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「若者だけが苦しい」は本当か?──世代を追ったら、手取りは増えていた

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Last updated at Posted at 2026-07-03

データ: 総務省「家計調査(家計収支編)」二人以上の世帯のうち勤労者世帯・世帯主の年齢階級別(2004〜2024年)/消費者物価指数(2020年基準・総合)
分析: Python(公開統計データ)で擬似コホートを構築・実質化・可視化、Claude(AI)と壁打ちしながら検証
スタンス: 「○○世代が得/損」と決めつける記事ではない。世代論がなぜ噛み合わないのかをデータの構造から説明する検証記事


はじめに

「今の若者は氷河期世代より恵まれている」「いや、若者こそ給料が上がらず苦しい」「いちばん損したのは就職氷河期世代だ」。

世代をめぐる議論は、いつも噛み合わない。そしてたいてい、それぞれが別のデータを別の見方で持ち出している

この記事では、誰かの世代を持ち上げたり叩いたりはしない。やりたいのは1つだけだ。家計調査の数字を「世代(生まれ年)」できちんと追い直すと、何が見えるのかを確かめる。

先に、いちばん大事な注意点を言っておく。「年齢別の家計データ」をそのまま世代比較に使うと、ほぼ確実に間違える。なぜなら、年齢別データには「年を取れば収入が増える(年齢効果)」と「どの世代に生まれたか(世代効果)」が混ざっているからだ。この2つを分けるのが、今回の主役擬似コホート(pseudo-cohort) という手法だ。

結論を先に言う。

  • 「今の若者だけが苦しい」は、“世帯を持てた”若年勤労者世帯に限れば支持されない。同じ35-39歳で実質可処分所得を比べると、最近の若手世帯はむしろ過去世代より高い。同年齢で“谷”だったのは、今の若者ではなく就職氷河期世代(1972〜77年生まれ) だった(※世帯を持てなかった層は含まない/第5部参照)。
  • ただし、その「世帯の潤い」を支えたのは共働き化だった。35-39歳世帯の有業人員は1.37人→1.68人に増加。稼ぎ手1人あたりに直すと、実質手取りはむしろ減っている(35.9万→31.7万円/月)。
  • つまり家計を分けた最大の変数は「世代」というより、何人で稼いでいるかだった。世帯では増え、1人あたりでは減る——この“ねじれ”が、世代論がいつも噛み合わない正体だ。

これは「公開データで人生のお金の常識を計算し直す」取り組みの一本。今回は支出ではなく収入を、世代という切り口で見ていく。


クイックサマリー

この記事のキモ:35-39歳の世帯の実質手取りは増えた(49.2万→53.3万)。でも稼ぎ手1人あたりに直すと減っている(35.9万→31.7万)。差を埋めたのは共働き化(有業人員1.37→1.68人)。「世代の損得」の前に、まずこの“世帯 vs 1人あたり”のねじれを押さえたい。

論点 データが示したこと
「今の若者だけが苦しい」 “世帯を持てた”若年勤労者世帯に限れば支持されない(最近の若手世帯はむしろ高い/単身・非正規は対象外)
同じ年齢で“谷”だった世代 就職氷河期世代(1972〜77年生まれ)。35-39歳時点で実質46〜47万円と最も低い
世帯の実質手取り(35-39歳) 49.2万円(2004)→ 53.3万円(2024)/+8%
稼ぎ手1人あたり(35-39歳) 35.9万円(2004)→ 31.7万円(2024)/−12%
共働き化(有業人員・35-39歳) 1.37人 → 1.68人
黒字率(35-39歳) 32.6% → 45.9%(共働きで収入が増え貯蓄余力も上昇)

※すべて二人以上の勤労者世帯・全国。金額はCPI(2020年基準・総合)で2024年価格に実質化した月額。「どの世代が得か」ではなく、世代比較の落とし穴を可視化したもの。


第1部:そもそも「年齢別データ」で世代は比較できない

世代論でよくあるのが、「ある年の年齢別データ」を見て 「30代は50代より手取りが少ない=若者は冷遇されている」 と語るパターンだ。

これは典型的な罠だ。ある時点の年齢別データは、年齢が上がれば収入が増えるという当たり前の「年齢効果(ライフステージ)」を映しているだけで、世代の有利・不利とは別物だからだ。50代が多いのは「50代という世代が得をした」からではなく、単に「年功で給料が上がる年齢にいる」からかもしれない。

世代を比べたいなら、同じ生まれ年の集団(コホート)を、年を追って追跡するしかない。

ここで使えるのが、家計調査の構造だ。家計調査の年齢階級は5歳刻み(25-29歳、30-34歳…)。そして調査は毎年ある。だから、5年刻みの調査年を選べば、

2004年に「25-29歳」だった集団 ≒ 2009年の「30-34歳」 ≒ 2014年の「35-39歳」…

と、表の対角線をたどるだけで同じ生まれ年集団(擬似コホート)を追える。個人を追跡しているわけではない(毎年サンプルは別)ので「擬似」だが、世代効果を取り出す標準的な手法だ。本記事では2004・2009・2014・2019・2024年を使った。


第2部:同じ年齢で世代を比べる ──“谷”は今の若者ではなかった

まず、いちばん素直な比較をしよう。**「同じ年齢のとき、世代によって実質可処分所得はどう違ったか」**だ。35-39歳と40-44歳それぞれについて、調査年(=生まれ年)を横に並べた。

[同年齢での世代間比較]
gen_fig1_sameage.png

きれいなU字になった。35-39歳時点の実質可処分所得は、

  • バブル世代(〜1967年生まれ):49.2万円
  • 就職氷河期世代(〜1972〜77年生まれ):46〜47万円(最も低い“谷”)
  • 最近の若手(〜1982〜87年生まれ):50.9〜53.3万円(むしろ高い)

つまり、同じ35-39歳という人生のステージで比べると、いちばん手取りが低かったのは今の若者ではなく、就職氷河期世代だった。そして最近の若手世帯は、過去のどの世代より実質手取りが高い。

ただし、ここは慎重に言う必要がある。これはあくまで**「世帯を持てた(=結婚して二人以上世帯を形成した)若年勤労者世帯」に限った話だ。その範囲では「今の若者だけが苦しい」は支持されない。だが、そもそも世帯を持てなかった若年単身や非正規層はこの数字に含まれていない(この重大な前提は第5部で詳しく扱う)。「若者が苦しくない」と言いたいのではなく、“世帯を持てた層”の世帯収入だけを見れば、今の若者がいちばん不遇とは言えない** 、という限定つきの結論だ。

この“谷”は、マクロ経済の動きとも整合的だ。1972〜77年生まれが35-39歳を迎えたのは、おおむね2007〜2016年頃。リーマンショック(2008年)直後から東日本大震災(2011年)を挟む、平成デフレのどん底期にあたる。就職時に氷河期の逆風を受けた世代が、働き盛りの30代後半でもデフレ・閉塞期と重なった——とみると腑に落ちる。ただし、これはあくまで時代背景との整合性の話で、家計データだけで因果を証明したわけではない(景気・税制・世帯構成など複数の要因が絡む)。

「若者は中年より少ない(年齢効果)」と「若者は過去の若者より少ない(世代効果)」は、まったく別の話。前者は当たり前で、後者こそが“世代の損得”だ。

ただし、この時点で結論に飛びついてはいけない。「最近の若手世帯はむしろ潤っている」——この裏には、見落とせない交絡がある。それは第4部で暴く。


第3部:擬似コホートで「年齢効果」と「世代効果」を分ける

第2部は「同じ年齢の横比較」だった。今度は生まれ年コホートごとに、年を追って軌跡を描く。これが擬似コホート分析の本体だ。

[擬似コホート軌跡]
gen_fig2_cohort.png

このグラフの読み方はシンプルだ。

  • 1本の線の傾き=年齢効果:どの世代も、若いうちは年齢とともに手取りが増える(昇給・昇格)。これは世代に関係なく共通。
  • 線どうしの上下=世代効果:同じ年齢のところで線がどれだけ離れているかが、世代による差。

見てのとおり、線は年齢とともに右肩上がり(年齢効果は健在)だが、若い年齢域では線がかなり重なっている。つまり「同じ年齢での世代差」は、世間のイメージほど大きくない。氷河期世代の線(〜1972・77生)が同年齢でやや下にいるのは確かだが、その後の年齢では他世代に追いついていく。そして全世代に共通して、60代に入ると手取りが急落する(定年・再雇用の年齢効果)。

世代論が「○○世代は一生不遇」と語りがちなのに対し、データは「世代差は年齢効果ほど大きくなく、しかも年齢とともに縮む」と言っている。


第4部:世帯の手取りを支えたのは「世代」ではなく「共働き」だった

第2部の「最近の若手世帯はむしろ手取りが高い」に戻ろう。ここに最大の交絡がある。世帯の手取りが増えたのは、1人の稼ぎが増えたからではなく、稼ぐ人数が増えたからかもしれない。

35-39歳の世帯について、「世帯の実質可処分所得」「稼ぎ手1人あたり(≒可処分所得÷有業人員)」「有業人員」を並べた。

[世帯と1人あたりのねじれ]
gen_fig3_perworker.png

ハサミのように開く2本の線が、この記事のいちばんの発見だ。

  • 世帯の実質手取り:49.2万 → 53.3万円(+8%)。たしかに増えた。
  • 世帯が投入した稼ぎ手1人あたり:35.9万 → 31.7万円(−12%)。むしろ減った。
  • その差を埋めたのが有業人員:1.37人 → 1.68人共働き化だ。

この「1人あたり」の意味(重要な先回り):これは個人の賃金が12%下がった、という話ではない。ここでの「1人あたり」は、世帯の手取りを“世帯が投入した稼ぎ手の数(有業人員)”で割った値にすぎない。有業人員には労働時間の情報がなく、パート・時短・配偶者の就業も全部「1人」とカウントされる。だから正確には「個人の時給や年収が下がった」ではなく、世帯が動員した稼ぎ手の頭数あたりで均すと手取りは目減りしている、という意味だ。
なお可処分所得そのものは、世帯主だけでなく世帯全体の実収入から世帯全体の非消費支出(税・社会保険料)を引いたもので、配偶者ぶんの税・社保も差し引き済み。「÷有業人員」が税金を引き忘れているわけではない。

同じ35-39歳でも、20年前は「1.37人で49万円」、いまは「1.68人で53万円」。世帯としては潤って見えるが、稼ぎ手の頭数で均すと手取りは下がっている。最近の若手世帯の黒字率が32.6%→45.9%へ跳ねたのも、「2人で稼いで効率よく貯めている」世帯が増えたから、と読める。

ポイントは、有業人員1.68人が「全員フルタイム」を意味しないこと——パート・アルバイトを含めた世帯の“稼ぎ手の頭数”が増えた、という意味だ(このデータには労働時間の情報はないので、言えるのは「稼ぎ手の人数」までで「労働時間あたり」ではない)。だからこそ無視できない。世帯総出で稼ぎ手を増やす“総力戦”に切り替えたのに、世帯の実質手取りは8%しか増えていない。言い換えれば、稼ぎ手の頭数の増え方(1.37→1.68人=+23%)ほどには、世帯の手取りは伸びていない。「世帯の手取りが増えた=豊かになった」とは、簡単には言えないのだ。

これは、このシリーズで何度も出てきた構造とまったく同じだ。「世帯」で見るか「1人あたり」で見るかで、結論がひっくり返る。独身の記事では「世帯の老後赤字は単身が小さいが、1人あたりでは重い」だった。今回は逆向きで「世帯の手取りは増えたが、1人あたりでは減った」。

家計を分けた最大の変数は、「どの世代に生まれたか」よりも、**「何人で稼いでいるか」**だった。

「若者 vs 中年」「氷河期 vs ゆとり」と世代で殴り合う前に、まず世帯の数字を1人あたりに割り戻す。それだけで、世代論の多くは「世代の差」ではなく「働き方・世帯構成の差」だったと分かる。


第5部:この分析の前提と限界

世代論は荒れやすいテーマだ。だからこそ、何を見ていないかを明記しておく。

限界 内容 影響
二人以上の勤労者世帯のみ 単身世帯・非正規・無職・自営は含まない 「結婚して世帯を持てた人」に偏る。とくに近年の若年二人以上世帯は、結婚・出産できた相対的に余裕のある層に絞られる(選択バイアス)。若年単身や非正規の苦しさは別途見る必要がある
若年層の近年データ欠損 25-29・30-34歳は2019・2024年が非掲載(サンプル等の事情) 最若年コホートの追跡は途中まで。35歳以上で議論している
擬似コホート 個人の追跡ではなく、同じ生まれ年“集団”の平均を年で追う 集団の入れ替わり(離婚・死別・世帯分離)があり厳密な個人の所得変化ではない
1人あたりは粗い近似 「可処分所得÷有業人員」で算出。可処分所得には非労働収入も含む 個人賃金そのものではない。方向性(世帯増・1人あたり減)を見る指標として読む
実質化の前提 CPI(総合・2020年基準)で2024年価格に換算 持家の帰属家賃を含む総合を使用。指数の取り方で水準は多少動く
世帯主の年齢で世代を定義 世帯主基準のため、配偶者の世代は厳密には別 コホートの境界はおおまかな目安

とくに最初の選択バイアスは重要だ。「最近の若手世帯はむしろ潤っている」という結果は、そもそも世帯を持てた層に限った話であって、「若者全体が楽になった」とは言えない。世帯を持てない層まで含めれば、絵は変わりうる。


まとめ

  • 「年齢別データ」をそのまま世代比較に使うと誤る。年齢効果(年を取れば増える)と世代効果(生まれ年の差)が混ざるからだ。分けるには擬似コホートで追う。
  • 同じ年齢で世代を比べると、実質手取りの“谷”は今の若者ではなく就職氷河期世代(1972〜77年生まれ)。最近の若手世帯はむしろ過去世代より高かった。ただしこれは**“世帯を持てた”若年勤労者世帯に限った話** で、「若者が苦しくない」という主張ではない。
  • ただしその潤いは共働き化が支えていた。35-39歳の有業人員は1.37→1.68人。稼ぎ手1人あたりの実質手取りは35.9万→31.7万円へ−12%。世帯は増え、1人あたりは減るという“ねじれ”。世帯総出の“総力戦”に切り替えても世帯手取りは+8%止まりで、稼ぎ手の頭数の増え方(+23%)ほどには手取りが伸びていない
  • だから家計を分けた最大の変数は、世代というより 「何人で稼いでいるか」。世代で殴り合う前に、まず 1人あたりに割り戻す だけで、論争の多くは解像度が上がる。
  • そしてこの結果は「世帯を持てた層」に限った話だという選択バイアスを忘れてはいけない。データは万能ではないが、少なくとも「どの世代が一方的に得/損」という単純な物語よりは、現実に近い。

世代論は、感情で語ると永遠に噛み合わない。でも数字を「年齢」「世代」「世帯人員」に分解すると、対立の多くは “別々のものを同じ土俵で比べていた” だけだと見えてくる。誰かの世代を責める前に、まず変数を分ける——それが、データにできる数少ない仲裁だ。


参考資料

  • 総務省「家計調査(家計収支編)」二人以上の世帯のうち勤労者世帯・世帯主の年齢階級別(年次・用途分類/統計表ID 0002070011)
  • 総務省「2020年基準 消費者物価指数」総合・全国・年平均(統計表ID 0003427113)
  • データ取得:e-Stat(政府統計の総合窓口)API
  • 手法:擬似コホート分析(5歳階級×5年間隔の対角線で生まれ年集団を追跡)
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