人はなぜ忘れるのか。初めての現場で学びが「点」になる理由
― 記憶の科学と、現場構造のすれ違い ―
はじめまして。
株式会社PRUMでエンジニアをしている人見です。
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はじめに
「それ、前に教えたよね?」
「なんで覚えてないの?」
初めての現場。
慣れない業務。
必死に食らいついているのに、
こうした言葉を投げかけられた経験はないでしょうか?
その瞬間、多くの人は自分を責めます。
・ 理解力が足りないのではないか。
・ メモの取り方が悪いのではないか。
・ そもそも向いていないのではないか。
、、、と。
でも、最初にお伝えしたいことがあります。
それでも、あなたは悪くありません。
なぜなら、人は忘れる生き物であり、
初めての現場では学びが「点」になるのが自然だからです。
これは根性論でも経験談でもなく、
認知科学によって裏付けられた事実です。
本記事では、次の二つの理論を軸に、この現象を整理していきます。
- エビングハウスの忘却曲線
- ワーキングメモリの容量制限
1. 人はなぜ忘れるのか
まず押さえておきたい前提があります。
人間の記憶は、
「できるだけ多くを覚える」ために作られてはいません。
むしろ、
忘れることを前提に設計されています。
エビングハウスの忘却曲線
心理学者ヘルマン・エビングハウスは1885年、
無意味綴りを用いた実験によって、
学習後の時間経過と記憶保持率の関係を示しました。
これが、いわゆる忘却曲線です。
この研究によれば、記憶は時間とともに少しずつ失われるのではなく、
学習直後から急激に減衰します。
1日後にはおよそ70%、
1週間後には80〜90%が忘れられるとされています。
重要なのは、
これは怠慢や努力不足の結果ではないという点です。
脳は、
重要でない情報や使われない情報、
文脈と結びつかない情報を積極的に捨てることで、
思考の効率を保っています。
忘却は失敗ではなく、
正常な知的活動なのです。
2. なぜ学びは「点」になるのか
忘却だけでは、現場で起きるすれ違いを十分に説明できません。
もう一つ重要なのが、
ワーキングメモリの存在です。
ワーキングメモリの容量制限
ワーキングメモリとは、
「今まさに考えている・処理している情報を一時的に保持する領域」のことです。
認知科学では、この容量はおおよそ
**4±1チャンク**とされています(ネルソン・コーワン(Nelson Cowan), 2001)。
チャンクとは、意味のまとまりのことです。
例:
git add → commit → push【 経験者 】
一つの流れとして認知 → これにより、どういう状況になるかまで理解【 初学者 】
それぞれが独立した操作として認識され、3つのチャンクを消費
→ 何が起きるかまで不明
初めての現場では、
- 作業手順の理解
- 専門用語の把握
- ツールや環境への適応
- 失敗しないための注意
といった処理だけで、
ワーキングメモリは簡単に上限に達します。
この状態では、
- なぜこの作業をしているのか
- 全体の流れの中でどこに位置するのか
といった情報を、同時に保持する余裕がありません。
その結果、説明が当日にまとめて行われたとしても、
知識は流れとして統合されず、
断片、つまり点としてしか残らないのです。
これは日付や復習意識の問題ではなく、
処理容量の問題です。
3. なぜ「本人の努力不足」だと思われてしまうのか
ここまで見てきたように、
忘却や点での学習は、人間の特性として自然なものです。
それにもかかわらず、現場ではしばしば
「本人の努力が足りない」
という評価に落ち着きます。なぜでしょうか?
教える側の頭の中では、
すでに業務の流れや判断基準が線として整理されています。
そのため、
「ここまで説明すれば分かるはずだ」
という感覚が生まれやすくなります。
自分の中で整理できていることと、
相手に伝わっていることが、
無意識のうちに同一視されてしまうのです。
一方で、教える側に見えるのは、
「できていない」という結果だけです。
その原因が認知的な制約にあることは見えにくく、
結果として
分かりやすい説明をしている
→ 理解されない、忘れられている
→ 「努力不足」や「意識の問題」
が採用されてしまいます。
これは悪意によるものではありません。
人が理由を短絡的に結びつけてしまう、
極めて人間的な認知の癖なのです。
おわりに(後編へ)
人は忘れます。
初めての現場では、点でしか学べません。
それは欠点ではなく、前提条件です。
問題は「忘れる人」ではなく、
「忘れない前提で作られた現場」 にあります。
では、この前提を受け入れたうえで、
次の問いが残ります。
人は忘れる。学びは点になる。
それが自然だとしたとき──
現場は、どう教えればよいのでしょうか?
課題
・ 「覚えろ」と言わなくても回る現場は、どう設計すればいいのか
・ 新人の記憶力や努力に依存しない育成は可能なのか
・ 知識が自然に「線」になる環境とは、どんな構造なのか
後編では、認知負荷理論やスキャフォールディングといった教育理論を手がかりに、
忘れることを前提にした教え方・育て方の設計を整理していきます。
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