今回、地元の静岡県がこんなに面白いオープンデータの取組を行っていることを初めて知り、非常に興味を持ったため、デジタルツインの具体例の1つとして記事にまとめることにしました。
実際のオープンデータ利用方法についての詳細は本記事で割愛いたしますが、利用方法を説明してくれている記事の例を オープンデータの利用方法 で1つ紹介しているので、ぜひそちらの記事をご覧になってください。
本記事の参考論文・資料
本記事では、主に以下の論文・資料を参照し、その内容をまとめたものです。
- 参考論文
- 参考資料
デジタルツインってなに?
ポイント
- すごく簡単に言うと、現実の空間や情報を、そっくりデジタルで再現したもの
デジタルツインとは? 製造業や都市などでの活用事例8選 には、以下のような説明があります。
デジタルツインとは、現実世界の環境から収集したデータを使い、仮想空間上に同じ環境をあたかも双子のように再現するテクノロジーのこと
また 都市のデジタルツインの今と将来への期待 では、以下のような説明があります。
デジタルツイン(digital twin)とは、リアル空間に存在するモノ(製品、建築物、機械など)や発生しているコト(製造工程、天候や人流、稼働状況など)の情報を収集、これをリアルタイムに、リアル空間とデジタル空間の間で連携させたシステム・概念を意味する。リアル空間から取得した情報をもとに、デジタル空間にリアル空間の双子(ツイン)を再現する技術ということで、「デジタルツイン(デジタルの双子)」と呼ばれている。
つまりデジタルツインとは簡単に言えば、『現実の空間・情報を、そっくりデジタルで再現したもの』を指すようです。
本記事では、「街」や「地形」をデジタル空間に再現した話となりますが、その他にも化学工場における「反応器の内部」や、「自動車」を現実そっくりにデジタル空間で表現する、といったことも、デジタルツインの一例と言えそうです。
内閣府の政策においても、Society 5.0:『サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会』と言及されており、こうした社会を目指すことが述べられています。
静岡県が進める 『VIRTUAL SHIZUOKA構想』とは?
ポイント
- 静岡県は全国に先駆けて、県内の空間を測量して得られた3次元点群を、誰でも自由に利用・加工できる商用利用可能なオープンデータとして、無償公開している
- 3次元点群のデータ範囲は、2023年10月時点で既に人口カバー率100%に到達(=県民居住エリアのデータ化が完了している!)
- 災害への備えを目的の主眼としつつも、交通・社会インフラや観光への活用など幅広い用途への発展を想定している
静岡県では2019年度より、レーザスキャナ等で県土の非常に広範囲な測量を実施し、バーチャル空間に仮想県土を創ることのできる3次元点群データを取得・蓄積してオープンデータ化する取り組み、『VIRTUAL SHIZUOKA構想』を推進しています。
参考論文によれば、主な目的として以下のような記述があります。
レーザスキャナ等で広範囲かつ高精度で測量し,取得した膨大な点群データにより仮想空間(バーチャル)に静岡県を原寸(縮尺1:1)で再現し,防災やまちづくり,インフラ維持管理や自動運転,観光など様々な「モノ・コト」に活用し,誰もが安全・安心で利便性が高く快適に暮らせるスマートな社会の形成を目指している(図-1).
VIRTUAL SHIZUOKAについて、また実際に公開しているデータには、以下のページからアクセスすることができます。
さらに、YouTubeにて本データによって静岡県土を楽しむことができる動画や、データの紹介・利用方法に関する動画も公開されておりました!
公開されているオープンデータの概要
ポイント
- 3次元座標(緯度・経度・高さ)、色などの情報を持った点群データである
- 誰でも自由に利活用できるオープンデータとして無償提供している
- 地形・建物だけでなく、橋梁や電線などのインフラ、航空写真だけでは把握しにくい樹木に隠れた地形、水深の浅い水中地形もデータ対象!
- 足掛け約3年、約17億円をかけてデータ取得!
参考論文内「2. 点群データの取得とオープンデータ化」によれば、
- 高密度航空レーザ計測(LP:Laser Profiler)
- 航空レーザ測深(ALB :Airborne Laser Bathymetry)
- 移動計測車両(MMS:Mobile Mapping System)
などの計測機器・手法によってデータが採取されており、各データ点の持つ情報は、
- 3次元の位置情報(緯度,経度,標高)
- 色情報(RGB)
- 反射強度
- クラスコード(建物or地面)
などがあるようです。
出典:参考論文 「図-2 点群データの各種計測手法」 |
さらに面白いのは、航空写真では撮影・計測することのできない地形データも持っていることです。
例えば、高密度航空レーザ計測(LP)では、木々に覆われた地形であってもその隙間からレーザー光が地上に到達すれば計測可能であるため、航空レーザの反射から複数パルスを取り出すことで地形データを取得できていたり、航空レーザ測深(ALB)では水に吸収されにくい緑色のレーザを用いた計測によって透明度が高い伊豆半島の海では水深15m程度までの海中地形が計測できた、とあります。
出典:参考スライド VIRTUAL SHIZUOKA構想(20220118) P.11 | 出典:参考スライド VIRTUAL SHIZUOKA構想(20220118) P.15 |
VIRTUAL SHIZUOKAでは、こうした大規模な点群データをオープンデータとして公開しており、商用利用も含めて、誰でも取得・利用することができます。
そしてデータ計測済みの範囲は「人口カバー率100%」であり、約3年でおよそ17億円の費用をかけて静岡県民が居住するエリアのデータ化を完了させたようです。
出典:3次元点群データを活用した未来のまちづくりVIRTUAL SHIZUOKA構想 p.5 |
3次元点群データ収集・更新の工夫
参考資料(共有用)東京都デジタルツイン検討会(静岡県)によれば、『測量業務はVIRTUAL SHIZUOKAの点群活用を原則化』しているとのことで、工事完了後の点群データ測量をドローンやモバイル端末のLiDARなど細かい方法に囚われず実施してもらい、オンラインで納品できるようにしているようで、こうして納品されたデータもオープンデータとして公開されるようです。
またこうした電子納品を実施すると工事成績(土木の公共事業の請負業者に対する評価制度のようです)に1点加点するというインセンティブをつけているようで、工事によって刻々と変化する空間データの最新化を図る工夫として行われているのだと思います。
出典:参考資料(共有用)東京都デジタルツイン検討会(静岡県) p.10 |
2023年3月には、静岡県から実施要領案も出されており、モバイル端末を用いた計測方法や事後データ処理などについて詳しい説明が展開されておりました。
静岡県完成形状の3次元計測実施要領(案)
ユースケース・成果報告
ここからは、オープンデータを使った利活用例に触れていきたいと思います。
災害対応
ポイント
- 災害前の空間データが事前に採取できていることで、被災前後のデータが比較可能となり、安全かつ速やかに被害状況が把握できる
- 実際に災害前後の地形データを比較したことで、原因究明やその規模を突き止めた例を報告
災害発生時には、その被害状況把握や原因特定が必要になります。
事前に地形データが精緻に取得・蓄積できていると、被災の前後をデジタル空間上で比較することが可能となり、迅速な状況把握・原因究明に繋がると思われます。
またその計測においても、近年ではドローンの活用が広がってきていることで遠隔でのデータ取得も可能となってきており、作業員が現場に直接立ち入ることなく安全かつ従来よりも短時間で測量が行えた、との記述があります。
また実例として、「5. 熱海市伊豆山土石流災害におけるデータ活用」が挙げられています。
2021年7月3日(土)に熱海市において発生した土石流災害に関して、有志で結成した「静岡点群サポートチーム」が災害発生前後の地形データを比較したことで、原因となった盛り土の存在を突き止めるに至ったことが報告されています。(熱海市伊豆山土石流災害における点群データ活用 p.20などにも言及あり)
またその流量や、砂防えん堤が捕捉した土砂量の推定など、災害規模の把握や防災設備の効果確認にまで、本データの効果が及んだことも報告されています。(VIRTUAL SHIZUOKA構想(20220118) p.40など)
災害前後データの比較が、土石流災害の原因となった盛り土の発見と流量推定に繋がった 出典:VIRTUAL SHIZUOKA構想(20220118) p.34 |
地域の空間データを使った津波シミュレーション
静岡県は大地震のリスクを抱える県の1つでもあり、こうした大規模な地震による津波・浸水被害シミュレーションを、地元の空間データを使って住民に体験してもらい、避難意識の醸成に利用しているとのことです。
河津町における南海トラフ地震臨時情報ワークショップで展開された津波シミュレーション 出典:参考論文 図-6 浸水シミュレーション |
観光分野:ジオパークのバーチャルツアーVR
参考論文によれば、ゲームエンジンを活用して、自然地形を没入体感できるVRツアーの開発を計画しており、「誰もが時間や天候に左右されず、魅力を体感できる環境を整備することでコロナ禍の新たな観光のあり方を検討していく」とあります。
出典:参考論文 図-7 ジオパーク(堂ヶ島)のVRデータ |
自動運転
ポイント
- 自動運転の重要要素の1つである高精度3次元地図を、静岡県が公開する点群データを利用して作成し、自動運転バスの実証実験を実施した
参考論文によれば、路線バス利用者の減少、運転手の若手不足、運行費用の財政負担など、地域の交通手段確保は喫緊の課題であり、その解決策の1つとして自動運転技術が有効だと考えられる、と述べられています。(筆者の感覚としても、静岡県においては交通の足といえば電車よりも圧倒的に自動車です)
自動走行技術における重要な走行基盤のひとつとして高精度3次元地図があり、静岡県が保有する点群データを活用して生成した高精度3次元地図を用いた自動運転の走行実験が行われています。
2019年からは公道での実証実験が行われており、参考論文が発表された2023年時点では、2024年の地域実装を目指している、とあります。
この自動運転実証実験については、その説明・実験報告を静岡県HPの以下から閲覧することができます。
しずおか自動運転ShowCASEプロジェクト
出典:参考論文 図-8 点群データを活用した自動走行実験 |
その他
オープンデータとして公開する意義のポイント
- 現実空間でやりにくい実験をデジタルツインで行い、現実へ反芻させる
- オープンデータにすることで、県外民を含む様々な人がいろんなアイディアをくれる
静岡県から公開されている活用事例として、以下が掲載されています。
広がる活用事例
また、以下の動画では、杉本直也氏がVIRTUAL SHIZUOKAを通じたデジタルツイン・オープンデータの利活用例について述べています。
本動画では、以下のようなトピックが利活用例/構想として述べられていました。
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高圧線や電線のデータも点群データに含まれている
→ 空のモビリティ革命に必要 -
地表面の流水シミュレーションから災害の原因分析・予測などに活用
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衛生写真との比較による被災家屋の数把握
(従来のやり方では委員会立ち上げや外注作業などに時間がかかるが、オープンデータにしたことで様々な人が解析を進めてくれる) -
リアルな擬似体験(ハザードマップの啓蒙:自宅前での津波のVR体験)
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デジタルアーカイブ(地域の記憶)
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バーチャルツアー(掛川城・韮山反射炉やジオパークの没入体験)
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ダイナミックマップの安価作成
→自動運転・MaaSに向けた都市の再デザイン -
海底地形がわかると、釣りどころがわかる(初島への観光客取り込み)
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マインクラフトやUnityでデジタル空間に再現
→ ゲームエンジンで川づくりした実例あり -
路面の凹凸も点群データから拾って、車のゲーム開発に活用
筆者なりの活用アイディア
ここまでで、デジタルツインの具体例を静岡県の取り組みから見てきました。
筆者なりにも、完全なジャストアイディアであり大変恐縮ではありつつも、「オープンデータであるがゆえに、県民以外の人が静岡県のデータを使って考えてくれる」「静岡県がオープンデータを持つ意義」という観点から少し考えてみました。
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観光ビジネス立案コンペの開催
→先駆的にオープンデータを公開しているという利点を活かし、県民に限らない知・発想の集合によって、静岡県の地理・自然景観などを活かした観光資源・魅力の再発見を促し、観光産業の可能性を広げる -
デジタルツインを利用した地域課題解決ハッカソンによるデータ利活用のユースケース拡大・データユーザー拡大
→データ利活用の幅を広げるために地域課題を解決するハッカソンを開催し、ユースケースアイディアを集めると同時に、データの知名度を広げる宣伝イベントとして利用し、利活用拡大の循環を作る -
教育と連携した「IT開発拠点県」としてのIT人材強化
→県内の中学生・高校生などを対象に、点群データを使ったアプリ開発経験の教育機会を提供し、IT開発に興味を持つ若年人口を増やす- 静岡県は魅力的な観光資源・産業資源(農業・漁業・工業)に恵まれながらも、人口流出があることは否めない
- 県としてIT人材強化に繋がれば、県内でのリモート勤務・情報産業の増大によって大都市部への流出を抑えながら産業人材の確保が可能
- IT×農業、ITx漁業といった分野横断の掛け合わせが地理的に都市部より効率的に行えるため、高齢化による人材不足が見込まれる産業の効率化・人材流入を目指す
オープンデータの利用方法
本記事では、VIRTUAL SHIZUOKAで公開されている点群データの詳細な利用方法は割愛しますが、2024年6月現在、以下記事に従ってデータ処理するとPythonで景色を可視化することができました!
参考
【デジタルツインの例】
【その他】