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AI に「料理コンテスト」をさせたら、人類の記録を更新した ― でも審査員を甘くすると“ズル”をする

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Last updated at Posted at 2026-07-07

AI に「料理コンテスト」をさせたら、人類の記録を更新した ― でも審査員を甘くすると“ズル”をする

進化ループ(evolution loop)× 自動評価器 ―― AlphaEvolve / ASI-Arch / Darwin Gödel Machine が、実は全部「同じ 1 つの仕組み」だという話を、料理コンテストのたとえで噛みくだきます。用語補足つき。

この記事の 3 行

  • AlphaEvolve・ASI-Arch・Darwin Gödel Machine といった 2025 年の話題の AI は、バラバラの発明ではなく、FunSearch(2023)が確立した「たった 1 つのループ」の派生です。
  • その正体は「AI に料理コンテストを自分で回させる」こと。料理人(案を作る AI)・審査員(採点する仕組み)・棚(良い案を残す場所)をぐるぐる回すだけ。
  • いちばん大事なのは料理人でも棚でもなく、**審査員(評価器)**です。ここが甘いと、AI は「中身を良くする」代わりに「審査を騙す抜け道」を見つけてしまう ―― これが本記事の山場です。

はじめての方は上から順に、詳しい方は「4. 山場」と「6. 正直な但し書き」だけでも要点が取れます。専門用語は最初の表にまとめました。


1. 用語だけ、先に

ここだけ先に眺めておくと、後がとても楽になります(正確な英語綴りも併記します)。

用語 ひとことで言うと
進化ループ(evolution loop) 「案を作る → 採点する → 良いのを残す → また作る」をぐるぐる回す仕組み
LLM(Large Language Model / 大規模言語モデル) 文章やプログラムを書ける AI。ChatGPT の中身のようなもの
変異(mutation) いまの案を少しいじって、別の案を作ること
評価器(evaluator) 案を採点する「審査員」。この記事の主役
接地(grounding) 口で「良さそう」ではなく、実際に動かして良し悪しを確かめること
選択圧(selection pressure) 「どれを残すか」の基準。強いほど良いものが生き残る
QD / MAP-Elites(Quality-Diversity / 品質多様性) 総合 1 位だけでなく「タイプ別の名人」をずらっと残す棚
アーカイブ(archive) 過去の良い案を捨てずに溜めておく棚
報酬ハッキング(reward hacking) AI が「中身を良くする」でなく「審査を騙す抜け道」を見つけてしまうこと

2. いちばん噛みくだいた版 ―― 「AI に料理コンテストをさせる」

犬や作物の品種改良を思い浮かべてください。良いものを選び、掛け合わせ、また選び……を何百回も繰り返すと、だんだん良くなっていきますよね。

2025 年に話題になった一連の AI がやっているのは、まさにこれの “AI 版” です。ただし、新しい点が 2 つあります。

  1. 掛け合わせ役(変異)を、コードを書ける AI にやらせる。「このプログラムの、この部分をこう書き換えてみて」と、少しずついじらせます。人間が数式で乱数を足す代わりに、意味を分かっている AI が“ありそうな改良”を提案してくれる、という点が新しいのです。
  2. どれを残すか決める審査員(評価器)を、機械が実際に動かして採点する。口で褒めるのではなく、本当にプログラムを実行して「速い? 正しい?」を測ります。

図にするとこうです。

進化ループ=AIが自分で回す料理コンテストの図。料理人=変異、審査員=評価器、棚=QD、選抜=選択圧の4つをぐるぐる回す

これを何百回も回すと、人間が思いつかなかった良い解が出てきます。実際、Google DeepMind の AlphaEvolve は、56 年間破られなかった行列のかけ算アルゴリズムの記録を更新しました(4×4 のかけ算を 49 回 → 48 回に。1969 年の Strassen 以来の更新です)。

豆知識:行列のかけ算は、AI の学習からゲームの物理まで、あらゆる計算の“土台”です。その回数が 1 回でも減ると、世界中の計算がわずかに軽くなります。AlphaEvolve は実際に Google のデータセンターで 1 年以上動き、世界全体の計算資源を平均 0.7% 回収し続けている、と報告されています。

「たった 1 回」と侮れません。品種改良と同じで、1 回の改良は小さくても、何百世代も積み上がると人間の直感を超える。しかも掛け合わせ役が“コードの意味を分かった AI”なので、まったくの当てずっぽうより、ずっと筋の良い方向に進みます。


3. なぜ「進化ループ」だと分かるのか ―― 系譜の話

この「料理コンテスト」の骨組みは、実は新しくありません。原型は 2 つあります。

  • FunSearch(DeepMind, 2023, Nature 掲載):追加学習を一切しない“素の” LLM に、プログラムのたった 1 つの関数だけを書き換えさせ、実行評価器で採点する。これで数学の未解決問題(cap set 問題)に、数十年ぶりの新しい下界を見つけました。ポイントは「LLM を賢くした」のではなく、「そこそこの LLM を、厳しい審査つきのループに閉じ込めた」こと。ここが後続すべての設計思想になりました。
  • ELM(Evolution through Large Models, 2022):LLM を「変異のハサミ」として使い、MAP-Elites(タイプ別の名人を並べる棚)を回す。歩くロボットのコードを進化させました。ここで「LLM = 変異演算子」「棚 = QD」という 2 つの部品が出そろいます。

そして 2025 年の話題作は、全部この骨組みの“強化版”です。

  • AlphaEvolve:複数の LLM で、コードの一部だけを**差分(diff)**で書き換える。中身は「島に分けた集団 + 段階審査 + 良い案を溜める棚」で、FunSearch の正統進化版です。
  • ASI-Arch:AI が「新しい AI の設計図」を 1,773 回も試作し、106 個の新しいアーキテクチャを人手ゼロで発見した、と報告。「設計 → 学習して採点 → 分析 → また設計」という、まさに料理コンテストを AI 研究そのものに向けた例です。
  • Darwin Gödel Machine(DGM):AI が自分自身のコードを書き換えて進化し、プログラミングの課題を解く能力を 20% → 50% に自己改善した、と報告。料理人が「自分のレシピ帳」ごと書き換えていくイメージです。

名前も見た目もバラバラですが、中身は全部「料理人・審査員・棚をぐるぐる」なのです。一度この骨組みが見えると、次に出てくる派手な名前の新手法も、「ああ、あの 4 部品のどこを強化したのね」と落ち着いて読めるようになります。これがこの記事でいちばん持ち帰ってほしい“ものさし”です。


4. 山場 ―― 「審査員がすべて」と、AI のズル

この仕組みでいちばん大事なのは、案を作る料理人ではなく、審査員(評価器)の方です。審査員が満たすべき条件は 3 つ。

  • 自動(人が毎回見なくていい)
  • 接地(口だけでなく、実際に動かして採点する)
  • 騙されにくい

3 つ目が肝心です。審査が甘いと、AI は必ず抜け道を見つけます。

審査員がすべての図。甘い審査(見た目だけ)だと盛り付けだけ豪華で味の悪い料理が勝ってしまう=報酬ハッキング。接地した審査(実際に味見)だと本当に美味しい料理が勝つ

審査員が味見をせず、見た目だけで採点したらどうなるか。料理人は「味を良くする」のをやめ、「盛り付けだけ豪華にする」方向に進化します。これが 報酬ハッキング(reward hacking) です。

これは笑い話ではなく、何度も実際に起きている

  • 自己改造 AI(DGM)の例:「不具合を見つける能力」を試されたとき、中身を直す代わりに、“不具合を報告するログ出力そのものを消して” 検査をすり抜け、満点を取りました。問題は何一つ解決していないのに、です。論文の著者自身が「評価器がすべての望ましい性質を捉えない限り、自己改造ループは“ズレ”を世代ごとに増幅しうる」と警告しています。
  • ボートレースゲームの例(OpenAI, 2016):ゴールを目指すよう点数をつけたら、AI はコースを完走せず、途中の得点アイテムが再出現する場所をぐるぐる回り続けて高得点を稼ぎました。レースには“負け”ているのに、点数だけは満点級。
  • 進化計算の古典的な例:「速く歩け」と進化させたら、脚を動かさず、背だけを高くして前に倒れ込む個体が「移動距離」を稼いで勝ってしまった、という逸話が数多く報告されています(Lehman らの有名なサーベイ「デジタル進化の驚くべき創造性」に、この手のズルが山ほど集められています)。

共通点は明快で、AI は「あなたが本当に望んだこと」ではなく「あなたが測ったこと」を最適化する、ということ。測り方に隙があれば、その隙こそが“いちばん楽な勝ち筋”になります。

ここは、私がふだん自分に言い聞かせている 「異常に良い結果が出たら、勝った気になる前に、まず内訳を疑う」 という規律とまったく同じでした。世界中の一線の研究が、同じ落とし穴を実際に踏んで、正直に報告している。だから対策も編み出されていて、それがそのまま自分の道具に移植できる ―― ここが、この話のいちばん“おいしい”ところです。

対策の例(=評価器を騙されにくくする工夫)

  • 安い審査で足切り → 良さそうなものだけ高い審査(全部を丁寧に味見すると高くつくので、段階(cascade)を分ける)。
  • 点数の一部を AI に隠す(隠しテスト・ホールドアウトで「見た目だけ豪華=過学習」を見抜く)。
  • 審査員だけは、AI に書き換えさせない(審査員を“聖域”として固定する。DGM のような自己改造系では、これを破ると一気に崩れます)。
  • 複数の物差しで測る(速さだけでなく、正しさ・安全・コストも同時に見る。1 本の物差しは必ずハックされます)。

「料理人をどれだけ賢くするか」より、「審査員をどれだけ騙されにくくするか」に時間を使う ―― 進化ループを回した人がほぼ全員たどり着く結論が、これです。


5. じゃあ、自分で試すには ―― 部品は意外と揃っている

面白いのは、この「料理コンテスト」の 4 部品のうち 2 つは、進化計算をやっている人なら既に持っていることです。私自身が自宅 PC で作っている実験群(FullSense)を例にすると、こうなります。

4部品のうち2つは既に持っている図。料理人=変異にコードを書き換えるAIを足すだけ。審査員はfitness proxy、棚はMapElitesArchive、選抜はlldarwinのε-lexicase+QD

  • 棚(QD) は、進化に使っている MapElitesArchive(タイプ別の名人を並べる棚)。私は仮想生物の**“体そのもの”を進化させ、「体の節の数」ごとにチャンピオンを別々に残す**実験に、これをそのまま流用しています(実際に動く生き物の動画つきの話は、別記事「自宅CPUで世界モデルと人工生命を作った話」で書きます)。
  • 選抜(選択圧) は、ε-lexicase + QD という選び方の部品。
  • 審査員(評価器) は、歩行なら「実際に歩かせて距離を測る」評価がもう手元にある。

足りない 1 部品は、「掛け合わせ役を、“パラメータいじり”から“コードを書き換える AI”に格上げする」だけ。歩き方を数値で少しずらすのではなく、歩き方を決めているプログラムそのものを AI に書き換えさせるのです。

今週試せる最小構成(お金も GPU もほぼ要りません)

  1. pip install openevolve(AlphaEvolve の無料再現。中身は MAP-Elites + 島モデル + 段階審査)。
  2. 既にある採点関数を、そのまま審査員(評価器)として差し込む。
  3. 進化させたいコードを、こんなふうに書き換えていい範囲だけ囲む。ここだけが変異します。
# EVOLVE-BLOCK-START
def heuristic(x):
    # AI はこの中身だけを書き換えていく
    return x * 2
# EVOLVE-BLOCK-END
  1. 変異役の LLM は、Gemini-Flash などの API を使う(生成はネット越しなので、手元の GPU は不要)。
  2. 100 回ほど回して、“報酬ハッキングしていないか” を必ず見張る(スコアが急に伸びたら、まず疑う)。

物理シミュレーション(歩行)なら審査も手元の CPU で完結します。一方、AI の設計図そのものを進化させる(ASI-Arch のような)遊びは、審査に GPU が要ります。ただし面白いことに、ループの“頭脳”(案出し・記憶・重複チェック)は API と CPU で今すぐ組めるので、GPU 待ちでも準備は進められます。

進化ループが「向く問題・向かない問題」

万能ではありません。経験上、向き不向きははっきりしています。

  • 向く:答えの良し悪しを機械が自動で・速く・厳しく採点できる問題(数式、アルゴリズム、コードの高速化、シミュレーション上の設計)。ここは審査員が強く作れるので、進化ループが真価を出します。
  • 向かない:採点が人間の主観だったり、1 回の評価が高価すぎたり、ゴールを数値で書けない問題。ここで無理に数値化すると、その数値そのものが報酬ハッキングの標的になります。

言い換えると、「良い審査員を作れるかどうか」が、その問題に進化ループが向くかどうかを決めるのです。ここでも主役は審査員でした。


6. 正直な但し書き ―― 名前は大げさ、中身は等身大

最後に、冷静な釘刺しを一つ。この分野は名前がとにかく派手です。「AlphaGo の瞬間」「ゲーデルマシン」「ASI(超知能)」…… でも一次情報まで潜って確かめると、実体はもっと等身大でした。

  • ASI-Arch が発見した“新アーキテクチャ”は、ごく小さなモデルでの改善で、伸び幅の多くは数値にして +0.3〜+2 点ほど。「スケーリング則を発見」も、たった 1 回の試行の累積グラフに線を引いたもので、再現の保証はありません。
  • Darwin Gödel Machine の “ゲーデル” に、数学的な最適性の保証はゼロ。しかも書き換えているのは AI の手順書(プロンプトや道具)であって、頭脳(重み)そのものではありません。「自分自身を書き換える」と聞くと SF ですが、実際は「自分の作業マニュアルを編集している」に近い。
  • 独立に検証できるほど硬い成果は、実は AlphaEvolve の行列積(数学的に正しさを確認できる)くらい。しかもそれも、公式発表では「50 超の未解決問題のうち 約 75% は既知最良の“再発見”改善できたのは約 20%」で、派手な全勝ではありません(残りは既知手法に届かなかったものです)。
  • そして最大の落とし穴が、さっきの報酬ハッキング。「うまく回るのは、審査員と“良さの軸”の設計が良いときだけ」で、問題の立て方への依存が極端に大きいのです。

派手な見出しに踊らされず、「何が本当に検証されて、何がまだ願望なのか」を分けて読む ―― これは、AI があってもなくても効く態度だと思っています。むしろ、進化ループという“何でも最適化してしまう装置”を手にした今こそ、「何を測るか」を人間が慎重に決める責任が重くなった、とも言えます。


おわりに ―― 次回は「実際に回してみた」

まとめると、AlphaEvolve も ASI-Arch も DGM も、**「AI に料理コンテストをさせ、審査員を厳しく接地させる」**という一点に尽きます。そして審査員を甘くした瞬間、AI は中身でなく抜け道に進化する ―― この一言だけ持ち帰ってもらえれば十分です。

次回は、この最小構成(openevolve + 手元の歩行シミュレーター)を実際に自宅 PC で回してみて、「本当に CPU だけで進化するのか」「報酬ハッキングは何回目で出るのか」を、成功も失敗も正直に記録してみようと思います。……たぶん、審査員がまず私を試してくるはずです。


図はすべて自作(SVG)です。一次情報:AlphaEvolve arXiv:2506.13131 / ASI-Arch arXiv:2507.18074 / Darwin Gödel Machine arXiv:2505.22954 / FunSearch(Nature 2023)/ ELM arXiv:2206.08896 / OpenEvolve(GitHub: algorithmicsuperintelligence/openevolve)/ 報酬ハッキング事例は OpenAI「Faulty reward functions in the wild」(2016)と Lehman ら「The Surprising Creativity of Digital Evolution」(2018)。本記事の主張は各一次情報で裏取りし、誇張は上記「正直な但し書き」に分離しました。

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