はじめまして。
株式会社PRUMでエンジニアをしている人見です。
日々、プログラミング学習や実務の中で
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新人エンジニアは、なぜ「止まってしまう」のか【後編】
―― 「途中」を出せる前提について
この記事は、現場で起きがちなエンジニアリングや学習のすれ違いを、
個人の問題ではなく「構造」として整理することを目的としたシリーズの一編です。
はじめに
前編では、
新人が止まってしまう場面で起きている
小さな違和感について整理しました。
現場は「聞いてほしかった」と思い、
新人は「聞けなかった」と感じている。
このズレは、
性格や能力の問題だけでは
説明しきれないように思えます。
後編では、
この現象を「構造」という視点から
少しだけ言葉にしてみます。
問題は「質問できたか」ではない
新人が止まったとき、
よく問題にされるのは「質問できたかどうか」です。
でも、本当に大事なのはその手前。
止まりかけた状態――途中の不確実さや経過――を
そのまま外に出せる前提があったかどうか
という点ではないでしょうか。
「何がわからないか、わからない」段階
新人の多くは、質問以前の段階に立っています。
- どこが分からないのか整理できていない
- 何を聞けばいいのか分からない
- 頭の中にはあるのに言葉にならない
これは「理解していない」のではなく、
まだ言語化できていないだけという状態です。
この段階で
「わからなかったら質問して」と言われても、
動けなくなるのは自然なことだと思います。
暗黙知(Tacit Knowledge)
哲学者・科学者マイケル・ポランニーの考え方。
人は「言葉にできる以上のことを理解している」ため、
理解していても言語化できない段階が存在するとされる。
教室では許されていたことが、現場では消える
学校や研修では、
未完成のノートや途中式を見せることが当たり前でした。
ところが現場に入ると、いつの間にかその前提が消えます。
- 未完成でも出していい
- 仮説レベルでも共有していい
そんな合図がないまま、
新人はこう考えるようになります。
ちゃんとした形じゃないと出せない
間違っていたら評価が下がるかもしれない
そして、
止まりかけた状態を抱えたまま、
動けなくなってしまいます。
ほんの小さな会話のすれ違い
たとえば、こんな場面。
先輩「進捗どう?」
新人「もう少しで分かりそうなので大丈夫です」
先輩「じゃあ任せるね」
新人の頭の中では、
“どこから手を付ければいいか怪しい60%”の状態。
でもそれを言葉にする方法が分からない。
先輩は「聞いてくる前提」で世界を見ていて、
新人は「完成してから見せる前提」で世界を見ている。
この小さなズレが、
大きな“停止”に育っていきます。
実務は「途中で考える」ことで成り立っている
実務の知識は、
最初からきれいに言葉になるものではありません。
やってみて、
止まって、
考えて、
修正する。
その繰り返しの中で身につく。
つまり、
つまり、
途中で止まり、考えること自体が学習
だと言えます。
行為の中での省察(Reflection-in-Action)
ドナルド・ショーンの概念。
実務の知識は事前に完成した形で存在するのではなく、
行為の途中で考え、修正する中で身についていくとされる。
止まりにくい現場の共通点
うまく回っている現場では、
個人の勇気や性格に頼っていません。
- 途中経過を出す場がある
- 完成度よりも「いま」を見てもらえる
- 言葉にならない状態でも拾ってもらえる
つまり、
止まりかけたときに、発信できる前提が用意されている
という状態です。
明日からできる“合図”
大げさな制度より、
ほんの一言で世界は変わります。
-
「完成してなくていいよ、60%で見せて」
-
「仮説のままで大丈夫」
-
「言葉になってなくてOK」
これは質問を促す言葉ではなく、
“途中を出していい”という許可の合図です。
おわりに
新人が止まるとき、
それは「質問しなかった」からではなく、
「途中を出せる前提がなかった」だけかもしれません。
それでも私たちは、結果だけを見て
「なぜ聞かなかったのか」と問いがちです。
この前提のズレこそが、
現場で繰り返されるすれ違いの出発点なのだと思います。
なお、新人が現場でつまずく理由は、これだけではありません。
説明が飛ぶ、エビデンスが抜ける、言葉が噛み合わない――。
それらもまた、似た構造の上で起きています。
それについては、また別の記事で。
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