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視座が高いということの実体と、その効能

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Last updated at Posted at 2025-12-24

本エントリは Engineering Manager Advent Calendar 2025 の24日目の記事ですよ!
メリークリスマス!

「視座が高い」「視座が低い」という言葉について

長いこと、お仕事をしていると、◯◯さんは視座が高いとか、△△さんは視座が低すぎるからマネージャーは向いてないとか、視座を上げられるように頑張らなきゃいけないとか、まあ色々言いますよね。はい。

こんな記事を書こうとしていてなんですが、実は私、「視座が高い・低い」という言葉、あんまり好きじゃないんですよね。

なぜかというと、高いとか低いとか言うと、(言うのも言われるのも)ちょっと上から目線に聞こえて、マウントの道具になっちゃうこともあるし、視座が高いとか低いってあまり具体的でないし、それだけの表現だと何かアクションにつながるようなアドバイスになりにくいと思うからです。

だからこそ、たまには「視座が高い・低い」について考えてみました。ただ、あくまで個人的な意見とさせてください。

まず「視座が高い・低い」とは言葉としてどういう意味なのか?

Gemini君に調査をお願いしたところ、以下のような結果が返って来ました。

ちなみにプロンプト

「視座が高い」という言葉について語源や背景を調べてください。
「視座が高い」という用法自体もですが、「視座」という単語や、それを「高い」「低い」と表現するようになった経緯などもお願いします。

Geminiによる「視座が高い」の語源と背景に関する調査レポート

「視座(しざ)が高い」という表現は、ビジネスや教育、自己啓発の分野で「物事をより高い次元や広い視野から捉える」という意味で使われます。その語源や、なぜ「高い・低い」と表現されるのかという背景を整理しました。

1. 「視座」という単語の語源と定義

「視座」という言葉は、もともと日本語に古くからあった日常語ではなく、近代以降に西洋思想の概念を日本語に翻訳する過程で定着した言葉です。

語源的背景

英語の "standpoint" やドイツ語の "Standpunkt" の訳語として、主に社会科学や哲学の分野で使われるようになりました。

  • 哲学・社会学における役割:
    20世紀前半の知識社会学(カール・マンハイムなど)において、「人間の認識は、その人が社会のどこに位置しているか(立場)に左右される」という**「存在拘束性」**の議論の中で、この「どこに身を置いて見るか」という概念が重要視されました。
  • 「視点」との違い:
    • 視点(Viewpoint): 「どこを見ているか」という対象への角度や注視点。
    • 視座(Standpoint): 「どこに立って(座って)見ているか」という、見る主体の位置や立場。

出典の補足:
『日本国語大辞典』や『広辞苑』においても、「物事を見る立場。観点。」と定義されており、単なる「見る点(視点)」よりも、その人の置かれた「立場」に重点が置かれています。

2. なぜ「高い・低い」と表現するのか

「視座」が「高い・低い」という垂直方向の言葉で形容される背景には、**「空間的メタファー(比喩)」**が存在します。

俯瞰(ふかん)という物理的経験

人間には「高い場所に登るほど、遠くの景色や全体の地形を把握でき、地上では見えなかった繋がりが見える」という物理的な共通体験があります。この体験が、抽象的な思考のレベルを測る尺度として転用されました。

  • 低い視座(現場・個人レベル):
    地面に立っている状態。目の前の細部(タスクや個人的感情)はよく見えるが、建物などの障害物に遮られ、全体の構造や未来の予測は困難。
  • 高い視座(経営・社会レベル):
    上空から見下ろす状態。個々の細部は小さくなるが、全体の配置、他部署との関係性、長期的な進むべきルートが明確になる。

3. 「視点・視野・視座」の構造的違い

ビジネスシーンでは、これら3つの言葉をセットで整理することが一般的です。

用語 概念イメージ 変化のさせ方 意味合い
視点 どこを見るか(点) 増やす・変える 注目する切り口や角度
視野 どこまで見るか(面) 広げる・狭める 情報の範囲、カバー領域
視座 どこから見るか(高さ) 高める・引く 役割の階層、責任の重さ

「視座を高める」とは、自分の現在の役職や立場を超えて、「経営者の視点」や「社会全体の利益」といった一段上の階層に意識を置くことを意味します。

4. ビジネスシーンへの普及背景

この表現が広く一般化したのは、1990年代後半から2000年代にかけてのマネジメント教育やリーダーシップ論の普及が大きな要因です。

  • マネジメントの要件:
    ピーター・ドラッカーが説いたマネージャーの役割(組織全体を見渡し、未来を築く)などが日本に浸透する中で、「個別の現場作業にとらわれず、組織全体を俯瞰する高い意識」を指す言葉として「視座」が選好されました。
  • リーダーシップ開発:
    若手からリーダーへと成長する際の「意識変革」を表現するキーワードとして、コンサルティング業界や経営大学院(グロービス等)を通じてビジネス用語として定着しました。

結論

「視座が高い」という言葉は、「認識の立場(Standpoint)」という哲学的な概念に、「高い場所ほど全体が見渡せる」という物理的な知覚が結びついて生まれた比喩表現です。

現在では、単なる視覚的な意味を超え、**「より長期的な時間軸、かつ広い利害関係を考慮して意思決定できる精神的・知的な階層の高さ」**を称賛する言葉として使われています。


私はクリスマスイブの夜に追い詰められてこれを書いているくらいなので(本当は先週末やる予定だった…)、申し訳ないですが裏付け調査は行っておりませんが、ふんふんなるほど、とは思いました。

先に「視座」という言葉が学術的にあって、それがビジネスシーンで使われるようになった結果、ということみたいですね。みなさんが思うイメージとだいたい同じような感じの説明だったのではないかと思います。

個人的に思う、「視座が高い」ということの実体

尺稼ぎも終わったので、個人的に「視座が高い」という言葉について思うことを述べます。

個人的に、「視座が高い・低い」という表現だと、何らかの一次元的なモノサシにあてはめられるようなものに思えてしまい、視座って測れるものじゃないだろう、と勝手に思っていました。

ビジネスシーンにおける、いわゆる「視座が高い」という状態は、そういったものよりは多次元的な、多角的なものであって、自分の立ち位置から主観的に見るだけでなく、客観的かつ引いた目線で見ることができるかどうか、ということなのではないかと考えていました。

3DのゲームでTPS視点とFPS視点ってありますよね?
それと同じで、視座が高い状態というのはTPS視点、かつできるだけ引きのカメラで捉えたような感じで、主観的に見えているもの以外も見えるし、もちろん自分自身が置かれている状況も客観的に見え、俯瞰した視野全体で物事を考え、その範囲で最適と思われるような解を出せるような、そんなものだと考えていました。

Gemini君のレポートにも以下の通りあります。

人間には「高い場所に登るほど、遠くの景色や全体の地形を把握でき、地上では見えなかった繋がりが見える」という物理的な共通体験があります。この体験が、抽象的な思考のレベルを測る尺度として転用されました。

確かに、こういう説明だと「視座が高い」ことが一次元的なものではなくて、空間的に色んなものが見えることを表現している、と思えます。

ただ「視座が高い」に空間的な意味合いを強めるなら「視座が、高いところにいる」とか「視座が、高い地点にいる」と言ってほしい気もします。ビジネスシーンは端的で短い言葉の方が流行りやすいので仕方ないですが、短い言葉ほど独り歩きもしやすいので、そういった表現が広まってくれれば、私のように勝手に解釈してヤキモキする人も少なくなったはず…

「視座が高い」は空間的なものだけではない

ここまで「視座が高い」ことが空間的であることについて話して来ましたが、「視座が高い」ことには時間的なものも含まれると思っています。

1回のアクションで見返りを必ず出さなければいけないのなら、打てる手も限られますが、1年間で考えた場合、数年間で考えた場合、自ずと選択肢は増えてきますからね。

その時々で、どのくらいの期間で考えるべきなのかというのは、もちろん考えなきゃいけないんですけど、どのくらいの期間で考えるべきなのかも複数パターン見た上で、現在の状況だと一番フィットしそうな選択肢が選べるような、あるいは今やることと今後やることを分けて考えられるような、そんな時間的な視野の広さを持っている状態だと思っています。

空間的に俯瞰することだけでなく、時間的にも俯瞰することで、様々な視点が持てるだけでなく、自分自身から見た最適化も選びやすくなるということかなと思います。

「視座が高い」ということの効能

空間的、時間的に広い視野を持つことで、「視座が高い」状態になり、選択肢が増えて、よりよい選択ができるようになる。そういったことをここまで話してきたつもりです。

知らない人はすいませんが、デッドバイデイライトってゲームあるじゃないですか?
3Dの非対称型対戦ゲームなんですが、あれって、主観視点のキラー側と、客観視点のサバイバー側に分かれて対戦していきますよね。

あれがまさしくイメージに近くて、主観視点のキラーだと見えていないことが、客観視点のサバイバー側だと色々見えていて、取れる選択肢が多い。ゲーム的には主観視点の方が単純なパワー勝負だと強くデザインされているので、バランスが取れている(諸説あり)わけですが、もし主観視点のキラーと客観視点のサバイバーのパワーが全く同じだったとしたら、客観視点のサバイバー側の圧勝でゲームにならないはずです。

いわゆる「視座の高い」人と「視座の低い」人の間には、そんな違いがあると思っています。

自分自身だけでなく、自分自身が置かれている状況、チームの状況、チームが置かれている状況、会社の状況、会社が置かれている状況、市場の状況、市場が置かれている社会の状況、などが「視座の高さ」によりますが、色々見えていて、極論自分自身しか見えない人とは取れる選択肢が全然違うことになってしまいます。もし両者が同じ力を持っていたとしても、あまり勝負になりそうにありませんね。

より「視座が高い」状態になっていくためには

とはいえ、「視座が高い」状態になるにはどうすればいいんだYOと思いますよね。

私自身、どこまで視座が高いのか、甚だ疑問ではありますが(クリスマスイブの夜にこんな記事書き始めるし)、マネジメントだけはそこそこ長く続けてはいるので、その経験などから思うことを書いてみます。

ここまで「視座が高い」状態には、空間的なものだけでなく時間的なものもあること述べてきました。
そこで、空間的、時間的に分けて、範囲が狭い順に範囲の例を並べてみます。

[空間的視座]
自分自身 - 家庭 - ご近所 - 市区町村 - 地方 - 国 - 世界
自分自身 - チーム - 部署 - 事業部 - 会社 - 市場 - 社会

[時間的視座]
今 - 1日後 - 1週間後 - 1ヶ月後 - 1年後 - 数年後 - 100年後
今 - 1日前 - 1週間前 - 1ヶ月前 - 1年前 - 数年前 - 100年前

こういった例の中で、今自分自身がそこにいるところから、数段階広いところから俯瞰して見たらどうなるか、という訓練をするのが良いと思っています。

ポイントは1段階や2段階ではなく、背伸びして数段階広いところから見ようとすることです。かつ、1パターンだけではなく複数パターンそれをやってください。それらを一生懸命考えてやろうとすると、わからないことがいっぱい出てくるはずです。そうしたら、わからないことを書き出したりすると良いと思います。

その書き出してみたわからなかったことを見返してみると、「気にしてなかったけど実は知らなかったこと」がいっぱいあることに気づくはず。それを一つ一つ理解しようとすることが第一歩だと思っています。

繰り返しですが、背伸びして数段階広いところから、しかも複数パターン見ようとするところはポイントだと思っています。最初は全然わからなくてもいいんです、何がわからないのか分解したり、言い換えたり、掘り下げていけば、何かしらアクションにつながるはず。

逆に、1段階か2段階広いところから見ようとするだけなのは、多くの場合すぐできてしまうんですよね。それで俯瞰できた気になってしまって、それ以上は進まなくなってしまうかもしれないんです。

これに近い話で、上司とかえらい人から「視座が低い」とか言われて、そんなことないはずとか、何にダメ出しされているのかわからない、と思った人は、そこの広さの段階上げが、言った人と言われた人でズレている可能性も高い、と思っています。

何にせよ、実力値よりも高い目標にぶつかっていかないと、成長ってなかなか難しいですからね。

さいごに

本エントリは Engineering Manager Advent Calendar 2025 の24日目の記事ですよ!
他の記事もぜひ読んでみてね!

あと、弊社Sotasでは各種ポジションを採用中です!
興味があったらお気軽にカジュアル面談を申し込んでみてね!

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