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AI革命によって「石炭の時代」は繰り返すのか──歴史から考える現代のヨイトマケ(ITエンジニア)

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ITエンジニアはヨイトマケか?

今のIT業界は石炭業界の再来である。と私は思っている。
母が住んでいた北海道の美唄という街は昔、炭鉱で栄え祖母からも昔はたくさん人がいて栄えていたと良く小さいことから聞かされていた。
地方にいながら当時の平均給与の2〜3倍の給与をもらい、危険な仕事ながらも家庭を持ち豊かな暮らしができる職業だったと聞く。個人的には危険性を除けば今のITエンジニアのように思える。
ただ、石油の時代が訪れ、一気にそれが変わった。
街は廃墟が溢れ、美唄の我路という地区は1950年代に2万人以上いた人口が、2020年には2人にまで減少した。もはや街が消滅したレベルだ。そしてこういった炭鉱の閉山に伴い大衰退した街は北海道にいくつもある。今でこそホタテの養殖で栄え、平均年収市町村ランキング全国2位の猿払村でさえ、閉山のタイミングは何もなく 「貧乏見たければ猿払へ行け」 と言われたくらい貧しかったと祖父から聞いたことがあった。
偶然にも市の年間予算の半分を投じてホタテの養殖をするという挑戦で勝ったから今の成功があるのだろうが、逆に観光へ投資し全集中した夕張は財政破綻するという事態も発生した。
エネルギー革命の再来によって、炭鉱夫が消えたように、AI革命によってプログラマが消える。これは避けられないとは思う。
ちなみに表題のヨイトマケというのは当時炭鉱に勤める人を指した当時の差別用語であるが、自分は美輪明宏のヨイトマケという歌が好きなのでここでは使わせてもらっている。ぜひ一度聞いてほしい。
賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶという故事を見習い今一度歴史と今を比較しITエンジニアがどうすべきかを考えるきっかけにしたいと思う。


1. 炭鉱夫はどう消えたのか──北海道という現場から

日本の石炭産業は1952年度に炭鉱数949、1955年度には労働者35万人という最盛期を記録した。戦時中の1940年度には年間5,600万トンを産出し、戦後の高度経済成長初期まで、石炭は文字通り国のエネルギーを背負っていた。その石炭産業の重心が置かれていたのが、北海道・石狩炭田である。

夕張は、その象徴だ。最盛期の1960年に人口116,908人を数え、映画館や料亭が並び、映画「幸福の黄色いハンカチ」の舞台にもなった。それが石油へのエネルギー転換と度重なるガス事故で一気に崩れ、1990年までに市内の全炭鉱が閉山。2007年には全国初の「財政再建団体」に指定され、2025年3月末の人口は6,061人と、最盛期の約5%にまで縮んだ。

歌志内はさらに苛烈だ。1948年に46,000人いた人口は、石炭政策と閉山の波を受けて、現在は約2,500人。日本で最も人口の少ない「市」である。芦別も最盛期には75,000人を擁したが、1992年に坑内掘り炭鉱が終焉し、今では当時の5分の1以下にまで縮小した。美唄も1950年代に9万人を超えていた人口が、次々と炭鉱を失う中で姿を変えた。

これらの街で起きたことは、単なる「失業」ではない。商店街が消え、学校が統廃合され、病院が減り、若年層が流出し、街そのものが産業と共に消えていった。1963年度には第1次石炭政策の開始に伴い、単年で146炭鉱が閉山し、18,674人が一度に解雇された。個人の職だけでなく、「コミュニティ」が同時に崩れていくのが産業転換の本当の痛みだった。

そして2001年度末、日本の炭鉱はすべて閉山した。現在も坑内採掘を続けているのは、北海道釧路市の釧路コールマインただ一社である。2002年1月、前日に閉山した太平洋炭鉱の人員509人でスタートし、年間約70万トンを採炭しているが、従業員数は約300人にまで減っている。かつて全国で35万人いた炭鉱夫は、いま事実上、この300人に集約された。

海外でも同じだ。イギリスは1920年に119万人──英国全労働者の5%──が炭鉱にいたが、1981年に24万人、1991年に6万人、2011年には6,000人、2015年に最後の深い炭鉱が閉山。ピーク比で約2,000分の1である。アメリカでは1923年に88.3万人いた炭鉱夫が、2020年には41,600人に縮小した。

炭鉱夫は「能力が低かった」のでも「怠けていた」のでもない。彼らは国家が最優先で保護していた基幹労働者だった。しかし、エネルギー源のパラダイムが石炭から石油・ガス・原子力へ転換し、重機による機械化が進むと、個々の熟練や根性では抗えない規模で職そのものが蒸発した。


2. 今、エンジニアに起きていること

2026年4月までの数字を並べる。

2025年、世界のテック業界ではおよそ245,000人が解雇された。うち米国発の企業が約7割を占める。2025年だけでAIを直接の理由とするレイオフは米国で約55,000人、影響を受けた労働者は10万人を超えた(Crunchbase、TechCrunchなど複数調査)。

2026年は年初から加速する。1月1日から4月までの時点で、テック業界で78,557人が解雇されたと報じられ、このうち47.9%、つまりほぼ半数が「AIと業務自動化による人員需要の減少」を理由としている(Tom's Hardware報)。

職種別に見ると事態はさらに鮮明だ。LinkedInの2026年初頭のデータでは、AI関連求人は2024年比で340%増加している一方、従来型のソフトウェアエンジニア求人は15%減少した。Bloombergの報道によれば、プログラマー雇用は過去2年で約27.5%減少している。

若年層はもっと厳しい。米国で22〜27歳の大卒失業率は5.8%と約4年ぶりの高水準、その中でもコンピュータ工学専攻は7.5%に達した。ジュニアエンジニアの求人はパンデミック前の半数にまで落ち込んだ。Microsoftが2025年5月に発表した約6,000人のレイオフでは、対象として最も多かったのはソフトウェアエンジニアとプロダクトマネージャーだった。

生産性の論理も似ている。AIコーディング支援を使った開発者は1スプリントあたり40〜55%多くのコードを産出するという調査がある。これは、10人のチームがAIで15人分の仕事を回せるという意味だ。つまり、「5人ぶん」の職はチームから静かに消える。


3. 重なる三つの構造

炭鉱夫とエンジニアの運命には、少なくとも三つの共通点がある。

第一に、需要のパラダイム転換である。石炭から石油へ。人間の書くコードから、AIの生成するコードへ。上流の「何を使うか」が変われば、下流の「誰を雇うか」は必ず変わる。

第二に、機械化による生産性の段階的ジャンプだ。炭鉱では露天掘りと大型機械が人数を不要にし、ソフトウェアではAIと自動化が「とりあえず書ける」層を不要にしつつある。歴史は、この段差を個々人の努力では埋められないことを示している。

第三に、「裾野から崩れる」構造だ。夕張や芦別で起きたのは、まず新規採用の停止、次に若手の流出、最後にベテランの大量離職──という順番だった。若者は「この街には未来がない」と察知した瞬間に札幌や本州へ移り、残された街から最初に消えたのは20代である。エンジニア市場でいま求人が急減しているのも、ベテランではなくジュニア層だ。米国では22〜27歳のコンピュータ工学専攻失業率が7.5%に達し、ジュニア求人はパンデミック前の半数に落ち込んだ。入り口が閉じれば、10年後に中堅は育たない。


4. しかし「完全になくなる」わけではない──だが楽観の根拠は薄い

炭鉱は完全には消えなかった。釧路コールマインは2026年の今日も、3交代制24時間で坑道に人を送り続けている。その技術は国内のエネルギー自給だけでなく、インドネシア・ベトナム・中国などの炭鉱技術者研修の受け入れ拠点としても機能している。エンジニアも同じく、消滅はしないだろう。むしろ、AIを乗りこなす少数の高度人材の単価は上がっている。IT業界全体の失業率も2025年時点で2.8%と統計上は低い。

しかし、ここが最も注意すべき点だ。産業転換の「平均値」は常にマイルドに見える。平均が2.8%でも、ジュニアのコンピュータ工学専攻者の7.5%、プログラマー雇用の27.5%減は、その内訳として現実に存在する。夕張が国勢調査の平均値の中に埋もれている間にも、当事者の街は年に1,000人単位で人を失っていた。個人にとっての産業転換とは、統計の外側で起きる痛みなのだ。


5. 生き残りの観点──「再訓練神話」の限界と、そこから見えるもの

「AIが来るから学び直せばいい」という声は多い。しかし、炭鉱夫の歴史は、その素朴な楽観に冷や水を浴びせる。

米労働省が2008年に12州・16万人の離職者再訓練プログラムを追跡した調査では、「参加による最終的利得は小さいか、存在しない可能性がある」と結論づけられた。アパラチア地方で試みられた「炭鉱夫をソーラー産業やコーディングへ」という再訓練は、軒並み参加率・定着率が低い。MIT Technology ReviewやBelt Magazineの取材は、「訓練してもその地域にその仕事がない」「訓練された職に実際に就ける例が少ない」という冷徹な現実を伝えている。

再訓練で成果を出せたのは誰か。研究が示すのは、(1)若い、(2)一定の高等教育を受けている、(3)移動できる、(4)動機づけが強い──この4条件を揃えた層である。逆に言えば、年齢が上がり、地域や家庭に縛られ、「今のまま」を望む層ほど、制度は救えなかった。

この構造は、AI時代のエンジニアにも相似形で投射される。2026年に向けた複数の業界分析は、生き残り側のエンジニアに共通する特徴をこう整理する。

第一に、仕事の重心を「書く」から「設計・判断・レビュー」へ移した人。2026年の現場では、エンジニアの時間の約70%がこの上流側に使われるとされる。AIが書いたコードの品質・セキュリティ・アーキテクチャ整合性を判断できる力は、AIが進化するほど相対的に価値が上がる。

第二に、AIツールを武器として使いこなしている人。AI支援を使う開発者は使わない開発者より40〜55%多くのアウトプットを出しているというデータは、そのまま「使える人に仕事が集まる」構造を意味する。AI関連求人が2024年比で340%増えているのも、従来型SWE市場から人が流出している裏返しである。

第三に、ドメイン知識と掛け算している人。業務プロセスを理解し、AIワークフローへと再設計できるエンジニアは、金融・医療・製造・法務など、コード単体では完結しない領域で代替しにくい。これは炭鉱の比喩でいえば、「石炭を掘る技能」から「エネルギー企業全体の設計に参加する立場」へ重心を移した少数派に近い。

第四に、「スキルベース」で自分を証明できる人。学歴や在籍年数ではなく、GitHub・実プロダクト・社内改革の実績といった「動くもの」で評価される採用に、業界はすでに寄っている。炭鉱の離職者援護で新産業に移れたのは、結局のところ「今日から使える手」を持っていた人だった。

重要なのは、この4条件が「特別な天才」の要件ではない、という点だ。炭鉱夫の再訓練研究が示したように、4条件は努力と環境設計で意図的に揃えに行ける。逆に、「コードが書ける」だけを拠り所にしていれば、統計の平均が何であろうと個人としては構造の底に押し流される。

そして、炭鉱夫の歴史が残したもう一つの教訓──それは、「国や会社が何とかしてくれる」という期待は、ほぼ裏切られてきた、ということだ。夕張市は産炭地振興臨時措置法や石炭六法など、国家レベルの支援を受け続けた産炭都市だった。それでも財政破綻は止められず、人口も戻らなかった。日本の石炭政策もアパラチアの再訓練プログラムも、最終的に個人の人生を救いきれなかった。生き残りは、制度の外で、当事者が先に動くことで決まる。


おわりに──歴史に学ぶということ

という感じに1~5まではAIに書かせたのだが正直「へー」という感じだ。特に雇用を守らなければいけないと考えてる経営層からすれば落胆する話かもしれない。

ただ、一個考えてほしいのはAIの時代にどんな未来を作りたいかそのビジョンがあるか否かではないだろうか。

解釈にもよるが美輪明宏のヨイトマケの唄にこんな意味があったと私は思う。

「母が一生懸命男に混じって炭鉱で働き、その姿を見て息子は必死に勉強した。母は炭鉱で粉塵を吸い苦労もあって死んだがあの世から、機械エンジニアになった息子を見ることができた。息子はそのお陰あって安全な環境で働くことができた」

人にもよるが炭鉱がなくなったから幸せになった人もいるのかもしれない。

昔話ではあるがITのエンジニアも業界に良いとは言えない昔話はないだろうか。これは先人から聞いた炎上プロジェクトで残業200時間が毎月続き毎月1人が忽然と姿を消す。
今度は令和元年就職の自分の経験談ではあるが、口だけの年配のエンジニアが現場の問題もわからずポエムのような理想論だけを語り現場の若手のエンジニアを批判し自分の倍近い給与をもらって定時で帰る謎のアドバイザー。自分は土日もサビ残でユーザーのためにとかってなんとかするみたいな。

あれがエンジニアの成れの果てだとし後世に残したい仕事かと言われると自分はNoだった。

AIが登場して以降いろんなところで助かり、残業がないわけではないが趣味を実現でいる範囲でかつ、相談もコーディングもすぐできる。モダンアーキも現場もわからない手を動かさない高単価のアドバイザーよりは数倍AIの方が良い。
仕事がなくなる不安は0ではないがこっちの時代の方がまだ後輩に残したいとは自分は思っている。

正直予測不能な時代で怖さはある。だが、自分が後世に何を残したいか。それを考えて挑戦するには良い時代だと思う。

自分は、言い訳をして仕事をしない人間は嫌いだ。だが、その人にも生活があり家庭がある。のかもしれない。
また、そうでない懸命な人を解雇しないといけないのかもしれない。
だが、時代はそれを許さない。正直これで自分自身もすでに嫌な経験はした。
その経験も踏まえて、そういった人にもメリットを与えるぐらいAIで良い時代を作るのにチャレンジするしかないのだと自分は思う。
理想論のポエムだとはわかってはいるが、今一度「ヨイトマケの唄」を聞いて思ったことである。

AIで何を後世に残したいか。現代のヨイトマケはそれに立ち返るべきである。


出典

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