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【深層解説】なぜLLMは遅いのか?KV CacheとSpeculative Decodingの数学的理解

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はじめに

「なぜClaude Codeは時々遅くなるのか?」
「なぜ長いコンテキストになると応答が重くなるのか?」

これらの疑問に答えるには、LLMの推論がどのように動作し、何がボトルネックになっているのかを理解する必要があります。

この記事では、LLM推論の2大最適化技術である「KV Cache」と「Speculative Decoding」を、数学的な背景から実装レベルまで深く解説します。

対象読者: LLMの内部動作に興味があるエンジニア、MLエンジニア、または「なぜ遅いのか」を本質的に理解したい方

第1章: LLM推論の本質的なボトルネック

1.1 LLMは「計算律速」ではなく「メモリ律速」

多くの人が誤解していますが、LLMの推論が遅い理由は計算量が多いからではありません。

メモリ帯域幅が足りないからです。

📊 NVIDIA H100 GPUのスペック:
├── 計算能力: 1,979 TFLOPS (FP8)
├── メモリ容量: 80GB HBM3
└── メモリ帯域幅: 3.35 TB/s

問題: GPUは計算能力を持て余している

LLM推論では、モデルの重みをメモリから読み込み、計算し、結果を書き戻すというサイクルを繰り返します。このとき、メモリの読み書き速度が計算速度に追いつかないのです。

1.2 自己回帰生成の呪い

LLMがテキストを生成する方法を「自己回帰生成(Autoregressive Generation)」と呼びます。

# 自己回帰生成の疑似コード
def generate(prompt, max_tokens):
    tokens = tokenize(prompt)

    for _ in range(max_tokens):
        # 毎回、全てのトークンに対してAttentionを計算
        logits = model.forward(tokens)
        next_token = sample(logits[-1])
        tokens.append(next_token)

    return tokens

問題は、1トークンを生成するたびに、過去の全トークンに対してAttention計算を行うことです。

これは計算量が O(n²) で増加することを意味します。

トークン数 | Attention計算回数
----------|------------------
100       | 10,000
1,000     | 1,000,000
10,000    | 100,000,000
100,000   | 10,000,000,000

128Kトークンのコンテキストウィンドウを持つモデルでは、これは壊滅的です。

第2章: KV Cacheの仕組み

2.1 Transformerの復習:Query, Key, Value

Transformerの核心は「Self-Attention」です。

Attention(Q, K, V) = softmax(QK^T / √d_k) × V

各トークンは3つのベクトルに変換されます:

ベクトル 役割
Query (Q) 「何を探しているか」を表す
Key (K) 「自分が何であるか」を表す
Value (V) 「自分が持っている情報」を表す

Attentionは、Queryと全てのKeyの類似度を計算し、その重みでValueを集約します。

2.2 なぜKeyとValueをキャッシュするのか

自己回帰生成では、新しいトークンを生成するたびに、過去の全トークンのK,Vを再計算していました。

❌ ナイーブな実装:
Token 1: K1, V1を計算
Token 2: K1, V1, K2, V2を計算  ← K1, V1は再計算
Token 3: K1, V1, K2, V2, K3, V3を計算  ← 全て再計算

しかし、過去のトークンのK,Vは変化しないことに気づきます。

✅ KV Cache:
Token 1: K1, V1を計算 → キャッシュに保存
Token 2: K2, V2を計算 → キャッシュに追加
Token 3: K3, V3を計算 → キャッシュに追加

Attention計算時はキャッシュから読み込むだけ

これにより、計算量は O(n²) → O(n) に削減されます。

2.3 KV Cacheのメモリ消費量

しかし、KV Cacheには代償があります。メモリ消費量です。

# KV Cacheのサイズ計算
def kv_cache_size(
    batch_size: int,
    seq_len: int,
    num_layers: int,
    num_heads: int,
    head_dim: int,
    dtype_bytes: int = 2  # FP16 = 2 bytes
) -> int:
    # K と V それぞれ保存
    return 2 * batch_size * seq_len * num_layers * num_heads * head_dim * dtype_bytes

# Llama-2 70Bの例
size = kv_cache_size(
    batch_size=1,
    seq_len=128_000,  # 128Kコンテキスト
    num_layers=80,
    num_heads=64,
    head_dim=128,
    dtype_bytes=2
)
print(f"KV Cache size: {size / 1e9:.1f} GB")
# → KV Cache size: 167.8 GB

128Kコンテキストで167GBのKV Cacheが必要です。

これは、最高級のH100 GPU(80GB)でも足りません。

2.4 KV Cacheが「本当の」ボトルネック

ここで重要な洞察があります:

LLM推論のボトルネックは、モデルの重みではなく、KV Cacheである

長いコンテキストになればなるほど、KV Cacheのサイズは線形に増加します。そして、このKV Cacheの読み書きが、メモリ帯域幅を食い尽くすのです。

第3章: KV Cache最適化技術

3.1 量子化(Quantization)

最もシンプルな解決策は、KV Cacheの精度を下げることです。

📊 量子化によるメモリ削減:
├── FP16 (16-bit): 基準
├── FP8 (8-bit): 50%削減
├── INT4 (4-bit): 75%削減
└── INT2 (2-bit): 87.5%削減

NVIDIAのTensorRT-LLMは、KV CacheのFP8量子化をサポートしています。

# TensorRT-LLMでのKV Cache量子化設定
config = {
    "kv_cache_dtype": "fp8",  # or "int4"
    "kv_cache_free_gpu_memory_fraction": 0.9
}

FP8量子化では、精度低下は1%未満と報告されています。

3.2 Grouped-Query Attention (GQA)

Llama-2 70Bで採用された技術です。

通常のMulti-Head Attention (MHA)では、各ヘッドが独自のK,Vを持ちます:

MHA: Q1,K1,V1 | Q2,K2,V2 | Q3,K3,V3 | Q4,K4,V4
     ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓    ↓
     全て独立

GQAでは、複数のQueryヘッドが同じK,Vを共有します:

GQA: Q1,Q2 → K1,V1 | Q3,Q4 → K2,V2
     ↓  ↓     ↓  ↓   ↓  ↓     ↓  ↓
     K,Vを共有    K,Vを共有

これにより、KV Cacheのサイズをヘッド数に比例して削減できます。

3.3 Sliding Window Attention (SWA)

Mistral-7Bで採用された技術です。

全てのトークンのK,Vを保存するのではなく、直近のWトークン分だけを保持します。

📦 Sliding Window (W=4096):
Token 1-4096:    [K,V保持]
Token 4097:      Token 1を削除、Token 4097を追加
Token 4098:      Token 2を削除、Token 4098を追加
...

これにより、コンテキスト長に関係なく、KV Cacheサイズを固定できます。

3.4 Multi-Head Latent Attention (MLA)

DeepSeekが開発した最新技術です。

MLAの核心は「低ランク射影」です。K,Vをそのまま保存するのではなく、圧縮された「潜在表現」を保存します。

従来: K, V をそのまま保存 (d次元)
MLA:  c = compress(K, V) を保存 (r次元, r << d)
      K, V = decompress(c) で復元

DeepSeekの報告によると:

  • KV Cacheサイズ: 93%削減
  • 生成スループット: 6倍向上

第4章: Speculative Decoding

4.1 基本的なアイデア

Speculative Decoding(投機的デコーディング)は、2022年にGoogleが発表した革命的な技術です。

核心となるアイデア:

小さなモデルで「予測」し、大きなモデルで「検証」する

📊 Speculative Decodingの構成:
├── Draft Model(ドラフトモデル): 小さくて高速
└── Target Model(ターゲットモデル): 大きくて高精度

4.2 アルゴリズムの詳細

def speculative_decode(prompt, draft_model, target_model, k=5):
    tokens = tokenize(prompt)

    while not done:
        # Step 1: ドラフトモデルでK個のトークンを予測
        draft_tokens = []
        for _ in range(k):
            next_token = draft_model.generate_one(tokens + draft_tokens)
            draft_tokens.append(next_token)

        # Step 2: ターゲットモデルで一括検証
        # ※ K個のトークンを「並列に」検証できる
        target_probs = target_model.forward(tokens + draft_tokens)

        # Step 3: 受理/棄却の判定
        accepted = 0
        for i, draft_token in enumerate(draft_tokens):
            if accept(draft_token, target_probs[i]):
                accepted += 1
            else:
                break

        # Step 4: 受理されたトークンを追加
        tokens.extend(draft_tokens[:accepted])

        # Step 5: 棄却された位置で正しいトークンを生成
        if accepted < k:
            correct_token = sample(target_probs[accepted])
            tokens.append(correct_token)

    return tokens

4.3 なぜこれが速いのか

ポイントは、ターゲットモデルの呼び出し回数が減ることです。

❌ 通常の生成 (10トークン):
Target呼び出し: 10回

✅ Speculative Decoding (k=5, 受理率80%):
Draft呼び出し: 12回(速い)
Target呼び出し: 3回(遅いが回数減)

ドラフトモデルはターゲットモデルの10倍以上速いことが多いため、全体として高速化されます。

4.4 数学的保証:出力品質は同一

驚くべきことに、Speculative Decodingは出力品質を一切犠牲にしません

これは、受理/棄却のアルゴリズムがターゲットモデルの出力分布を完全に保存するよう設計されているからです。

受理確率は以下で計算されます:

accept_prob = min(1, target_prob / draft_prob)

この式により、最終的な出力分布はターゲットモデル単体と数学的に同一になることが証明されています。

4.5 実際のパフォーマンス

📊 Speculative Decodingの効果:
├── 最適なk値を選んだ場合: 20-54%のコスト削減
├── 間違ったk値を選んだ場合: 175%のコスト増加(逆効果)
└── N-gram + FP8の組み合わせ: 最大3倍の高速化

重要な点:Speculative Decodingは「Plug and Play」ではない

最適なk値(予測トークン数)は、タスクとモデルの組み合わせによって大きく異なります。チューニングが必須です。

第5章: 最先端の組み合わせ技術

5.1 QuantSpec: 量子化 + Speculative Decoding

2025年に発表されたQuantSpecは、両方の技術を組み合わせます。

📦 QuantSpecの構成:
├── ドラフトモデル: 4-bit量子化されたKV Cache
├── ターゲットモデル: フル精度
└── 階層的量子化: 重要なトークンは高精度で保持

効果:

  • 短いコンテキスト: 重み量子化が効果的
  • 長いコンテキスト: KV Cache量子化が効果的

5.2 BitDecoding: Tensor Coreの活用

従来、低ビットKV Cacheの処理はCUDA Coreのみで行われていました。

BitDecodingは、Tensor Coreも活用することで、さらなる高速化を実現します。

📊 BitDecodingの効果:
└── 128Kコンテキストで最大3.3倍の高速化

5.3 N-gram Speculative Decoding

ドラフトモデルを使う代わりに、**過去のトークンパターン(N-gram)**から次のトークンを予測する手法です。

利点:
├── ドラフトモデル不要(メモリ節約)
├── 計算オーバーヘッドほぼゼロ
└── FP8量子化との相性が抜群

第6章: 実践的な適用

6.1 vLLMでの設定例

from vllm import LLM, SamplingParams

# Speculative Decodingの設定
llm = LLM(
    model="meta-llama/Llama-2-70b-hf",
    speculative_model="meta-llama/Llama-2-7b-hf",
    num_speculative_tokens=5,
    speculative_draft_tensor_parallel_size=1,
)

# KV Cache量子化の設定
llm = LLM(
    model="meta-llama/Llama-2-70b-hf",
    kv_cache_dtype="fp8",
    quantization="fp8",
)

6.2 TensorRT-LLMでの設定例

import tensorrt_llm

# KV Cache量子化
config = tensorrt_llm.BuildConfig(
    max_batch_size=8,
    max_input_len=2048,
    max_output_len=512,
    kv_cache_config=tensorrt_llm.KvCacheConfig(
        dtype="fp8",
        free_gpu_memory_fraction=0.9,
    )
)

6.3 最適化の指針

シナリオ 推奨技術
短いコンテキスト、バッチ処理 重み量子化
長いコンテキスト、単一リクエスト KV Cache量子化
低レイテンシ重視 Speculative Decoding
メモリ制約あり GQA + SWA
最大スループット 全て組み合わせ

まとめ

核心的な理解

  1. LLM推論はメモリ律速 - GPUの計算能力ではなく、メモリ帯域幅がボトルネック
  2. KV Cacheは諸刃の剣 - 計算量を削減するが、メモリを大量消費
  3. 量子化は万能薬に近い - FP8で精度低下1%未満、メモリ50%削減
  4. Speculative Decodingは魔法 - 品質を犠牲にせず、最大3倍高速化

2026年のトレンド

  • **MLA(Multi-Head Latent Attention)**の普及
  • N-gram + 量子化の組み合わせ
  • 128K+ コンテキストの標準化
  • 分散推論の民主化

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