はじめに
光伝送技術を体系的に学ぶ記事の第7弾です。前回の記事まででROADM/WSSの設計パラメータとリンクバジェット(OSNR定量化)を扱いました。今回は、長距離・高密度WDMで避けて通れないファイバ非線形効果を、定義式から投入パワー最適化まで一気通貫で整理します。
前回までで「投入パワーを上げるとOSNR(線形劣化)は改善するが、非線形劣化が増える」という話を伏線として記載してました。本記事のゴールは、この非線形劣化を定量的に扱い、線形劣化と非線形劣化のバランス点=最適投入パワーを理解することです。
用語の事前整理
本文での用語を先に説明します。
フォノン(phonon):結晶や材料の格子振動を、粒子のように扱った「振動の量子(最小単位)」。光子(photon)が光エネルギーの最小単位であるのと同じ発想で、材料を構成する原子の集団的な振動のエネルギーの最小単位をフォノンと呼びます。非弾性散乱では、光子が材料に当たって振動(フォノン)を生み出し、その分エネルギーを失ってわずかに低い周波数の光子になって散乱されます。音響フォノン(音波に対応)はブリルアン散乱に、光学フォノン(高周波の振動)はラマン散乱に関与します。
単一ch閾値:WDMで多波長を載せず、1波長(1チャネル)だけ流したときに、その非線形効果が顕在化し始める投入パワー。WDMで波長数が増えると総パワーが増え、効果が顕在化するパワーが変わるため、「単一ch」と「WDM総パワー」を区別する必要があります。
0. 全体像:非線形効果の分類
非線形効果は大きく2系統に分かれます。屈折率が光強度で変わるカー効果(SPM/XPM/FWM)と、光子がフォノンにエネルギーを渡す非弾性散乱(SRS/SBS)です。決定的な違いは、カー効果系のFWMは位相が整合していることが必要なのに対し、非弾性散乱は位相整合が不要な点です。
この分類を押さえると、「分散マネジメントはFWMには効くがSRSには効きにくい」という点を、位相整合の有無で説明できるようになります。
すべてのカー効果の起点になるのが非線形係数 $\gamma$ で、その点に繋がるように説明します。
1. カー効果
1.1 屈折率の強度依存
カー効果は、屈折率が光強度 $I$ に依存する現象です。
n(I) = n_0 + n_2 I
$n_0$ は線形屈折率、 $n_2$ は非線形屈折率(非線形係数)です。光強度が上がると屈折率が $n_2 I$ だけ増え、光が感じる位相が変わります。この性質が原因でSPM/XPMやFWMが発生します。
1.2 非線形屈折率(材料パラメータ)
標準シリカファイバの典型値は $n_2 \approx 2.6\text{〜}3.2 \times 10^{-20}\ {\rm m^2/W}$ です(測定法・波長で差あり)。米国特許等で「通常のシリカファイバ」の値として $3.2 \times 10^{-20}\ {\rm m^2/W}$ がよく引用されます。
1.3 実効断面積(構造パラメータ)
$n_2$ が同じでも、光をコアに強く閉じ込めれば(断面積が小さければ)パワー密度が上がり、非線形が強く出ます。これを表すのが実効断面積 $A_{\rm eff}$ です。
| ファイバ種別 | $A_{\rm eff}$ 典型値 | 非線形の効き |
|---|---|---|
| G.652(標準SMF) | 約80 µm² | 中 |
| G.654(大有効断面積) | 約110〜150 µm² | 小 |
| DSF/HNLF | 数µm²〜十数µm² | 大 |
1.4 非線形係数(統合パラメータ)
$n_2$ (材料)と $A_{\rm eff}$ (構造)と波長を1つにまとめたのが $\gamma$ です。本記事で最も利用します。
\gamma = \frac{2\pi n_2}{\lambda A_{\rm eff}} \quad [{\rm W^{-1} m^{-1}}]
手計算による検算(前提: $n_2 = 2.6 \times 10^{-20}\ {\rm m^2/W}$ 、 $\lambda = 1550\ {\rm nm}$ 、 $A_{\rm eff} = 80\ {\rm µm^2}$ ):
\gamma = \frac{2\pi \times 2.6 \times 10^{-20}}{1.55 \times 10^{-6} \times 80 \times 10^{-12}} \approx 1.32 \times 10^{-3}\ {\rm W^{-1} m^{-1}} = 1.32\ {\rm W^{-1} km^{-1}}
標準SMFの典型値(概ね $1.3\text{〜}2.1\ {\rm W^{-1} km^{-1}}$ )とよく一致します。HNLFは $20\text{〜}30\ {\rm W^{-1} km^{-1}}$ とSMFの16倍以上に達します。
ポイント: $\gamma$ は「1Wを1km通すと何radの位相がつくか」の係数。後述のSPM/XPM/FWMの位相シフトはすべて $\gamma P L$ の形で現れます。
1.5 実効長と非線形長(尺度)
非線形はパワーが高い区間でしか効きません。減衰を考慮した「非線形が実際に効く距離」が実効長 $L_{\rm eff}$ です。
L_{\rm eff} = \frac{1 - e^{-\alpha L}}{\alpha}
損失係数のdB表記と線形値の換算
ここで $\alpha$ の単位に注意が必要です。ファイバ損失は実務では $\alpha_{\rm dB}$ [dB/km] と表記されますが、上式の $\alpha$ は指数関数の肩に乗る線形(自然対数ベース)の減衰係数 [1/km] で、別物です。
2つの表現の関係は、同じ物理を表す次の2式から導けます。
P(L) = P(0)\, e^{-\alpha L} = P(0)\, 10^{-\alpha_{\rm dB} L / 10}
両辺の自然対数をとると:
-\alpha L = -\frac{\alpha_{\rm dB} L}{10}\ln(10) \quad\Rightarrow\quad \alpha = \frac{\ln(10)}{10}\,\alpha_{\rm dB} = \frac{\alpha_{\rm dB}}{4.343}
$\ln(10) \approx 2.3026$ なので、 $10/\ln(10) \approx 4.343$ 。つまりdB表記の損失を 4.343 で割ると線形の $\alpha$ になります。この 4.343 は「1ネーパ( $e$ 分の1への減衰)= 4.343 dB」という単位換算係数です。
例: $\alpha_{\rm dB} = 0.2\ {\rm dB/km}$ の場合、 $\alpha = 0.2 / 4.343 \approx 0.046\ {\rm km^{-1}}$ 。長スパン( $\alpha L \gg 1$ )では $L_{\rm eff} \to 1/\alpha \approx 21.7\ {\rm km}$ 。物理長80kmでも非線形が効くのは実質約22km分、という感覚が重要です。
非線形長
非線形長 $L_{\rm NL}$ は「位相シフトが1radたまる距離」で、非線形の強さの尺度です。
L_{\rm NL} = \frac{1}{\gamma P}
$\gamma = 1.32\ {\rm W^{-1} km^{-1}}$ のとき、 $P = 1\ {\rm mW}$ で $L_{\rm NL} \approx 758\ {\rm km}$ (弱い)、 $P = 100\ {\rm mW}$ で $L_{\rm NL} \approx 7.6\ {\rm km}$ (強い)。パワーを上げると $L_{\rm NL}$ が $L_{\rm eff}$ を下回り、非線形が顕在化します。これが「投入パワー↑→非線形↑」の正体です。
2. SPM(自己位相変調)
2.1 SPM位相シフトとチャープ
SPMは「自分自身の強度で自分の位相が変わる」現象です。位相シフトは $\gamma P L_{\rm eff}$ がそのまま現れます。
\phi_{\rm NL}(t) = \gamma P(t) L_{\rm eff}
位相が $P(t)$ に比例するため、パルスの時間波形がそのまま位相に写し取られます。位相の時間変化が瞬時周波数の変化(チャープ)を生みます。
\delta\omega(t) = -\gamma L_{\rm eff} \frac{dP}{dt}
なぜマイナス符号がつくのか
このマイナスは瞬時周波数の定義そのものから来ます。光の電界を搬送波 $\omega_0 t$ から位相 $\phi(t)$ を引くとすると、その式は $E(t) = A(t)\exp[i(\omega_0 t - \phi(t))]$ で表され、総位相は $\Phi(t) = \omega_0 t - \phi(t)$ 。
瞬時周波数は総位相の時間変化率なので:
\omega(t) = \frac{d\Phi}{dt} = \omega_0 - \frac{d\phi}{dt} \quad\Rightarrow\quad \delta\omega(t) = \omega(t) - \omega_0 = -\frac{d\phi}{dt}
ここに $\phi = \gamma P(t) L_{\rm eff}$ を代入してマイナスが現れます。「位相が時間とともに増える( $d\phi/dt > 0$ )と、瞬時周波数はむしろ下がる」という位相と周波数の定義上の関係から導けます。
| パルス上の位置 | $dP/dt$ | $\delta\omega$ | 周波数 |
|---|---|---|---|
| 前縁 | 正 | 負 | 低周波側(赤方) |
| ピーク | 0 | 0 | 変化なし |
| 後縁 | 負 | 正 | 高周波側(青方) |
確認すると、前縁ではパルスが立ち上がる( $dP/dt > 0$ )→ $\delta\omega < 0$ → 周波数が下がる(低周波・赤方)。表と一致します。
2.2 「時間波形は変わらない」の時間波形とは
ここでの「時間波形」とは、光パワー(強度)の時間プロファイル $P(t) = |A(t)|^2$ 、つまりパルスの形そのもの(幅・ピーク位置)を指します。
SPM単独・分散なしの伝搬を複素包絡線 $A(t)$ で書くと:
A(L, t) = A(0, t)\, \exp[i\phi_{\rm NL}(t)], \qquad \phi_{\rm NL}(t) = \gamma |A(0,t)|^2 L_{\rm eff}
重要なのは、強度 $|A(L,t)|^2 = |A(0,t)|^2$ で絶対値(パワー)は変わらず、位相 $\exp[i\phi]$ だけが付く点です。だから直接検波(パワーしか見ない受光器)ではSPM単独は見えません。
一方、スペクトル(周波数領域)は変わります。位相が時間変化する=新しい周波数成分が生まれる(フーリエ変換すると裾が広がる)からです。これがチャープです。
整理すると、SPM単独では「時間領域の $|A|^2$ は不変/周波数領域のスペクトルは広がる」といえます。
2.3 分散との相互作用
ここで群速度分散パラメータ $\beta_2$ を導入します。
$\beta_2$(群速度分散、GVD)とは
伝搬定数 $\beta(\omega)$ (角周波数 $\omega$ の光がファイバ中を1m進むときの位相回転)を $\omega$ でテイラー展開した2次係数です。
\beta(\omega) = \beta_0 + \beta_1(\omega - \omega_0) + \frac{1}{2}\beta_2(\omega - \omega_0)^2 + \cdots
- $\beta_1$ :群速度の逆数(パルスの群が進む速さ)
- $\beta_2$ :群速度が周波数でどれだけ変わるか=群速度分散 [ps²/km]
実務の分散パラメータ $D$ とは $\beta_2 = -D\lambda^2 / (2\pi c)$ で換算します。 $\beta_2 < 0$ を異常分散(長波長ほど遅い)、 $\beta_2 > 0$ を正常分散(短波長ほど遅い)と呼びます。
SPMが作るチャープと分散の符号関係で、結果が逆転します。
| 分散レジーム | $\beta_2$ | 結果 |
|---|---|---|
| 正常分散 | $\beta_2 > 0$ | パルス拡大(劣化) |
| 異常分散 | $\beta_2 < 0$ | パルス圧縮/ソリトン |
SMF(G.652)は1550nmで異常分散( $D \approx +17\ {\rm ps/(nm \cdot km)}$ なので $\beta_2 < 0$ )です。
ソリトンとは
形を変えずに伝搬する波(パルス)です。異常分散( $\beta_2 < 0$ )下では、SPMの「集める」効果と分散の「広げる」効果がちょうど打ち消し合い、パルスが幅を変えずに進みます。基本(N=1)ソリトンの条件は $L_D = L_{\rm NL}$ (分散長と非線形長が等しい)で表せます。かつて長距離の有望技術でしたが、現在の主流はコヒーレント+DSPなので、「SPMと分散が釣り合う特殊点」として理解しておけば十分です。
2.4 どちらが支配的か(特性長の比較)
分散長 $L_D = T_0^2 / |\beta_2|$ と非線形長 $L_{\rm NL}$ の比で決まります。
| 条件 | 支配効果 |
|---|---|
| $L_{\rm NL} \ll L_D$ | SPM支配(スペクトル広がり主体) |
| $L_D \ll L_{\rm NL}$ | 分散支配 |
| $L_{\rm NL} \approx L_D$ | ソリトン/複雑な相互作用 |
T_0が高ビットレートで小さくなる理由
$T_0$ は1つのパルスの時間幅です。ビットレート $B$ [bit/s] なら1ビットの時間は $1/B$ 秒で、例えば10 Gbit/sなら100 ps、100 Gbit/sなら10 ps。この時間スロットの中にパルスを収める必要があるため、ビットレートが上がると $T_0$ も比例して小さくしなければなりません(さもないと隣のビットと重なる)。
$L_D = T_0^2 / |\beta_2|$ で $T_0$ は2乗で効くので、ビットレートを10倍にすると $L_D$ は約 $1/100$ になり、分散の効きが約100倍シビアになります。これが高速化で分散補償が重要になる理由です。
SPMは決定論的(パルス自身の波形で決まる)なので、受信DSPで原理的に補償可能です(後述7章)。
3. XPM(相互位相変調)
3.1 定義式
XPMは「他チャネルの強度で自分の位相が変わる」WDM固有の効果です。SPMとXPMをまとめると:
\phi_{\rm NL}^{(i)} = \gamma L_{\rm eff} \left( P_i + 2 \sum_{j \neq i} P_j \right)
第1項がSPM(自分)、第2項がXPM(他チャネル)。他チャネルには係数2がつきます。これは非線形分極の展開における項の数え上げから生じます。同じパワーなら、隣接1チャネルからのXPMは自分のSPMの2倍効きます。
3.2 ウォークオフ(分散がXPMを弱める)
ここがSPMとの重要な違いです。SPMでは分散がチャープと相互作用して波形を歪めましたが、XPMでは分散がウォークオフを生んでXPMを弱めます。同じ「分散」が逆の役割を演じます。
分散大 → チャネル間の群速度差大 → パルスが速くすれ違う → 重なる時間短 → XPM弱まる。
3.3 分散の役割(重要ポイント)
XPMはまず他チャネルの強度変動で自チャネルの位相を揺らします。しかし直接検波の受光器はパワーしか測れないため、位相だけの変化はそれ単独では受信エラーになりません。劣化として顕在化するには、分散の働きが必要です。
ここで分散が相反する2つの働きをします。
悪化方向(位相→強度変換):ファイバを進むと分散が効きます。分散は周波数ごとに速度が違う性質なので、XPMで付いた位相の揺らぎ(=周波数の揺らぎ、チャープ)が、進むうちに時間軸上のパワーの揺らぎに変換されます。位相揺らぎが強度揺らぎに化けて、初めて受光器に見える劣化(雑音)になります。SPM(2.2節)で「スペクトル広がり+分散で時間波形が変わる」と言ったのと同じ物理です。
緩和方向(ウォークオフ):一方で分散は、チャネルごとに群速度を変え、隣り合うパルスがすれ違う速度を上げます。XPMは「2つのパルスが重なっている間だけ」作用するので、重なりが短ければXPMの蓄積そのものが減ります。
\underbrace{\text{分散}}_{\text{同じ量}} \;\Rightarrow\;
\begin{cases}
\text{ウォークオフを生む} & \rightarrow \text{XPMの作用量を減らす(緩和)}\\[4pt]
\text{位相変調を強度変調に変換} & \rightarrow \text{生じたXPMを見える劣化にする(悪化)}
\end{cases}
つまり同じ「分散」が、XPMの作用量を減らすと同時に生じたXPM位相を見える劣化に変えるという逆向きの2役を担います。だから「分散を増やせば常に良い/悪い」と単純化できず、正味のペナルティは両者の差し引きで決まります。
設計として、SMF( $D \approx +17$ )はウォークオフが効きXPMに有利、DSF(分散≈0)はウォークオフが効かずXPM/FWMが悪化します。
XPMはSPMより補償が困難です。他チャネルの波形に依存し、自チャネルしか見ない受信機では情報が足りないためです。
4. FWM(四光波混合)
4.1 新周波数の生成(カー効果系で唯一)
FWMは3つの周波数 $f_i, f_j, f_k$ が相互作用し、新周波数 $f_{ijk} = f_i + f_j - f_k$ を生成します。SPM/XPMが既存チャネルの位相を変えるだけなのに対し、FWMは存在しなかった波長に光を作り出します。
| 種類 | 条件 |
|---|---|
| 非縮退FWM | 3波すべて異周波数 |
| 縮退FWM | 2波が同一( $2f_i - f_j$ ) |
$M$ チャネルで生成される新周波数の数は概ね $M^2(M-1)/2$ のオーダーで、チャネル数とともに急増します。
4.2 位相整合条件
FWMが長距離で効率よく蓄積するには位相整合が必要です(SPM/XPMにはない条件)。波長分散が位相整合を崩します。
\Delta\beta \approx -\frac{2\pi c}{\lambda_0^2} D (\lambda_1 - \lambda_2)(\lambda_1 - \lambda_s)
各変数の意味は以下です。
| 変数 | 意味 |
|---|---|
| $\Delta\beta$ | 位相不整合量 [1/m]。相互作用する4波の伝搬定数のズレの合計。 $\Delta\beta = 0$ が完全整合(FWMが最も効率的に成長)、絶対値が大きいほどFWMは弱まる |
| $c$ | 光速 |
| $\lambda_0$ | 基準波長(相互作用する波長帯のおおよその中心) |
| $D$ | 波長分散パラメータ [ps/(nm·km)] |
| $\lambda_1, \lambda_2$ | 相互作用する入力波の波長 |
| $\lambda_s$ | もう1つの関与波(信号波)の波長 |
意味を一言で言うと、 $\Delta\beta$ は「4つの波の位相がどれだけズレてないか」の程度を表します。位相が揃っている( $\Delta\beta \approx 0$ )と、ファイバを進むほどFWM生成光が同位相で積み上がって強く育ちます。位相がずれている( $|\Delta\beta|$ 大)と、生成光が場所ごとに逆位相になって打ち消し合い、育ちません。式から、 $D$ が大きいほど、また波長間隔が広いほど $\Delta\beta$ が大きくなる=FWMが抑えられる、と読めます。これが「分散を持たせるとFWMが減る」の数式的な正体です。
4.3 等間隔グリッドの危険(実務上重要ポイント)
WDMの等間隔配置(ITUグリッド標準)は、FWMにとって最悪です。生成された新周波数がちょうど既存チャネルに重なり、コヒーレント干渉(最悪 $20\log(N)$ で蓄積、WSSの段数で消せない)になるためです。
4.4 抑制法
| 抑制法 | 機構 | トレードオフ |
|---|---|---|
| 分散を持たせる | 位相不整合化 | 分散補償が別途必要(→NZDSF) |
| 不等間隔配置 | 生成物を既存chから外す | スペクトル効率↓ |
| 投入パワー低減 | FWM効率はパワーの積に比例 | OSNR劣化 |
反直感的なポイント:各スパンを完全分散補償(局所分散ゼロを多発)させるとFWMが増えます。つまりあえて局所分散を残す分散マップが有効です。そのためDSF(分散ゼロ)が長距離WDMでは不利になります。
5. SRS / SBS(非弾性散乱)
カー効果(位相整合が必要)から、位相整合が不要な非弾性散乱の内容に移ります。両者ともフォノン散乱ですが、関与するフォノンが違います。
| 項目 | SRS | SBS |
|---|---|---|
| 関与フォノン | 光学フォノン | 音響フォノン |
| 散乱方向 | 前方・後方両方 | 後方のみ |
| 周波数シフト | 大(約13 THz) | 小(約10.7 GHz @1550nm) |
| 利得帯域 | 広(約12 THz / 100 nm) | 狭(数十 MHz) |
| 単一ch閾値 | 高(約1 W級) | 低(数mW級) |
| WDMへの影響 | チャネル間チルト | 単一ch・後方反射 |
5.1 SRSチルト(パワー偏差の正体)
SRSは広帯域のため、WDMの短波長チャネルから長波長チャネルへパワーを移動させ、スペクトルを傾けます。
補償の鍵となる性質:
- 傾きはdB/nmスケールで近似的に「線形」
- 大きさは総投入パワーのみに依存し、パワー分布には依存しない
このため、総パワーを一定に保てば、利得等化フィルタ(GEQ)やWSSのパワー等化でチルトを相殺できます(前回記事のパワー等化に直結)。
5.2 SBS閾値(低閾値の理由)と各変数
SBSは数mW級という低閾値が特徴です。
P_{\rm thr} \approx \frac{21\, A_{\rm eff}}{g_B\, L_{\rm eff}} \left( 1 + \frac{\Delta\nu_p}{\Delta\nu_B} \right)
各変数の意味は以下です。
| 変数 | 意味 |
|---|---|
| $P_{\rm thr}$ | SBS閾値パワー [W]。これを超えると後方散乱光が急増する |
| $21$ | 数値係数(ガウシアン近似。文献により18〜21.5の幅) |
| $A_{\rm eff}$ | 実効断面積 [m²]。大きいほどパワー密度が下がり閾値↑ |
| $g_B$ | ブリルアン利得係数 [m/W]。SBSの起きやすさを表す材料定数。大きいほど閾値↓ |
| $L_{\rm eff}$ | 実効長 [m]。長いほどSBSが蓄積し閾値↓ |
| $\Delta\nu_p$ | 光源(送信レーザー)のスペクトル線幅 [Hz]。レーザーの周波数の太さ |
| $\Delta\nu_B$ | ブリルアン利得帯域(ブリルアン線幅)[Hz]。SBSが利得を持つ周波数幅(数十MHz程度) |
最後の $(1 + \Delta\nu_p / \Delta\nu_B)$ 項が制御の鍵です。送信レーザーの線幅 $\Delta\nu_p$ をブリルアン線幅 $\Delta\nu_B$ より広げると、この項が大きくなって閾値が上がります(SBSを抑えられる)。狭線幅レーザーほどSBSが起きやすいのは、この項が1に近づくからです。実務では位相変調でわざと線幅を広げてSBSを抑えます。
注意ポイント:SRS約1W級・SBS数mW級は単一チャネルの話です。WDMでは総パワーが効くため、「SRS閾値1W」を「WDMでも1Wまで安全」と読むのは誤りです。チルトは数十〜数百mWの総パワーで顕在化します。
5.3 ラマン増幅(劣化効果を利得に転用)
SRSは劣化要因であると同時に、ラマン増幅器の原理にも利用されます。標準ファイバ10km実効長で約10dBの利得を得るにはポンプ約250mWが必要、という報告もあります。分布型増幅でOSNRが良く(実効NFが低い)、任意波長帯をポンプで選べる、という利点があり、長距離OSNR設計で重要です。
6. 投入パワー最適化とGNモデル(本記事一番のポイント)
6.1 最適パワーが存在する理由
長距離伝送のSNRは、相反する2つの劣化のせめぎ合いで決まります。
- 線形劣化(ASE/OSNR):パワー↓で悪化
- 非線形劣化(NLI):パワー↑で悪化
両者が逆方向なので、和を最小化する最適パワー $P_{\rm opt}$ が必ず存在します。前回記事のOSNRと本記事の非線形が、ここで1つの最適化問題に統合されます。
6.2 GNモデルの中心式
コヒーレント・分散補償なし(DSP補償)の現代システムでは、非線形干渉をガウス雑音として扱うGN(Gaussian Noise)モデルが標準的に利用されます。
{\rm SNR} = \frac{P}{P_{\rm ASE} + \eta P^3}
$\eta$ はファイバ・リンク構成で決まる非線形係数。NLIパワー $= \eta P^3$ で、3乗の根拠はNLIが3波相互作用(FWM的)から生じるためです。
波長分散が約4 ps/nm/km より大きいファイバでは本モデルで高精度に解析近似が可能です。SMF( $D \approx 17$ )は条件に合致します。
6.3 最適パワーの導出
雑音/信号比 NSR を最小化します。 ${\rm NSR}(P) = (P_{\rm ASE} + \eta P^3)/P = P_{\rm ASE}/P + \eta P^2$ を $P$ で微分してゼロに:
\frac{d({\rm NSR})}{dP} = -\frac{P_{\rm ASE}}{P^2} + 2\eta P = 0
\therefore\quad P_{\rm opt} = \left( \frac{P_{\rm ASE}}{2\eta} \right)^{1/3}
6.4 「3 dBルール」
最適点で線形雑音と非線形雑音の比を計算すると、最適条件 $P_{\rm ASE} = 2\eta P_{\rm opt}^3$ より:
- ASE項: $P_{\rm ASE}/P_{\rm opt} = 2\eta P_{\rm opt}^2$
- NLI項: $\eta P_{\rm opt}^2$
したがって ASE : NLI = 2 : 1(線形雑音が非線形雑音より3dB大きい)になります。
注意:この3dBルールは純粋なGNモデル条件を満たすときのみ成立します。半導体光増幅器(SOA、後述)や広帯域ISRS系(後述)では成立しません。
6.5 設計上の余裕度
GNモデルは近似ですが、設計指標には十分高精度です。NLIパワー推定の1dB誤差は、最適パワー/到達距離では約1/3dBの誤差にしかなりません( $P_{\rm opt}$ の1/3乗が効くため)。GNモデルの到達距離予測誤差は0.2〜0.6dBです。 $\eta$ 推定が多少ずれても設計判断は安定します。
6.6 設計フロー(前回記事と本記事の統合)
- リンク構成から $P_{\rm ASE}$ を算出(前回記事のOSNR式、段数 $N$ で $10\log(N)$ 劣化)
- ファイバ種別・スパン構成から $\eta$ を算出(GNPy等のツール推奨)
- $P_{\rm opt} = (P_{\rm ASE}/2\eta)^{1/3}$ を算出
- 最適点SNRを評価し、SPM・SRSチルト分のマージンを確認
- 広帯域ならISRS補正で波長ごとにパワーを傾ける
7. コヒーレント系でのDSP補償の可否
現代の長距離はコヒーレント検波+DSPが標準です。DSPは線形劣化(分散・PMD)を強力に補償しますが、非線形効果の補償難易度は大きく異なります。
7.1 DBP(デジタルバックプロパゲーション)
非線形シュレディンガー方程式を逆向きに解き、ファイバ伝搬を数値的に巻き戻す手法です。原理的にはSPM/XPM/FWM(いずれも決定論的)を補償できます。
7.2 効果別・補償可否
| 効果 | 性質 | DBP原理補償 | 実用難易度 | 主因 |
|---|---|---|---|---|
| SPM | 決定論的・自ch | 可能 | 低〜中 | 自chパワー履歴のみで巻き戻せる |
| XPM | 決定論的・多ch | 可能 | 高 | 隣接ch波形が必要、計算膨大 |
| FWM | 決定論的・多ch | 可能 | 高 | 多波相互作用、リンク情報依存 |
| SRSチルト | 準定常 | 部分可 | 低 | 光フィルタ/GEQで等化可 |
| SBS | 後方散乱 | 抑制(補償でなく) | — | 線幅拡大で前段抑制 |
| 信号-ASE非線形 | 確率的 | 不可能 | — | 雑音由来、巻き戻せない |
| PMD | 確率的 | 不可能 | — | ランダム変動、容量の根本限界 |
7.3 3つの根本的限界
- 確率的効果は補償できない:信号-ASE非線形、PMDは雑音由来で巻き戻せません。特にPMDはSMFのチャネル容量の根本的限界です。
- リンク情報の不正確さ:DBPは正確な $\gamma$ ・ $L_{\rm eff}$ ・パワー分布を要求しますが、数十〜数百リンクの実システムで正確に得るのは困難です。
- 計算複雑度:多チャネルXPM/FWM補償は計算負荷が膨大で、低複雑度化が研究課題です。
7.4 結論:最適パワーはDSP時代でも消えない
決定論的カー効果をDBPで除去できれば、6勝の $P_{\rm opt}$ を上げて到達距離を伸ばせます。しかし確率的成分(信号-ASE、PMD)は除去できず残るため、非線形閾値点(NLT)は依然存在します。だから投入パワー最適化はコヒーレント+DSPの現代でも必要です。
補足:SOAと広帯域ISRS系とは
6.4節で「3dBルールが成立しない例」として挙げた用語を補足します。
SOA(Semiconductor Optical Amplifier、半導体光増幅器):EDFA(エルビウム添加ファイバ増幅器)と違い、半導体チップで光を増幅する増幅器。小型・集積可能ですが、利得の応答が速く、信号自身の強度変動で利得が変動する(パターン効果)など、非線形のふるまいがファイバとは異なります。このためNLIがパワーの3乗できれいに効く前提(GNモデル)が崩れ、3dBルールが成立しません。
広帯域ISRS系:ISRSは Inter-channel Stimulated Raman Scattering(チャネル間誘導ラマン散乱)、つまり5節のSRSをチャネル間相互作用として扱ったもの。C帯だけでなくC+L帯のように広い帯域を一度に使うと、SRSチルトが無視できなくなり、非線形干渉が波長ごとに大きく変わって単純な $P^3$ の関係から外れます。これを取り込んだのがISRS-GNモデルで、広帯域系では3dBルールがそのままでは使えない理由になっています。
まとめ
7つの論点で非線形効果を体系化しました。
- カー効果の根源: $n = n_0 + n_2 I$ 、統合パラメータ $\gamma = 2\pi n_2 / (\lambda A_{\rm eff})$
- SPM: $\phi = \gamma P L_{\rm eff}$ 、チャープ、分散との相互作用(圧縮/拡大)
- XPM:係数2、ウォークオフ(分散が緩和)、位相→強度変換
- FWM:新周波数生成、位相整合、等間隔グリッドの危険、不等間隔/分散で抑制
- SRS/SBS:非弾性散乱、SRSチルト(総パワー依存・線形)、SBS低閾値
- 投入パワー最適化: ${\rm SNR} = P/(P_{\rm ASE} + \eta P^3)$ 、 $P_{\rm opt} = (P_{\rm ASE}/2\eta)^{1/3}$ 、3dBルール
- DSP補償:決定論的なら巻き戻せる、確率的は不可、最適パワーは消えない
前回記事のOSNR(線形劣化)と本記事の非線形劣化が、 $P_{\rm opt} = (P_{\rm ASE}/2\eta)^{1/3}$ という1つの式に収束しました。
次回は、本記事で前提としたコヒーレント変調(DP-QPSK/16QAM/64QAM)とDSPチェーンの中身に踏み込む予定です。
参考文献
カー効果全般・ $\gamma$ ・ $n_2$ ・ $A_{\rm eff}$ (1章)
- 山本義典「低損失光ファイバ」レーザー研究 40巻6号(住友電工、光カー効果によるSPM/XPM/FWMを一括解説)
- 住友電工テクニカルレビュー「Silica-Based Highly Nonlinear Fibers and Their Applications」(定義と典型値)
- arXiv「Effective area of photonic crystal fibers」(定義式)
- US Patent 7076174(シリカファイバ、GeO2ドープ)
- US Patent 5661554(カー効果の定義)
- Optiwaveフォーラム(SMF典型)
SPM(2章)
- 平健二「光ファイバ中の自己位相変調効果を用いた全光信号処理に関する研究」博士論文(東京大学、SPMの全光信号処理応用)
- arXiv「A survey on fiber nonlinearity compensation for 400 Gbps and beyond」(SPMの定義、チャープ、投入パワー比例)
- RP Photonics「Self-phase Modulation」(SPMチャープと異常分散・ソリトン)
XPM(3章)
- 「Effect of Cross-Phase Modulation (XPM) in WDM Transmission over Dispersion-Shifted Fiber」CiNii(XPMが分散と相互作用して波形歪み、SMFでは軽微・DSFで顕著)
- ScienceDirect Topics「Cross-Phase Modulation」(係数2の起源、SPMとの関係)
- arXiv「Self/Cross Phase Modulation in Nonlinear Silicon Waveguides(Tutorial)」(XPM誘起屈折率はSPMの2倍)
- US Patent 6381048(群速度差によるウォークオフ、チャネル間隔依存)
- ScienceDirect「Characteristics of XPM in coherent optical OFDM WDM」(ウォークオフ1.6→12.8 ps/kmで約10.6dB低減。※特定実験条件)
FWM(4章)
- 古河電工時報「四光波混合を用いた広帯域全光波長変換器」(FWMの発生原理、DWDMで回避すべき現象、波長変換への応用)
- 電気通信主任技術者試験 過去問解説(マニフォールド、FWMの発生原理とWDMでのチャネル間干渉)
- RP Photonics「Four-wave Mixing」(縮退FWM、位相整合条件、グリッド上の生成)
- ScienceDirect Topics「Four-Wave Mixing」(等間隔で生成物が既存chに一致、分散で効率低減)
- arXiv「All-optical switching via FWM Bragg scattering in silicon」(位相整合式の形)
- US Patent 7319819(分散マップ設計、完全補償より部分補償が有利)
SRS/SBS(5章)
- 「光ファイバの誘導ラマン,ブリュアン散乱現象」会誌「光学」(日本光学会、SRSとSBSの一括解説。CC BY-NC-NDライセンス)
- 「ファイバラマン増幅器」NEW GLASS(ニューガラスフォーラム、励起光波長で利得帯域を選べるラマン増幅の解説)
- ScienceDirect Topics「Raman Gain Coefficient」(SRS/SBS閾値の3桁差、利得帯域、ラマン増幅250mW)
- arXiv「Advanced DSP Techniques for High-Speed Optical Links」(SRSチルトの定義、コヒーレント系での扱い)
- US Patent 6275313(SRSチルトはdB/nm線形・総パワー依存、フィルタ補償)
- US Patent 6898351(SBS閾値式)
- US Patent 6661814(SBSの後方散乱・音響フォノン、数mWでの顕在化)
投入パワー最適化・GNモデル(6章)
- arXiv「Capacity of a Nonlinear Optical Channel with Finite Memory」(GNモデル、NLIの依存)
- arXiv「Wideband Gaussian Noise Model of Nonlinear Distortions」(3dBルールの限界)
- arXiv「A Simple and Effective Closed-Form GN-Model Correction Formula」(NLI 1dB誤差→到達距離1/3dB誤差、予測誤差0.2-0.6dB)
- arXiv「The GN Model in the Presence of Inter-Channel SRS(ISRS-GN)」(ISRS補正、低パワーで従来GNに収束)
- GNPy公式ドキュメント「Physical Model used in GNPy」( D = 4ps/nm/kmで解析近似が高精度)
- arXiv「Optimising O-to-U Band Transmission Using ISRS GN Model」(広帯域での波長別パワー最適化)
DSP補償(7章)
- 「デジタルコヒーレント光伝送技術の今後の展開」NTT技術ジャーナル(DSPによる分散・非線形補償の動向)
- US Patent 10439730(DBPの原理、リンク情報の不確実性)
- US Patent 9225455(DBPでSPM/XPM/FWMを補償可能)
- Wiley「Digital backpropagation based on binary logarithmic step size」(DBPはASE等の非決定論的歪みを補償できない、NLT)
- ResearchGate「Digital backpropagation accounting for PMD」(DBPは決定論的相互作用のみ除去、PMDが制限)
- Semantic Scholar「Compensation of Dispersion and Nonlinear Impairments Using DBP」(PMDがSMFチャネル容量の根本限界)
- arXiv「Coupled-Band ESSFM for Low-Complexity DBP」(DBPの計算複雑度の壁)
- ScienceDirect「Nonlinear impairment compensation based on correlated DBP」(多chXPM補償の計算負荷削減)






