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【論文紹介】自発的な運動と運動主体感が運動の制御を改善する Mastumiya(2021)

Last updated at Posted at 2021-05-28

この記事について

自身の備忘録を兼ねており、少し詳細に書いていますのでご了承ください

クレジット

Kazumichi Matsumiya, Scientific Reports, 11, 418, "Awareness of voluntary action, rather than body, improves motor control"

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キーワード

  • 運動主体感 Sense of Agency

    • 運動の主体が自分であると感じる感覚
    • 運動命令と体の動きの感覚的な結果を比較することで、自分が運動の作者(主体)であることを意識する
  • 身体所有感 Sense of Ownership

    • 動かしている身体部位が自分のものであるという感覚
    • 同じ部位からの異なる感覚モダリティ(視覚、触覚、位置感覚)の信号を統合して、所有感を認識する
  • ゴム手錯覚 RHI,Rubber Hand Illusion

    • Botvinick MとCohen Jが1998年に発表した現象
    • ゴムの手に対して体性感覚などの情報がドリフト(移動)して視覚情報と一致し、ゴム手を自身の手だと錯覚してしまう
    • RHIはVR空間でも生じることが報告されている

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  • サッケード眼球運動 Saccadic Eye Monement, SEM

    • 周辺視野にみえる対象を中心窩で捉える時におこる随意的な速度の早い共動性眼球運動
  • 固視

    • 眼球運動の1つ
    • 静止した視覚像を中心窩に捉え続ける時、眼球は固視微動(flick、drift、microtremor)によって微細ながら動いている
  • 潜時

    • サッケード眼球運動を行うまでの時間
    • 簡単にいうと反応時間
    • 眼球協調運動の開始において、手の動きの開始がどれだけ速く追跡眼球運動を喚起するかを示す指標
  • コンパレータ・モデル

    • ヒトの運動主体感のモデルとして提案されているもの
    • このモデルでは、事前に予測していた結果が、実際の結果と一致することで発生するとしている
    • 予測と結果の不一致度を予測誤差(comparator error, prediction error)と呼び、誤差が0のときに運動主体感が発生するとする
  • 内部フォワードモデル internal forward model

    • 運動命令とその結果との間の因果関係を把握するシステム
    • 以下の二段階に分けられる
      • forward dynamic model (前方動的モデル)
        • 運動命令のコピー(efference copy)に基づき、将来の手の位置を予測する
      • forward sensory model (前方感覚モデル)
        • efference copyに基づいて、感覚フィードバックを予測する

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先行研究で分かっていること&示唆されていること

  • 身体所有感が運動制御に影響を与えるかは不明

    • 手の所有感は到達運動の終点誤差や初期方向に影響する
  • 運動主体感は自発的な運動の開始と関連している

    • 運動開始時には脳の前頭葉と頭頂葉が運動制御に重要な役割を果たしている
  • 運動制御のための身体の状態の推定には、身体所有の視覚的要素は必要ない

  • 身体所有感の乱れ(ソマトパラフレニア)と片麻痺に対する運動主体感の乱れ(無認知)が行動的に解離している

先行研究での問題点

  • 先行研究では、運動主体感と身体所有感を分離できておらず、身体所有感が運動系に影響するかは不明

    • 身体所有感と運動主体感の間に不一致がある?
  • 運動のどの側面に体の部位に対する運動主体感が関与しているかは不明

    • 明示的に運動主体感との関連を調査した研究はない
  • 先行研究における行動課題はいずれも自発的な行動を伴うものであった

    • 自発的な行動は参加者に自身の手に対する主体感を生じさせるものであり、この主体性が運動系に決定的な影響を与えてしまう

この論文のキモ

1.運動制御における運動主体感と身体所有感の関係を明らかにした

  • 眼と手は、運動の開始や継続運動など、様々な局面での運動制御を行動的に定量化することができる
  • 参加者が自分の指を眼で追跡すると、追跡する指のイメージを焦点上で安定させるために、予測的な滑らかな眼球運動が生成される

2.身体所有感とは無関係に、運動主体感のみで眼と手の協調運動が改善される

3.明示的な運動主体感の経験は、運動制御を改善する

実験1

実験方法

  • 参加者はHMDを通して実物大のCGの手を見せられた
  • CGの手は参加者の見えない右手の左方向10°に表示され、その手は参加者の手と同じような構成になっていた(a,b)
  • 参加者は自身の手を動かしている間、CG手の人差し指を目で追うように指示された image.png

実験での工夫

参加者の動作を、主体性と時間一致性の観点で分離した

能動(active)と受動(passive)

  • 能動条件では、参加者は隠している右腕を動かすことでCG手をコントロールした
  • 受動条件では隠している右腕全体を、参加者の右手人差し指に装着した力覚装置のアームを使って動かした

同期(synchronous)と非同期(asynchronous)

  • 同期条件では、CG手の動きは参加者の手の動きと同期
  • 非同期条件では、参加者の手の動きから0.5秒遅れて動いた

条件

上記の分離を用いて、参加者の動作を

  1. 能動-同期(active-synchronous)
  2. 能動-非同期(active-asynchronous)
  3. 受動-同期(passive-synchronous)
  4. 受動-非同期(passive-asynchronous)

に分類して実験を行った

課題

練習試行の後、参加者はCG手の人差し指の先端をスムーズな追跡眼球運動で追跡観察するように指示された
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評価

すべての試行の後、参加者はCG手の主観的な側面を評価するアンケートに答えた
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結果

  • この研究で用いた移動RHIは、身体所有感と運動主体感を独立して操作できる
  • 行動の非同期性は、運動主体感の誘導を妨害するのに有効ではない image.png

分析

被験者がCG手の運動と眼をどの程度協調させているのかを分析した
※細かい分析は割愛しています
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1.CG手の運動の時間的な予測可能性の評価

  • 眼の待機時間(CG手の運動の開始時間に対する眼の潜時で定義)で分析

2.追跡眼球運動の質を評価

  • 追従ゲイン(視覚対象の速度に対する眼球速度の比。人は0.7~0.9)を分析

3.サッケード眼球運動の回数

  • 今までの研究で、自発的な手の動きの視線追跡を成功させる際には、サッケード眼球運動の数が少なくなることがわかっている

結果

  • 眼球運動は自己生成された手の動きに影響されるものの、追従眼球運動はほとんど視覚的な制御下にある
  • 追従ゲインは能動-非同期条件で大きくなり、受動-非同期条件では大きくならない
  • 能動-非同期条件では、受動-同期条件に比べてサッケード眼球運動の数が少ない

分かったこと

  • CG手の操作を体験した能動-非同期条件では、眼球運動の協調性が向上する
  • 能動的な動きと、運動主体感のどちらが眼球運動の協調のパフォーマンスを向上させるのかは不明
    • この問題の解決のために追加分析
      • 眼球潜時は運動主体感と有意に相関
      • 追従ゲインとサッケード眼球運動の割合は相関していなかった
  • 眼球潜時は主体性に影響される
  • 追跡ゲインとサッケード眼球運動の割合は主体性でなく能動性に影響される
  • 運動主体感が眼球協調の開始に選択的に寄与している

懸念点

  • 能動-非同期条件での追跡眼球運動パフォーマンスの向上は、隠れた手(実際の手)とCG手との位置関係のズレによって生じたものであり、CGの手に対する運動主体感によって生じたものではない
  • 能動非同期条件では、練習課題を行ったため、実際の手の位置がCG手の方向にドリフト(自己受容感覚ドリフト)していくという、手の位置の適応が生じた

これでは
能動非同期条件での良好な視線追従は、手の位置を適応させたことによるものかもしれない
という可能性が排除できないので、実験2を行った

実験2

方法

  • RHI法を用いて、手の位置を垂直方向へ適応させた後に水平方向の視線追従を行った
    • これにより、RHIによる空間適応と、RHIを誘発する時間的要因を区別することができる image.png

課題

  • 課題は実験1と同様
  • 課題後のアンケートが少し異なっていた

結果

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  • アンケート結果は実験1と同じ 

分析

運動主体感の強さと眼球運動の協調性の相関を分析
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結果

  1. 眼球潜時は運動主体感と有意に相関
  2. 追従ゲインとサッケード運動の割合は、運動主体感と身体所有感ともに相関が見られなかった
  3. 実験1と2では身体所有感評価が異なるにもかかわらず、身体所有感と眼と手の協調能力との相関は非常に似通っていた
  4. 能動条件と受動条件の間の移動距離の差は、運動主体感や身体所有感とは相関していなかった

結果から示唆される事

  • 身体所有感が眼球運動に影響を与えていない
  • これらの結果は、RHI法による手の位置への適応では説明できない

Disccusion

運動主体感

  • 追従ゲインとサッケード数は、眼球協調運動の継続中に追従眼球運動が手の動きにどれだけ正確に追従しているかを示す指標として使用できる

これまでは、運動主体感はコンパレータ・モデルによって説明されてきた

  • このモデルによると、運動主体感は、運動の開始や継続的運動を含む全ての運動制御で生成されると考えられている
    • このモデルでは、運動主体感の発生には、予測と結果の物理的・時間的な一致が必要である

しかし、この研究では、運動主体感は、継続的な運動ではなく、運動の開始を向上させることが示された

  • これは眼球潜時が運動主体感と相関していることからもわかる
  • 運動主体感は自分の動作の開始を予測することにのみ関連している
  • 運動主体感は、行動の物理的結果ではなく、予測した結果と関連している

身体所有感が運動系に影響を与えるか

この研究では身体所有感と運動主体感を実験的に操作することで

  • 身体所有感だけでは運動系に影響を与えられず、一方、運動主体感は単体で運動系に影響を与えられるという証拠を得た

    • 身体所有感と運動主体感を実験的に分離していなかったという問題を解決
  • 身体所有感が運動系へ影響を与えることを示唆する研究は、運動主体感で説明できるかもしれない

    • これが不一致を説明している

身体の状態を運動系に伝える源

今回の実験では

  • 能動-同期条件、能動-非同期条件のいずれにおいても、参加者はCG手に対する運動主体感を体験していた
  • 一方、motor commandは能動-同期条件では動く手(動くCG手)の視覚的フィードバックと一致したが、能動-非同期条件では一致しなかった

このような不一致があると、motor commandが動くCG手の視覚的な結果を予測することを妨げることになる
しかし、能動-非同期条件では効率的な眼と手の協調運動が観察され、そのパフォーマンスは能動-同期条件のそれと同程度だった

このことから

  • 少なくとも、能動-非同期条件では、運動命令ではなく、運動主体感が、効率的な眼と手の協調運動を生み出すのに重要な役割を果たしている

また、仮に、運動命令のみに基づいて身体の状態が推定された場合、参加者の隠された手によって、CG手が非同期に自発的に動かされたときには、運動命令と手の動きの時間的な不一致のために、効率的な眼と手の協調運動は起こらないことが予想される

しかし、実際には参加者の隠された手によって、CG手が非同期的に自発的に動かされたときにも、効率的な眼と手の協調運動が起こり、CG手への運動主体感が成立した 

つまり、

本研究では、身体状態の源泉は、

  1. 自発的な手の動きによる運動命令
  2. 自発的な行動の開始における運動主体感

の2つに基づくものであることが示唆された

運動主体感と運動系の関連メカニズム

  • 脳が手の運動命令の結果を予測する際、内部フォワードモデルに基づいて予測される
  • これまでの研究では、眼球運動系は、手の運動命令からの情報を利用して、指の追跡における眼と手の協調を調整していることが明らかになった
    • しかし、本研究では手に対する運動主体感が経験されている場合、先回りしたスムーズなトラッキングがより迅速に開始されることが示された

これは、運動主体感は、眼球運動を開始する際に、手の将来の位置を予測するforward dynamic model に影響を与えていることを示唆している

計算機的な観点から

運動主体感の核心は自発的な行動と結果の関連性
予測された結果と実際の結果が物理的・時間的に一致することではなく、行動と結果の関連性という主観的な結果からもたらされる

  • 本研究では、自発的な手の動きが、実際の手の動きの開始から、CG手の動きの開始を知覚するまでの主観的な時間間隔を圧縮し、CG手の動きの開始にタイミングを合わせていることが示唆された

明示的な運動主体感

また、明示的な運動主体感が行動の結果予測に関連している可能性もある

  • 運動主体感はprospetive signalsに依存するという新たな見解を支持している
  • 運動主体感のprospective theoryは、暗黙的な運動主体感だけではなく、明示的な運動主体感にも適応できる

眼と手の協調運動障害の神経基盤

小脳の一部が眼と手の協調運動の制御システムである可能性が高い

しかし、身体内部の空間的な状態は、頭頂葉皮質(partietal cortex)で表現されている
頭頂葉は、運動主体感に関連する信号を比較する上で重要な役割を果たしている

頭頂葉皮質の活性化比較プロセスそのものではなく意図的な信号と感覚的なフィードバック信号の比較結果に強く関連している

  • これにより、CG手を自発的に動かしても、参加者の隠れた実際の手と非同期的に運動主体感が知覚された

つまり、

自発的運動の開始という主観的な経験に関連した身体の表現が、身体の状態を内部フォワードモデル(internal forward model)に伝える元として機能している

身体所有感と運動主体感の関係

身体所有感と運動主体感の関係には3つのモデルが提唱されている

  1. 加算モデル
    • 運動主体感と身体所有感は強く関連していて、行動を制御することが身体所有感の手がかりとなる
  2. 独立モデル
    • 運動主体感と身体所有感は質的に異なる経験であり、異なる脳システムに基づいている
  3. 相互作用モデル
    • 運動主体感と身体所有感は質的に異なる経験であるが、神経レベルでは部分的に重複している

本研究では、運動主体感と眼と手の協調には関係があるが、身体所有感とは関係がないことが判明した
これは、眼と手の協調運動を行う能力は身体所有の手がかりにはならないことを示唆しており、独立モデルを支持することになる

また、運動主体感と眼と手の協調は、動作開始時にのみに働くということは

  • 独立モデルの身体意識への適用は、自発的な運動の開始などの、運動の特定の側面に限定される可能性も

リハビリやスポーツへの応用

麻痺した部位や、理想的な動きができない健常な身体部位に対して、人工的に運動主体感を誘導することで、パフォーマンス向上に役立つかも?

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