「失敗」を安全に経験させるための庭づくり
人は経験をして成長する。 きれいな成功体験よりも、顔から火が出るような失敗体験のほうが、その後のエンジニア人生において何倍も濃密な栄養になることを、私は身をもって知っている。
バグを出して本番を止めた時の、あの胃が捻じ切れるような恐怖。 設計ミスが発覚して、チーム全員に残業をさせた時の申し訳なさ。 それらが、私の血肉となり、危機察知能力という「勘」を育ててくれた。
しかし、振り返ってみれば、私が若手の頃に「安心して失敗できる環境」があったかと言えば、決してそうではなかった。 失敗はすなわち「悪」であり、怒号や評価の低下とセットだった。私はただ運良く生き延びたに過ぎない。
だからこそ、シニアと呼ばれる立場になった今、私は決めたのだ。 かつて私が欲しかった「後ろ盾」に、私自身がなろうと。
「責任」という名の安全地帯
私がやったことはシンプルだ。 自分の責任が取れる範囲を計算し、その内側に 「ジュニアたちが安全に失敗できる庭」 を作ることだ。
「この範囲なら、最悪壊れても私が直せる」 「この期間なら、手戻りが発生してもリカバリーできる」
そうやって境界線(Interface)を引き、その内側ではあえて手を貸さない。 正解を教えるのは簡単だ。私がやってしまえば、仕事は3倍の速さで終わるだろう。 しかし、それでは彼らは「作業者」にはなれても、「思考するエンジニア」にはなれない。
だから私は、彼らが間違った方向に進んでいくのを、ぐっと唇を噛んで見守る。 彼らが泥沼にはまり、試行錯誤し、冷や汗をかいているのを、手を出さずに見守る。
これは、実際にやってみると、自分でコードを書くよりも遥かに精神力を削られる行為だ。 「失敗させる」というのは、強靭な忍耐力がいる教育コストなのだ。
自分で考え、自分で膝を擦りむく
その結果、何が起きたか。 ジュニアたちは、私の顔色を伺うのをやめ、コードと向き合うようになった。
「これ、どうすればいいですか?」という質問が減り、「こうしたいのですが、このリスクはどう考えますか?」という提案が増えた。 彼らは、私の作った「庭」の中で、思う存分に転び、自分で膝を擦りむきながら、立ち上がり方を学んでいる。
守られているという実感(心理的安全性)があるからこそ、彼らは適応型ソフトウェア開発で言うところの 「カオスの淵」 に挑戦できる。 失敗しても、後ろには私が立っている。 「何かあったら、私が責任を取る。だから好きに暴れてこい」 その一言が、彼らの背中を押し、硬直した「秩序」から飛び出す勇気を与える。
結論:何でも自分で突破しない勇気
かつて私は、何でも自分で突破できるのが「強いエンジニア」だと思っていた。 だが、それは間違いだったかもしれない。
本当に強いエンジニアとは、自分の力を誇示するのではなく、その力を使って他者が育つための余白を守れる人間のことだ。
自分たちで考え、試行錯誤し、時には盛大に失敗して帰ってくるジュニアたち。 その泥だらけの姿を見たとき、私は自分が書いたコードが動いた時以上の喜びを感じる。
「後ろ盾」になるということ。 それは、凡庸な私が次世代に残せる、数少ない、しかし最も重要な遺産なのかもしれない。