決定された一株当たりの対価$\frac{|n|}{m+1}\gamma \sigma^2$に加えて、追加の手数料$\frac{m}{m+1}2\theta$を$LT_1$は支払うことになる。売却の場合、この手数料は取引される株の売値を押し下げ、買値を押し上げる。これは$LT_1$はマーケットメイカの取引手数料$2\theta$の一部$\frac{m}{m+1}$を支払うことを意味し、この手数料は $LT_1$ と $LT_2$ の2つの取引から生じたものである。一方マーケットメイカにとっては未払いの残りの取引手数料$\frac{1}{m+1}2\theta$を負担しなければならない。保有最適在庫量(25)は手数料調整後である。$n>0$でそれぞれのマーケットメイカが$t=1$の終点に $\frac{1}{m+1}\frac{2\theta}{\gamma \sigma^2}$少ない在庫を保有し、一方で $LT_1$ は本来よりも $\frac{m}{m+1}\frac{2\theta}{\gamma \sigma^2}$ だけ多い在庫を保有する。 $n<0$ では状況は逆になる。 プレミアムの手数料の要素 $\frac{m}{m+1}2\theta \in [\theta,2\theta)$ は
$$\frac{\partial}{\partial m}\frac{m}{m+1}2\theta =\frac{1}{(m+1)^2}2\theta \sim \frac{1}{(m+1)^2}|n|\gamma \sigma^2
=-\frac{\partial}{\partial m}\frac{|n|}{m+1}\gamma \sigma^2$$
であるので、タイミングオプションの要素$\frac{|n|}{m+1}\gamma \sigma^2 \in (0,0.5|n|\gamma \sigma^2]$と比較したときマーケットメイカの数に影響を受ける。マーケットメイカの数が増えれば、手数料の部分が増える一方で、タイミングオプションの部分は減る。また、逆もしかり。
コメント3.2
定理3.1は証明することなく[C,p.15-16]の演習で使われ、[C,p.16]では最適取引価格$S_1$としての説明はあるが、(23)と比べると$-2\tilde{\theta}\frac{m}{m+1}$の追加手数料の項が抜けているので誤りである。参考文献では$LT_1$が売る$(n>0)$ときに、$\tilde{\theta}=\theta>0$となるか、$LT_1(n<0)$が買う場合に(23),(24)のように$n$と$\tilde{\theta}$の符号がかわるという同じ結論が得られる。
費用$\theta$のもとで在庫量$|n|$の下限を算出してみよう。ここで$LT_1$は定理3.1により$MM$と取引し、これは、$\theta$が上限を超えるか、$|n|$が下限を下回っていれば、$LT_1$はどのような取引もするつもりはなく、$t=1$の終点で最適在庫量$q_1^{LT_1*}=q_0^{LT_1}=n$を維持することを意味する。
推論3.3
$LT_1$は$|n|\le \frac{2\theta}{\gamma \sigma^2}$では$MM$と取引しない。
証明
もし、$|n|$があまりにも小さすぎると、$\theta$を含む関係が成り立たないので、$LT_1$は$t=1$で取引しないし、また$t=1$で取引をしないときの最適在庫量は$q_1^{LT_1*}=n$が維持される。(25)に最後の式の左側を代入して、
$$ \frac{n}{m+1}+\frac{m}{m+1}\frac{2\tilde{\theta}}{\gamma \sigma^2}=n$$
を得る。また、それは$n=\frac{2\tilde{\theta}}{\gamma \sigma^2}$と変形できる。したがって、$n\le\frac{2\theta}{\gamma \sigma^2}$では$LT_1$は在庫量$n$を維持する。
結論として、$LT_1$が経済的に取引をするためには最低限の在庫量が必要である。ちょうど、在庫が$|n|=\frac{2\theta}{\gamma \sigma^2}$であれば、(23)、(24)により、資産価格は、$p=|n|\gamma \sigma^2=2 \theta$の流動性プレミアム(ディスカウント)を含む $S_1=\mu-n\gamma \sigma^2=\mu-2\tilde{\theta}$ となる。この場合には資産価格だけではなくプレミアムも$m$によらないだけではなく、効率的価格 $\mu$と費用$\theta$ にもよらない。在庫量の上限は推論2.6により $|n|<(m+1)\frac{\mu}{\gamma \sigma^2} \ $ で与えられる。この境界は費用についても有効であるが、しかし費用の項は追加的に流動性を減らすので、費用を含まない上限より下に境界を変更することができる。
推論3.4
$\theta <\frac{1}{2}\mu \ $のとき、在庫数$|n|$は
$$\frac{2\theta}{\gamma \sigma^2}<|n|<(m+1)\frac{\mu}{\gamma \sigma^2}-m\frac{2\theta}{\gamma \sigma^2} \ \ (29)$$
により上限、下限が設定される。
証明:
推論3.3は下限を設定する。(23)を$S_1>0$に適用して$\frac{|n|}{m+1}\gamma \sigma^2+2\theta \frac{m}{m+1}<\mu$を得る。数式を調整して、上限として
$$ |n|<(m+1)\frac{\mu}{\gamma \sigma^2} - m \frac{2\theta}{\gamma \sigma^2}$$
を得る。上限は下限よりも上であるので、
$$ \frac{2\theta}{\gamma \sigma^2}< (m+1)\frac{\mu}{\gamma \sigma^2} - m \frac{2\theta}{\gamma \sigma^2}$$
となり、これは
$$ (m+1) \frac{2\theta}{\gamma \sigma^2}<(m+1) \frac{\mu}{\gamma \sigma^2}$$
と同じである。したがって、
$$ \theta<\frac{1}{2}\mu$$
となる。(29)の在庫量の上限は、$t=1$時の流動性トレーダーの執行における費用を考慮すると、さらに低くなる。
推論3.5
$LT_1$の取引手数料後の実効価格$S_1^{eff}$は
$$ S_1^{eff}=\mu - \frac{n}{m+1}\gamma \sigma^2-\frac{3m+1}{m+1}\tilde{\theta} \ \ (30)$$
であり、実効流動性プレミアム(ディスカウント)は
$$ p^{eff}=\frac{|n|}{m+1}\gamma \sigma^2+\frac{3m+1}{m+1} \theta \ \ (31)$$
である。$\theta<\frac{1}{3}\mu \ $の制約のもとでは、在庫量 $|n|$ の上限、下限は
$$ \frac{2\theta}{\gamma \sigma^2}<|n|<(m+1)\frac{\mu}{\gamma \sigma^2} - (3m+1) \frac{\theta}{\gamma \sigma^2} \ \
(32)$$
となる。
証明
$LT_1$は広いスプレッドからマーケットメイカの手数料の大部分を支払うだけではなく、自身の取引手数料も支払わなければならない。単位株あたりの実効取引価格は、$S_1^{eff}=S_1-\tilde{\theta}=\mu - \frac{n}{m+1} \gamma \sigma^2-\frac{3m+1}{m+1}\tilde{\theta}$と(31)であることが明らかになる。正の実効価格$S_1^{eff}>0$を考えると、$LT_1$の売却には、(30)からの条件
$$ |n|<(m+1)\frac{\mu}{\gamma\sigma^2}-(3m+1)\frac{\theta}{\gamma \sigma^2}$$
を解くことで、推論3.4と同じようなものになる。
実効プレミアム(31)の手数料の要素$\frac{3m+1}{m+1}\theta$は(24)のものと比べて、 $[2\theta, \ 3\theta) $ の間にある。これは以前の議論と整合的である。多くのマーケットメイカにとって、$LT_1$は3倍の費用を払っていて、自身の手数料に加えて、マーケットメイカの往復の手数料を払っている。
例3.6
例2.7からマーケットパラメータ $(\gamma,\sigma,m,\mu) = (0.538,1/3,1,0.2)\ \ \ _ \ $ に加え $ \theta=0.2 _ \ $ 、$(\gamma,\sigma,m,\mu)=(10^{-3},0.2,3,10)$ プラス $ \theta=2\ \ $ を取り上げる。前者は $ |n|\in(6.692,20.074) $ となり、 $ \theta=0 $ とすると$|n|\in(0,33.457)$となる。後者は$|n|\in(10^5,5\cdot 10^5)$となり、 $ \theta=0 _ \ $ とすると$|n|\in(0,10^6)$となる。
まとめると、1取引当たり1株の固定費用として市場参加者の取引費用を、全体で $|n|\theta$ になるようにモデル化した。株の取引量が多いと大きくなる。実際の市場では、このような形で費用を払うのだが、取引の量の部分と取引ごとの固定費用から成り立っている。例として、[LSE,p.2-3]のロンドン株式取引所におけるトレードサービス価格リストによると、株取引について、取引所は株取引に、注文の量に対して0.45 bp=0.0045%の取引費用と固定の注文管理費用を課している。この固定注文管理費用は非永続型の注文に対して1p、高使用追加料金として5pを取引ごとに課している。基本的に$t=1$の取引の注文量は$|n-q_1^{LT_1}|S_1^\star$である。$S_1^\star$は費用前の売買の気配値である。そして、取引される株の量が$t=0$の最初の価値$q_0^{LT_1}=n$と$t=1$の$LT_1$の継続ポジションの量$q_1^{LT_1}$の差の絶対値として与えられることは明確である。最適在庫量$q_1^{LT_1^\star}$は事前にわからないので、最適化問題を解いた後にロング、ショートのポジションから$LT_1$が $ t=1 $ で市場にもちこむ株の量$|n|$から算出され置き換えられる。さらに既知の効率的価格$\mu$で$S_1^\star$を置き換えると、$|n|\mu$により、定理3.1の在庫量の最適化問題に似た取引量の近似値が導かれる。確かに、$|n|>|n-q_1^{LT_1}|$はおおきな取引を引き起こし、取引費用も高くなる。しかし、多数のマーケットメイカ$m$と比較的低い費用では、最適在庫量$q_1^{LT_1*}$は、その差は無視できるほど小さい。$S_1^*$は費用としてタイミングオプションを含むだけで手数料を含まないので、同じことが$\mu$についてもあてはまる。
推論3.7
固定費用を$\theta_0\ge0$、小口取引変動費用$\theta_1 \in [0,1) \ $ をもつ取引あたりの費用を $\theta:=\theta_0+|n|\mu\theta_1$ とする。 $\tilde{\theta_0}=$sign$(n)$ とすると、繰り返しになるが$\tilde{\theta}:=$sign$(n)\theta=\tilde{\theta_0}+n\mu\theta_1$は、sign$(n)=\pm 1$を用いて$\pm$両方の場合に対応している。$t=2$ですべての経済主体の最適在庫量は定理2.1によりゼロとなる。$t=1$のマーケットメイカが $LT_1$ に提供する最適取引価格は $\tilde{\theta_1}=$sign$(n)\theta_1$ として
$$ S_1=\mu -\frac{n}{m+1}\gamma \sigma^2-2(\frac{\theta_0}{n}+\mu \tilde{\theta_1})\frac{m}{m+1}$$
となり、費用を含む流動性プレミアムは
$$p=|\mu-S_1|=\frac{|n|}{m+1}\gamma \sigma^2+2(\frac{\theta_0}{n}+\mu \tilde{\theta_1})\frac{m}{m+1}$$
である。$t=1$の経済主体$j\in J:=${$LT_1,MM_1,\cdots,MM_m$}は、$MM\in J$\ { $LT_1$ }として
$$ q_1^{LT_1*}=\frac{n}{m+1}+\frac{m}{m+1}\frac{2(\theta_0+n\mu\tilde{\theta_1})}{n\gamma \sigma^2},\ \ \ $$
$$ q_1^{MM*}=\frac{n}{m+1}-\frac{1}{m+1}\frac{2(\theta_0+n\mu\tilde{\theta_1}}{n\gamma \sigma^2} \ \ \ \ $$
となる。
証明
1株と取引毎の固定費用を課す最適化問題を解いた定理2.5の場合を利用する。$nS_1$は $t=1$ の始点での$LT_1$の在庫の量であるので、比率 $ \frac{\theta}{n}=$$\frac{\theta_0}{n}+\mu \tilde{\theta}_1 $ は、一株と取引当たりのプレミアム(ディスカウント)であると解釈できる。$t=1$では$\theta_0$、$\tilde{\theta}$、$n$、$\mu$は既知であり、その結果、説明した結果を得るために、定理2.5の$\theta$の代替として用いられる。
推論3.7は取引量に連動した取引費用を用いてグロスマン・ミラーモデルを拡張する方法を示している。$|S_1-\mu|$または$|S_2-\mu|$という大きな差、$t=2$の価格が$LT_2$との取引量の影響を受けて明確な差$S_2-S_1$をもって変化したことにより誤差が生じている。その取引量の$|n|\mu$の近似として$\mu$を用いるとそれが欠点となっている。、つぎの方法は$t\in ${1,2}の取引量を$|n|S_1$と書くことによりその弱点の克服を試みている。
定理3.8
$ \tilde{\theta}:=\tilde{\theta_0}+n S_t \theta_1 \ $ は、固定費用を$\theta_0\ge0$、取引高変動費$\theta_1 \in [0,1) \ $ の費用(プレミアムまたはディスカウント)である。その際に$t=2$のすべての経済主体の最適在庫量はゼロである。$t=1$の資産価格は
$$ S_1=\mu -\frac{n}{(m+1)(1-\tilde{\theta_1})}\gamma \sigma^2-\frac{2m \theta_0}{n(m+1)(1-\tilde{\theta_1})} \ \ (33)$$
となり、その際の費用を含む流動性プレミアムは
$$p=|\mu-S_1|= \frac{n}{(m+1)(1-\tilde{\theta_1})}\gamma \sigma^2+\frac{2m \theta_0}{n(m+1)(1-\tilde{\theta_1})} \ \ (34)$$
と書ける。$t=1$の経済主体の最適在庫量は
$$ q_1^{LT_1,*}=\frac{n}{m+1}+\frac{2m\theta_0}{(m+1)n\gamma \sigma^2}, $$
$$q_1^{MM,*}=\frac{n}{m+1}-\frac{2 \theta_0}{(m+1)n\gamma \sigma^2} \ \ \ \ (35)$$
となる。
証明
費用を含む資産価格は
$$\frac{nS_1-\tilde{\theta}}{n}=S_t-(\frac{\theta_0}{n}+S_t\tilde{\theta_1}) =(1-\tilde{\theta_1})S_t-\frac{\theta_0}{n} \ \ $$
である。$t=2$の最適在庫量は
$$ q_2^{j,*} = \frac{E[(1-\tilde{\theta})S_3\pm \frac{\theta_0}{n}|\epsilon_2]-((1-\tilde{\theta}S_3)\pm \frac{\theta_0}{n})}{\gamma \sigma^2} $$
である。$\pm=- \ $ は$j \in J \ $ のとき、そして$\pm=+$のときは$j=LT_2$のときである。(26)のように分子の中の項はそれぞれが相殺しあい、すべての経済主体$j \in J \ $ U {$LT_2$}のとき$q_2^{j,*}=0$を意味する。$ t=1 \ $ での最適在庫量は
$$ q_1^{LT_1,*} = \frac{E[(1-\tilde{\theta_1})S_2 - \frac{\theta_0}{n} |\bar{S_1}=\mu]-((1-\tilde{\theta_1})S_1 - \frac{\theta_0}{n})}{\gamma \sigma^2} = (1-\tilde{\theta_1})\frac{\mu-S_1}{\gamma \sigma^2} \ \ $$
$$ q_1^{MM,*} = \frac{E[(1-\tilde{\theta_1})S_2 - \frac{\theta_0}{n}|\bar{S_1}=\mu]-((1-\tilde{\theta_1})S_1+ \frac{\theta_0}{n})}{\gamma \sigma^2}=\frac{(1-\tilde{\theta_1})(\mu-S_1)-\frac{2\theta_0}{n}}{\gamma\sigma^2} $$
で(27)と(28)と異なる。(21)の需給の均衡は(33)と(34)となり、(35)が得られる。
「Python3ではじめるシステムトレード」(パンローリング)