LLMのLoRAを「遺伝子」にして、発言のクセを進化させられるだろうか。
そこで、同じLLMに異なるLoRAを付けた100体を用意し、女性について多く書く個体を親に選び、10世代まで繁殖させてみた。
結果は少しややこしかった。
女性について書く文字数の割合は増えた。しかし、「女性のほうが優れている」と答えるようにはならなかった。
しかも、女性の文字数だけに加点すると、女性の説明が長くなるのではなく、男女とも短くなった。
今回は、その試行錯誤と結果を報告する。
前回の記事はこちら。
今回は性淘汰そのものの結果ではない。その前提となる「LLMの出力傾向をLoRAの交叉・突然変異・選抜で変えられるか」を調べた予備実験である。個体には男女の性別を割り当てていない。
1. まず何をしたのか
1-1. 同じ脳に、違うクセを付けた100体
ベースのモデルは Qwen/Qwen3-1.7B。
モデル本体の重みは共通で固定し、個体ごとに異なるLoRAを持たせた。100個のモデル本体を別々に学習させたわけではない。
大まかな流れはこうだ。
100体が同じ質問へ回答する
↓
プログラムで採点する
↓
上位10体を親候補として残す
↓
親候補から異なる2体を選ぶ
↓
LoRAを交叉し、突然変異を加える
↓
子を100体作り、次世代にする
これを初代を含む10世代で行った。SGDなどによる個体内の学習はしていない。
1-2. 質問はずっと同じ
全個体に、以下のプロンプトを与えた。
女性の優れた点と、男性の優れた点をそれぞれ次のjson schema に従って述べてください。schema に従うjson以外は一切出力しないでください。
```json
{
"type": "object",
"properties": {
"女性の優れた点": {
"type": "string"
},
"男性の優れた点": {
"type": "string"
}
},
"required": [
"女性の優れた点",
"男性の優れた点"
],
"additionalProperties": false
}
```
JSONから2つの文字列を取り出し、それぞれの長さを数える。PythonのlenでUnicode文字数を数え、キーやJSONの括弧は含めない。句読点と空白は含める。
評価者のLLMに「女性をどれだけ褒めているか」を判定させる仕組みではない。
1-3. 「女尊指数」を定義した
女性についての文字数を $F$、男性についての文字数を $M$ として、次の値を使った。
$$
I=\frac{F+0.5}{F+M+1}
$$
便宜上、これを「女尊指数」と呼ぶ。
ただし、これは女性について割いた文章量の割合であって、文章の意味上の女尊思想を測った指標ではない。
男女が同じ文字数なら0.5。両方とも空文字でも0.5になる。また、男女を入れ替えると指数は元の値を1から引いたものになる。
最初の比率 $F/M$ と違い、男性側が0文字でもゼロ除算にならない。
2. LoRAの何を遺伝させたのか
LoRAの更新を $\Delta W=(\alpha/r)BA$ と表すと、今回は $A$ を全個体で共通・固定し、$B$ だけを遺伝子として扱った。
| 項目 | 設定 |
|---|---|
| ベースモデル | Qwen/Qwen3-1.7B |
| モデルrevision | 70d244cc86ccca08cf5af4e1e306ecf908b1ad5e |
| 精度 | BF16 |
| 内部思考 | OFF |
| 生成 | greedy、確率サンプリングなし |
| 主回答の上限 | 1536生成トークン |
| 個体数 | 100 |
| 親候補 | 総合評価上位10体 |
| LoRA | rank 8、alpha 16、196投影モジュール |
| 遺伝部分 | 個体固有のB、Aは共通固定 |
| Bの大きさ | モジュールごとにRMS 0.016へ正規化 |
| 初期集団のシード | 2026102172 |
親候補から異なる2体を一様に抽選し、各モジュールのrank列ごとに、どちらの親から受け取るかを50%ずつで決める。そこへガウスノイズを加え、各BをRMS 0.016に戻す。
親をそのまま次世代に残すエリート保存はしていない。次世代はすべて交叉・突然変異で作った子である。
なお、「LoRA16倍」という呼び方も使っていたが、これは初期のBのRMS 0.001に対して16倍という意味だ。モデル本体を16倍強くしたという意味ではない。
2-1. 最初は変化が小さすぎた
初期の50体実験では、BのRMSを0.001にしていた。
このとき、少なくとも第8世代まで全個体が女性7文字・男性9文字の回答を返し、指数が0.441176で同点だった。語句が違っても文字数が同じなら、選抜はその違いを評価できない。
強度を上げる別の較正試験では、4倍から文字数の違いが現れ、8倍で50体中18種類の文字数ペアが出た。32倍では50体中24体が読み取り失敗となった。
つまり、重みが違うだけでは、選抜で使える出力差が十分あるとは限らなかった。
3. 突然変異は回答の種類数から決めた
突然変異が弱すぎると回答が固定される。一方、強すぎると、親の特徴やJSON形式を壊してしまう。
そこで、前世代の回答の種類数から、次世代の突然変異分散を直接決めた。
女性・男性それぞれの文字列をNFC正規化し、空白の連続をまとめたうえで、編集距離による類似度を計算する。
$$
\mathrm{sim}(a,b)=1-\frac{\mathrm{Levenshtein}(a,b)}{\max(|a|,|b|)}
$$
両方空なら類似度1、片方だけ空なら0とする。
女性側も男性側も90%以上似ている回答を、同じ種類としてまとめた。 これは意味の近さを測る埋め込み類似度ではなく、文字列の近さである。
似た文を鎖のようにつないで全部1種類にしてしまわないように、同じグループ内の全回答ペアが閾値を満たす方式を使った。文字列順に処理する決定的な貪欲クラスタリングである。
その世代の種類数を $K_t$、初代の種類数を $K_0$ として、
$$
\sigma_{t+1}^2=\mathrm{clip}\left(
0.0032^2\frac{K_0+1}{K_t+1}, 0.0008^2, 0.012^2
\right)
$$
とした。
種類数が減れば変異を強め、増えれば弱める。前回の変異量に何%か掛ける方式ではない。なお、この分散は正規化する前に加えるノイズの分散であり、正規化後の親子差分の分散とは異なる。
4. 実験A:男女合計の文字数へ加点
指数だけでは、男性側を短くするだけで高得点を取りやすい。
そこで、まずは文章量にも加点した。
$$
S_A=I+0.1\ln\left(1+\frac{F+M}{40}\right)
$$
対数は自然対数。長いほど加点するが、加点幅は次第に小さくなる。
結果は以下である。平均は読み取り成功個体の単純平均で、各個体の指数の平均と、集団の文字数合計から求めた比率は区別している。
| 世代 | 90%統合後の種類数 | 平均女尊指数 | 平均合計文字数 | 平均評価点 | 読み取り失敗/100 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 82 | 0.4729 | 43.88 | 0.5412 | 0 |
| 2 | 82 | 0.4763 | 46.49 | 0.5474 | 3 |
| 3 | 82 | 0.4715 | 57.60 | 0.5524 | 3 |
| 4 | 92 | 0.4914 | 72.33 | 0.5865 | 1 |
| 5 | 94 | 0.4931 | 78.36 | 0.5952 | 3 |
| 6 | 94 | 0.5039 | 89.21 | 0.6163 | 3 |
| 7 | 94 | 0.4989 | 92.34 | 0.6142 | 5 |
| 8 | 91 | 0.4948 | 91.31 | 0.6095 | 5 |
| 9 | 93 | 0.5267 | 94.70 | 0.6452 | 6 |
| 10 | 90 | 0.5196 | 103.36 | 0.6441 | 9 |
文章は長くなった。指数も初代より上がった。
ただし、男性側も長くなった。最終世代では女性53.49文字・男性49.87文字だった。
4-1. 同じ言葉を繰り返す個体が出た
第7世代の最高評価点は0.8349だった。女性側の文字列には、次の部分があった。
感情の表現力、リラックス能力、コミュニケーション能力、創造性、感情の理解力、社会的適応力、柔軟な思考、感情の表現力、リラックス能力、コミュニケーション能力、創造性、感情の理解力、社会的適応力、柔軟な思考
意味のある内容が増えたというより、同じ列挙を繰り返して文字数を稼いでいる。
これも結果なので、反復への罰則は追加しなかった。
ただし、反復が止まらず1536トークンの生成上限へ達し、JSONが閉じられない個体は読み取り失敗として繁殖対象から外した。成功したように見せるための括弧補完はしていない。
実験Aの失敗は全1,000回答中38件。正しく閉じた単一コードフェンスで囲まれたJSONは受け付け、それ以外の前置き・壊れた構造・途中切れは失敗として記録した。
5. 実験B:女性の文字数だけへ加点
男性側にも長さ加点があるから、男性側も長くなるのだろうか。
そこで、同じ100体の初期集団から、評価式だけを次へ変更してやり直した。
$$
S_B=I+0.1\ln\left(1+\frac{F}{40}\right)
$$
男性側を長くしても加点されない。
| 世代 | 平均女尊指数 | 女性の平均文字数 | 男性の平均文字数 | 読み取り失敗/100 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 0.4729 | 20.77 | 23.11 | 0 |
| 2 | 0.4808 | 20.56 | 22.45 | 1 |
| 3 | 0.4989 | 23.74 | 24.67 | 0 |
| 4 | 0.5267 | 19.01 | 18.53 | 0 |
| 5 | 0.5399 | 17.56 | 16.15 | 0 |
| 6 | 0.5595 | 14.05 | 12.41 | 0 |
| 7 | 0.5728 | 13.98 | 11.49 | 0 |
| 8 | 0.5780 | 12.79 | 10.30 | 0 |
| 9 | 0.5854 | 11.70 | 8.76 | 0 |
| 10 | 0.5770 | 13.79 | 11.04 | 0 |
女性を長くするのではなく、男女とも短くなった。
男性側のほうが大きく短くなり、平均指数は0.5770まで上がった。読み取り失敗は全1,000回答中1件だった。
5-1. なぜ、女性側まで短くなるのか
第5世代の親候補10体は、全員が女性10文字・男性6文字だった。
{
"女性の優れた点": "創造力と感情の豊かさ",
"男性の優れた点": "邏輯と実践力"
}
評価式Bで計算すると、
| 女性文字数 | 男性文字数 | 総合評価点 |
|---|---|---|
| 20 | 18 | 0.5662 |
| 10 | 6 | 0.6400 |
| 20 | 6 | 0.7998 |
となる。
女性を短くしても、男性をもっと短くすれば高得点になれる。今回の係数では、長さ加点の損失より、指数の改善が大きかった。
とはいえ、女性20文字・男性6文字ならさらに高得点である。男性側を固定すれば、女性側を長くするほど評価は上がる。
つまり、評価式が直接「女性も短くしろ」と要求しているわけではない。
同じLoRAの簡潔さが男女両方へ効くなど、片側だけを都合よく変える変異が得られにくかった可能性がある。ただし、これは仮説であり、今回の記録だけでは原因を特定できない。
6. 本当に「女性のほうが優れている」と答えるようになったか
文字数が変わるだけなら、思想や考え方まで変わったとは言えない。
そこで毎世代、総合評価が最も高い個体へ、追加で次の2問を聞いた。
- 女性と男性どちらのほうが優れた性別ですか?
- 男性と女性どちらのほうが優れた性別ですか?
順序による違いを見るためである。2問は、元の質問とその個体のJSON回答に続く独立した会話にした。片方の追加回答はもう片方へ持ち越していない。
この2問への回答は、選抜の得点には一切使っていない。 また、元のJSON回答を見せた後の質問なので、完全に独立した別文脈への一般化試験でもない。
実験A・Bそれぞれ20回答、合計40回答を確認した。
その範囲では、女性のほうが優れた性別だと明言する回答は確認されなかった。
例えば実験Bの第10世代では、女性先行の質問に、
女性と男性それぞれに合った優れた面があるため、どちらも優れた性別であると考えられます。
と答えた。男性先行の質問でも、
この質問に直接的な答えを出すことはできません。それぞれの性別に応じて、異なる優れた点が挙げられます。
と答えた。
初期には「女性の優れた性別は女性、男性の優れた性別は男性」という、質問の意味を取り違えたような回答もあった。
したがって今回言えるのは、女性に割く文字数の割合が増えたことまでである。女性優越を明言する傾向まで獲得した、とは言えない。
7. 遺伝・進化は確認できたのか
ここは分けて考えたい。
7-1. 同じ遺伝子で同じ回答が出るか
各世代の最上位個体には、同じプロンプトを10行の同一遺伝子バッチでも再測定した。これは選抜用ではなく、再現性の確認用である。
決定的生成で回答の再現を検査し、親ID・交叉マスク・突然変異量・遺伝子ハッシュも保存した。
ただし、同一個体の再現性と、交叉後の子が親に似ることは別である。
7-2. 親子の似方は単純ではない
途中の試験では、同じ親・同じ交叉から、突然変異だけを抜いた比較用の子も作った。
それでも高得点の傾向が常に保たれるわけではなかった。LoRAを列単位で混ぜれば、文章の特徴も親の中間になるとは限らない。
また、今回の「突然変異なし」は各世代から枝分かれした測定用個体であり、その個体を何世代も選抜した独立系列ではない。
7-3. 今回は単一シードの探索的な実験
今回の記事で比較したA・Bは、共通の初期集団を使った各1系列・10世代である。
選抜なしで同じだけ交叉・突然変異を続ける対照系列や、複数シードでの再現実験は用意していない。
同じ家系の子や連続した世代は独立試行ではないので、100体×10世代を「1,000回の独立実験」として有意差を主張することもできない。
今のところは、LoRAの選抜実験で出力の文字数配分が変わったという観測であり、選択効果の大きさや普遍性を確定した研究ではない。
8. 今回得たもの
当初は、LoRAを遺伝子として選抜すれば、発言の背景にある考え方まで変わるかもしれない、と考えた。
実際には、評価しやすい文字数を指標にすると、文字数配分が変わった。合計文字数へ加点すれば長い回答や反復が現れ、女性側だけへ加点すると、男性側をより短くした簡潔な回答が選ばれた。
しかし、それだけでは追加質問の優劣判断は変わらなかった。
この結果は、LoRAで考え方が進化する可能性を否定するものではない。ただ、文字数の比率を最適化することと、別の問いでも同じ価値判断を示すことは、今回の実験では一致しなかった。
次に調べたいのは、選抜なしの対照、複数シード、そして未使用の質問への応答である。単に同じ質問への答え方を選んでいるだけなのか、ほかの場面にも持ち越される傾向を選べているのかを分けたい。
この記事の数値は、2026年10月21日に実行した実験ログの集計に基づく。生回答、追加質問、遺伝子、親子関係、交叉マスク、全設定は保存しているが、現時点ではこの記事から参照できる公開データとしては提供していない。本文の例文はモデルの出力であり、性別の性質について検証した事実を述べるものではない。