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デザインから企画へ。「問い」から企画書を組み立ててみた

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Last updated at Posted at 2026-09-16

前回の記事から、もう一歩先へ

前回、こんな記事を書きました。

AIは何を認識する?その先へ。その結果を人間はどう使う?

「JavaScriptだけで顔認識AIを動かしてみた」

AIを使って何かを作るとき、

「AIで何ができるか」

だけを考えるのではなく、

「その結果を使って、何をしたいのか」

まで考えてみる。

そんな話です。

今回は、AIから少し離れます。

テーマは、デザインと企画です。

でも、考え方は同じです。

小難しい話をするだけではカッコ悪いので、今回は「自分ならどう考えて、どう企画書にしていくか」を実際にやってみます。


デザインとは、解決すること

デザインという言葉を聞くと、「見た目をきれいにすること」を思い浮かべる人も多いと思います。

でも、僕はもっと広く考えています。

デザインとは、何かを解決すること。

何を作るのか。

誰のために作るのか。

何を感じてもらいたいのか。

その目的に対して、どうすれば実現できるのかを考えること。

だから、デザインは「絵を描くこと」だけではありません。

Webサイトも、ゲームも、サービスも、授業も、イベントも、デザインできます。


アイデアだけでは、まだ何も解決していない

「こんなものを作ったら面白そう」

「こんな技術が使えそう」

それはアイデアです。

でも、アイデアを思いついただけでは、まだ何も解決していません。

アイデアだけでは、まだ価値にならない。

必要なのは、その先です。

何をしたいのか。

そのために、どうするのか。

どう実現するのか。

どうやったら、人に届けられるのか。

ここから企画が始まります。


企画とは何か

僕は、企画をざっくりと、

「やりたいことを、実現できる形にすること」

だと考えています。

「面白そう」で終わらせない。

目的を決める。

体験を決める。

必要なルールを決める。

仕組みを決める。

そして、実際に作れるところまで落とし込む。

そのために使うのが企画書です。

企画書は、アイデアを自慢するための資料ではありません。

「何を、なぜ、どう作るのか」を共有するための設計図です。

今回は、この流れを実際にやってみます。


企画書を作ってみる

ゾンビ映画が好き

題材はゲーム。

理由は単純です。

僕はゾンビ映画が好きだから。

特に、ゾンビ映画の持つカタルシスが好きです。

人間が追い詰められ、社会が崩れていき、最後には人間が作った世界そのものが飲み込まれていく。

この感覚を、ゲームにできないか。

そう考えました。


ゾンビはメタファーとして扱われてきた

ゾンビ映画、特にジョージ・A・ロメロの作品は、単なるホラー映画としてだけではなく、社会や人間を映すメタファーとして長く研究・批評されてきました。

消費社会、階級、資本主義、社会構造など、さまざまなテーマとの関係から論じられています。

代表作『Dawn of the Dead』では、ショッピングモールが重要な舞台になります。

ゾンビたちは、まるで生前の習慣に引き寄せられるようにモールへ集まってくる。

MoMAの作品紹介でも、本作は資本主義や消費主義への批評として紹介されています。

MoMA — Dawn of the Dead

また、ロメロ自身も作品に社会的なメッセージがあることを語っています。

一方で、「ゾンビは必ず○○の象徴だ」というような単純な読み方には距離を置いています。

Roger Ebert — Interview with George Romero

つまり、ゾンビには最初から一つの意味が決められているわけではない。

その時代の社会や、人間の反応を映す存在として機能してきた。

だからこそ、いろいろな物語を乗せることができます。

そして僕は、そのゾンビ映画のカタルシスをゲームにしてみたい。


まず、問いを一つ置く

普通のゾンビゲームでは、人間がゾンビから逃げます。

では逆に、

ゾンビ側をプレイヤーにしたら?

そして、目的を極端にする。

人間を食べ尽くす。

ここから、企画を組み立てていきます。

ただ「ゾンビになって人間を襲う」だけでは、ゲームとしては弱い。

そこで、必要な要素を問いながら考えていきます。


そもそも、僕はどういうゲームだと面白いんだろう

まず、自分がゲームで面白いと思う要素を考えます。

  • 何度も挑戦する

  • 失敗する

  • 少しずつ強くなる

  • 前回できなかったことができるようになる

  • 仲間が増える

  • 数が力になる

  • 失敗しても何かが残る

特に面白いと思うのが、

「死んだら、全部終わり」ではないゲーム

です。

そこで、問いを一つ置きます。

死ぬことを、単純な失敗にしなかったら?

さらに、

倒された仲間にも意味があったら?

犠牲になったことが、次のプレイに残ったら?

こうすると、「死」の意味そのものをゲームシステムにできます。


「自分」が強くなる必要はない

普通のゲームでは、プレイヤーキャラクターが強くなります。

経験値を貯める。

武器を強くする。

レベルが上がる。

でも今回、主人公は一体のゾンビです。

だったら、一体が強くなる必要はないんじゃないか。

むしろ、

群れそのものが強くなっていく

方が面白い。

最初は一体。

人間を一人感染させる。

二体。

三体。

十体。

百体。

ここまでは、単純に「数が増えるゲーム」です。

でも、ここに「死」を入れてみます。


仲間が倒されるほど、群れに何かが残る

人間を襲えば、当然こちらも攻撃されます。

仲間が倒される。

普通なら、戦力が減った。それだけです。

でも、

倒された仲間は、本当に失われただけなのか?

たとえば、警察との戦闘で大量の仲間が倒された。

その経験から、

警察の装備や戦い方に対応できる群れ

になっていく。

軍隊に攻撃されたなら、その戦闘で得た経験が群れに蓄積される。

死んだ仲間そのものが復活するわけではありません。

でも、犠牲になったことが、群れの未来を変える。

「仲間が死ぬ」という出来事そのものに、ゲーム上の意味を持たせる。


人間が「いそうな場所」を狙いたい

ゾンビが街を歩いていても、人間がいなければゲームになりません。

人間は、何もないところに集まるわけではない。

ショッピングモール。

駅。

繁華街。

イベント会場。

観光地。

そして現代なら、SNSで話題になっている場所。

ここで、

「人間が集まっている場所を、どうやって知る?」

という問いが出てきます。

そこでSNSをゲームシステムにします。

SNS上で話題になった場所には、人間が集まっている。

プレイヤーは、その情報を見て次のターゲットを決める。

つまり、

人間社会そのものが、ゾンビにとっての攻略情報になる。


群れが大きくなるほど、危険になる

当然、人間側も黙っていません。

ゾンビが増える。

↓

人間が警戒する。

↓

警察が動く。

↓

特殊部隊が動く。

↓

都市が封鎖される。

つまり、

こちらが強くなるほど、人間側の対策も強くなる。

最初は一体だったゾンビが、百体、千体、一万体になったころには、もう「一人の主人公」のゲームではありません。

都市そのものを飲み込む群れのゲームになる。


勝ったあとに、何が残る?

人間を駆逐する。

感染を広げる。

群れを増やす。

犠牲を重ねながら、群れを成長させる。

そして最後に、人間社会そのものを消してしまう。

一見すると、ここで「勝利」です。

でも、

人間が全部いなくなったあと、ゾンビは何をするんだろう?

人間がいない。

SNSにも投稿がない。

ショッピングモールにも誰もいない。

攻撃する相手もいない。

感染させる相手もいない。

ゾンビだけが残っている。

プレイヤーは、まだ操作できます。

群れも動かせます。

でも、何も起こらない。

BGMが消える。

そして、

HUMANITY : 0

WE ARE THE DEAD

と表示されて終わる。

最初に考えた「人間を食べ尽くす」という目的を達成したのに、その先には何もない。

この虚無まで含めて、ゲームの体験にする。


ここまで考えて、ひとつの企画案になった

最初は、

「ゾンビゲームって、だいたい人間側じゃない?」

という小さな問いでした。

そこから問いを重ねていきました。

  • ゾンビ側をプレイヤーにしたら?

  • 人間を食べ尽くすことを目的にしたら?

  • 一体から始めたら?

  • 群れになったら?

  • 死んだ仲間に意味があったら?

  • 人間が集まっている場所を探せたら?

  • SNSを情報源にしたら?

  • 人間が0になったら?

そして、企画として整理します。


GAME DESIGN : WE ARE THE DEAD

ジャンル

群体感染型ストラテジーアクション

コアコンセプト

死ぬほど、群れは強くなる。

プレイヤーの目的

人間を駆逐する。

基本ゲームループ


探索

 ↓

感染

 ↓

増殖

 ↓

情報収集

 ↓

ターゲット選択

 ↓

襲撃

 ↓

犠牲

 ↓

群れの成長

 ↓

探索へ

成長システム

ゾンビは、単純に数が増えるだけではない。

戦闘で得た経験が群れに蓄積される。

警察との戦闘で犠牲が出れば、警察への対策が解放される。

軍隊との戦闘で犠牲が出れば、さらに強い対策が解放される。

死は損失であると同時に、成長の材料になる。

人間側

ゾンビの拡大に合わせて、人間側の対策も強化される。


市民・警備員

      ↓

警察・武装部隊

      ↓

特殊部隊

      ↓

軍隊・都市封鎖

プレイヤーは、

「今なら攻められるか」

「もう少し群れを増やすか」

を判断する。

TRUE ENDING

人間が0になったらゲームクリア。

しかし、その世界には何も残っていない。

SNSもない。

人間もいない。

感染する相手もいない。

最後に、


HUMANITY : 0

WE ARE THE DEAD

と表示され、ゲームが終了する。


企画書だけでは、まだ何も証明していない

ここまでは、頭の中で考えた設計です。

でも、実際に動かしてみないと、

「感染して、群れが増えていく感覚は本当に面白いのか?」

は分かりません。

だから、最小限だけコードにしてみました。

じゃあ、作ってみる

ここまでの過程を、実際に動くプロトタイプにしてみました。

やっていることはシンプルです。

  • プレイヤーは一体のゾンビ

  • 人間に近づくと感染する

  • 感染した人間がゾンビになる

  • ゾンビの群れが増えていく

  • HUMANITYが0になると終了

  • 最後に WE ARE THE DEAD が表示される

See the Pen zombiesgamesmpl by nakajox (@joelabo) on CodePen.

実際に動かしてみると、企画書を書いていたときとは少し違うことが見えてきます。

企画書の段階では、

「人間を全部食べたら虚無になる」

と考えていました。

でも、実際に手を動かして最後まで感染させてみると、思っていた以上にあっけない。

そして、静かでした。

頭の中で考えていた「虚無」と、実際に画面が止まったときの体感には、少し差がありました。

この差に気づけたのは、コードにしてみたからです。


アイデアは、完成ではない

アイデアだけなら、そんなに難しくありません。

「こんなゲームを思いついた」

ということは、誰でもできます。

子どもだってできます。

本当に難しいのは、その先です。

実際に遊べるものにする。

ルールを作る。

バランスを調整する。

遊んでみる。

つまらなかったら直す。

また作る。

そして、どうやったら人に届けられるかを考える。

アイデアを形にして、実際に誰かに届ける。

そこまでやって、初めて「作った」と言えるんじゃないでしょうか。

今回やったことも、同じです。

「ゾンビが好き」という興味から始めて、

問いを立てる。

↓

体験を考える。

↓

ルールにする。

↓

企画書にまとめる。

↓

実際に作る。

↓

動かして、考え直す。

デザインも、企画も、ゲームも、AIも、やっていることはそれほど変わらない。

最初から正解を持っている必要はない。

問いを立てて、考えて、作ってみる。

そして、作ったものからまた問いを見つける。

それを繰り返す。

あなたの問いは、なんですか?

なにをつくりますか?

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