はじめに
「変だな」と思う瞬間は、誰にでもある。
しかし違和感があるだけでは何も起きない。
それを知識に変えるには、掘る手段と限界設定を受け入れない姿勢の両方が揃わなければならない。
この記事は、その構造を自分の経験から整理したものだ。
1. 違和感はあったが、掘れなかった──35年前のローター研究
35年ほど前、大きめの電動ヘリでローターの研究をしていた。
揚力と抗力を計算式どおりに求めると、実際の計測値と合わない。「変だな」とは思った。
しかし当時は、低レイノルズ数域での揚力係数・抗力係数がどう変化するかという知識がなかった。その知識がなければ、違和感の正体に近づく手段がない。だから掘れなかった。
違和感は宙吊りのまま、30年が経った。
その問いに戻れたのは、5年ほど前のことだ。低レイノルズ数の文献と計算ツールが手の届くところに揃い、ようやく掘り始められた。
違和感を保持していても、掘る手段がなければ知識にはならない。
2. AIが限界を設定し、自分がそれを拒否した──ギヤ研究の話
Mini-Zのギヤ研究を始めてから、奇数歯と偶数歯の形状に違いがあることに気づいた。同じギヤなのに、歯ごとに形が違う。変だと思った。
AIに投げると、こう返ってきた。
「安い3Dプリンタで作っているから、そこが限界ですよ。」
しかし自分はそう思わなかった。
簡単に諦めるAIよりも、安い3Dプリンタでもなんとかできる、根拠のない自信があった。
安い3Dプリンタで出来なければ、意味がない。
これは昔からの考え方だ。
若い頃、秋葉原にあったラジコンショップ「アサミ(浅見模型)」のおやじさん、浅見軍四郎さんに言われた言葉だ。電動ラジコンと電動飛行機の先駆的な名店として27年間営業し、2000年代半ばに閉店した。東大卒でハンダ会社の理事も務めた人が、現場でそう言った。
その人はもういないが、言葉だけが残っている。
これは昔からの考え方だ。特殊な高価な機械を使えば精度が出るのは当たり前で、誰でも手に入る道具で再現できなければ、知識として広がらない。だから価値がない。
AIの「限界ですよ」は、その価値観と真っ向から衝突した。だからスルーできなかった。
「変だな」を捨てずに考え続けた結果、奇数歯と偶数歯では印刷方向が異なり、CoreXYの機構上、速度が√2倍違うという構造が見えてきた。それがFDM特有の圧力角奇偶差の原因だった。
AIが設定した限界を拒否したから、掘れた。
3. 違和感すらなかった時代──理論の積み上げによる設計
AI以前のRC機設計では、「変だな」と感じることなく前進していた時期もある。
翼型・ピッチ・回転数を理論から積み上げ、市販ローターを上回る性能に達した。違和感ドリブンではなく、既知の知識の精緻な組み合わせによって結果が出ていた。
違和感がなくても、知識生成は起きる。違和感は知識生成の唯一の入口ではない。
ただし、理論の積み上げだけでは届かない領域がある。FDMギヤの奇偶差はその典型で、既存の理論には存在しない現象だった。そこに違和感が機能し、限界設定を拒否する姿勢が掘る力になった。
4. 三つの条件と、その根っこにあるもの
経験を振り返ると、違和感が知識に変わるには三つの条件が必要だった。
① 違和感を保持すること
その場で「まあそんなものか」と処理しない。答えが出なくても、問いを捨てない。
② 掘る手段があること
違和感の正体に近づくための知識・ツール・計測手段が揃っていること。手段がなければ掘れない。35年前のローター研究がそうだった。
③ 限界設定を受け入れないこと
AIが「そこが限界」と言っても、自分の価値観がそれを拒否するとき、問いは死なない。この姿勢がなければ、②の手段があっても掘り始めない。
そして③の根っこにあるのは、技術ではなく思想だ。
誰でも使える手段で出来なければ意味がない。
この一文が、AIの限界設定を受け入れることを許さなかった。ループを回し続けているのは、方法論ではなくこの価値観だ。
ループの構造
違和感(保持)
↓
限界設定を拒否する
↓
掘る手段を揃える・使う
↓
構造が見える
↓
記事・理論化
↓
新しい違和感
このループが回り始めると、単なる経験の蓄積ではなく、知識が知識を呼ぶ循環になる。
おわりに
AI時代において差が出るのは、AIの使い方ではない。
AIが「そこが限界」と言ったとき、それを受け入れるかどうか。
その判断は、方法論では決まらない。自分の中にある、何のために作るのか、誰のために作るのかという価値観が決める。
違和感を掘れるかどうかは、結局そこに行き着く。