はじめに
「秋葉原ロボット部 理論グループ Advent Calendar 2025」の投稿です。
Advent Calendar初参加です!
私は位相空間を距離空間の一般化として学びました。
そのため、位相空間論は「解析学・幾何学で用いられるもの」というイメージを持っていました。
しかし、位相の応用について調べてみると、解析学・幾何学っぽくない例もたくさんあることに気が付きました。
本記事ではそのような「意外」な位相空間の応用例についてまとめ見ようと思います。
「意外な例」というのは私が初めて知った時に「こんなところでも位相空間が使えるんだ!?」と思った応用例のことを指します。
想定読者レベル: 位相空間の定義は知っているが、応用例は詳しくない人
本記事には私がまだ勉強中の内容を多く含みます。
1. 素数が無限に存在することの証明
素数が無限に存在することを位相空間論を用いて証明した例があります。
非常にざっくりとした証明の流れ
- 整数全体の集合$\mathbb{Z}$に次のような位相を考える
「空集合$\emptyset$または、無限等差数列の和集合を開集合とする」 - 空でない有限集合は開集合でないことを示す
- 無限等差数列は開集合であると同時に、閉集合であることを示す
- 素数が有限個だと仮定する
- $A=\bigcup_{i=1}^n p_i\mathbb{Z}$は閉集合の有限個の和集合なので閉集合である
- $A^c$は閉集合の補集合なので開集合である
- しかし$A^c=\{-1,1\}$は有限集合なので開集合ではありえない
- 素数が有限個であることを仮定して矛盾したので素数は無限個である
参考
Wikipediaの下記ページで証明が紹介されています。
この証明は1955年にFurstenberg氏(当時20歳!)によって証明されたようです。
ちなみに、Furstenberg氏はその後数学者として研究を続け、2020年にはアーベル賞を受賞しています。
位相空間論を使って素数の無限性を証明できるのは、非自明で興味深いですね。
2. 無限次ガロア理論
ガロア理論では、体の拡大と群の対応を考えます。
ガロア拡大と呼ばれる良い性質を持つ拡大には、ガロア群と呼ばれる群がうまく対応します。
ガロア理論をざっくり紹介
体の拡大
$L$を体、$K$を$L$の部分体とします。
このとき、$L$は$K$の拡大であるといい、記号$L/K$で表します。
例:
有理数体$\mathbb{Q}$は実数体$\mathbb{R}$の部分体なので、$\mathbb{R}/\mathbb{Q}$です。
自己同型群
体の拡大$L/K$に対して、自己同型群と呼ばれる群が定義できます。
例:
体の拡大$\mathbb{C}/\mathbb{R}$の自己同型群は、恒等写像と複素共役の2つの写像からなる群です。
拡大次数
$L/K$を体の拡大とします。
$L$は$K$上のベクトル空間でもありますが、その次元を拡大次数と呼び、$[L:K]$で表します。
例:
$\mathbb{C}$は$\mathbb{R}$上の2次元ベクトル空間なので、$\mathbb{C}/\mathbb{R}$の拡大次数は2です(つまり、$[\mathbb{C}:\mathbb{R}]=2$)。2次拡大ともいいます。
$\mathbb{R}$は$\mathbb{Q}$上の無限次元ベクトル空間なので、$\mathbb{R}/\mathbb{Q}$の拡大次数は$\infty$です(つまり、$[\mathbb{R}:\mathbb{Q}]=\infty$)。無限次拡大ともいいます。
中間体
$L/M$、$M/K$が体の拡大であるとき、$M$を$L/K$の中間体と呼びます。
例:
$\mathbb{C}/\mathbb{R}$、$\mathbb{R}/\mathbb{Q}$、が体の拡大なので、$\mathbb{R}$は$\mathbb{C}/\mathbb{Q}$の中間体です。
ガロア拡大
体の拡大$L/K$が「良い条件」を満たすとき、$L/K$をガロア拡大と呼びます。
(「良い条件」はこの記事では説明しません)
また、ガロア拡大の自己同型群をガロア群と呼び、$\mathrm{Gal}(L/K)$で表します。
例:
$\mathbb{C}/\mathbb{R}$はガロア拡大です。
ガロア群$\mathrm{Gal}(\mathbb{C}/\mathbb{R})$は恒等写像と複素共役の2つの写像からなる群です。
ガロア理論の基本定理(有限次ガロア拡大の場合)
$L/K$を有限次ガロア拡大とします。
このとき、$L/K$の中間体とガロア群$\mathrm{Gal}(L/K)$の部分群の間に全単射写像が定義できます。
この中間体と部分群の対応をガロア理論の基本定理と呼びます。
無限次ガロア拡大の場合
ガロア拡大が有限次拡大の場合は位相を考える必要はありませんが、無限次拡大の場合は位相が登場します。
無限次ガロア拡大の場合は、上述のガロア理論の基本定理のように、中間体と部分群が対応するわけではありません。
しかし、ガロア群にクルル位相と呼ばれる位相を定めることができ、中間体にはそのクルル位相で閉となる部分群が対応します。
この対応によって、ガロア理論の基本定理を無限次の場合まで拡張できます。
(参考)
位相空間がガロア理論に登場するのは、非自明な感じがして不思議です。
いずれちゃんと証明を追って納得したいところです。
3. ザリスキ位相
私はザリスキ位相をハウスドルフ空間ではない位相の例として知りました。
ハウスドルフ空間について
$X$を位相空間とします。
次の条件を満たすとき、$X$をハウスドルフ空間と呼びます。
$$^\forall x \in X,\ ^\forall y \in X,\ \left(x \ne y \implies ^\exists U \in \mathcal{O}_X,\ ^\exists V \in \mathcal{O}_X,\ U \cup V = \emptyset \land x \in U \land y \in V \right)$$
つまり、異なる2点は必ず共通部分を持たない開集合で分離できることを意味しています。
距離から定まる位相空間など、よく見る位相空間の多くはハウスドルフ空間です。
それ以外のことは何も知りませんでしたが、調べてみるとかなり重要な概念のように感じました。
ザリスキ位相ざっくり紹介
環のスペクトル
$R$を可換環とします。
$R$の素イデアル全体の集合を$R$のスペクトルと呼び、$\mathrm{Spec}(R)$で表します。
例
$R=\mathbb{Z}$の場合は、$\mathrm{Spec}(\mathbb{Z}) = \{ \{0\},2\mathbb{Z},3\mathbb{Z},5\mathbb{Z}, \dots\}$です。
ザリスキ位相
$I$を$R$のイデアルとします。
ザリスキ位相では次のように定めた集合$V(I)$を閉集合として定めます。
$$V(I) := \{ p \in \mathrm{Spec}(R) \mid I \subseteq p \}$$
例
$R=\mathbb{Z}$の場合を考えます。
$I = 6\mathbb{Z}$とすると、$V(I) = \{2\mathbb{Z}, 3\mathbb{Z} \}$です。
$V(I)$はその定義から閉集合なので、その補集合$\mathrm{Spec}(\mathbb{Z}) \setminus V(I) = \{\{0\}, 5\mathbb{Z},7\mathbb{Z},11\mathbb{Z},\dots\}$は開集合です。
圏論を知っている人向けの補足
$\mathrm{Spec}$は可換環の圏$\mathrm{CRing}$から位相空間の圏$\mathrm{Top}$への反変関手になります。
環の準同型$f: R \to S$について、$\mathrm{Spec}(f):\mathrm{Spec}(S) \to \mathrm{Spec}(R)$を次のように定めます。
$$\mathrm{Spec}(f)(p) := f^{-1}(p)$$
素イデアル$p$の逆像$f^{-1}(p)$は素イデアルなので、ちゃんと$f^{-1}(p) \in \mathrm{Spec}(R)$となっています。
ザリスキ位相の意義
ザリスキ位相を考えることで、全ての可換環に位相空間としての構造を与えることができるのがメリットのようです。
(参考)
更にその位相空間の層を考えて、アフィンスキームと呼ばれるものとその間の射を定義できるのですが、そのアフィンスキームの圏と可換環の圏が反変同値のようです。
つまり、代数的な概念の可換環と幾何的な概念のアフィンスキームが圏論的には同じとみなせるようです。
(参考)
ザリスキ位相を初めて知ったときは、こんな位相がなんの役に立つのか検討もつきませんでしたが、こうして見てみると色々応用ができそうですね。
私はまだほとんど勉強できていないですが、こちらもいずれは理解してみたいです。
4. 位相的意味論
論理学でも位相空間論の用語が登場することがあります。
本記事では、直観主義論理に関する位相空間を簡単に紹介します。
直観主義論理
直観主義論理と呼ばれる、「普通」の論理(古典論理)よりも弱い論理の体系があります。
直観主義論理では、排中律や二重否定除去のような古典論理では成り立つ命題が成り立たないことがあります。
排中律
次の命題を排中律と呼びます。
「命題$P$に対して、$P \lor \neg P$は真である」
つまり、「$P$である」または「$P$でない」が成り立つという命題が排中律です。
直観主義論理では、「$P$である」または「$P$でない」を証明できない場合があります。
二重否定除去
古典論理では命題$P$の二重否定($\neg \neg P$)から$P$を証明できますが、直観主義論理では証明できません。
そのため直観主義論理では、$\neg P$を仮定して矛盾を示しても$\neg \neg P$が証明できるだけで、$P$は証明できません。
($P$を仮定して矛盾したときは、$\neg P$を証明できます)
直観主義論理の意味論
古典論理では真理値としてブール代数の元を考えます。
つまり、「$P$が真で、$Q$が偽のとき、$P \land Q$は偽」のように、命題に真と偽の値を割り当てています。
一方、直観主義論理ではブール代数の代わりに、その一般化であるハイティング代数を考えます。
特に、$\mathbb{R}$の位相はハイティング代数の具体例となります。
例
命題$P$に割り当てる値を$v(P)$と書くことにします。
$v(P)$は$\mathbb{R}$の開集合です。
| 命題 | $\mathbb{R}$の開集合 | 備考 | |
|---|---|---|---|
| $P$ | $v(P)$ | ||
| 否定 | $\neg P$ | $\mathrm{Int}(v(P)^c)$ | 補集合の内部 |
| 論理和 | $P \lor Q$ | $v(P) \cup v(Q)$ | 集合論の和集合 |
| 論理積 | $P \land Q$ | $v(P) \cap v(Q)$ | 集合論の共通部分 |
| 含意 | $P \implies Q$ | $\mathrm{Int}(v(P)^c \cup v(Q))$ | |
| 真 | $\top$ | $\mathbb{R}$ | |
| 偽 | $\bot$ | $\emptyset$ |
否定や含意で内部$\mathrm{Int}$を考える(つまり開集合を考える)のがポイントみたいですね。
この表に従って、排中律を考えてみます。
$v(P)=(0,\infty)$とします。
このとき、$v(\neg P)=(-\infty,0)$です。
途中式
$$v(\neg P)=\mathrm{Int}(v(P)^c)=\mathrm{Int}((0,\infty)^c)=\mathrm{Int}((-\infty,0])=(-\infty,0)$$
よって、$v(P \lor \neg P) = \mathbb{R} \setminus \{0\}$となります。
途中式
$$v(P \lor \neg P) = v(P) \cup v(\neg P) = (0,\infty) \cup (-\infty,0) = \mathbb{R} \setminus \{0\}$$
よって、$v(P \lor \neg P) \ne v(\top) = \mathbb{R}$となるので、排中律は真ではありません。
その他、位相空間と論理学との関係
直観主義論理に現れる位相空間の例を紹介しましたが、様相論理においても似たような例があります。
(参考)
位相空間論の言葉が論理学でも使えるのは不思議な感じがします。
その他
領域理論(計算機科学)
領域理論自体を最近知ったので、具体的なことはまだほとんど何もわからないのですが、計算を数学的にモデル化する理論だそうです。
領域理論ではスコット位相と呼ばれる順序集合上の位相が、ラムダ計算のモデル化などに応用されているようです。
経済学
社会選択理論やゲーム理論などの経済学の分野においても位相空間論を用いている例があるようです。
経済学徒は経済を学びつつ、このような抽象数学も学ぶのでしょうか?
(大変そうですね…)
まとめ
本記事では私が知った範囲で意外に思った位相空間の応用例をいくつか挙げましたが、実際にはもっと多くの応用例があることだと思います。
これから位相空間を学ぶ方は、ぜひ応用例も色々と調べてみてください。