はじめに:私は何者か
私の肩書はノーコード腐女子です。
エンジニアでもなく、CS専攻でもなく。でもAIを使って実際にサービスをデプロイして動かしています。
今回は、エンジニアカフェで開催された「AIミリしら」というLTイベントに登壇してきた話を書きます。
人生初の15分ライトニングトーク。準備はした。でも正直、当日は原稿を途中で読むのやめてました。
「AIで私は幸せになったのか」というLTに全身で共感した
私の前に登壇されたエンジニアの方のLTタイトルが、『AIで私は幸せになったのか』でした。
内容はこうでした。
職場でAI活用による業務効率化の話が出ている。でも、それが怖い。
怖い理由として、こんな話をされていました:
- そもそも自然言語処理って何?
- AIが生成する過程で使われる「中間言語」(潜在表現やトークン列のようなもの)を説明できない
- 「なんか言語があるらしいが専門家しか分からない」という状態でコードを使っていい?
- ブラックボックスを通して生み出されたコードが間違っていたとき、その中を見て説明できなければ、修正も「ふわっと」したものになるのでは?
- 仕様もそう。ふわっとした自然言語を正確な仕様(式・ロジック)に落とし込まなければいけないのに、その間の変換がブラックボックスでいいのか?
最後に一言、「自分はコードを書くのが楽しいからこの業界に入ったのに」。
これ、すごく大事な感覚だと思う(一介のノーコード勢から言わせてください)
私、この言葉に内心めちゃくちゃ頷いてました。
そしてQAタイムに、お馬鹿な私は手をあげていました。
次は自分がLTに登壇する番なのに。
でも言わなきゃいけない気がしたんです。バイブコーディングでグチャグチャなコードに泣いた自分が、危機感を持ってコード学習に飛び込んだことを。
QAで叫んだこと
「あのっ。私はAIで仕事をしているものです。貴女の危機感、大事にしてください。」
「私はバイブコーディングをして、コードが分からないことに危機感を持ちました。」
「もしも『AIすごい!バイブコーディングで全部できる!』と言っている人がいたら、その人は間違いなくデプロイ前で完成したと思っている人です。デプロイできない人の言葉より、実際に動くものを作る人の言葉の方が本物です。」
次に自分が話す順番なのに、本当に私はアホ……。
バイブコーディングの「限界」と「怖さ」
少し補足します。
バイブコーディング(Vibe Coding) とは、コードの細かい仕様を理解せずに、AIとの対話感覚(バイブ)でコードを生成・修正していくスタイルのことです。
これ、フロントエンドのUI調整くらいなら確かに便利です。でも——
バックエンドに入った瞬間に詰む
バイブコーディング勢はバックエンドが苦手です。
たとえばこういう場面:
- DBのスキーマ設計
- SQLの設定
- 環境変数・シークレットの管理
- 認証まわり(JWTとかOAuthとか)
- デプロイ時のサーバー設定
「コードを読まずに生成だけ」では、ここで完全に止まります。SQLの設定なんて、コードが分からない勢には恐怖です。
AIが生成したコードの「何が書いてあるか」が分からないまま、それを世に出してはいけないと思うのです。
私がたどり着いた「複数AI検証」という方法
それで私は今、こういう形でやっています:
- メインのAIでコードを生成する(Claude, Geminiなど)
- 別のAIに同じコードをレビューさせる(別視点でバグや問題を拾わせる)
- Antigravityなどのツールを活用してデプロイまで完走する
コード自体を「完全に理解」はできていなくても、複数のAIにチェックさせることで、単一AIの幻覚(ハルシネーション)や盲点を減らすことができます。
これでデプロイまでできるようになりました。
でも正直、これで「OK」だとは思っていません。だからこそコード学習をしています。
なぜエンジニアを前に熱弁を振るっていたのか(本当に馬鹿)
LT終わってから振り返ると恥ずかしいんですが、伝えたかったことはシンプルです。
「AIすごい」「バイブコーディングで全部できる」という声が大きくなればなるほど、エンジニアの「これって本当に大丈夫?」という感覚が潰されていく気がして怖い。
その感覚、絶対に大事です。
コードを書くのが楽しくてこの業界に入った人が、「AIに仕事を奪われる」という文脈でその楽しさを諦めなくていいと思う。むしろ、コードを知っているからこそAIを正しく使える。
コードを学ぼうと思ったきっかけ
思えばコードを覚えなきゃと思ったのは、エンジニアカフェで実施された福岡市のハッカソンに出たときでした。
コードの解説とセキュリティ要件を自分の口で説明できなければならない場面があって、そこで初めて「分からないまま出力したものを出してはいけない」と気づきました。
おわりに
きっとどれほどAIが進化しても、コードを知っていることに意味があると、あの場で改めて確信しました。
AIを使うのに、エンジニアである必要はないかもしれない。
でも、AIの出力物を世に出す責任を持つなら、それが何をしているか説明できる必要があると思う。
エンジニアカフェという場で、エンジニアの方々に囲まれて、ノーコード腐女子が何を熱弁していたのか。
でも、言えてよかったです。
エンジニアカフェ(福岡)で「AIミリしら」LTイベントに登壇した記録として書きました。読んでくださった方ありがとうございます。
