はじめに — 前回記事からの続き
前回の記事「大阪は治安が悪い」を検証したら、日本の犯罪減少を説明するのは高齢化だったで、47都道府県の犯罪率を相関分析した。
そのとき、2つの「説明できない外れ値」が残った。
残差ランキング(実際の犯罪率 − 人口密度から予測した犯罪率)
1位 兵庫県 +213 ← 大阪より大きい謎
2位 大阪府 +154
(一方で)
東京都 -122 ← 人口密度の割に少ない
沖縄県 - 5 ← ほぼぴったり説明できる
また、47都道府県の「高齢化率 vs 犯罪率」の散布図で、香川県だけが明確な外れ値として浮かび上がっていた。
全国傾向:高齢化率が高い県ほど犯罪率が低い(r = -0.619)
香川県 :高齢化率 31.9%(高い)なのに犯罪率が高い
「これは構造問題なのか、偶然なのか」——この2つの謎を掘り下げた記録を書く。
結論を先に言うと、
- 香川の謎は「時系列の罠」(スナップショット分析が隠していたもの)
- 兵庫の謎は「空間統計の罠」(MAUP = 可変面積単位問題)
だった。どちらも、データ分析の教科書的な落とし穴だ。
使用データ
- e-Stat 社会・人口統計体系(statsDataId:
0000010111):犯罪統計 1975〜2023年 - e-Stat 市区町村データ K安全(statsDataId:
0000020211):市区町村別刑法犯認知件数 - e-Stat 市区町村データ A人口(statsDataId:
0000020101):市区町村別人口 - Python 3.x + pandas / scipy / matplotlib
第一の謎:香川 — 高齢化しているのになぜ犯罪率が高い?
最初の仮説
香川県は人口約90万人、面積は全国最小クラス、大きな繁華街もない地方県だ。それなのに犯罪率ランキングで上位に出てくる。
分析からわかった香川の特徴:
犯罪種別構成(2020年)
香川 全国平均
窃盗犯 :56.6% 68.8% ← 全国より少ない
知能犯 :14.8% 7.1% ← 全国の2倍!
粗暴犯 : 8.6% 8.3%
窃盗が少なく、知能犯(詐欺等)が全国平均の2倍。
「大都市の繁華街型犯罪」ではなく、「詐欺が多い」という異質なパターンだ。
仮説の整理
当初考えた4つの仮説:
| 仮説 | 内容 |
|---|---|
| A | 独居高齢者が詐欺の標的になっている |
| B | 警察の積極認知(届け出が出やすい文化) |
| C | 瀬戸大橋・物流結節点の影響 |
| D | 小さい分母問題(人口が少ないので件数の変動が率に大きく影響) |
時系列を見て仮説が崩れた
仮説AもBも、「香川はずっと犯罪率が高い構造問題」を前提にしていた。ところが時系列を取り出してみると——
香川の知能犯率(/10万人)推移
2018: 27.2
2019: 23.1 ← 四国の他県と同水準
2020: 30.5
2021: 32.2
2022: 48.1 ← 急上昇!
2023: 91.9 ← 2019年の4倍に急増
2019年まで、香川は四国の他県と変わらない水準だった。
四国4県との比較:
2023年 知能犯率(/10万人)
香川:91.9 ← 突出
愛媛:42.7 ← 愛媛も増えているが半分以下
徳島:35.8
高知:21.9
愛媛も増えているので四国全体への波及はあるが、香川は愛媛の2倍以上。
答えは報道にあった
ここで統計の外にある情報と照合する。
四国新聞(2023年6月):
「県内特殊詐欺、過去5年で最多。2022年91件、前年比43件増。被害7割超が高齢者」
KSB瀬戸内海放送(2023年):
「香川県警で署長会議。本部長『特殊詐欺防止と検挙を』。2023年の特殊詐欺認知件数は前年の約2倍に」
数値でも確認:
香川の知能犯件数と構成比
年 知能犯件数 刑法犯総数 構成比
2019 221件 4,962件 4.5%
2020 290件 4,543件 6.4%
2021 303件 3,801件 8.0%
2022 449件 4,173件 10.8% ← 急増開始
2023 851件 5,761件 14.8% ← 2019年比+285%
2019年→2023年で刑法犯全体は+16%増なのに、知能犯だけ+285%。
なぜ2022〜2023年に香川だけ急増したか
大阪・岡山との比較を加えると、興味深いパターンが見える:
知能犯率の増加(2021→2023年)
全国 :+36.5%(ベースライン)
大阪府:+45.2%
兵庫県:+59.0%
岡山県:+ 0.8% ← 瀬戸大橋の「本州側」はほぼ横ばい
香川県:+180.9% ← 瀬戸大橋の「四国側」は全国の5倍
愛媛県:+56.5%
瀬戸大橋を挟んで対称的な動き。橋の「本州側」岡山はほぼ横ばいなのに、「四国側」香川だけが急増している。ただし、ここから先の因果については本分析のデータだけでは特定できない。
現時点で言えることをまとめると:
- 確認できた事実:2022〜2023年に香川の知能犯が急増した。四国全体への波及もあるが、香川だけが突出している
-
データと整合する仮説:
- 全国的なSNS投資詐欺増加(2022〜2023年は全国的な急増期で背景要因)
- 四国の玄関口という地理的アクセスのしやすさ
- 高齢者 + 単身世帯という人口構造(詐欺被害を受けやすい層の密度が高い)
- 香川県警の積極的な認知・受理方針の変化(認知率の上昇)
- 検証できていない点:「犯行グループが香川をターゲット指定した」等の主体的な選択は、現在のデータからは確認できない
香川の謎から学ぶ教訓
スナップショット(断面)だけ見ると「高齢化しているのに犯罪が多い謎の県」に見える。時系列を加えると「2022〜2023年の特殊詐欺急増イベント」だとわかる。
これが「時系列の罠」だ。2023年のデータだけを使った分析では、香川を「構造的に異常な外れ値」と誤分類してしまう。
高齢化仮説(A)は否定されたのではなく、役割が変わった。
- 「高齢化率が犯罪を増やす」ではなく
- 「高齢化率が高い県は詐欺ターゲットとして"魅力的な市場"になりやすい」
つまり、高齢化率は犯罪の直接原因ではなく、詐欺グループが狙うエリアを選ぶ際の条件(enabler)として機能した。
第二の謎:兵庫 — なぜ大阪より残差が大きい?
最初の違和感
人口密度→犯罪率の回帰残差で、兵庫は大阪より大きい。
残差(実際の犯罪率 − 人口密度予測値)
兵庫県:+213
大阪府:+154
兵庫は関西の「副都心」的な位置づけで、大阪より人口密度も低い。それなのに「人口密度で説明できない犯罪の多さ」が大阪を上回る。
残差の時系列:1995年だけがゼロ
兵庫の残差と全国ランク(5年刻み)
1995年:残差 = -1 全国22位 ← ほぼゼロ!
2000年:残差 = +95 全国18位
2005年:残差 = +701 全国3位 ← 急拡大
2010年:残差 = +403 全国4位
2015年:残差 = +356 全国1位
2020年:残差 = +213 全国1位
2023年:残差 = +208 全国3位
1995年の残差はほぼゼロで、2000年代以降に急拡大して以降は恒常的に全国1〜4位に張り付いている。 1995年は阪神大震災が発生した年であり、その影響を受けた可能性はあるが(人口移動・復興過程による犯罪機会の変化など)、本分析のデータだけでは特定できない。
これは「香川の謎」(2022〜2023年の急性イベント)とは異なる。2000年代から積み上がった慢性・構造的な問題だ。
大阪との相関:r = 0.944
大阪府と兵庫県の年次犯罪率を散布図にすると:
相関係数 r = 0.944(ほぼ完全連動)
大阪が増えると兵庫も増え、大阪が減ると兵庫も減る。29年分のデータほぼ全てが回帰直線上に並ぶ。
兵庫の犯罪トレンドは、実質的に大阪圏の一部として動いている。
尼崎市は梅田から電車で10分。生活圏・経済圏は大阪と不可分だが、統計上は別の都道府県になっている。
MAUP(可変面積単位問題)
ここで市区町村データ(2005年)を使って兵庫を分解すると:
兵庫県内 市区町村別 犯罪率(/10万人)
神戸市中央区:6,458 ← 全国最高水準
尼崎市 :3,343
神戸市兵庫区:3,440
伊丹市 :2,930
姫路市 :2,803
:
豊岡市(但馬):約1,000台
養父市(養父):約900台
神戸中央区と但馬農村部で約6倍の開きがある。
これが同じ「兵庫県」に含まれている。
地域別の件数シェア:
阪神地域(尼崎・西宮・芦屋等):34.7%
神戸地域(中央区・兵庫区等) :31.5%
播磨地域(姫路・加古川等) :28.4%
─────────────────────────────
上記3地域合計 :94.6%
丹波・但馬・淡路 :5.4%
上位5市区(中央区・尼崎・兵庫区・伊丹・姫路)だけで兵庫全体の40.4%の犯罪件数を占める。
これがMAUP(Modifiable Areal Unit Problem)の典型例だ。
MAUP とは?
─────────────────────────────────────────
集計する地理的単位(都道府県・市区町村等)を変えると、
分析結果が変わってしまう問題。
例:神戸中央区(6,458/10万人)と但馬農村部(1,000台)を
「兵庫県」という1つの単位で平均すると、
人口密度は"中程度の県"に見えてしまう。
回帰モデルは「兵庫は中程度の密度の県」として処理する
→ 予測値が低くなる
→ 残差(実際値−予測値)が大きく出る
兵庫の謎から学ぶ教訓
「兵庫の犯罪率が高い」のではなく「兵庫という行政単位が内部的に不均質すぎて、都道府県集計分析では実態を反映できない」。
これが「空間統計の罠(MAUP)」だ。
東京都や大阪府は「ほぼ全域が都市圏」という比較的均質な構成を持つ。しかし兵庫は「阪神工業地帯 + 神戸港湾都市 + 播磨盆地 + 但馬山地 + 淡路島」という多様な地域が1つの行政単位に収まっている。
2つの謎の対比
| 香川の謎 | 兵庫の謎 | |
|---|---|---|
| 型 | 時系列の罠 | 空間統計の罠 |
| 問い | なぜ高齢化しているのに犯罪率が高い? | なぜ大阪より残差が大きい? |
| 原因の種類 | 急性イベント(2022〜2023年) | 慢性・構造問題(2000年代〜) |
| 答え | 特殊詐欺の集中活動 | MAUP + 大阪衛星県 |
| 教訓 | スナップショットだけでは判断できない | 集計単位が結論を変える |
| 統計学的な名称 | — | MAUP(可変面積単位問題) |
分析者へのメモ
スナップショットの限界
断面データ(ある1年のデータ)だけで「香川は異常値」と判断すると誤る。時系列を加えることで「2022年以前は普通だった」「2023年は特殊詐欺の急増年だった」という文脈が見える。
教訓:外れ値を見たら、まず時系列を確認せよ。
集計単位の恣意性
都道府県という単位は歴史的・行政的に決まったものであり、犯罪や人口の「自然な区切り」ではない。兵庫のように都市部と農村部が混在する県を「1つのデータ点」として扱うと、回帰モデルの残差が大きくなる。
教訓:高い残差を見たら、集計単位の不均質性を疑え。
相関は因果ではない(再確認)
香川の「高齢化率 × 知能犯」の関係について:
- 全国的には「高齢化率が高い→知能犯が少ない」(r = -0.50)
- 香川では逆(外れ値)
これは「高齢化が知能犯を増やす」のではなく「高齢化した地域は詐欺グループにとって"標的として魅力的"になる条件を持つ」という間接的な関係だ。相関から因果に飛びつかない姿勢が重要。
おわりに
前回記事「大阪の犯罪率は都市化と人口構造で6〜7割説明できる」という結論を出した後、残った外れ値を追いかけたら2つの異なる「統計の罠」が見えてきた。
香川は「2019年まで普通だった」という時系列の文脈を無視して2023年のスナップショットだけを見たことで「謎の異常値」に見えていた。
兵庫は「県内に神戸中央区と但馬農村部が同居している」という空間的不均質性を無視して都道府県単位で集計したことで「説明できない外れ値」になっていた。
データ分析における「謎の外れ値」の多くは、分析設計側の問題(時間軸・空間軸の粒度)から生まれる。
外れ値は「見逃した変数」か「集計の誤魔化し」か「本物の異常」かを常に問い直すべき——今回の分析はその練習になった。
もう一歩進めると:
外れ値はノイズではない。モデルが見落としている構造を教えてくれる信号だ。
香川の外れ値は「時間軸の粒度が足りない」ことを教えてくれた。兵庫の外れ値は「空間軸の粒度が足りない」ことを教えてくれた。モデルに馴染まないデータを捨てるのではなく、それを手がかりとして分析を深める姿勢がデータ分析の醍醐味だと思う。
使用コード
# 主要スクリプト
scripts/
├── kagawa_mystery_step1.py # 香川初期検証(四国比較・時系列等)
├── hyogo_mystery.py # 兵庫残差時系列・大阪相関
└── hyogo_municipal.py # 兵庫市区町村別分解
# データ
data/
├── fetched/national/全国_犯罪統計_長期.csv # 1975〜2023年 47都道府県
├── fetched/national/hyogo_municipal_crime.csv # 兵庫市区町村 1980〜2008
└── output/kagawa/ , output/hyogo/ # チャート出力

