【無料】OFAC制裁リストをTableauに突っ込んで、経済安全保障ダッシュボードを作る話 — Excel卒業生のためのデータ分析入門
はじめに
「DX だ」「データドリブン経営だ」と言われ続けて数年、現場の多くはまだ Excel です。
でも 2026 年、経済安全保障・地政学リスク・サイバーセキュリティの領域では、手作業の Excel スクリーニングが追いつかない現実が来ています。
- 米国 OFAC の制裁対象(SDN リスト)は 12,000 件超、毎月数百件の更新
- 米国商務省の Entity List も 数千件規模
- ロシア・ウクライナ、半導体、AI 規制… 取引先の与信判断が毎週変わる
この記事では、Excel ユーザーが Tableau を使って、無料の公開データだけで「経済安全保障モニタリングダッシュボード」を組み立てる最短ルートを紹介します。
筆者が、仮に企業向けに新米Tableauデータ解析人材の養成講座を行うと想定した場合、全 12 回くらいのボリュームで、こんな教材があったらわかりやすいな、というイメージトレーニングとしてセロから作成した「教材の想定ひな形」から、Qiita 読者がすぐ手を動かせる 4 回ぶんを抜き出してダイジェストにしています。
この記事の対象
- Excel は使えるけど、Tableau は触ったことがない
- 経済安全保障・サプライチェーンリスク・サイバー脅威に業務で触れる
- 「制裁リストを毎月チェック」が今は手作業
- Python は書けないが、ドラッグ&ドロップでなら何とかなりそう
この記事で出てこないもの
- Python・SQL・統計理論の深い議論
- Tableau Desktop の有償ライセンス前提(無料の Tableau Public で完結)
TL;DR
| やること | 使うデータ | 使うツール | 所要時間 |
|---|---|---|---|
| ① 米国 SDN リストを地図にプロット | OFAC SDN.CSV | Tableau Public | 30 分 |
| ② カントリーリスクを Box Plot で可視化 | OECD Country Risk | Tableau Public | 30 分 |
| ③ 対露輸出の制裁前後を時系列比較 | 財務省貿易統計 | Tableau Public | 45 分 |
| ④ 4 つを統合してダッシュボード化 | 上記すべて | Tableau Public | 60 分 |
合計 3 時間程度で、それっぽい経済安全保障ダッシュボードができます。
全部、無料で教育利用できるオープンデータです。
データの利用について
本記事で扱うデータは、すべてインターネット上で無料公開されているオープンデータです。本記事は 教育目的 で各データソースを参照する方法を示すもので、データ自体を再配布するものではありません。各データソースは、演習の指示に従って公式サイトから直接ダウンロードしてください。
代表的なデータソースのライセンスは以下の通りです。
- 米国政府公開データ (OFAC SDN, Entity List, CISA KEV, NVD CVE): 米国政府著作物として自由に利用可能
- World Bank WGI: Creative Commons Attribution 4.0
- OECD Country Risk: 教育目的での参考使用が可能(OECD は他の目的での使用を推奨しないため、データの再配布は行わない)
- 財務省貿易統計: 公開統計として一般利用可能
業務で実際に活用される際は、各データソースの最新の利用規約を必ずご確認ください。商用ツール・サービスへの組み込みには、別途ライセンス契約が必要な場合があります。
なぜ Tableau なのか(Excel との比較)
正直に言うと、Excel で頑張れる範囲は限られています。
| 観点 | Excel | Tableau |
|---|---|---|
| 12,000 行の制裁リスト | 重い・落ちる | サクサク動く |
| 世界地図にプロット | 別のアドインが必要 | 標準機能 |
| 複数データを結合 | VLOOKUP 地獄 | ドラッグで JOIN |
| ダッシュボード | 静的 | クリックで連動 |
| 月次更新 | 毎回コピペ | データ接続で自動 |
| 無料で使える | ◯ | Tableau Public は無料 |
「Excel ですべて済ませたい」気持ちはわかりますが、12,000 件の制裁リストを毎月手動で照合するなら、Tableau に乗り換えた方が早いです。
注意: Tableau Public は無料ですが、作成したダッシュボードはインターネット上に公開されます。社内データを扱う場合は Tableau Desktop(有償)または Tableau Cloud を使ってください。本記事の演習はすべて公開データを使うので、Tableau Public で問題ありません。
演習①:OFAC 制裁リストを世界地図にプロットする
1.1 SDN リストとは何か
OFAC(米国財務省外国資産管理局)が公開している、米国市民・企業が取引してはいけない人物・組織のリストです。これに載っている取引先と取引すると、米国の制裁違反になります。
リストは CSV で毎日更新されています。誰でも無料でダウンロードできます。
1.2 Tableau Public のセットアップ
Step 1: https://public.tableau.com からインストーラをダウンロード
Step 2: インストールして起動
Step 3: 起動画面 > 「ファイルへ接続」> 「テキストファイル」
Step 4: ダウンロードした SDN.CSV を選択
これでデータが Tableau に取り込まれます。
1.3 世界地図に件数を表示
Step 1: 左の「データ」パネルから「Country (国籍)」を「マーク」カードの「詳細」にドラッグ
Step 2: 自動的に世界地図が表示される
Step 3: 「カウント (SDN.csv)」をマークの「色」にドラッグ
Step 4: 「カウント (SDN.csv)」を「サイズ」にもドラッグ
これだけで、国別の制裁対象件数の世界地図ができます。
ロシア・イラン・北朝鮮あたりが赤くなり、円が大きくなっているはずです。
1.4 制裁プログラム別にフィルタリング
Step 1: 「Programs」を「フィルター」シェルフにドラッグ
Step 2: フィルター画面で「UKRAINE-EO13662」「RUSSIA-EO14024」などを選択
Step 3: マップが対露制裁関連だけに絞り込まれる
「ウクライナ侵攻関連の制裁って、どの国・地域にどれだけ広がってるんだっけ?」が5 秒で答えられるようになります。
演習②:カントリーリスクを Box Plot で可視化
平均値だけ見てると判断を誤ります。
「カントリーリスクの平均が 60 点」と言われても、50 点台に多くの国が固まっていて少数の国が 90 点超なのか、全体が均等にばらついているのかで意味が全然違います。
これを一発で見抜くのが Box Plot(箱ひげ図) です。
2.1 Box Plot の読み方(30 秒で)
┃ ← 最大値(外れ値除く)
┃
┏━━━━━━━┓ ← 第 3 四分位数(上位 25%)
┃ ┃
┃━━━━━━━┃ ← 中央値(真ん中の値)
┃ ┃
┗━━━━━━━┛ ← 第 1 四分位数(下位 25%)
┃
┃ ← 最小値
● ← 外れ値(突出した国)
四角の中に データの真ん中 50% が入っています。
● で表示される外れ値が、**「この地域では異常に高リスクな国」**です。
2.2 OECD Country Risk Classification を可視化
データ取得: https://www.oecd.org/ で「Country Risk Classification」を検索
Step 1: ダウンロードした CSV を Tableau に追加接続
Step 2: 「地域 (Region)」を列シェルフへ
Step 3: 「リスクスコア (Country Risk)」を行シェルフへ
Step 4: 「マーク」カードのドロップダウンで「Box Plot(箱ひげ図)」を選択
Step 5: 「分析」メニュー >「参照線」で 50% 信頼区間を追加
これで、地域別のリスク分布の広がりが一目でわかります。
「アジアと中東、どっちがリスク分散が大きいか?」「外れ値の高リスク国はどこか?」みたいな問いに、グラフを指差して答えられます。
演習③:対露輸出の時系列分析
ウクライナ侵攻後、日本の対露輸出はどう変わったか?
財務省貿易統計は、月次データを CSV でダウンロードできます。
ダウンロード先: https://www.customs.go.jp/toukei/info/
3.1 対象国・期間を選んで読み込む
2018 年 1 月〜2024 年 12 月、対ロシア・対ウクライナ・対中国の輸出額をダウンロードします。
Step 1: Tableau に CSV を読み込み
Step 2: 「年月」を列シェルフ、「輸出額」を行シェルフへ
Step 3: 「相手国」を「マーク」の「色」へ
Step 4: 折れ線グラフで 3 か国の比較ができる
3.2 地政学イベントを参照線で重ねる
Step 1: 「分析」メニュー >「参照線」>「線」を選択
Step 2: 値: 2022/02/24 を入力 → ラベル「ウクライナ侵攻開始」
Step 3: 同様に 2022/03 「対露制裁参加」、2022/10「米半導体規制強化」
これで、「制裁参加後にどれだけ対露輸出が落ちたか」 が一目瞭然になります。
筆者が試した結果では、対露輸出は 2022 年 3 月以降に約 70% 減しています。一方で対中輸出は半導体関連で 2022 年 10 月直前に駆け込み増加が見られました。
3.3 トレンドラインで定量化
Step 1: 「分析」メニュー >「トレンドライン」>「線形」を選択
Step 2: 各国の傾きが自動計算される
Step 3: トレンドラインにマウスオーバーすると、傾きと p 値が表示される
これで「印象論」ではなく、**「対露輸出は月次で X 億円ペースで減少しており、統計的に有意(p < 0.01)」**と言えるようになります。
演習④:統合ダッシュボードに仕立てる
ここまでで作った 3 つのワークシート(地図・Box Plot・時系列)を、一画面のダッシュボードにまとめます。
4.1 ダッシュボードを新規作成
Step 1: メニューから「ダッシュボード」>「新しいダッシュボード」
Step 2: サイズを「自動」に
Step 3: 左の「シート」一覧から、3 枚のワークシートをドラッグして配置
4.2 連動させる(ここが Tableau の真骨頂)
Step 1: 「ダッシュボード」メニュー >「アクション」
Step 2: 「アクションの追加」>「フィルター」
Step 3: ソース: マップ、ターゲット: Box Plot と時系列
Step 4: アクション: 「選択時に実行」
これで、地図上で「ロシア」をクリックすると、Box Plot と時系列が「ロシア」だけのデータに自動で絞り込まれるダッシュボードが完成します。
経営会議で「ロシアって今どうなってる?」と聞かれたら、マップをクリックするだけで答えが出る状態になります。
できあがったダッシュボードでわかること
実務で次のような問いに答えられるようになります:
- 調達リスク: どの国にサプライヤーが集中していて、その国の制裁件数はどう推移しているか
- 与信判断: 海外取引先のうち、SDN/Entity List にマッチする企業はないか
- 規制強化の影響: 米国の規制発効日と、自社輸出の変動に相関はあるか
- アラート: 直近 30 日で新規追加された制裁対象は何件か
「Excel で毎月手作業」から「ダッシュボードを開けば全部見える」に変わります。
よくある質問
Q. Tableau Public の制限は何?
データは公開されます(個人作品ポートフォリオ用途)。社内機密データは Desktop(有償)または Cloud で。本記事の演習は全部公開データなので OK。
Q. CSV のダウンロードを毎月手動でやるの?
最初は手動でいいです。慣れたら Tableau Desktop の「Web Data Connector」や、Python で requests してから Tableau に渡す方法もあります(応用編)。
Q. SDN リストのファイル名や形式が変わったら?
OFAC の公式ドキュメントに、CSV の列定義が記載されています。年に 1〜2 回確認しておくと安全。
Q. 「会社名の表記ゆれ」はどう対処する?
-
UPPER()関数で大文字化して比較 -
CONTAINS()関数で部分一致 - 本気でやるなら fuzzy matching(応用編)
Q. 取引先データを Tableau に入れて大丈夫?
Tableau Public は不可(公開されてしまう)。Tableau Desktop か社内 Tableau Server を使ってください。
Q. 扱うデータを業務でそのまま使っていい?
それぞれのデータソースのライセンスを確認してください。本記事は 教育目的での参考使用 を前提に書いています。
- 米国政府公開データ (OFAC, BIS, CISA, NIST): 自由に利用可能
- World Bank WGI: CC BY 4.0(出典明記で利用可)
- OECD Country Risk: 教育目的での参照は可。業務利用や再配布は OECD のガイドラインに従ってください
- OpenSanctions: 非商用は無料、商用は別途ライセンス取得
社内システムに組み込む・有料サービスに統合する場合は、各データ提供機関に問い合わせて利用許諾を確認するのが安全です。
もっと深く学びたい人へ 📚
この記事は、筆者が 全 12 回相当分のTableau演習素材から、Qiita 読者向けに 4 回ぶんを抜き出したダイジェスト版です。
完全版では以下も扱っています:
- 第 7 回: ネットワーク分析 — 制裁対象企業の子会社・フロント企業を可視化
- 第 8 回: 時系列予測 — Tableau 標準機能で 12 か月先のリスク予測
- 第 9 回: 多変量解析 — TabPy 連携で PCA・クラスタリング
- 第 10 回: CISA KEV — サイバーセキュリティ脆弱性データの可視化
- 第 11 回: 統合ダッシュボード — 4 ページ構成のフル版モニタリングシステム
- 付録: 公開データソース完全リスト(制裁・カントリーリスク・貿易・サイバー)
完全版は GitHub で公開しています(CC BY 4.0)。
🔗 GitHub リポジトリ: https://github.com/EtaleCohomology/geometric-intelligence-saga
tools/01_tableau-economic-security/ フォルダに、全 12 回の PDF 教材が入っています。
おわりに
経済安全保障・地政学リスクは、もはや「政府や大企業の専門部門の話」ではなくなりました。
中堅企業の調達担当者・営業担当者・コンプライアンス担当者にも、毎月の制裁リストを確認する義務が事実上発生しています。
そんな現場で、Excel でないツールに乗り換える最初の一歩として、Tableau Public は本当によくできています。
そして、Tableau の先には Python による多様体データ分析、その先には GI 理論のような幾何学的なリスク分析フレームワーク という世界が広がっています。
その入口に立つ Excel ユーザーの方が、本記事を踏み台にしていただければ嬉しいです。
質問・コメントお待ちしています 🙋
Tags: #Tableau #データ分析 #経済安全保障 #可視化 #BI






