AIが賢くなるほど、こういう声が増える。
「プロンプトを工夫すれば何でもできる」
「AIの使い方を学べば誰でも成果が出る」
本当にそうだろうか。
新しい知的道具は、格差を縮めない
歴史を振り返ると、新しい知的道具が普及するたびに同じことが起きている。
- 本が普及したから、全員が哲学者になったわけではない
- 電卓が普及したから、全員が数学者になったわけではない
- PCが普及したから、全員がプログラマーになったわけではない
むしろ逆だ。
すでに考える習慣を持つ人間が、新しい道具を使ってさらに先へ行った。
AIも同じ現象が起きている。
AIは格差を縮める道具として期待されることが多い。しかし実態は、思考力の差を拡大する道具として機能している可能性が高い。
補間器か、仮説生成機か
AIは補間器だ、とよく言われる。
学習データの範囲内で答えを返すだけで、発見はできない。
これは概ね正しい。しかし少し補足が必要だ。
現在のAIは、
- 大量のデータの中から人間が見落としていた相関を示し
- 異なる知識領域を結びつけ
- 仮説候補を大量に生成する
ことができる。
発見者というより、仮説生成機に近い。
最終的に発見として認定するのは人間だが、その前段階を大幅に加速できる。
発見の循環とAIの位置
発見の循環はこうなっている。
経験
↓
予測
↓
現実や説明
↓
ズレ
↓
違和感
↓
問い
↓
仮説
↓
検証
↓
新しい問い
一般に語られる「観察→問い」という図式には、実は重要な部分が抜けている。
人は観察しただけでは問いを作らない。
違和感が生まれたときに初めて問いを作る。
そして違和感は、現実そのものから生まれるのではない。
自分の予測と現実が一致しなかったときに生まれる。
ここに本質がある。
どれほど大量の仮説を生成できても、AIは問いが与えられなければ動けない。
しかし、その問いを生み出す違和感は、予測と現実のズレから生まれる。
懐中電灯としてのAI
AIは探検家ではない。
懐中電灯に近い。
未知の洞窟へ入る方向を決めるのは人間だ。しかし光がなければ見つけられなかった分岐が見える。
問いも同じだ。問いを生み出すのは人間だが、AIは問いの周辺に存在する別の可能性を照らすことができる。
「なぜ偶数歯だけ効率が高いのか」という問いを最初に立てたのは人間だとしても、
- 積層方向との関係はないか
- 圧力角の周期誤差ではないか
- バックラッシとの相互作用ではないか
といった派生的な問いは、AIとの対話から生まれることがある。
AIは問いを発見しない。しかし問いの周囲を照らすことはできる。
AIは違和感を作ることがある
さらに興味深いことがある。
私の場合、違和感は現実世界だけでなく、AIとの対話からも生まれる。
AIはもっともらしい説明を返してくる。
しかし、その説明が実測値や経験と一致しないことがある。
そのとき私は、
「その説明では納得できない」
「何か変だ」
と感じる。
ここで違和感が生まれる。
つまりAIは問いを作るわけではない。
しかし、人間が持っている予測とAIの説明を衝突させることで、新しい違和感を生み出すことがある。
AIは答えを与える機械というより、
自分の理解を試すための壁打ち相手
として機能する場合がある。
そして発見は、その違和感から始まる。
実例:FDM歯車の奇偶圧力角差
京商ミニッツRC用のFDM印刷歯車を研究していたとき、私は長年の経験から、
「この歯車はもっと性能が出るはずだ」
という予測を持っていた。効率の良いギヤがどのような音を出し、どのようなフィーリングになるかも経験として知っていた。
しかし実際の結果は、その予測と一致しなかった。
奇数歯と偶数歯で圧力角が系統的に異なる。その原因をAIは説明できなかった。
現実の測定データ、試作品、失敗例、歯車音、効率、バックラッシ。こうした現実世界の情報を持っているのは人間だけだ。AIはその現実を持っていない。
根本原因を特定したのは人間だった。
Cartesian型FDMプリンターでは、奇数歯と偶数歯でノズルの移動速度が約√2倍異なる。その結果、押し出し条件に系統的な差が生じ、圧力角の非対称が発生する。
その後、AIはその発見を記事にし、補正手法の実装を支援した。
既知の問題ならAIは非常に強い。未知の問題になるほど、現実を見る人間・問いを立てる人間の比重が大きくなる。
問いの性能とは何か
問いの性能を決めるのは、AIの使い方ではない。
- 現実をどれだけ細かく観察しているか
- 自分なりの予測を持っているか
- 違和感をそのままにせず言語化できるか
- 答えが分かっていない問題に居続けられるか
この四つだ。
「答えが分かっている問題」ならAIは非常に強い。
しかし「答えが分かっていない問題を弄り続ける」という行為は、今でも人間の領域である。
結論
AIの進化によって価値が上がるのは、「AIの使い方を覚えた人」ではない。
現実を観察し、自分なりの予測を持ち、そのズレから生まれる違和感を問いへ変換できる人だ。
AIは仮説を加速する。
問いの周囲を照らすこともできる。
ときには壁打ち相手として、新しい違和感を生み出すことさえある。
しかし最初に予測を持つこと、現実とのズレに気付くこと、その違和感を問いへ変換することは、今でも人間の役割である。
AIの性能が成果を決めるのではない。
問いの性能が成果を決める。