初めに
社内の問い合わせに RAG で答えていると、こんな場面によく出会います。
「パスワードを再設定したい」
→ 手順書には「個人アカウントの場合」と「共用アカウントの場合」の 2 通りが書いてある
→ AI は両方をまとめて答える
→ 利用者は、自分がどちらなのか分からないまま読む
資料は正しくても、どの条件で・どの資料を・どの順で確かめれば答えに届くかは資料に書いてありません。それはヘルプデスクの担当者の頭の中にある「進め方」です。
Production Ready RAG の検索・回答プロファイルには、この進め方を登録する 「業務ガイド」 という機能があります。この記事では、合成のテスト文書で業務ガイドを作り、業務ガイドがあるとき・ないときで回答がどう変わるかを実際の画面で確かめます。
この記事のテスト文書・会社名・部署名・内線番号は、すべて記事のために作った架空のものです。2026 年 10 月 22 日時点の機能で確かめています。
先に結論
先に結論を書くと、業務ガイドはこういうものです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 何を書くか | 答えそのものではなく、確かめる条件・分岐・手順・参照する資料の頁・承認・引き継ぎ先 |
| どこに置くか | 検索・回答プロファイルの「プロファイルの知識 › 業務ガイド」(プロファイルごと) |
| いつ使われるか | 公開した版だけ。質問が「照合の語」「質問の例」に当たったとき |
| 何が変わるか | 条件が分からなければ回答の前に確認し、分かればその条件の手順だけを答え、末尾に承認・引き継ぎ先を添える |
| AI | 照合・確認・分岐・手順ごとの検索は LLM を使わない(回答の生成だけが LLM。意味の照合を ON にすると埋め込みが 1 回増える) |
処理の流れはこうです。
テスト用のデータ
ナレッジベースと検索・回答プロファイル
ナレッジベース「Qiita検証_業務ガイド」に 2 件の文書を入れ、同じナレッジベースを検索する検索・回答プロファイルを 2 つ作りました。
| プロファイル | 業務ガイド |
|---|---|
| Qiita検証_業務ガイドあり | 1 件を公開 |
| Qiita検証_業務ガイドなし | なし(比較用) |
テスト文書
| 文書 | 内容 |
|---|---|
| 社内システム アカウント管理手順書(PDF・5 頁) | p.2 アカウントの種類(個人・共用)/ p.3 個人アカウントの再設定(本人がポータルで)/ p.4 共用アカウントの再設定(管理者が申請・部長の承認)/ p.5 再設定の後の確認・問い合わせ先 |
| 業務用パソコン 利用ルール(PDF) | 画面のロック・持ち出しなど(似た語を含む別の文書) |
アカウントの種類によって手順がまったく違い、共用アカウントだけ承認が要る、という「条件で答えが分かれる」文書にしました。
業務ガイドを作る
置き場所
「ナレッジ構築 › 検索・回答プロファイル」でプロファイルを開き、下の「プロファイルの知識」の 「業務ガイド」 タブです。ナレッジベースや文書ではなく、プロファイルごとに持ちます。
「新しい業務ガイド」で作るほか、「取り込み」で JSON や「回答の過程(Excel・テキスト)」から下書きを作れます(後者は AI が下書きを作ります)。
基本:どの質問に使うか
| 項目 | 今回の値 |
|---|---|
| タイトル | アカウントのパスワードを再設定する |
| 期待する結果 | アカウントの種類に合った再設定の手順と、必要な申請・承認・再設定の後の確認が分かる。 |
| 質問の例 | パスワードを忘れたので再設定したい/ログインできないのでパスワードを変えたい/共用アカウントのパスワードを再設定するには? |
| 照合の語 | パスワード/再設定 |
「質問の例」か「照合の語」が 1 つ以上必要です。照合は次の点数で決まり、2 点以上で業務ガイドを使います。
- 照合の語が質問に含まれる:1 語ごとに 2 点(プロファイルの「用語・同義語」の別名でも可)
- 質問の例と文字の並びが似ている(文字の 2 つ組の一致率 0.5 以上):3 点
- 意味の近さ(後述の設定を ON にしたときだけ。埋め込みのコサイン類似度 0.6 以上):3 点
確認する条件:答えを決めるために要ること
| 項目 | 今回の値 |
|---|---|
| ID / 名前 |
account_type / アカウントの種類 |
| 型・選択肢 | 選択:個人アカウント/共用アカウント |
| 言い換え | 個人アカウント: 自分のアカウント、社員番号 共用アカウント: 共有アカウント、shared-、部署のアカウント、受付の端末 |
| 値の出所 | 利用者に聞く |
| 分からないとき | 確かめる |
| 確かめる問い | パスワードを再設定したいのは、どのアカウントですか? |
ポイントは 「言い換え」 です。質問に選択肢の語か言い換えの語が出れば、条件は分かったものとして聞き直しません。
「分からないとき」は、確かめる(利用者に聞く)・分岐する(分からない場合の分岐へ進む)・人へ引き継ぐ(窓口を案内して終える)から選びます。
手順と参照する資料の頁
手順は 3 つにしました。各手順に 「この手順が参照する資料」 として、根拠のある文書と頁を指定できます。
| 手順 | 参照する頁 |
|---|---|
| 本人が社内ポータルで再設定する | p.3 |
| 管理者が再設定を申請し、部長の承認を受ける | p.4 |
| 再設定の後にログインと端末の保存パスワードを確かめる | p.5 |
回答のときは、手順ごとに「検索の手がかり」で検索し、参照する頁に絞った検索で見つかった根拠を、検索の順位に関係なく回答の材料に入れます(プロファイルの「業務ガイドの手順ごとに探す」が ON のとき。既定 ON)。
分岐:条件の値で手順を選ぶ
「アカウントの種類 = 個人アカウント」なら手順 1、「= 共用アカウント」なら手順 2 へ進みます。分岐の先に無い手順(手順 3)は、どちらの場合にも残ります。
完了の条件・影響と引き継ぎ
| 項目 | 今回の値 |
|---|---|
| 影響の範囲 | グループ |
| 承認を求める | ON(メモ:共用アカウントの再設定は、部長の承認を受けてから情報システム部が行います。) |
| 影響範囲・承認が係る手順 | 管理者が再設定を申請し、部長の承認を受ける(この手順が残る回答だけに承認を書く) |
| 人へ引き継ぐ条件 | 本人であることを確かめられない/共用アカウントの管理者が分からない |
| 引き継ぎ先 | 情報システム部 ヘルプデスク(内線 4100) |
検証する
保存した下書きは「検証」で確かめます。わざと選択肢に「検証用アカウント」を足して、分岐を作らずに検証すると、こう出ました。
注意(warning)は公開を止めません。公開できない「問題」になるのは、手順が無い・照合できない(質問の例も照合の語も無い)・存在しない手順や条件を指している・参照する資料がプロファイルのナレッジベースに無い(または索引が済んでいない)、などです。今回は「検証用アカウント」を外して保存し直し、問題 0 件にしました。
下書きで試す
公開する前に、編集画面の下の 「下書きで試す」 で回答を作れます。分かっている条件を指定して試せるのが便利です。「共用アカウント」を指定して「パスワードを再設定したい」と試しました。
「進め方:手順どおりに答えた」「手順の説明」に、残った 2 つの手順(共用アカウントの申請・再設定の後の確認)がどちらも「説明した」 と出ました。個人アカウントの手順は分岐で外れています。試した回答は、実行履歴・フィードバック・評価には入りません。
公開する
「公開」で今の下書きを新しい版として公開します。回答に使うのは公開した版だけです。
公開の履歴は直近 5 版まで残り、前の版に戻すこともできます。「アーカイブ」すると回答に使わなくなります。
業務ガイドがないとき・あるとき
ないとき
「Qiita検証_業務ガイドなし」のチャットで「パスワードを再設定したい」と質問しました。
資料に沿った正しい回答ですが、個人アカウントの手順と共用アカウントの手順が混ざっています。利用者は、自分がどちらに当たるのかを自分で読み分ける必要があります。
あるとき:回答の前に確認する
「Qiita検証_業務ガイドあり」で同じ質問をすると、回答の前にカードが出ました。
問いと選択肢は、業務ガイドの「確かめる問い」と「選択肢」そのものです。ここまで LLM は呼んでいません。「確認せずに回答」を押すと、決まらない点を前提として示して回答します。
「共用アカウント」を選んで回答させました。
違いは 3 つです。
- 共用アカウントの手順だけを答えている(個人アカウントの手順が出ない)
- 手順の根拠に、業務ガイドで指定した p.4 と p.5 が付いている
- 末尾の 「業務ガイドの案内」 に、引き継ぎ先と「実施の前に承認が必要です。」が出る(この欄は「資料の記載ではありません」と明示される)
「処理の経過 › 処理の詳細」では、使った業務ガイドと版、確かめた条件とその出所が分かります。
同じ質問・同じ選択で何度か試すと、p.4 の手順の説明が「未確認(引用の原文が根拠に見当たらない)」になり、「業務ガイドの手順『…』は、取得した資料で説明を確かめられませんでした」と出ることがありました(共用アカウントの側で 4 回中 3 回)。根拠の頁は回答の材料に入っているのに、言い換えた手順の文が原文と照合できないためで、Issue にしました(#3064)。そのうち 1 回は、本文に「(E6)」のような根拠の内部の番号がそのまま出ました(#3065)。大事な回答は、出典の頁で原文を確かめてください。
言い換えで条件が決まる
質問に言い換えの語があれば、確認のカードは出ません。「受付の端末の共有アカウントのパスワードを再設定したい」は、「受付の端末」「共有アカウント」から共用アカウントと読み取られました。
「自分のアカウントのパスワードを忘れてしまいました」は、「自分のアカウント」から個人アカウントと読み取られ、個人アカウントの手順(p.3)と再設定の後の確認(p.5) だけを答えました。
こちらには 「実施の前に承認が必要です」が出ていません。承認を「共用アカウントの手順」にだけ係るように指定したからです(影響範囲・承認が係る手順)。
RAG 検索では文で確かめる
RAG 検索(「LLM で回答を生成する」を ON)には確認のカードがありません。条件が分からないと、根拠を探す前に止まり、次のように返します。
処理の経過は 2 ステップ・0.1 秒未満で、LLM は呼んでいません。答えを質問に書き足して(「共用アカウントのパスワードを再設定したい」)、もう一度検索します。MCP の rag_search からは conditions で条件を渡せます。
このとき、下の検索結果の欄に「一致する根拠が見つかりませんでした。キーワードを変える…」と出ます。根拠が無いのではなく、確認のために止めただけなので、Issue にしました(#3066)。
プロファイル側の設定
業務ガイドの使い方は、検索・回答プロファイルの設定で調整できます。どれも「グローバル既定を継承 / ON / OFF」で選びます。
業務ガイドの手順ごとに探す(既定 ON)
手順ごとの検索と、参照する頁の根拠を入れる処理のスイッチです。上限として「手順ごとの検索の上限」(既定 4)と「手順ごとの検索の時間上限(秒)」(既定 60)もあります。AI の呼び出しは増えませんが、手順ごとに数秒かかります。
業務ガイドの照合(既定 OFF)
- 意味の近さで業務ガイドを選ぶ:語が一致しない言い方でも、質問の例との意味の近さで業務ガイドを選びます。
- 近い業務ガイドを確かめる:照合の点が近い業務ガイドが複数あるとき、どれについての質問かを確かめます(選択肢は業務ガイドの題名)。
「サインインできなくなったので、ログイン用の暗証を新しくしたい」は、照合の語(パスワード・再設定)を 1 つも含みません。
- 意味の近さ OFF:業務ガイドは使われず、ふつうの回答になりました。
- 意味の近さ ON:業務ガイドに当たり、確認のカードが出ました。
質問ごとに埋め込みの呼び出しが 1 回増えます。
曖昧な質問の扱い
「確認してから回答する」(既定)なら上のとおりカードで確かめ、「前提を示して回答する」ならカードを出さずに、決まらない点を前提として示して回答します。
業務ガイドを書くときのコツ
試してみて分かった、書き方のコツです。
- 答えを書かず、進め方を書く。 答えは資料にあります。業務ガイドには「何が分かれば答えが決まるか(条件)」「その値で何を確かめるか(分岐・手順)」を書きます。
- 言い換えをたっぷり書く。 利用者は「共用アカウント」とは言わず「受付の端末」「部署のアカウント」と言います。言い換えが当たれば、確認のカードを出さずに済みます。
- 手順に参照する頁を付ける。 検索の順位に関係なく、その頁の根拠が回答の材料に入ります。
- 承認は係る手順だけに付ける。 「影響範囲・承認が係る手順」を選ばないと、すべての回答に承認の注意が出ます。
- 公開の前に「下書きで試す」。 条件を変えて、残る手順と「説明した」かを確かめます。
- 照合の語は短すぎない語にする。 照合の語は部分一致なので、短い語は関係の無い質問にも当たります。
業務ガイドを使うかどうかを、プロファイルの 1 つのスイッチ(既定 OFF)で選ぶ形にする変更が開発中です(Issue #3048)。画面や既定が変わったら、プロファイルでそのスイッチを ON にしてください。
気になった点(作成した Issue)
| Issue | 内容 |
|---|---|
| #3064 | 業務ガイドの手順の参照頁の根拠を言い換えて説明すると、引用の照合で未確認になり手順を unused と判定する |
| #3065 | 回答の本文に根拠の内部の番号「(E6)」がそのまま表示され、その段落が未確認になる |
| #3066 | RAG 検索で業務ガイドの条件を確かめる返答の下に「一致する根拠が見つかりませんでした」が出る |
まとめ
- 業務ガイドは、答えではなく 「どの条件で・どの資料を・どの順で確かめるか」 を検索・回答プロファイルに登録する仕組み
- 条件が分からなければ回答の前に確認し(チャットはカード、RAG 検索は文)、言い換えが当たれば聞き直さない
- 条件の値で分岐して手順を絞り、手順の参照する頁の根拠を必ず回答の材料に入れる
- 回答の末尾に承認・引き継ぎ先を「業務ガイドの案内」として添え、承認は係る手順が残るときだけ出す
- 照合・確認・分岐・手順の検索は LLM を使わない。公開した版だけを使い、下書きで試してから公開できる
資料に答えがあっても、「どちらの場合か」を聞かずに答えると、利用者は迷います。
担当者の頭の中の進め方を業務ガイドにすると、RAG が担当者と同じ順で確かめてから答えるようになります。
まずは、問い合わせの多い 1 件から書いてみるのがおすすめです。




















