「なぜ、TikTokは世界一になれたのか? 」を読んでみた
はじめに
中国のIT企業は一般的に中国国内向けのサービスを提供していることが多く(バイドゥ、アリババなど)、グローバル規模でのニーズを獲得を目指すイメージが無かった。しかし既にグローバル市場を抑えたTikTokとその他の中国IT企業がどう違ったのか。更にGoogleやMetaなどといったGAFAを抑えてショート動画市場を独占していったのかという理由が知りたくてこの本を手に取った。
創業者・張一鳴(イーミン)という人物
TikTokの親会社ByteDanceの創業者、張一鳴は大学時代から異質だった。
同級生がトランプやゲームに時間を使うなか、彼はプログラミング・読書・PCの修理だけに時間を費やしていた。自らをモラルのチャンピオンと称し、自己研鑽に取り組み続けた。
彼はこう語っている。
「根気や、ひとりでいられる能力、短期的な要因に惑わされず長期的考察をもとに判断すること、そして計画や努力が実を結ぶまで辛抱強くあること――これはすべて自分のスタートアップを立ち上げるうえでとても重要なことです」
のちにエンジニアリングだけでなく、プロダクトとしての会社づくりにも強いこだわりを見せ、まさにエンジンのような人間と自ら称するほど論理的だったという。
核心的な洞察:情報流通の4象限
イーミンが掴んだ最大の洞察は、人が能動的に情報収集するRSSは時代遅れになる、というものだった。
スマホの登場により、人々はまとまった時間で記事を読む時代から、細切れの時間で情報を少しかじり続ける時代に移行する、そう見抜いていた。
情報流通は以下の4象限に整理できる。
| 能動的(自分から探す) | 受動的(流れてくる) | |
|---|---|---|
| 人間主導 |
検索 (Search) Google検索、Wikipedia |
ソーシャル (Social) X (旧Twitter)、Facebook |
| 機械主導 |
サブスクリプション Netflix、Kindle Unlimited |
レコメンド TikTok、YouTube (ホーム) |
彼が賭けたのは右下のレコメンド、つまり機械が勝手に「あなたが好きなもの」を提示する象限だった。
当時この象限には有力なプレイヤーがほぼ存在しなかった。
なぜMusical.lyが負けてTikTokが勝ったのか
TikTok(当時A.me / Douyin)の勝因は、いくつかの構造的な優位性の掛け算だった。
1. インフラの追い風
4Gの普及・スマホの高解像度化・不適切動画の自動削除(機械学習)という技術的な下地が整っていた。
2. バイトダンスという「アプリ工場」
ByteDanceの経営サイクルはAPP工廠(アプリ工場)と呼ばれる。製造業の工場のように、アプリ開発のプロセスを徹底的に標準化・ユニット化し、高速で回し続ける体制だ。
共通ミドルウェアとして以下が独立している:
- ユーザー獲得(広告運用)
- 技術インフラ(推薦アルゴリズム)
- データ分析
- 収益化(広告システム)
新しいアプリを作る際、開発チームは「中身(コンテンツとUI)」だけを作ればよい。
A.meのアイデア自体、特定の個人が発案したのではなく、このサイクルの一環として生まれたという点に、組織としての成熟が表れている。
3. データ至上主義
アプリの存続は翌日継続率などのデータのみで判断された。リリース当時、社内には似たような動画アプリが複数あったが、データが最も優秀だったA.meにリソースを集中。それが後のDouyin → TikTokへと進化した。
4. クリエイターを「王族のように」扱う
初期クリエイターを王族のように扱い、後続のクリエイターも待遇を目指してコンテンツを提供するサイクルを作った。クリエイターが不安定な生活を強いられやすい業界構造において、安定的な収入はそれだけで強力な訴求になった。
5. ポジショニングの転換
アーリーアダプター獲得後、マジョリティへの展開に向けてスローガンを変えた。
「譲崇拝従這里開始(崇拝はここから始まる)」
↓
「記録美好生活(美しい生活を記録しよう)」
| 項目 | アーリーアダプター期 | マジョリティ期 |
|---|---|---|
| 重視する指標 | 映像クオリティ、クールさ | 共感性、親しみやすさ |
| 推奨コンテンツ | ダンス、VFX、ファッション | 料理、育児、コメディ、豆知識 |
| ユーザー心理 | 「すごい人を見たい」 | 「自分と似た人を見たい」 |
テンセントとFacebookはなぜ負けたのか
テンセントはWeishi(微視)でDouyin対抗を試みたが失敗した。その理由が興味深い。
- ショート動画×レコメンドが巨大産業になると見抜けなかった(最重要)
- トラフィック独占・同種サービスのユーザー保有というテンセントの強みが通用しない市場だった
- すでにDouyinがマインドシェアのクリティカルマスを獲得していた
- イノベーター・アーリーアダプターをすっ飛ばしてマジョリティを狙った結果、コンセプトが曖昧になった
Facebookはテンセントの失敗パターンを分析せず、同じ過ちを繰り返して敗北した。
日本市場での苦戦と打開策
日本のローカライズには独特の難しさがあった。
| 課題 | 解決策 |
|---|---|
| ネット上で顔を出すことへの抵抗感 | 顔を隠す機能の実装、集団イベント施策の取り下げ |
| 優秀な人材が大企業志向で集まらない | 日本に精通した外部エンジニアを先に採用し、知名度向上後に日本人採用 |
| 東アジア企業への警戒感 | 木下優樹菜らタレントが自発的に反応するのを待ち、多数の広告塔として起用 |
この経験をベースに、グローバル展開の哲学が形成された。
「プロダクトはグローバルに、コンテンツはローカルに」
- 標準化:ブランド、UX/UI、レコメンドアルゴリズム
- ローカライズ:コンテンツのプール、マーケティング・プロモーション
アメリカ市場での「失敗→回復」
Musical.ly買収後の2018年、TikTokはアメリカで空前絶後の巨額広告を打った。
しかし初期は子供が踊るだけのイタい(Cringe)アプリという烙印を押され、惨敗した。
その後の回復の鍵は2つ。
- コンテンツのローカライズ:コメディ・料理・ハウツー・スポーツなど多様なコンテンツに広げ、「10代のダンスアプリ」という狭いポジションを捨てた
- レコメンドエンジンによる個の最適化:フォローではなくAIが「あなたが好きなもの」を流し続ける仕組みで、ユーザーが「イタい動画」に触れる機会を構造的に減らした
読んで感じたこと
この本で一番印象に残ったのは、構造を見抜いた人間が市場を作るというシンプルな事実だ。
TikTokの成功は運でも文化的バズでもなく、レコメンドが次の主戦場になるという確信から逆算された、極めて論理的なプロダクト戦略の積み重ねだった。
テンセントもFacebookも、後から参入して同じ機能を作った。しかし「なぜそれが強いのか」を理解せず、ポジショニングも組織力も足りないまま挑んで敗れた。
エンジニアとして読むと、アルゴリズムの横展開(テキストで成功したら画像・動画にも展開)やデータ意思決定の徹底、共通ミドルウェアによる開発サイクルの高速化など、プロダクト開発のヒントが随所にある。
ビジネス書としてもテック読み物としても面白い一冊なので、興味があればぜひ。
他にも本書には「インドの農村社会に与えたTikTokの影響」「バイトダンスのエドテック事業」など面白い話題があるので、気になった方はぜひ手に取ってみてください。