私は早く答えることの方が好きで、なぜなら早く答えれば、仮にその答えが間違っていても、早い段階でごめんなさいができて、素早く正解にたどり着けるから、だと考えていたが、最近相手によってはそうでもないと言うことも感じている。早い段階で失敗すると早い段階で余計な思い込みを相手に植え付けてしまい、そのリカバリに時間を取られ結果必要以上に回り道をさせられる羽目になる、という事象である。べつにどちらが良い悪いを言いたいのではなく、自組織の話だけでもない、お客様に拠ることもあるのでそれぞれ。
例えば
これまでの考え方はこう
早く仮説を出す
→ 間違っていたらすぐ訂正する
→ 次の仮説へ進む
→ 結果として正解に早く到達する
これはエンジニアリングではかなり合理的で、障害調査なんてまさにそうで、完璧な仮説ができるまで黙っているより、「まずここを疑います」と動いたほうが速い。ところが、人間が間に入ると事情が異なる。
たとえば「おそらくネットワークが原因です」と早い段階で伝える。
その後「すみません、ネットワークではありませんでした」と訂正する。
自分の中では単に、仮説A → 棄却 → 仮説B と進んだだけではあるが、相手の中では、そうならないことがある。
「ネットワークが原因」という情報を受け取った時点で、ネットワーク担当者に連絡したり、Firewallの設定を調べたり、上司に「ネットワーク障害らしいです」と報告したりされた場合、こちらが後から訂正しても、「え、ネットワークじゃなかったの?」となる。
なんちゅうことだ。だから自分の発言がどれだけ通じているかについては意識したほうが良さそう。
意識すべきこと
回答した瞬間から、相手の意思決定を動かし始める。「間違っていたら謝って訂正すればいい」のコストは、相手によっては自分の訂正コストだけではない。その回答を信じた人が起こした行動、その人がさらに別の人へ伝えた情報、そこから形成された思い込みまで巻き戻す必要が発生する。1分早く答えたことで、30分余計にかかることすらある。
相手が悪いというより、受け手によって「仮説」の扱い方が違うのだ。
まとめ
私は今でも、速く答えることが好きだが、最近は、「速く答える」を「速く結論を出す」と同じ意味にはしないように、「これは半分くらいの確度の仮説なんですが」とか「ただの想像ですが」とか「当てずっぽうですが」とかを伝えたいと思っている。結果かなりのあてずっぽうおじさんになっているけども。