はじめに
AIが「当たり前」になった時代に、逆説が起きている。ツールが高度になるほど、それを使う人間の側が考えなくなっている。本稿はその問いへの、一つの応答である。エンジニアに限らず、「道具に使われている」という感覚を持つ人に読んでほしい。
TL;DR
- AIへの隷属を拒絶し、主語を「Self」に置き続けるための思想的プロトコル S.D.A.P. を提唱した評論文をGitHubで公開しました
- 日本語・英語の両文(約8,000字×2)+README構成
- 技術論ではなく、「設計する者」としての立場を哲学的に問い直す内容です
リポジトリ
👉 reclaiming-sovereignty-through-SDAP
S.D.A.P.とは
Self-Designed with AI-assisted Protocol
AIを「効率化の小道具」として消費するのでも、崇めるのでもない。
高度な推論エンジンを、己の設計思想を研ぎ澄ますための高精度な規約として支配下に置く。
その核心にある三原則:
| # | 原則 | 概要 |
|---|---|---|
| 1 | 理解なき操作の拒絶 | GUIのボタンを押す前に、それが何をトリガーするのかを問う。プロンプトを投げる前に、何を引き出そうとしているのかを設計する。 |
| 2 | 一周回った後の自覚的省略 | ルールを盲目的に遵守するのではなく、その背後にある論理を完全に内面化した上で、意識的に省略する。「取り出しボタン」を押さずにUSBを抜く判断は、無知ではなく熟知から生まれる。 |
| 3 | AIとの非対称な関係の維持 | AIの出力は常に仮説である。なぜそれが正しいのかを自ら説明できなければ、その答えを採用してはならない。 |
背景思想
本評論は以下の思想的文脈に位置づけられる。
ハンナ・アーレント『人間の条件』
労働・仕事・活動の三層分類。現代の知識労働が「仕事」から「労働」へと切り詰められる——つまり創造的行為が、繰り返し・消費・痕跡なしの営みへと還元されていく構造を問い直す。
手塚治虫『鉄腕アトム』的ロボット倫理
アシモフのロボット三原則が「命令に従う機械」を想定するのに対し、手塚のロボットは感情・自我・倫理的葛藤を持つ存在として描かれる。S.D.A.P.が「最下層に倫理を刻む」と述べるとき、それは設計者の価値観そのものをシステムの根幹に宣言する行為を指す。
なぜ書いたか
与えられたOSを享受するだけの住人で終わるか。
それとも、物理層から倫理層までを自ら定義する創造主となるか。
この問いが出発点です。
技術の話である前に、現代において「主体」であることの条件を問う評論として書きました。
CC BY 4.0で公開しています。