「基礎が大事だ」
シニアと呼ばれる立場になると、若手にそう説く機会が増える。
彼らは真剣な眼差しで頷き、アルゴリズムの勉強を始めたり、公式ドキュメントを読み込んだりする。それはもちろん正しい。
だが、私が本当に伝えたい「土台」の正体は、実はもっとドロドロとした、感情的な何かなのかもしれない。
最近、ふと気づいてしまったことがある。 かつての私を突き動かしていたのは、キラキラした夢や希望などではなかった。 それは、圧倒的な「飢え」だったのだと。
「負の感情」という名のガソリン
正直に告白しよう。 私がエンジニアとしてここまで生き残ってこられた原動力の9割は、綺麗な言葉で飾れるものではない。
同僚に先を越された時の、胃が焼けるような「悔しさ」。 自分だけが理解できていない会議での、居心地の悪い「劣等感」。 そして何より、「明日には自分の席がなくなっているかもしれない」という、背筋が凍るような「恐怖」。
これらが、凡庸な私をデスクに縛り付け、泥臭くコードを書かせた。 知的好奇心もあったが、それは恐怖を打ち消すための手段に過ぎなかったかもしれない。 「できない」ことが許せなかったし、無能だと思われることが死ぬほど怖かった。
若手が見過ごしがちなのは、この「負の感情」が持つエネルギーの凄まじさだ。 効率よく学ぶこと、スマートにキャリアを積むこと。今の時代、それは賢い選択だ。 けれど、強烈な飢餓感の中で形成された「技術への執着」や「問題解決への執念」こそが、今の私を支える最も強固な土台になっている事実は否定できない。
飢えが満たされたあとの「停滞」という地獄
しかし、話はここで終わらない。 シニアになり、ある程度の技術力を身につけ、組織の中で頼られる存在になった今、私は別の絶望に直面している。
「飢え」がなくなり、満たされる日が増えた。
必死にならなくても、経験則でそこそこの解が出せてしまう。 給与は安定し、明日の席がなくなる恐怖も薄れた。
その時、何が起きたか。 成長が、ぴたりと止まった。
これは、想像以上に恐ろしい体験だった。 かつての「できない苦しみ」とは比較にならない、「前に進んでいない虚無感」。 穏やかな凪の中で、自分の中の炎が静かに消えていくのを見送るような感覚。これは本当につらい。
皮肉なことに、満たされることで初めて、私はあの頃の「飢え」がいかに貴重な資源だったかを知ったのだ。
だから、劣等感、悔しさなどのネガティブな感情が自分の中で渦巻いたとき、あぁまだ現役でいられる。ととてもうれしくなる。いつまでも持ち合わせていたい気持ちである。
ここからが、私の現在の課題であり、若手のあなたへの問いかけでもある。
私は今、恐怖や劣等感に代わる、新しい成長のエンジンを探している。 「楽しさ」だけで走り続けられるほど、私はまだ達観できていない。かといって、あえて自分を過酷な環境に追い込むのも、年齢的に体力勝負になってくる。
「ハングリーであれ」といろいろな人は言ったが、満腹になった人間が再びハングリーになる方法は、どの技術書にも載っていない。 この「健全な土台の作り方」を、私はまだ見つけられていないのだ。
結論
もしあなたが今、悔しさや劣等感、将来への不安に押しつぶされそうになっているなら。 それを「悪いこと」だと思わないでほしい。
そのヒリヒリするような焦燥感こそが、あなたのエンジニアとしての骨格を作り、筋肉を育てている。 スマートにやり過ごそうとせず、その感情をガソリンにして、泥臭くアクセルを踏み込んでほしい。
その「飢え」があるうちは、あなたはどこまでも強くなれる。 そしていつか、その飢えが消える日が来たとき、私と一緒に悩んでほしい。
もしかするとその先のモチベーションこそ、安全に成長を促すファクターになりえるからだ。