はじめに
日頃のアンテナの張り方を、少し広げてみませんか。
「これあると作業捗るのになぁ」と思ったとき、これまでは我慢し、誰かが用意してくれるのを待つしかありませんでした。今はAIがあるので、思ったことをそのまま形にできます。そういう時代になっているのかな、と最近よく感じます。
この記事は、そこで感じたことを書いたものです。
AIが来て、最初に楽になったこと
自分が最初に「これはすごい」と思ったのは、資料づくりでした。
学んだことをまとめる。プロダクトの案を共有する。それをHTMLにして、動きも付けて見やすい形にして配る。やろうとすると地味に大変で、中身を考える時間より見た目を整える時間のほうが長くなることもありました。
それがAIで一気に楽になりました。伝えたいことを渡せば、図や色分けまで入った見やすい形になって返ってくる。長い文章で説明していたことを、気楽にHTMLにして「まあ見てください」と渡せる。だから自分も、AIが来てからはこのやり方をずっと使っていました。
今は、もう一歩進んだ
最近になって、できることが一段上がった感覚があります。
資料ではなく、アプリそのものがサクッと作れる。しかも今まさに自分が困っていることに対して、自分専用の道具として作れる。
感覚としては、某アニメのロボットがポケットから道具を出すのに近いです。困ったことが起きたら、その場でそれ用の道具を取り出す。違うのは、ポケットに最初から入っているわけではないところです。あると便利だなと思ったものを、自分で作れてしまいます。
実際、開発中に「あったらいいな」と思ったものを、こんなふうに作ってみたりしました。
- 自分のタスクをガントチャート式に表示して、超過が一目でわかるツール
- 並列作業が増えたので、遊び心で、動いているエージェントがわかるツール
- 雑に描いたデザインを、欲しい見た目で生成してくれる画像ツール
- 自分で生成したHTMLや振り返りの資料をフォルダに入れて、招待した人だけが見られる保管庫ツール
いずれも自分の手元で使うために作ったものです。
実際の画面はこんな具合です。

タスクの経過を帯で見るツールです。期限を過ぎたものは赤く出るので、放置している仕事が一目で分かります(タスク名は伏せています)。

自分で作った HTML の保管庫です。会社の下にプロジェクトのフォルダを作り、招待した人だけが中を見られます。

中の HTML を開くとこう見えます。作った資料をそのまま画面で読めるので、渡す側も受け取る側も手間がありません。
探せば近いツールはあると思います。でも「自分の欲しい形ぴったり」ではない。その差を埋めるのに、以前なら諦めていたところを、今は作れてしまいます。
やってみて、いちばん良かったこと
作れること自体もうれしいのですが、続けているうちに副次的な効果が出てきました。日々の「あったらいいな」に対するアンテナが広がったことです。
自分で作るようになると、「これは作れる範囲だ」という感覚が身につきます。すると、今まで流していた小さな引っかかりに気づくようになります。
- このツール、悪くないけどここがちょっと足りないな
- その「ちょっと」は、自分で足せるんじゃないか
- だったら、あのアプリにもこの機能を付けたら便利そうだ
「あったらいいな」に気づく力と、それを形にする発想が、同時に育っていく感じです。前は「あったらいいな」で終わっていたものが、「こうすればいい」まで届くようになる。この変化がいちばん大きいと感じています。
そして、これは自分でも意外だったのですが、タスクを帯で見るツールの話を社内でしたところ、自社の管理ツールにも入れてみては、という提案をいただきました。自分のために作ったものが、ほかの誰かの役に立つこともあるのかもしれません。
使わなかったものも、無駄ではない
当然、作ってみたけれど全然使わなかったものも無数にあります。
でも、それも無駄ではないと思っています。「あったらいいな」と思っていたものが、実際には「使うほどでもなかった」と分かる。その結果が手元に残るだけでも、こちらとしてはプラスです。
頭の中で「あれがあれば」と思い続けるより、一度作って確かめてしまったほうが早い。作る手間が下がったぶん、確かめる回数を増やせるようになりました。
おわりに
振り返ると、やっていること自体は前から変わっていません。便利を追求しているだけです。
変わったのは、その追求で手が届く範囲でした。資料までだったものが、動く道具まで届くようになった。それだけの話ですが、日々の仕事の手触りはかなり変わりました。
まずはアンテナを広げるところからで十分です。「これあると捗るのになぁ」を流さずに拾ってみる。そこから、AIを使って形にしてみる。そういう時代になっている気がします。