はじめに
1972年、David Parnasが発表した論文「On the Criteria To Be Used in Decomposing Systems into Modules」は、ソフトウェア設計におけるモジュール化の基礎を築きました。本記事では、情報隠蔽の原則を中心に、モジュール化の目的、利点、そして現代のソフトウェア開発への応用について詳しく解説します。
論文の背景
1970年代初頭、ソフトウェアシステムの複雑さが増大し、メンテナンス性の向上が急務となっていました。多くのプロジェクトが、変更に伴う予期しないバグやコスト増加に悩まされていました。この状況に対し、Parnasはシステム設計を見直す必要性を提唱しました。
なぜモジュール化が必要か?
モジュール化の目的は以下の通りです:
・変更の影響を局所化する:一部の変更が他の部分に波及しない設計を目指す。
・チームの分業を効率化する:モジュールごとに開発を分担可能にする。
・再利用性を高める:汎用的なコンポーネントを作成し、他のプロジェクトに活用。
Parnasはこれらの目標を達成するため、従来の「機能に基づく分割」から「情報隠蔽に基づく分割」への転換を提唱しました。
情報隠蔽の原則
情報隠蔽とは?
情報隠蔽(Information Hiding)は、モジュールが他のモジュールに公開する情報を最小限に抑え、内部の詳細を隠す設計哲学です。これにより、以下の利点が得られます:
・柔軟性の向上:内部構造を変更しても、外部に影響を与えません。
・安全性の向上:内部の詳細を知らないモジュールからの誤操作を防ぎます。
・保守性の向上:特定の機能に関連する変更が、他のモジュールに波及しません。
情報隠蔽の実践
Parnasは情報隠蔽を実現するために、以下のようなガイドラインを提示しました:
モジュールは、他のモジュールと必要最小限のインターフェースのみを共有する。
各モジュールは、特定の「設計の秘密(Design Secret)」を保持する。
外部に公開するインターフェースを慎重に設計し、内部構造を隠蔽する。
モジュール化の実例
1. 従来の分割方法:機能ベースの分割
機能ベースの分割は、モジュールが特定の機能を実装する方式です。この方法では、各モジュールが他のモジュールと密接に連携する必要があり、変更の影響が広範囲に及ぶ可能性があります。
例:あるシステムにおいて、「データの入力」「データの処理」「データの出力」をそれぞれ別モジュールとして分ける設計。
2. 情報隠蔽に基づく分割
情報隠蔽に基づく分割では、モジュールが設計上の決定を隠蔽します。この方法では、各モジュールが独立性を保ち、他のモジュールに依存しない設計が可能になります。
例:入力形式や処理アルゴリズムなどの詳細を個別のモジュールに隠蔽し、他の部分ではインターフェースのみ利用する。
モジュール化の利点
Parnasが提唱したモジュール化の利点は、以下のように現代のソフトウェア開発でも大きな影響を与えています。
1. メンテナンス性の向上
モジュールの内部構造を隠蔽することで、変更が他の部分に波及しません。
バグの修正や機能の追加が容易になります。
2. 再利用性の向上
汎用的なモジュールを構築することで、新しいプロジェクトでも同じモジュールを再利用できます。
3. 開発効率の向上
開発チームが異なるモジュールを並行して開発できるため、大規模プロジェクトの効率が向上します。
現代のソフトウェア開発への応用
Parnasの考え方は、現在の以下の技術や手法に直接的な影響を与えています。
オブジェクト指向プログラミング(OOP)
情報隠蔽は、クラスやカプセル化の概念に反映されています。
内部状態を隠蔽し、外部にはメソッドを通じた操作を許可します。
マイクロサービスアーキテクチャ
独立したサービス間の疎結合な設計は、情報隠蔽の原則に基づいています。
各サービスが独立して開発・デプロイ可能です。
アジャイル開発とリファクタリング
情報隠蔽を考慮したコード設計は、リファクタリングによる改善を容易にします。
チームでの迅速な開発を可能にします。
まとめ
David Parnasの「On the Criteria To Be Used in Decomposing Systems into Modules」は、ソフトウェア設計におけるモジュール化の重要性を明確にした画期的な論文です。その中心概念である情報隠蔽の原則は、現在のソフトウェア開発においても変わらず適用されています。
この論文のアイデアを理解し、適用することで、柔軟性、再利用性、保守性の高いシステム設計が可能になります。これからの開発においても、この知見を活用していくことが求められます。
参考論文
On the Criteria To Be Used in Decomposing Systems into Modules (PDF)