日本のソフトウェアエンジニアリングコミュニティの皆さんへ
エンジニアリングは、単なるチェックリストではありません。システムを深く理解し、その制約を把握する学問です。ここ数年、日本のソフトウェアコミュニティの技術ブログを拝見する中で、少し気になる点があります。
それは、日本と海外との技術的なギャップが広がっているように見えるだけでなく、技術的な議論や知識の共有が十分に行われていないことです。
私が過去15年間で多くのプロジェクトを開発してきた中で、技術的な意思決定は常に長期的な影響を伴うものでした。特定のデータベースやプログラミング言語を選ぶことは、単にタスクを完了させるためのチェック項目ではありません。それは、エコシステムの成熟度、パフォーマンスと開発者体験のバランス、そして最悪のケースまでを慎重に分析した結果でした。
当時のドキュメントは、「〇〇言語と△△データベースを使いました」という記録ではなく、なぜそのアプローチが、より高速かもしれないが予測しづらい他の方法よりも、私たちの状況に最適だったのかを詳細に説明したものでした。
しかし、最近の日本のエンジニアリングブログでは、複雑なアーキテクチャの決定が、単なる技術の選択に簡略化されているように感じます。TypeScriptは、コンパイル時の安全性と実行時のパフォーマンスのトレードオフを考慮した結果ではなく、ただの選択肢の一つになっています。Reactも、状態管理やレンダリング最適化を深く検討した上での選択ではなく、なんとなく使われているように見えます。
なぜこれが問題なのでしょうか?それは、エンジニアリングの判断力は、深い技術的思考に触れることでしか育たないからです。私が初めて画像圧縮の実装を学んだ時(2008年、20歳)、他のエンジニアが使った技術をそのまま真似するのではなく、彼らがなぜその技術を選んだのか、どのような制約があったのか、他の選択肢と比較してどうだったのか、そして、そのアプローチのどこに問題があったのかを徹底的に調べました。
この経験を通じて、新しい技術的な課題に直面した時に、どう判断すれば良いかの基準ができました。
現状のように、技術ブログが単なるツールリストのようになっていると、エンジニアの判断力を育む妨げになります。まるで、ソフトウェア開発が、システムを理解するのではなく、適切なツールを選ぶことだけが重要であるかのように誤解させてしまいます。その結果、既存のパターンは実装できるものの、新しい問題に対して自分で解決策を考え出すことが苦手なエンジニアが増えてしまうでしょう。
技術的なコミュニケーションでは、「何を使ったか」だけでなく、「なぜそれを選んだのか」を伝えることが重要です。もしあなたがプロジェクトでTypeScriptを選んだのなら、それは具体的にどのような問題を解決するためでしたか?パフォーマンス面でどのような妥協をしたのですか?その選択が適切だったと、どうやって検証したのですか?実装中にどのような課題に直面しましたか?これらの情報は、ただ「TypeScriptを使いました」という事実よりも、はるかに価値があります。
同様に、アーキテクチャの決定についても、その背景や制約を説明する必要があります。「マイクロサービスを使っています」と言うだけでは不十分です。具体的にどのようなスケーリングの問題に直面し、データ整合性についてどのようなトレードオフを受け入れ、運用上の複雑さをどのように管理しているのか、そして、その選択があなたの状況にとって最適だったと、どうやって検証したのかを説明してください。
これは、単に長い文章を書くことではありません。技術的な意思決定の背景にある考えを深く掘り下げ、それを共有することです。技術的な意思決定を説明する際に、その理由を省略してしまうと、他のエンジニアがより良い判断力を養う機会を奪ってしまうことになります。
海外のソフトウェアコミュニティでは、このような深い技術コミュニケーションが活発に行われており、その価値は証明されています。エンジニアたちは、パフォーマンス最適化、アーキテクチャの決定、システム障害に関する詳細な分析を積極的に共有しています。このような情報共有が、コミュニティ全体の技術力を底上げする原動力になっているのです。
私たちは、ソフトウェアエンジニアリングを単なるツールの選択として捉えるのではなく、複雑なシステムを理解し、管理する学問として捉え直す必要があります。そのためには、技術的な意思決定について、どのように考え、どのように記録するかを変える必要があります。ツールの選択に隠れるのではなく、システムが持つ根本的なトレードオフに真摯に向き合うべきです。
私たちの目標は、完璧なコードや完璧な意思決定ではありません。私たちが目指すべきは、理解しやすく、保守しやすく、そして進化させることができるシステムを構築することです。そのためには、何を構築しているのかだけでなく、なぜそのように構築しているのかを理解する必要があります。その理解を、コミュニティで共有しましょう。
忘れないでください。エンジニアリングの洞察は、パターンを真似ることからではなく、トレードオフと制約を理解することから生まれます。その洞察を、積極的に共有しましょう。