Pythonを5年使い続けた。で、何がよかったの?
この記事は 「Pythonって、たぶんそういう意味じゃない」シリーズ の第8弾です。
Python歴5年以上、メインで使い続けてきた変態が書いています。
この記事は 個人の経験に基づくポエムです。
環境・用途・経験によって異なる場合があります。
5年、Pythonをメインで使い続けてきた。
ふと思う。で、何がよかったの?
すごかったの?便利だったの?他の言語でよくなかったの?
正直に答えてみる。
一番よかったこと:「とにかく書ける」
5年使って一番よかったことを聞かれたら、これだ。
書きやすい。すぐ書ける。プロトタイプがすぐ作れる。
アイデアが浮かんだとき、それを形にするまでの時間が圧倒的に短い。
「なんとか開発できる」という感覚が、5年間ずっと続いている。
派手な理由じゃない。でもこれが全てだと思っている。
「すぐ書ける」は、開発を続けるための一番の燃料だ。
書けない時間が長いほど、モチベーションは削れていく。
Pythonじゃなかったら諦めてたもの
Discordボットの開発がそうだ。
声紋認証もそうだ。不正アクセス検知もそうだ。
ほぼ全部、Pythonじゃなかったら途中で諦めていたと思う。
試行錯誤しながら動くものを見て、また直して——
そのサイクルをPythonは邪魔しなかった。
「諦めなかった」は、才能じゃなくて言語の選択だったかもしれない。
正直に言う。乗り換えようとしたことはある
RustもGoもElixirも、興味はあった。
読める。理解もできる。
でも書けない。
コードを見れば何をしているかわかる。
でもゼロから書こうとすると、手が止まる。
やる気が出ない、というより——
「Pythonで書けばいいじゃん」という気持ちが毎回勝つ。
これは怠慢なのかもしれない。
GoやRust、Node.jsを最初からやるべきだったと思う部分もある。
複数の言語を並行してやる選択肢もあった。
でも、それでよかったのかもしれない
乗り換えられなかったおかげで、Pythonを深く使い続けた。
ライブラリの選定が早くなった。設計の感覚が身についた。
「Pythonでできること・できないこと」の解像度が上がった。
一つの言語を5年使い続けることで得られるものは、
浮気しながら複数触るのとは違う何かがあると思っている。
- すぐ書けるから、諦めなかった
- 諦めなかったから、完成した
- 完成したから、次が作れた
これがPythonを5年使い続けた理由だと思う。
「価値はあったか」と聞かれたら——あった、と答える。派手な理由はないけど。
「Pythonって、たぶんそういう意味じゃない」 シリーズでは、
こういう"なんとなくで語られがちなPython"を言語化していきます。
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