はじめに
ソフトウェアエンジニアリングマネージャ(以下、EM)に求められる責務は、多岐にわたっています。
流動性が高いITの業態である一方、日本型メンバーシップ雇用と米国型のJD型雇用との隙間にあって、責務と権限の曖昧な状況の中に置かれることも少なくないように思われます。
このような状況下で、メンバーからも経営からも双方にそれぞれの考える理想的なマネージャであることを求められることもしばしばあるようです。結果として、マネージャの休職など精神的なストレスも高さが問題になっています。
また、ソフトウェアエンジニアにとって、プログラミングにおけるスキルとくらべ、マネジメントに対するそれのモビリティ(会社を変えても有効であると思える程度)が低く見えると言ったことから、ソフトウェアエンジニアにとってキャリア形成に効きづらいのではないかと考えてしまうことも自然なことです。
その結果、ソフトウェアエンジニアにとってのキャリアパスのパターンが限られたり、事業や経営に対する関与の度合いが下がってしまうことで有用な議論がすすまず、ソフトウェアエンジニアの地位や待遇の向上を生み出しにくくなる現状があるように筆者は考えています。
本稿は、EMの実態を調査し、オープンな議論と知見の共有を加速し、生み出すためのきっかけの1つとなることを目的としています。
そのため、今回の調査で集めた全ての情報は公開します。
調査方法
調査期間および対象
アンケートの対象者は、Engineering Manager Meetupに作られたSlack Workspaceに登録している416名のうちの100名。調査期間は、2/20-2/25までの5日間。
このうち、エンジニアリングマネージメントに関わっているという自認のある方が本アンケートの調査対象になる。また、当該イベントが東京(および大阪)での開催によるところから、主に都市圏のマネージャに対象が集中しているというバイアスが存在していることに留意されたい。
また、Web自社開発/SI/情報システム部門などのソフトウェア開発に従事するソフトウェアエンジニアを中心としたコミュニティであるため、エンジニアリングマネージメントと銘打っているが、ソフトウェアエンジニアリングマネージメントを前提とした調査となっています。
アンケート内容
質問 | 回答 |
---|---|
あなたの役職名はなんですか? | マネージャー エンジニアリングマネージャー チームリーダー/チームマネージャー テックリード 部長 本部長 VPoE 課長 役職なし その他 CTO ジェネラルマネージャー |
あなたは管理監督者ですか? | はい いいえ |
あなたのラインの部下は何名いますか? | 5人以下 6-10人以下 11-20人以下 21-50人以下 51-100人以下 101-500人以下 |
あなたの会社の従業員の総数は? | 50人以下 150人以下 1000人以下 1001人以上 |
あなたの決裁権限はいくらまでありますか? | 決裁権なし 10万以下 100万以下 1000万以下 2000万以上 |
あなたの部門の年間予算額はおおよそいくらですか? | 決裁権なし 10万以下 100万以下 1000万以下 5000万以下 1億円以下 1億円以上 |
あなたの従業員/取締役報酬としての 年収はおおよそいくらですか? |
500万以下 501-700万以下 701-900万以下 901-1100万以下 1101-1300万以下 1301-1500万以下 1501-1700万以下 1901万以上 |
次のうちあなたが担っている責任はなんですか? (上長と合意を得て目標管理されているもの) |
当該部門のピープルマネージメント(メンター、キャリア相談) 当該部門のピープルマネージメント(評価及び査定) 当該部門のピープルマネージメント(異動、部署再編) 当該部門のピープルマネージメント(教育・育成) 当該部門のプロジェクトマネジメント(デリバリー) 当該部門のプロジェクトマネジメント(品質管理) 当該部門のプロジェクトマネジメント(コスト管理) 当該部門の技術選定・技術的意思決定 当該部門の開発関連のツール導入の意思決定 当該部門の採用計画の策定 当該部門の採用広報活動(講演・執筆など ) 当該部門の人事制度設計 当該部門のプロダクトマネージメント(要求定義) 当該部門のプロダクトマネージメント(BizDev/マーケティング) 当該部門のP/L責任(事業責任者) 当該部門の予算計画に対する責任 会社全体の情報システムの技術選定及び導入 会社全体の技術投資に関する意思決定 会社全体の技術的意思決定の最終責任 |
生データの公開
調査結果
回答者の属性
回答者についた「役職名」は当然と言えば当然であるが、「エンジニアリングマネージャー」が最も多い。
マネージャ、チームマネージャといった職責名には紐づかない役職名や部課長も見受けられます。
公的な役職名のない回答者も5%程度存在。
会社規模は150-1000人の中小企業からメガベンチャー未満といったラインが最も多く、
大企業やベンチャーも同程度ずつ存在しており、おおよそ良いサンプルがそろっていると言えるのではないでしょうか。
一方で、部下の人数は10人以下が過半数を占めており、3割が管理監督者ではない。決裁権がそもそも存在しないEMが45%を超えており、また10万円以下を含めると6割を超える。マネージメントという言葉と実態の乖離も一定ありそうです。
さらに管理監督者でありながら、決裁権を持たないEMは20%近くに及ぶという非常に悩ましい結果が出ました。
給与に関わる分析
給与は、700-900万の間が最も多い。マネージメント人数とも緩やかに関連があるように思えるが、決定的なファクターではなさそうです。
管理監督責任の有無と給与もつよい関連があるわけではなさそうだ。
企業サイズごとに年収の分布をプロットしてみると、面白いが身もふたもない話がみて取れる。人数規模が小さいほど、年収が低く、人数規模が大きいほど年収が高く分布しています。
これは2つの解釈があるでしょう。
1つは、大企業ほど優秀な人材を集めやすく、マネジメントにも十分な給与を支払える余力があるという考え方。
もう1つは、上場前のベンチャー企業のように人数規模が小さい企業においては、ストックオプションなどのフロー型ではない隠れた資産価値があるという可能性です。
これらについても、別の機会があればアンケートをしていきたい。
給与については、もろもろ面白い分析もできそうです。元データの公開をするので、各自分析&公開していただけるとありがたい。
責務に関わる分析
責務に関して、簡単のため略号を用いて表記します。
略号 | 詳細 |
---|---|
PPL:C | 当該部門のピープルマネージメント(メンター、キャリア相談) |
PPL:A | 当該部門のピープルマネージメント(評価及び査定) |
PPL:M | 当該部門のピープルマネージメント(異動、部署再編) |
PPL:E | 当該部門のピープルマネージメント(教育・育成) |
PJ:D | 当該部門のプロジェクトマネジメント(デリバリー) |
PJT:Q | 当該部門のプロジェクトマネジメント(品質管理) |
PJ:C | 当該部門のプロジェクトマネジメント(コスト管理) |
Tech | 当該部門の技術選定・技術的意思決定 |
Tool | 当該部門の開発関連のツール導入の意思決定 |
HRPlan | 当該部門の採用計画の策定 |
DevRel | 当該部門の採用広報活動(講演・執筆など) |
HRSys | 当該部門の人事制度設計 |
PRD:R | 当該部門のプロダクトマネージメント(要求定義) |
S&M | 当該部門のプロダクトマネージメント(BizDev/マーケティング) |
P/L | 当該部門のP/L責任(事業責任者) |
Cost | 当該部門の予算計画に対する責任 |
CIO | 会社全体の情報システムの技術選定及び導入 |
CTO | 会社全体の技術投資に関する意思決定 |
Vision | 会社全体の技術的意思決定の最終責任 |
ここから読み取れるところは、
- ピープルマネージメント
- テクノロジーマネージメント
- プロジェクトマネジメント
- 採用活動
の順に期待されていることがわかる。
- 決裁権を持たないが、ツールチェインの決定権はある
- QCDのうち、コストやクオリティのコントロール権は持たないがデリバリーの責任はある
といったエンジニアリングマネジメントに必要となるであろう権限と責任における組織構造の歪さは一定みて取れます。
考察と所感
今回の集計から、エンジニアリングマネージメントに期待する役割と、実際に割り当てられている権限の歪さ、そして給与水準などの相場感がある程度明らかになったと思います。
雑感としては、EMだからと言って極端に給与水準が高いわけではなく、職位の高さと給与の紐付きもそこまで顕著なものではないようです。
むしろ、希少なスペシャリティとマネージメントの間に立つひとという役目を大企業で担うといった価値が高い給与を期待できるのでしょう。このあたりも、年齢などと含めてアンケート項目に含めるべきであったと反省。
これは私見ではあるのですが、マネージメントをマネージメントたらしめるものは、「ヒトモノカネ」や「QCD」といった互いに衝突することのある、複数の要素を差配する点にこそあるでしょう。
しかし、EMという立場は、それらの要素のうち一部のみをコントロールするという立場に置かれやすい職責であるように思われます。
決裁権限など、カネに関わる権限委譲が進んでいない/あるいは関われていないという状況が、よりソフトウェアエンジニアの開発環境を難しく、歪なものに変えていってしまっている可能性を危惧しています。
この辺の追加調査は繰り返し行なっていき、データを蓄積していきたいところです。
オープンな知見の共有と透明性こそが世の中を進歩させる。このような大胆なアプローチに共感してこのようなアンケートに協力してくれた100名の皆様に感謝と今後ともよろしくおねがいします。